狂信者
侍と後輩のガスマスクはまず、一番近くのダンジョンへ向かった。
グエン紛争のイベントへ参加しない連中は、街にいると白翁党や放置民にPKされる可能性が有るので居場所をなくしていた。
GVRAが当初拠点にしていた腕章のガスマスクの管轄する街にも、非参加者は何人かたむろしていたが、GVRA軍が全て出撃してしまったことで仕方なく街を離れている。
で、そういった連中が集まっているのがダンジョンの入口だ。
侍や後輩ガスマスクから一番近いダンジョンは、ゾンビスラムと呼ばれる場所である。
戦争でぶっこわれた街、というのがフィールドのコンセプトで、ここに住み着いたのがコボルトやゴブリンといった亜人系の魔物、という設定である。
ダンジョン手前の方、初級から中級エリアには紛争で廃墟になった中東の街、といった風情でコンクリートづくりの壊れた建造物が集まっているが、最上級エリアはバラックが集中し、道の両脇は波トタン板でかくされた、危険地帯レポーターが行くようなガチ目のスラムが広がっている。
そこには、ギャングな格好のゾンビがたむろしており、ハンドガンやアサルトライフルで攻撃してくるのだ。
かなり嫌われそうなダンジョンでは有るが、Edgeのプレイヤーに限っては大人気である。
むしろ、上級者エリアを根城にし、ゾンビたちと一定のコミュニケーションを取りつつ探索者のPKを狙う輩が居たり、そういった者たちが入手した珍しい武器やアイテムを法外な値段で売っているダークバザーが存在しているのだ。
世界にはおよそ20ほどのダンジョンエリアがあり、それぞれ奥に行くほど適正レベルは上がっていく。
で、その入口に刑務所が設置されているが、最も近くの街の刑務所長がダンジョン刑務所の逮捕権限を兼任していたため、現状では全く機能していないことになる。
侍は、次の街を襲撃するために動き出している腕章のガスマスクと通信した。
「そう言えば、他の街の警官はどうしたんだよ?
流石に全員がPKされちまったわけじゃねんだろ?」
『 どうやらログアウトの指令が出ているようだな。
Edgeの警官スタッフも同様だ。
機能が正常化するまでは関わらないつもりのようだ 』
「お前さん、良いのかよ勝手に入ってきて」
侍に答えたのは後輩ガスマスクだ。
「俺は嫌だって言ったんすよ。
キティと一晩中駆け回って、俺は心底このゲームに嫌気が指したんすよ。
署のログインルームでリアルに戻った時は悲惨なもんでしたわ。
家に帰って熱いシャワーを浴びて、さあ寝てやるぞってときに玄関を叩いたんすよ。
なんとCIAが!」
まさかの中央情報局の登場に、侍も驚きを隠せず後輩を振り返る。
「CIA?!」
「そうっすよ。
どういう事?! なにが起きとるの?!
連中、言うに事欠いて『 お前の先輩が呼んでるから寝てる場合じゃねえ 』ときやがった!
奴はねぇ、日本のボロアパートの玄関先にCIAをパシリで寄越したんすよ。
たまんないでしょ」
侍は後輩を労うが、実際彼が予想もしなかった大きな機関の登場に驚きを隠せない。
「よう、絶対おかしいぜ、CIAなんてよ?
白翁党の連中何に手を出した?
お前らリアルでも警察ならなんか知らねえのかよ」
『 何度も言うがCIAなど知らん。
俺は上司にログインと、後輩を連れていく許可を取っただけだ。
やけにすんなり許可が出たとは思ったがそれ以上は知らん。
白翁党にも全く目をつけていなかった。
俺はマル暴じゃないからな 』
後輩に言うことを聞かせようとした誰かがコスプレでもしたんだろ、と腕章のガスマスクは相手にしない。
表面的には流しているが、このとき彼も事態の深刻さが自分たちの想定を大きく超えている可能性に思い至っていた。
だが、今は次の街への進行について頭を使いたい、とその点は後回しにしたのであった。
ゾンビスラムの入り口に到着した侍と後輩は、Edgeのプレイヤーたちの逞しさに舌を巻くことになる。
イベントに参加しない連中は事実上街から締め出され、居場所をなくしたわけだが、彼らは自分たちでダンジョン入り口に、すでに即席の街を作り上げていた。
テントが舗装もされていない道の両脇に3km程も続いているか?
