キティ
第四話 キティ
腕章のガスマスクは、初期備の不審なキャラクタ発見の報を受け現場へ駆けつける。
報告どおりの場所で、バニーの獣人キャラクターが20メートルほど離れた物陰からターゲットを覗いていた。
腕章のガスマスクが声をかけると、敬礼を返して報告を始める。
「10分前からあの場所を動きません。
表情の変化も見て取れず、全くの不動です。
プレイヤーが席を離れているんじゃないですか?」
普通の状況なら腕章のガスマスクもそう判断するところだ。
「ご苦労。
俺が見張りたい」
通常任務に戻るようバニーに伝えて、腕章のガスマスクは対象の観察を始める。
ターゲットが立ち尽くしているのは、大通りに面した人気のカフェテリアの入り口脇だ。
多くのキャラクタが行き交うが、殆どの者は気にもとめていない。
「回線は閉じるな
時計を合わせろ」
『 了解。
同期完了 』
連絡を取り合ったのはソナーを飛ばしたガスマスクだ。
彼は別の場所に向かっている。
彼は腕章のガスマスクの一つ後輩で、多方面に使える人材として重宝していた。
後輩が向かったのは、大通りではなく裏街だった。
同じく初期装備の怪しいキャラクタが発見されていた。
「5秒前……」
カウントが0になった瞬間、通信先で後輩が走り出す音が鳴る。
瞬間、腕章のガスマスクの眼前にディスプレイが開かれ、後輩の戦闘が映し出される。
後輩に同行した警官が、戦闘の撮影を始めたのだ。
ターゲットから10メートル程度離れた位置から、後輩は走り出していた。
敵は狭く薄暗い道の真ん中にぼうっと立っている女性のキャラクタだ。
後輩は走りながらハンドガンで撃つ。
敵の肩を銃弾が捉えると、ダメージエフェクトが弾けた。
だというのに、女は驚きもせず、何事もなかったかのように後輩へまっすぐ突進してきた。
正面から接近し合う二人は、互いにナイフを抜いてすれ違いざまに振り切る。
結果、一方の刃がバターのように切り裂かれ、宙を舞った。
破壊されたのは、後輩が持っていた黒い刀身の分厚いアーミーナイフだ。
敵は、ぼんやりと刃の周りに薄い光のベールができたような、青いナイフを振るっていた。
(こりゃやばい!)
後輩は直感する。
自分の武器が両断されたことと、刀身の長さに比例してありえない範囲が切り裂かれた。
結果、自分の胴体に攻撃が届き、殆どのHPを持っていかれた。
歯噛みしながら振り返ると、すでに敵は懐まで走り込んでいる。
後輩は壊れたナイフを捨てた。
敵の攻撃は単純で、ただナイフを突き出してくる。
徒手空拳で相手の腕を絡め取り、背負い投げを見舞うと、相手はもろに背中から地面に落ちた。
本来なら、一瞬ステータスが劇的に落ち込み、身動きがひどく緩慢になる。
後輩ガスマスクはこの機にホールドしようと襲いかかった。
だが、実際には敵の動きにはほとんど変化がなく、すぐに起き上がって攻撃に転じてきた。
後輩に取って予想外の動きで、虚をつかれてしまったが、ここでも敵の攻撃は至極単純な刺突。
その為後輩はなんとか攻撃を避け、PKを免れることができた。
「先輩!
そちらの状況は?
俺はもう逃げますよ!」
自分の戦闘を観察しているはずの腕章のガスマスクへ通信する。
『 戦闘開始と同時にこちらの星も走りだした。
どうやらそっちへ向かっているらしい。
追っている。
奴らがリンクしているのは間違いないな 』
「もう一人増えるとかありえんすから!
