ムショ
第二話 ムショ
キティに逃げられた腕章のあるガスマスクは、最近気にかかっていた被告の元を訪れている。
彼ら警官の拠点は警察署ではない。
『 刑務所 』である。
このゲームでは、街中はもちろんダンジョンでも逮捕対象となるPKは発生する。
警察組織は全てのダンジョンの入り口に刑務所を設置した。
広い街では複数の管轄区域に分かれており、それぞれに刑務所が置かれている。
Edgeでは、宿屋より刑務所の方が多いのである。
PKをやって捕まったキャラクタは、罪の大きさによって投獄されるエリアが違ってくる。
腕章のガスマスクが向かったのは、檻が並らんでいるエリアだ。
ここには重犯罪者が投獄されている。
ここにブチ込まれると、多くのことが制限され、罪の大きさによって拘束時間も長くなる。
檻の中でアクティブタイムを24時間以上も消化しなければ開放されないプレイヤーもいた。
ここに入らない軽犯から中等度の場合は留置エリアに拘束される。
留置エリアには町にあるものが殆ど揃っていて、実質、ダンジョンに行けないこと以外に制限はないし、拘束時間も極めて短い。
檻に入っている連中の罪は一言で言えば、ひどい。
『PK累積1000回以上』『連続10回以上逃亡成功』『刑務所内PK』『脱走失敗』
自明に、檻に入る連中は強いキャラクタが多い。
PKの中でも特に重い罪に問われるものが3つある。
『警官殺し』『組織的PK教唆』『誕生・リボーンPK』である。
腕章のガスマスクは、二日前に警官殺しで捕まったキャラクタに話を聞こうとしていた。
本物の警官としての嗅覚が、この案件には何かあると告げていたからだ。
被告は一見、初期装備で全くの初心者キャラクタであった。
このゲームでは対面した相手のプレイ時間も表示される。
警官は初心者のナビゲーターとしての役割も担っており、被害者の警察官は、防具屋の前で途方に暮れているように見えた被告に声をかけた。
『 やあ、何か力になれることがあるかい? 』
結果として警官は、八重歯をキラッと光らせながら、爽やかな笑顔のまま光の粒に変わった。
近づいた警官のみぞおちへ、ナイフの一刺しでPK。
本来これは相当に高レベルなキャラクタでも難しいことだ。
警官キャラクタのパラメータはチート級である。
低レベルな初心者キャラのナイフ攻撃でPKできるはずはない。
しかし、被告が持っていたのはレア度の高いPK特化武器だった。
1度しか使えないが、所持者のレベルに関係なく、警官キャラですら一撃でPKできてしまう厄介なものだ。
レア度は高く、上級以上のダンジョンでしか手に入れる方法はない。
他のアイテムが全部初期装備のキャラクタが持っているのはいかにもおかしい。
高レベルのキャラクタがあえて初期装備をつけて擬態している場合があるが、実際に投獄されたキャラクタのレベルは低いのだ。
件の事件が起こった時、すぐさま警官が駆けつけたが、被告は逃げるでもなく、あっけなくこの檻へ投獄された。
その後、アクティブにならない様子から、PKをしてみたかったプレイヤーの捨てキャラの線が濃くなったが、腕章のガスマスクはどうしてもこの被告が気にかかるのだった。
様子だけでも見ようと彼の檻に近づくと、何人かが集まっている。
警察のお偉いさんと、システム管理部の内部プレイヤー、さらには巨大ギルドの幹部といった面々だ。
このメンバーを見た腕章のガスマスクは、自分の感が当たっていたことをすぐに察した。
「なにがあったんです?」
スーツの渋い男、この刑務所の所長に尋ねる。
彼らの前には誰も居ない檻があるばかりであった。
被告はアクティブになっていないのだから、開放されるはずは無いのだ。
少なくとも3時間はこの中で過ごさなければ出られない。
もし脱走だとしたら、この刑務所の設置以来一度も起こっていない、檻エリアからの脱走事件だ。
だがこれも、プレイ時間の極めて少ない被告にできるはずはない。
「消えたんですよ。
あなたはどうしてここへ?」
答えたのはサングラスのスーツ、システム管理部だった。
「私は例のポリスアカウントなんですが、どうもここにいた被告が気にかかりまして。
アクティブにならないと聞いていましたが、変わった様子がないかと見に来たわけで」
「おいおい、俺もいるんだ、いいのかポリスアカウントとか言って?」
茶化したのは大規模ギルドの副長だ。
黒い道着、汚れた袴、腰に一振り下げて、不良侍と言った風体だ。
「このメンツだ。
隠したところで意味はないだろう
それで、消えたとは?」
「忽然と消えたのだ。
監視カメラにも消えた瞬間が記録されている」
所長は答えると、監視カメラの映像を空中に映し出す。
「見ろ。
おかしなことにパウダーが表示されず、テレビが切れるときみたいにプチっと、ほら消えた」
パウダーとはPKされて消えるときに見える光の粒子だ。
腕章のガスマスクは、なんてこったと頭を抱える。
事件は静かに、確実に始まっていたのだ。