ゾンビスラムの初級エリアの入口である鉄格子の門に、そのままつながっている。
もともと需要の高いゾンビスラムに、世界中からプレイヤーが集まって、むしろいつもの街より活気があり、Edgeの夜に煌々と明かりを灯しているのだった。
「よう、今何時だ?! イベントはまだ始まらねえか?」
「22:00 前だな。
まだ大分あるけどもう一戦ヤッたらしいぜ、参加組の連中。
見ろよ、PKランキング、オレが賭けたキティは3位だってよ]
「オレは今回キティ外したぜ!
あいつはべらぼうに強いけど、量産性能はちょい落ちるだろ?
一気に大量にPKできるヤツの方が良いちゅうことよ!」
プレイヤーたちはそこかしこで大いにイベントをネタに盛り上がっている。
イベントが始まれば戦闘も中継されるようになる。
今の状況は誰にとってもお祭りなのであった。
「おっさん、テレポ教のやつ知らねえか?
とりあえず誰でもいいんだが」
テレポ教とは「偉大なる魂」の俗称である。
侍は露天でモツ煮込みを売っているプレイヤーに訪ねた。
「加入案内のチラシなら持ってるぜ。
テレポーター以外でも歓迎らしいから入りたいなら連絡してみな。
おすすめはしねえけどな」
画像データをやり取りできるこの世界では珍しく、紙に手書きで書かれた勧誘広告がでてきた。
連絡先IDと教団からの一言が添えられているだけの、極めて無骨な書面であった。
『 祈りがあなたを救う 物理的な意味で 』
これが勧誘用のチラシだというのだから教団の気味の悪さは際立っている。
ここの教祖となにを語らうことができるのか、侍にはこの件が途方も無い任務に思えてきた。
「仕方がねえから連絡してみるか……」
チラシのIDをもとにアクセスした相手は、アイコンにプロテクトを掛けており、通信では姿を確認する事もできない。
『 入信希望ですか?
ようこそおいでくださいました。
では、簡単な審査を行いますので、こちらのバーへお越しください 』
指定されたバーは、道沿いに露天が並んでいるこのバザーを中程まで進み、露天の間を抜けて裏へ回った場所に有るようであった。
侍と後輩が向かうと、そこは露天のすぐ裏に巨大な岩があり、それをくり抜いて壁を作ったようなスペースになっていた。
明かりを灯してカウンターを設置し、数人が椅子を持ち寄ってたまり場にしている。
どうやらここが件のバーであるようだった。
「さっき入信希望を送ったもんだが、どうしたら良いのよ」
二人はカウンターにいたバーテン風の装いのキャラクタに声をかけた。
「いらっしゃい。
見たところテレポーターじゃないね。
そういう手合いは教祖の許可がいるんでね、私じゃ加入させられないんだよ」
一番手前の椅子でビールをやっているキャラを呼ぶ。
「飛ばしてあげてくれ」
短いジャケットを羽織った彼は後輩と侍を手招きした。
「掛けろよ」
岩を削り出したようなテーブルを囲んで3人は腰掛ける。
「じゃあ飛ぶぜ?