もう逃げます!」
言うなり後輩は相手と向き合ったまま一足に飛び退き、十分距離をとってから踵を返して走り出す。
3歩ほど地面を蹴ったとき、左首筋を相手の投げたナイフが飛びすぎる。
辛うじてPKは免れ、彼は戦線を離脱した。
後輩に同行の撮影班も引き上げ、腕章のガスマスクに見えていたディスプレイも消失した。
ターゲットは武器を拾って、元いた位置に戻ったと、撮影担当から報告があった。
腕章のガスマスクが追っていたもう一人も、走るのをやめている。
ゆっくりと歩きながら、元の位置へ向かっているようだった。
(気付いていないだけでそこら中にいるのだろうな)
腕章のガスマスクは思案しつつ、もう一人の手駒へ連絡を取る。
「そっちはどうだ」
『 おう! 今それどころじゃ...... 』
侍は、別の街に向かっている。
怪しい初期装備の二人組が発見されていたのだ。
彼はちょうど取り込み中のようであった。
侍が手こずるほどの相手だとすれば、事態はより深刻だ。
『 はっはははは、あいつ、最高だ、あの野郎...... 』
と、腕章のガスマスクの懸念と裏腹に、侍の声は楽しげである。
「......何があった?」
戦闘中といった雰囲気でもない。
『 キティだ。
例の二人組、裏通りの十字路の角でじっとしてやがったんだが、なんの思し召しか、たまたま通りがかったキティにPKを仕掛けやがったのさ 』
侍が撮影した映像を送ってきた。
初期装備の男女二人組は、例によって無表情だ。
薄暗い、整備も行き届いていない所謂裏通りの十字路で、並んで佇んでいた。
そこへ、灰色のトレーナーを着てフードをかぶった小柄なキャラクターが通りかかる。
腕章ガスマスクには見慣れた姿だ。
先日取り逃したキティが二人の前を通り過ぎ、十字路の中心に差し掛かった。
瞬間、キティは右上に飛び上がった。
狭い路地の壁を蹴って宙返りながら、二人を自分の前方に捕らえるに着地する。
キティのいた場所には、地面から突き上がった長く薄い刃が見えていた。
あのまま歩いていれば股下から脳天まで貫いていただろう。
地面から飛び出した刃は、二人組のうち右に佇んでいた女キャラクタの手の中へ、地中を這って繋がっているようだった。
『 ......天使をみたい? 』
つぶやきを残して、着地とほぼ同時にキティが二人へ突進している。
左にいた男キャラクタが、変わった銃を構える。
ハンドガンタイプだが、銃口が見当たらず、音叉のように上下に分かれていた。
構えると同時に狙いもせずに発砲された銃は、例えではなく雷鳴を轟かせた。
火薬の破裂音ではなく、大気の膨張破裂による雷鳴。
と、同時に打ち出されたのは、正真正銘の稲妻だった。
だが、それは空に向けて放たれたため、キティにはダメージがない。
キティは男が引き金を引くより早く懐に飛び込み、銃を持つ手を蹴り上げている。
胸ぐらを掴んで引き寄せながら、向こう脛を蹴り抜いて引き倒す。
倒れていく男の体を踏み台に飛び上がった。
壁を蹴ってまた宙返りながら、男の向こうにいた女にナイフを投げつける。
女は、ナイフを素手で受け止める。
そして、自分の手にナイフが突き刺さった瞬間、怯みもせずに反撃に打って出たいた。
空中にいるキティに、先程と同じ長く伸びた刃が襲いかかる。
キティにはこの攻撃が見えていなかった。
男の体が地面から飛び出して来る切先を隠していた。
切先はそのまま男の体を貫き、キティに襲いかかったのだ。
しかしそれでも、キティに攻撃が届くことはなかった。
『 翼はないけどね 』
キティの声が聞こえると同時に、彼女は銃弾のように地面に向かって疾走する。
空中移動のスキルにより、虚空を蹴ったキティは女の傍に着地した。
首を両断するダガーの剣閃と共に。
すでに消えていた男を追うように、女キャラクタも消え失せる。
しかし、いつもの光の粒が現れ無いことに、侍もキティも気づいていた。
テレビの砂嵐のようにジジッと全体が崩れ、ブチッと電源が落ちるように消えたのだ。
映像を見終わり、相変わらず恐ろしい動きのキティにガスマスクは息を飲む。
『 スーパーボールかあいつは......
