夕日の弾丸
第五話 夕日の弾丸
侍とキティは、初期装備の二人組がいつもと違うエフェクトで消えたこと、そして、PKしたにも関わらず警官が反応しないことを疑問に思いつつも、この場で結論の出ないことと諦めて、腕章のガスマスクが待つ刑務所へやってきた。
昼下がりの陽光が眩しい。
侍は武器をキティに譲ろうとしたが、気味が悪いからいらない、と突っぱねられる。
「こんなレアな武器を本当にいいのかよ?
俺だって使いたいとは思わねぇが、売っぱらっちまや良い金になるんじゃねえの」
キティは常に侍の後ろにつけて、いつでも切りつけられる体制を保っていた。
「使わないならなんで拾うの。
捨てときな、ばっちい」
「いや、今は役に立つことがあるんだよ、ばっちいって何だ」
刑務所の入り口で騒ぐ二人を、腕章のガスマスクは驚きとともに出迎える。
「キティ……よりにもよってこうして顔を合わせるとはな」
「PKするぞと脅されたもんで仕方なくな?
わかるだろ、なあ、俺がいまログインできなきゃまずいだろ?」
侍は面倒を持ち込んだことを自覚しているようで、キティを仲間にすりゃ心強い、とグイグイ迫る。
「わかっている。
ここに至っては追い返すわけにもいかない。
門前払いしておとなしく消えるくらいなら、ここまでついて来ていないだろう」
会議室へ移動すると、所長とシステム管理部も控えている。
当然キティの姿に驚愕するが、等の本人は素知らぬ顔だ。
「どうするんだ、こんなの連れてきて。
縄をつけれる相手じゃないだろう」
所長も困惑するが、とにかく話を聞かせなきゃ帰りもしないんだから仕方ない、と初期装備の怪しい連中について、システム管理部から一通り伝える。
グエンのことも被PK数については隠し表面的に触れ、そりゃ初耳だ、と侍の反応を誘う。
「奴らを襲撃してわかったことだが、PKしても警官が反応しない」
PKしたキャラクタにも履歴がつかないようだ、とグラサンが付け加える。
「つまり、あいつらはキャラではなくオブジェクト扱いなのかもしれん。
離れた場所にいても行動が連動している様子もあった。
もし一連の状況が、グエンのスキル試行によるものなら、奴が想定しているのは大規模な同時運用ということだ」
後輩について腕章のガスマスクが触れる。
「部下が一対一で深傷を負った。
PK仕切れず逃げたが、標準警官装備でプレイヤースキルも平均以上だろう。
キティ、俺との遺恨もあるだろうがここまで聞いた身だ、意見をくれないか」
窓の側、壁に寄っかかって、いつでも逃亡できる態勢のキティが、深いため息をつく。
「遺恨といえば、確かに深い。
この街だけ雰囲気が違うのが特に気にくわないよ。
何て言うか、やりやすい場所がない感じで、外の世界みたい。
Edgeなのにって残念な気分になる」
「誰がそこんとこを聞いとるかよ!
さっきあんたが料理した二人についてだろ」
侍がフォローするが、やっぱり話が通じない系か、とガスマスクはうんざりする。
「それにしてはうちの管轄で何人もやってくれたじゃないか?