上手くやらねえとPKされちまうから気をつけなよ」
それだけ言うと後輩の静止も聞かずにスキルを発動してしまう。
テーブルごと三人を光の柱が包み、上からゆっくりと消えていった。
3人はかなり近代的な建物の中に転送される。
壁は白く真っ平らで、Edgeのどの街にも存在しない近未来的な質感であった。
テーブルと椅子は転送されておらず、侍、後輩の二人は自然と空気椅子状態である。
テレポートを使ったキャラクタは立ち上がっていた。
二人は仲良く背中から転がって亀みたいになる。
「痛え!」
「何だ?!」
事態が理解できず無様を晒した二人に、達者でな、とジャケットのキャラクタは手を振って別れを告げ、再び消え失せた。
言っとけよ、などと悪態をつきつつ立ち上がった二人は、この空間の異様さに気づく。
窓もなければ部屋もない、ただ廊下がまっすぐ伸びている。
「とんでもねえとこに来ちまったな……」
「展開が早すぎっスよ、なに不用意に飛ばされとんスカ」
仕方がないので二人は先に進んでみる。
「ここに教祖がいるんスかね。
どんなやつなんスカそいつ」
侍は後輩の無知を諌めるよりも、教祖について語るのがうんざりといった風だ。
「テレポ教がどんな奴らかは話したよな。
囲って祈って退路を断つぞって脅しを盾に、PKを逃れてる連中だ。
そんな集団を最初に作ろうと思いついたとんでも野郎が教祖なんだが、それだけじゃねえんだな」
進んでも風景は代わり映えなく、ずっと同じ廊下が続いているばかりだ。
「なんと、前回お嬢が仕掛けたPKランキングの賭け、獲得賞金1位だったのがその教祖なのさ。
今回と同じく倍付け払い戻しだったから、教祖が得た賞金は、おそらくこのゲームで動いた金の中でも最大の数字だったはずだ」
「すげえ運命を背負った男ですね」
「……お前さん、あの腕章のガスマスクの後輩にしちゃ人が良いよな……」
頭をかきながら侍は続ける。
「トトカルチョしたイベントが有ったときには、テレポ教はすでにかなり大きな組織だった。
つまりな、教祖が信者から集めたお布施を全額ぶち込んだキャラクタを、1位に押し上げたのは、『 偉大なる魂 』の御業だったんじゃないかって噂が絶えねえわけだ。
オレもそうだろうと睨んでる。
それは別にズルじゃねえ。
このギャンブルはお嬢の気概でやってるんだ。
インサイダー取引禁止なんぞいう面倒な取り決めは無いわけよ。
そういうの嫌いだからなあのお嬢は。
むしろ、陰謀でも真正面から成功させたんだから、気持ちよく金を出したろうさ」
ふと、廊下を進む二人の前に薄い青色の光りの柱が現れる。
ゆっくりとその中から一人の女性が現れた。
「むしろ問題なのは、その金をなにに使ったかだ。
非暴力を訴えた教祖様はな、信者以外にも非暴力を強制しようと企んだ。
それも、自分らにさえ暴力が向かなかったらそれで良いって方針でな。
そこでやつは莫大な資金を使って手に入れたのさ。
『 人類の叡智の炎 』ってやつを、10発程度な」
それを聞いた後輩は露骨にテンションを下げて頭を抱えた。
「先輩はなにを考えてんスかね……
そんな奴どうやっても仲間にはならんでしょうに……」
「あいつは、連れてこい、と言っただけだ。
任意同行は求めてねえのさ。
さて、バグりガンジーと上手く会えるか、そしてそいつは人の言葉を話すのか、そこが山だな。
まずはこの信者様をなんとかせんとな」
現れた女性は白いローブに身を包んだいかにもな信者だった。
「集い、祈るか?
できねば立ち去れ」
女性はじっと侍を見ている。
「素性も聞かねえのか?
俺らが集うやつか、祈るやつか、どうやって証明するのよ」
「黙れ」
急に真面目に叱られて、侍はかなり凹む。
「参謀、副官、集団の実働にあって指導者、それが貴様だ。
お前は警官だな」
侍の素性を言い当てた女性は、後輩を睨む。
「あんたが教祖様っすか?」
女性の迫力にも無頓着に後輩は聞き返した。
「不真面目、若輩、面倒の掃除をこなす、そんなところか?
