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グエン

第三話 グエン





腕章のガスマスクは、檻の中から投獄されたキャラクタが忽然と消える映像を見て、ため息を深く吐いた。


「バグの線は?」


「バグで起こる現象にしてはシークエンスが多すぎますよ。

あなたは知らないかもしれないが、実は同じことがこの一週間で他にも起きています。


場所は世界中に点在していますが、これで3例目です」


腕章のガスマスクの問いかけに、システム管理部は冷や汗を流しながら答える。


「運営はこの件に対してほとんど関心を持っていません。

私は下っ端ですが、ただならぬことが起きている気がして、とにかくここに来てみたわけです。


この侍さんは自分のギルドメンバーがおかしな死に方をしたと、運営に問い合わせた方です」


「やられたのは内のギルドで一番レベルの高いプレイヤーだ。

勧誘に声をかけた途端、この檻に居たやつと同じ手口で一撃さ。


レジェント級の武器でな。

どう考えたって、初期装備でプレイ時間もほとんど無いやつがそんなもん持ってるはずが無ぇだろ。


運営の返答は、リアルマネーで課金すれば可能ってことだったがな」


侍は何千とメンバーを抱える大ギルドの副長だ。

彼のギルドで一番レベルが高いとなれば、上限まであがっているかもしれない。


いわゆるトッププレイヤーが、スタートしたばかりのキャラクタにPKされたのだ。


「で、このグラサン樣は引っかかるところがあって、わざわざ俺に声をかけてくれたってわけだ。


刑務所の奥まで俺が入ってこれたのは、所長の手引が有ったからなんだがな。

少なくとも俺らはこの件、尋常なことじゃねえと踏んでるわけさ。


あんたは現場の警官だろ?

俺からすりゃ怨敵ってやつだが、リアルでも本職さんか。

そりゃ感も鋭いわけだ」


「所長、ここでは話しづらい。

場所を儲けられませんか?」


「所長室へ」


この刑務所で一番の好成績を収めている腕章のガスマスクの提案に、息のあった返答が返る。

所長はリアルでは警察の人間ではないが、ガスマスクが彼に寄せる信頼も暑かった。


モニター、絨毯、木の机、それだけの所長室で4人が集まる。


「消えた3人のアカウントを洗いたいが……」


ガスマスクがグラサンの顔を伺う。


「やりますよ。

ここで集まっている時点で、システム管理の人間としては褒められたことじゃないんですから。

今更引きません」


グラサンは眼前にパネルを展開する。


「見てください。

共通点は以下のことです。


・初期装備

・プレイ時間5時間以内

・凶器のレア度がキャラクタにマッチしていない


の3点ですが、もう二点付け加えます」


グラサンはパネルに自分のIDとパスコードを入力し、本来警察ですら観覧することのできない情報を開示する。


「・二年以上アクティブになっていないこと


 ・未だアクティブとなった形跡が無いこと


この2つの点が、いずれのキャラクタにも当てはまります。」


侍が苦虫を噛んだような顔をしてつぶやく。

「じゃあなんで動いてんだよ?」


ますます得体の知れない事態に、全員の表情が曇る。


「なあ、運営がこれに関心が無いってことはだ、大したことじゃないんじゃないのか?

つまりな、こういう自体を引き起こすスキルがあるってことだ」


侍が壁によっかかったまま話を進展させる。


「私が思いつく範囲では、どんなスキルを重ねても……起こりません。

ただ、システム管理部が掌握できないスキルが存在しているのも確実です」


「そんなアホな、どういうことだそりゃ」


怠慢だ! と食って掛かる侍だったが、所長が静かにおさめる。


「このEdgeを作った3人の中年男達が、面白半分に世界の奥底に隠したスキルがあるのは、知ってるだろう?


あれはシステム管理部にも掌握できていないんだ、まったくもって面倒だが……」


「アーティファクトが絡んでんのか? やってられん……」


1年前、Edgeの世界で大事件が起こった。

一人のトッププレイヤーが、魔王を配下に収めてしまったのだ。


テイムシステムは実装されているが、モンスターは対象ではない。

テイム用のクリーチャーが用意されている。


ラスボスはモンスター扱いだ。

件のプレイヤーは未だ本人すら発動条件の分からない奇妙なスキルを手に入れ、ラスボステイムというバグ気味の事件をまかり通してしまった。


その時、Edge創始者にして運営の最高機関、『 中年男性チーム 』が、厄介な事実を発表した。

この世界を作り始める最初のプログラムの奥深くで、彼ら創始者にも思い至らず生まれた特殊スキル、『 アーティファクト 』について。


「で、差し当たりどうする?