むしろ最近は他の地域でことに及んでいないだろ」
「ムカつくから困らせようと思って。
あの二人はね、全然強くない。
でも、負けるプレイヤーの方が多いよ」
キティはカメとクラゲのモンスターを図鑑で表示する。
「こいつらは物理が効かない。
対処法があれば弱いけど、ただ正面から殴って倒すのはカンストキャラでも骨が折れる。
話を聞くとこれに似てて、あいつらは武器が法外に強い」
指を一つ立てる。
「当たればそれで終わり。
Edgeは回避がむずいゲーム。
キャラの動きはてんでお粗末だけど、厄介だよ。
Edgeのキャラクタ全てを強さ順に6段階に分けたら、圧倒できるのは1番上で、安定勝利が2段階目。
あとは負け越すよ」
思った以上に個々の力が高いと、全員が感覚を改めることになる。
「さーて、その武器だ。
グエンてのがどれだけの奴か知らんが、一人で集めたんなら相当だぜ。
俺らが見つけてないやつもそこらじゅうにいるだろう。
奴らが皆、このレベルの武器を持ってるとすりゃ、普通に考えて個人のやることじゃねえ」
侍が回収した武器をデスクに放る。
「でだ、こんなもんを扱ってる奴らは、Edgeの世界も巨大とはいえそうそう多くない。
うちのギルドの大将にも話を通させてもらうが、辿れねえことはないぜ」
所長が苦い顔をしながら武器を拾って眺める。
「いや、これをグエンに渡した連中はもう割れた。
白翁党に間違いない。
侍さん、ギルドが動けるなら奴らの居場所を探りたいんだがね」
賜った、と一声あると侍は早速部屋を出ていく。
「白翁党といえば、あの侍がいるギルドよりさらに大きな団体だったはずでは?」
「あれは、いわゆる暴力団だ。
こちらでは組織的PK教唆により貴重な武器を多くのプレイヤーから巻き上げている。
が、ゲームでの逮捕は現行犯に限っているため、性質上親玉を捕らえられずにいた。
やっとつい一月ほど前、捜査による証拠を以て逮捕の場合あり、とアプデがあったばかりだ。
武器の売買にリアルマネーを動かす違反だけでなく、この世界で集めた人材を外で構成員にスカウトしているのだ」
流石に大規模なコンテンツだけあり、何もかも清浄なわけではないということか、とガスマスクは目を落とすが、キティにしてみれば今さらの話だ。
「結局、そのグエンは何が狙いなの」
「はっきりしないから思案する他ないんです。
ただ動きからして、運営を敵に回したい、というのは感じますが」
「するとあの初期装備集団に合わせて、白翁党5万の構成員まで敵になるのか?
初期装備の連中の規模によっては、一世決起されたなら警察の機能がダウンすることも十分あり得る」
腕章のガスマスクは、所長、システム管理部へ改めて進言する。
「運営の動きでグエンを止められないのか?」
「運営は問題にしていないと私は言いましたが、どうやら間違いです。
Edgeは、こういうことが起こる世界だ、って考えなんですよ。
警察が壊れるなら、壊れた世界が次の舞台というわけです。
ターゲットが警察とは限りませんが」
グラサンは窓の外を眺める。
「今、はっきりと事案に向かい合っているのは警察の中でもあなた方だけです。
システムなら私だけでしょう。
自分たちがどう動くかを、意思に準じて決めるしかないんです。
与えられた職務はありますが、放棄もできるのがEdgeという仮想現実です」
「俺は管轄地域の治安改善に徹する。
ここでも外でも、それが任務だ。
その身の上から言って、グエン一党ははっきりと敵だ」
所長も同調し笑みを見せる。
腕章のガスマスクは部下に顛末を伝え、管轄下の対処を固める方針を確認して部屋を出る。
刑務所の前、広場はすでに夕焼けがさしていた。
街の沿線には、広野が広がり、丁度刑務所を見下ろすような丘が、景色もよく名所となっていた。
いま、夕焼けと柔らかな風が木立を揺らすその場所へ、黒塗りの車が3台、止まっている。
先頭の一台の側に、一人男が身を預け、タバコをふかしていた。
オールバック、薄い色のサングラス、ベージュのスーツ、俯きがちな横顔は、尋常ならざる切れ者といった風情である。
「会長、時間です」
4人の取り巻きが少し離れて四方を守る。
「お? おん......
姉さん、ほな、たのんます」
心地よく高い声が、丘の上に座ったロングコートの女に合図する。
ひとつうなずいて、後ろの地面に突き刺した4本の火縄銃から一本抜き取ると、ゆっくりと両膝を折り構えに入った。
咥えたタバコで、火縄に点火する。
狙う動作の最中、その右目が青く発光し始める。
やがて幾重もの魔法陣が銃口の前に出現し、女の右目は今生まれた星のように巨大な光になった。
そして、引き金は引かれる。
「キティ、お前はどうする」
迎えに来た後輩がキティの姿に騒ぐ中、
刑務所前の広場で、腕章のガスマスクはその背中に尋ねる。
「あれは面白くない相手。
せっかくログインしてるのに、つまらないんじゃ仕方がないよ。
面白くなるなら付き合うけど......」
ガスマスクの顔を見ながらそこまで言って、背後に向き直る。
キティの目は遥か彼方に青い光を捉える。
同時に、背後で腕章のガスマスクの左半身が光になって吹き飛ぶ。
「......! キティ!