絶対やり合いたくない 』
侍も戦々恐々としているが、とにかく情報は増えてきた。
一旦合流することで二人は同意を取った。
侍は通信を閉じて、二人組が残した武器を拾おうと現場へ近づく。
すでにキティの姿も見えない。
しかし油断していた侍の背後に、突如キティが飛び降り取り憑いた。
首元に刃を当てる。
「盗撮」
「いやいや、捜査よ、捜査。
ちゃーんと警察様に許可もらってんだわ。
あんたが映ったのは偶然よ。
目当てはさっきの二人組ね」
カメラアイテムに表示された警察機構のシンボルを、侍がキティに見せる。
止まらない冷や汗を必死に隠していた。
「人をスーパーボールとは言ってくれたね。
あの二人、何から何までおかしすぎる。
知ってることを話して」
「......仕方がねえ、一緒に来てくれりゃ、詳しく聞いてもらえるが?」
キティが初めてEdgeにログインしたのは、およそ2年前だ。
クラフト(誕生)して3秒でPKされた。
彼女もまた、グエンと同じ街を選んだのだ。
それは今でも、Edgeの中で1番危険な場所として語り草になっている伝説的な街だ。
初めてのPKをくらい、現実に戻ってきた彼女が最初に口にしたのは。
「20時間しかない」
3面のディスプレイの電源を入れ、すぐさまEdgeの情報を洗い直す。
クラフトしたのと同じ場所でリボーンすることを確認する。
この街で得られるアイテムの箇所と入手方法、安置がないのか、思いつく限りを調べていく。
ネットの情報は一様に刑務所を目指している。
当然だ。
最も確実に装備を整えるにも、街を脱出するにもまずは刑務所だ。
だが、其の方法でクラフトからこの街を攻略した情報はなかった。
無理だからここでクラフトするな、が結論なのだ。
そこでキティは、刑務所を目指すのをやめた。
キティ、本名、厚記 孤道
彼女はその日、高校へ登校してからも、鋭い視線のまま何かを思案し続けていた。
「コトさんの怖い日です」
クラスの男子がため息混じりに言う。
「こんなに麗しいのに......残念極まりない」
「前にもこんな風になったよな……
次の日にフルダイブ格ゲーのイベント世界2位とったんだぜ怖すぎ」
「ストラテジーも一桁とったろ?
確か戦略シミュレーションのリアルタイムアタックもえげつなかったぞ」
キティは既にいくつものゲームで名を馳せる有名人だ。
リアルでは完全にヤバいやつだった。
「最近は何やってんだっけ?」
「わからんけど、昨日Edgeのカタログ開いてたぜ」
「とうとう......あれにこいつが......考えたくねえよ。
こいつが目を爛々とさせてPKしてくるの」
「ちょいちょい、本人聞こえてないからって麗しいとかきもいから。
やめなって取り囲んでそう言う話しするのは」
周りの喧騒を完全に無視して、彼女は始終Edgeのことを考え続けていた。
そして20時間キッカリで再ログインする。
リボーンしてすぐさま左へ走り出す。
調べても調べても、この町に安置など存在しない。
特にこのリボーン地点である大通りは危険だ。
PK数を稼ぎたい猛者達が、刑務所までの直線ルート500メートルを狙い続けている。
今目指すべきは、唯一路上で入手できるアイテムの場所だ。
リボーン地点からそこまでは、刑務所を目指すより安全で近い。
まず一つ、左に真っ直ぐ進んだ裏路地入口の樽の上、ノーマルダガーが置いてある。
裏路地に飛び込んで最初の建物、ライフルによるPK集団の根城。
この時間は大通りを監視しているため裏口の見張りは極めて手薄だ。
集団の1番新入りが立たされている。