そりゃあ、一回PKされるだけと思えば被害は大したことはないさ。

最悪24時間待てば普通にプレイは再開できるんだからな。

別に放っといてもいいぜ俺は」


「意地の悪い事を言いなさんな、侍さん」

所長が大人の対応で侍を部屋の出口へ促す。


「とにかく、今日進展するものでもないが、少なくとも放ってはおかないよ。

被告が消えるときの映像もある。

システム管理部がここにいるんだから、何が起こったのかログを追える。

まだ調べられることは多い。


とりあえず、今日のところはここらで解散としよう」


「初期装備で妙なキャラクタを見かけていないか、私もさぐります」

所長に言い残し、腕章のガスマスクは一礼して一番に部屋を出た。


その後を、侍がすぐに付いてくる。

所長とシステム管理部は部屋に残った。


「警官のあんたに腹の中を明かすのは気持ちが良いもんじゃないが、ちょっと聞いてくれや」


「こちらも協力を仰ぎたいことがある。

所長とあのサングラスは、この件についてまだ俺たちに話していないことがある」


二人は早足に、まっすぐに刑務所の出口に向かいながら、目も合わさずに会話する。

「2年以上アクティブになっていないキャラってのは、一体どれくらいいるんだろうな?


2年と言わず1年放っとかれたキャラでも、同じことができるかもしれねぇ。

そいつらが同時に、大量に同じことをしたらどうなる?」


「はっきり言って、今の警察に対処する手段はない。

よしんば相手を捕らえても、檻から消えてしまうのでは……

我ら警察官の寄る辺、『 逮捕される驚異 』が全くの無意味になる」


檻エリアを抜けて、軽犯罪の囚人が自由に往来するフロアに出ると、二人は黙りこくって出口まで進む。

警官とそこそこ名前の通ったキャラクタが並んで歩けば、やはり目立つもので何人かが声をかけてくる。


「副長! そいつが俺を捕まえたんスよ、えげつねえ手で!

500人くらい動かしてやっちゃりましょうよ、こないだみたいに!」


「先輩! こないだの4階から紐なしバンジーは流石にパワハラっすよ!

今度おごってくれるって言いましたよね?!」


二人はそれぞれに適当にあしらいながら歩を止めず、さっさと刑務所から出ていく。


「オメェと手を組むってのはやっぱり無理な気がしてきたぜ」


「同感だが、俺には最初からわかっていたことだ。

まずは同類のPKが起こっていないか、あんたの情報網で急いで確認してくれ」


「よお、流石になんの見返りもなしじゃ動けねえぜ」


「こっちは街中に潜んでいる潜入捜査管をフル活用で、それらしいキャラクタを見つけ出す。

そういう手を俺が使っているという情報、十分な報酬ではないかな」


侍は昨今の警察能力の急激な向上の一因を知って、一瞬目を見開いた。

わかったよ、と言い残し、街に消えていく。


腕章のガスマスクは、着任してから初めて、この街を恐ろしく感じた。


得体の知れない巨大な何かが、見えない場所で確かに蠢いている恐怖が身にしみた。

同時に、自分では説明のつかない情熱が、沸々と湧き上がっていることにも気づいていた。


自然と漏れ出る笑み、高揚感。

だが、それに浸って世界の崩壊を待てるほど、彼は狂っていなかった。


腕章のガスマスクはすぐさま、潜入捜査官を含む全警察管へ初期装備のキャラクタの捜索と、動向観察を支持する。


不審な点があれば報告される体制を整えると、次にシステム管理部のグラサンへ連絡を取った。


「侍は今居ない。

通信はお前とのプライベートで繋いだ。

3例目だと言ったな。


俺の管轄外で起きた事件のログをたどったはずだ。

どこまで知っている。


星の特定は?

星が使うスキルは本当にアーティファクトなのか?」


明らかに尋問めいた口調にグラサンも、今は遠慮はするなという意思表示を汲み取る。


「……グエン、というキャラクタが関係していることは間違い有りません。

消えたキャラクタのログから終えたのは、それだけです。


スキルによって彼らの行動を操った形跡は、少なくとも私が追えるログには残っていません。

つまり、消えたキャラクタはシステム的な表面上、自らの意思でアクションしているってことです」


アクティブになった形跡がない、つまり人の意志が入っていない、空のNPCのようなキャラクタが、自分の意志で動き、最後には檻の中で消え失せる。


「グエンとはどんな奴だ?」

「平凡に尽きます。

プレイ時間も10時間に達していない程度の初心者です。


ただし、圧倒的な数値が一つあります」


腕章のガスマスクの嗅覚が叫ぶ。


「プレイ時間に反して被PK数が膨大なんです。

実に、349回……プレイ開始当初ですと20時間経過しなければリボーンしません。


つまり、彼は約2年間、毎日ログインしては、ほぼ同時に殺されている」


グラサンからの報告は息を呑むものだったが、それに驚いている暇すらガスマスクにはなかった。

初期装備のキャラクタが街角に突っ立っている、という報告が一つ上がったのだ。


と同時に、侍からも連絡が入る。


『 おい、少なくともこれまでに、この街でウチのギルドのメンバーはやられちゃいないぜ?