走れ! 貴様以外に対処できん!」
後輩はまったく反応できず、後からやってきた爆音に当てられ動きを止めている。
腕章のガスマスクのHPは処理落ち気味に一気になくなる。
わずかな間に叫び、なにかをキティへ投げ渡す。
それを受け取るなりキティは、銃撃のあった方角へ大地を蹴った。
自身のステータスとスキルの限界速度で、遥かな青い光に向けて前進する。
(弾の後に音が来た)
一足に莫大な距離を跳躍しながら、状況を振り返る。
(警察が持つビーコンの外からの攻撃......)
手中に受け取った道具を意識する。
(軌道を読む材料がなにもない!)
狙撃手も見えず、弾は少なくとも音速を超えて、見てから対処できるものではない。
キティは危険に身を晒すことで自身のリミッターを外す、といった感覚を日常的に使っていた。
彼女は回避が得意ではない。
相手の動作の起こりを感じ取り、懐に入って動く前に攻撃するという乱暴なスタイルで今の地位にある。
(今、心臓を刺してるこの気配だけが頼りってことだ)
キティは真っ直ぐ前方へ地面を蹴りながら、時計回りに体を捻り、戦闘機のバレルロールのように体の位置をずらす。
かろうじて二発目の銃弾をかわすが、ジリジリとHPがなくなっていった。
(カスるだけで粉になるね......)
二発目の火縄銃を撃ち終えたロングコートの女は、キティの動きに冷や汗を感じる。
喉がなるのも久しぶりに聞くことになった。
「避けるって......マジなの」
3本目に手をかけるが、彼女の体は火に炙られたように赤く光り、HPも半分以下になっている。
最大四発の光速弾、それが女のスキルだった。
彼女の銃弾は、弾速により消滅しつつ、空間物質を取り込みながら光速に限りなく近づくことで、消滅量と同じだけ質量を増やす。
結果、消滅と存在の境界質量のまま、永延に前進し、ほぼ光速で目標に到達する。
本来、膨大な破壊が起こるはずだが、そこはEdge都合で調整されていた。
4発目を撃てば、自分が消滅する。
「ひひひ......当てたい」
久しぶりに当てたいと思える相手に、ロングコートの女は喜んでいた。
空中で捻った体を戻しながら、キティは地面に足をつけず、もうひ一脚、空を蹴って、頑なに真っ直ぐ進む。
最中、スキル獲得の報告が届く。
(ふっふっふ.....愛してるよ空中移動)
キーワードだけ確認し、腹を決める。
キティ自身も超高速に達し、先ほどの空中蹴りで滑空している。
誰かの視界からは線に近い。
キティは額に刺さる気配を先ほどよりはっきりと感じる。
それがさらに一点へ収束されていき、気配だけでダメージが入るかと感じられたその瞬間、キティはさらにもう一度空中を蹴り込み、地面に接するかというほど低く飛び込み、3発目の銃弾を頭上にかわした。
そのまま地面へ激突、制御しきれない高速で、ろくに姿勢も保てないまま派手に転がる。
かろうじて残ったHPを持って立ち上がるが、動きもせずにじっと、青い光をただ睨み付けていた。
「ふぅう......」
ロングコートの女は深く息をつき、3本目の火縄銃をインベントリに収納した。
「どないでっしゃろか? 姉さん」
「こっちに来ないでね、落さん。
ごめんねえ、ビーコンに灯された。
私の面、割れちゃったみたいだ」
深く、タバコの煙を吸い、俯きがちにゆっくり吐いて、スーツの男、落は答える。
「姉さん。
姉さんが弾いた警官、向こうで図面を引いてるやつに違いないですわ。
ここは充分でっしゃろ。
そろそろ引き揚げましょうや」
またタバコを吸い込み、女から視線を外しながら吐き出す。
「いいの?
撃てば同士討ちいけるよ」
「姉さん、構やしまへんで。
好きにされたらよろしいがな」
落はそれだけ言うと取り巻きに合図して車へ入る。
「ひひひ、じゃ、再戦を楽しみにしよう」
『 白翁党 頭 』
『 百孤洲 会長 』
男の名は、落。