情報通りにひょろいキャラクタがいるのを目視したと同時に、さっき拾ったダガーを投げつける。
首にヒットさせPKし彼の装備を奪った。
またノーマルダガー、そしてフード付きグレーのトレーナー。
すぐさま走りながら装備。
次に目指すのは道具屋だ。
十字路を右に進めば道具屋へ真っ直ぐだが、警察の出現が厄介だ。
今は大通りのPK数が跳ね上がっているゴールデンタイム。
そちらに手を回すため、警察は裏路地のしょうもないPKは無視しがち、の情報を得ている。
警察は案の定出てこない。
しかし、道具屋までは大通りを横切る必要があった。
路地から飛び出しながらフードをかぶる。
すぐに前方へ飛び込んで前転で態勢を整え、止まらず走る。
今いた場所に風の刃が何層も出現して、空間を切り裂いた。
何があったかを確認もせず、キティはさらに前進する。
カチリと、後方でわずかに鳴った音に反応して左へ飛ぶ。
今いた場所に銃弾が弾けて砂煙を上げるが、これも無視する。
さっき見張りをやられた連中が追ってきたことは想像できたが、些事だ。
と、突然眼前にお知らせ画面が出現した。
2度、ノーダメージで別種の攻撃を避けたことで、スキルが手に入った。
走りながら、キーワードだけ拾ってディスプレイを消す。
一瞬で理解し、右上へとび上がった。
こうして二発目の銃撃も回避する。
さらに、空中を蹴って道具屋へ飛び込んだ。
(空中移動か……
性に合ってるかもね……!
口の端に笑みを浮かべながら道具屋のカウンターへ飛び込む。
白いフワフワ髭のおじいさんNPCの首を刈って殺害。
彼が復活するまで13秒。
目的はHP強化手袋とブーツ。
そして速度アップ系の衣服だ。
手早く奪い、装備しながら殺した店主の後ろのドアから居住エリアを抜ける。
トイレの窓から再び路地へ。
NPCキルは重罪なので、警察も反応する。
しかし、キティ自体のプレイ時間が極めて短く、警察にとっては美味しい獲物ではない。
さらにはキティより美味しい連中が、彼女を追っている。
キティはこの状況を作る為に、最初に見張りの雑魚をPKし、わざと集団に後を追わせた。
狙って炙り出したのだ。
NPCキルをやったキティに反応した警察は、彼女の狙い通り、追ってきているPK集団へターゲットを変えた。
こうしてキティは、逃走成功をカウントした。
ほとんど同時に二つ目も。
キティはその日の内に、Edgeで最悪と名高い街で5PKの大暴れを敢行した。
キティが捕まったのは、ゲーム内で7時間が経過してからだ。
ついに警官とプレイヤー、二つの勢力から同時に的にかけられ、PKされてログアウトした。
1週間を待たず、キティを知らない者はこの街からいなくなった。
Edge全体でも話題の中心に登る。
凄まじいデコイのコントロールと、それを活かす心理戦術。
扱いの難しい空中移動スキルを駆使して稲妻のように飛び回る体術。
魔法かと思えるような感の鋭さ。
何よりメイン武器がノーマルダガーであり、グレーのトレーナーは何の能力も持っていない低レベル装備で、頑なに装備を変えない姿勢が話題にあがった。
武器性能で圧倒する飛び道具スタイルが主流の昨今、プレイヤースキルだけを頼りに近接戦闘をして極限地帯の最強のプレイヤー。
曰く、『 グレイゴースト 』 『 ソニック 』 『 小古鉄 』
様々な異名を冠したキティは、Edgeに巣食うバカたちの心に大火を灯した。
1月後、Edgeで最悪の治安を譲らないこの街で、キティに自分から仕掛けるプレイヤーはいなくなった。
キティはゆっくりと歩いて、リボーン地点から刑務所までを進み、街を後にしたのだ。