私は教祖ではない。
教団の武器だ」
「非暴力が売りじゃねえのか?
アンタみたいな尖ったのが幹部で、武器とかいっちゃっていいのか」
「黙れ」
また侍は頭ごなしに叱られて凹んでしまう。
「なんでオレばっかり叱られる……?」
女性は後輩に向けて語りかけた。
「私は教団に属していない。
故に非暴力を信奉していない。
貴公らを滅すのに後ろめたいことは何もない」
直立不動で顔だけ向きを変えて話すが、後輩も侍も、それが臨戦態勢であることは最初から気づいていた。
「私が教団に与するのは、規律と破戒を得るためだ。
我が友、教祖は相反するままを欲する私を理解した無二の人だ。
私は自らが規律を体現し友の友たるかを図る差しとなる。
逆さに友の友ならず敵対するを破壊するために自らを破戒する」
女性の物言いに侍は頭を抱えて怯えだす。
ドン引きの目で彼女を見た侍を、彼女もまた謂れもない激しい怒りのこもった瞳でみつめた。
「これはイッとる」
「侍さん、正面から相手しちゃだめでしょこういうの」
後輩は、職業柄こういった手合の扱いにも慣れてるっス、と怯えた様子もない。
「教祖には協力を仰ぎに来たんス。
だから敵対しないッス。
教祖さんの友にはなれそうっすか?」
「入信を望まない者に教祖は合わない」
後輩は女性の真正面まで進んでガスマスクの中の目を彼女に見せていた。
「入信は望んでるっス。
そんで協力も望んでるんス。
でもまず教祖さんの友になれるかを、貴方に聞いてるんス」
二人が作り出した空間は、侍には到底入り込めない雰囲気で、神秘的な後光すら指しているようだった。
女性はなにかを見つけたような、恍惚とした表情をしていた。
「なぜ……なぜ私が貴公を図る其の事に問を投げない……?
なぜ、友の友たるかを審判されるのみに準ぜる……?」
未だ直立不動の女性に対して、両腕を広げて自分を投げ出すように後輩ガスマスクは答えた。
「問う人がいるからっス」
女性は直立不動を解き二人に道を開いた。
後輩はすでになにも言わずに背を伸ばして彼女の傍らを過ぎ、其の後ろにおずおずと侍もついていく。
にこやかに、清々しい表情で女性の隣を通り過ぎる侍は、不意に平手打ちでふっとばされた。
「なぜ図る私の規律を見てなお先んじて破戒を自ら選ぶ貴公が友の友たるかを」
言葉が止まらない様子の女性は、倒れたままの侍の手を掴んで、テレポートを発動する。
青い光の柱が二人を捕らえた。
シバかれた頬の感触に唖然として言葉も出ない侍は、そのまま光の中に消えていく。
後輩が一部始終を眺めていると、また青い柱が現れて女性だけが戻ってきた。
二人が来た方向から侍の叫ぶ声が木霊している。
どうやら激しく悪態をついているようだ。
「侍さ~ん、どうするんスカぁ?」
先に行ってろ、的な言葉が響鳴しながら後輩ガスマスクのもとに届く。
悪態も混じっているようだ。
「そんなこといっても、ゲームひとつに核の傘を出してくるような奴、自分一人じゃ荷が重えっスよ」
木霊は段々近づいてきているようだ。
『 そのイカレポンチを相手にできるやつが誰をビビるんじゃ!
オレはそいつと決着つけにゃ前に進めん! 早よ行け! 』
後輩は侍と女性の決着を待っていては無駄に時間を費やすと考え、仕方無しに一人先に進むことにした。
相変わらず代わり映えのない道の先は、緩やかに右へカーブしている。
暫く進むと女性の姿も見えなくなった。
またしばらくの後、悪態を付き合うような声の反響と、まるで誰かの頬をしばいたかのような乾いた音が後輩に聞こえる。
そしてテレポートエフェクトのサウンドが鳴り、なにを言っているのかわからない侍の声がわんわんと響いたのだった。