だが、よく聞きな、どうやら今まさに、檻の中で消えたのと同じようなやつを、街の裏側で見つけたようだぜ。


それとな、ここじゃない街で見たって話がいくつか出てる。

ただ、そっちは二人揃って徘徊してたらしい 』


「……どうやら、同時多発の線に本腰が入っている」


『 やっちまっていいな 』


「逡巡している時ではないな」


侍と腕章のガスマスクは、申し合わせたように同じことを思いついていた。

後手に回り続けた現状を打破するには? である。






男がEdgeにキャラクタとしてクラフト(誕生)し、初めてPKされるまで数えた時間は、3秒だった。


Edgeでは、管轄ごとに治安のレベルが公表されている。

最初に誕生する地域をレベル帯で選択できるのだ。


当然、ほとんどのプレイヤーは常識的なレベル帯でクラフトする。

理由は、治安の悪い地域では、クラフトから3秒でPKされちゃうからだ。


中にはEdgeをなめてかかり、治安が最悪のレベル帯でクラフトすることを選ぶ者がいる。

が、当然、まともにプレイできずにキャラクタを削除して、別のレベル帯に移る。


むしろ、初プレイ3秒で死んだ上に、20時間のリアルタイムペナルティというクソさだ。

この時点でうんざりしてキャラを捨て、ゲームを辞めてしまうものも多い。


男の初めての死因は、3分前にPKされた他のキャラクタが残していった毒ガスだった。

口ひげをはやしたハゲのキャラクタ、『 グエン 』は、20時間後にまたこの街へ舞い戻った。


この街は、伝説のスラムだ。

治安のレベルがEdgeの中で一番悪い。

このレベル帯の街は流石に他に無い、という有様だ。

この街を選んでリボーンする限り、毎回同じ場所に産み落とされる。


次にPKされるまで、1分。


道路脇に銃を武装して立っている警官がいる。

グエンは彼にナビゲートを頼もうと近寄った。

そして警官の正面1メートルに設置された地雷で死んだ。


次にログインした時、リボーンした瞬間にグエンはうずくまり、体を小さくして、細心の注意を払って罠がないか確かめながら、刑務所を目指した。


最初の武器を支給してもらうためである。

3分で見つかりファイアボールに焼き殺された。


次にリーボンした時、目の前に騎乗した騎士がいて、微笑みながら轢き殺されたため、1秒にも満たない生が終わる。


クラフト・リボーンから3秒以内でPKされると、『 誕生・リボーンPK 』として、被告は重犯罪に問われる。

檻に直行アクティブタイム5時間以上必要という最悪の罪である。

この街では、どのプレイヤーも嬉々としてそれを行い、誇らしげに逃げ、正面から警察と渡り合うスリルを楽しんでいるのだ。


リボーン地点から刑務所までは、500メートル。


グエンは、初期装備すら手に入れられないままだ。

もがきながら500メートルにチャレンジするが、全く希望が見えない。


100回目のPKを迎えるまで、最長で4分生き残っていた。

200回目のPKまでに、6分になっていた。


なんのステータス向上もない、なんの装備もない。

そんなキャラクタでこの街の500メートルを進むためには、時間ではなくただ奇跡が必要だったのだ。


そして、348回PKされてリボーンした時、それは起こった。

彼はただがむしゃらに、真っ直ぐに刑務所まで走り抜け、ついにその入口にたどり着いたのだ。


銃弾も、魔法も、剣もなく、罠すら無く、それはまさに奇跡的な数分間だった。


息を弾ませながら、こぼれ続ける喜びの笑みのまま、グエンは光の粉に変わる。


ありえない装備、ありえないプレイ時間。

グエンが無防備にただ走って近づいてきた姿に、警官は『 絶対罠だ 』と断じて、ヘッドショットを決めていた。


ついに、彼の心は折れたと、グエン本人すらも思った。

もう、Edgeの世界へ赴くことは絶対にない、そう、グエン本人すらが心に決めていた。


だが、グエンの意識とは関係なく、彼の体はいつものように20時間を体内時計で正確に測り、あくびをするようにEdgeへログインしていたのだ。


グエンがEdgeにログインしたことに気づいた時、彼はいつもとは違う場所にいた。

リボーンプレイスと明らかに違う場所に、グエンは立っていた。


立っていた?

漆黒の空間は、上も下もなく、ただ遠くに小さな光が瞬いている。

宇宙に放り出されたような場所。


そして、グエンの目の前には、無数のキャラクタが立っていた。

初期装備のうつろな目のキャラクタ達が、途方も無い彼方まで並んでいたのだ。

ずっと連なって、漆黒の宇宙で瞬く星の様に、遥か彼方まで続いていた。


ただモノも言わず並んでいる。

そのはずなのに、彼らの声が怒号となって魂を撃ち貫いたように、グエンには感じられた。



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