集団戦
第十一話 集団戦
拠点から近くの街、城壁を望む荒野に、GVRAの全軍、およそ3万は集結している。
ターゲットの街は、城壁に囲まれた中世西欧ファンタジー的な作りのおしゃれスポットだ。
荒野に突然現れるような立地で、後ろに高い岩山を背負う。
石畳、細く迷路のような道、見えづらい石造りの建物、街自体が堅牢な砦のようだった。
現在はグエン派の破壊活動により見る影もなく、刑務所長も討ち取られていた。
観測班は街の裏手、岩山に潜み、大通りから刑務所へ入る人の往来を撮影し、情報処理班へ報告していた。
これだけで、この街に駐留する白翁党員のおおよその数は割り出せてしまう。
さらにサウザンドフィールドの忍者部隊が潜入。
放置民の規模も同じように限ったエリアで出現数を捉え、情報処理班により大体の数を弾き出した。
こうして拠点から最も近くて、数で自軍が圧倒している街を定めた。
腕章のガスマスクは、グエン派はこちらの進軍を想定していないと踏んでいた。
最悪の街を攻めたという情報が、それを確信させている。
「街を放っといていいのか?」
「くだらないな。
侍、お前は使えるが、所詮は他のゲームに慣れたギルド野郎というわけだ」
腕章のガスマスクの言い方は、決してバカにしている風ではなかった。
それは侍にもわかったが、言わんとすることは汲み取れない。
「キティ、この戦いで街を保有することにメリットは?」
「ないよ。
私らの集団が駆逐され切らない限り、イベントにも負けないし、勝負にも負けない。
守るのに人手がいる街は邪魔なだけ」
「そうなんだが、そういうことでもない」
腕章のガスマスクはキティの回答に、わかるだろ、ともう一言を促す。
「イベントは関係ない。
私たちは喧嘩をしてるんだよ」
侍にとっては意味不明な感覚であるが、ということは、と考え出すと、表情が硬っていく。
「おい、それって」
「そう言うことだ。
拠点には戻らん。
このまま最後まで戦って、勝つか負けるかだ」
後輩と侍の渇いた笑いが響く。
「これっすよ......キティちゃんも先輩も、おかしいんすよ頭が......」
「え、何?
ギルメンにはそんな考えのやつはいねえぜ?
いいの、このまま始めちゃって?」
腕章のガスマスクは、集団を近距離・中距離・長距離と3分割した上で、1箇所に集めている。
GVRAが集合しているこの場所は、長距離集団の攻撃が、街の刑務所に届く位置、それだけのことだった。
「かまわん。
どうせこの戦いで被害はほぼ出ないし、生き残っていれば嫌でもわかってくる」
集団は隊列を敷いているわけではなく、団子になってるだけだった。
ただ、攻撃距離の3グループにはきっちり分けている。
「こんなんで始めちゃうの?
せめてギルメンだけでも隊列組まねえの?」
「いらん。
俺たちは軍隊じゃない。
単なるゲームプレイヤーだ。
しかも、おそらく8割以上がリアルではつまはじきものだ。
だが、Edgeの住人だということも間違いない。
俺が着任して3ヶ月、わかったことがある」
腕章のガスマスクは全軍に通信を開いた。
『 どうするかは、始まればわかるな?
うまく合わせろ 』
この無茶ぶりに、ギルメンはやっぱりか! と憤り、アウトローたちはあたりめえだろ! と息巻く。
『 まず長距離班、全力で攻撃。
で、敵の反応を見る。
もし、応じて攻め返してくるなら、俺たちの勝ちだ 』
そうでなかったなら......その言葉を腕章のガスマスクは飲んだ。
「今回の相手は3500だったな?」
すっかり参謀になっている情報処理班2人がうなずく。
「世界中に街は大小10程度だ。
敵総勢が5万に放置民も合わさるなら、そんなとこだろうな」
腕章のガスマスクは集団の方を見て声を上げた。
『 敵は我が方に10分の1だ。
粉砕するぞ。
時計を合わせろ 』
空中に大きなデジタル時計が表示される。
誰しもが文句や冗談を言いつつカウントを合わせる。
そして、作業の完了と同時に沈黙した。
これだけは、腕章のガスマスクの指示で全軍に統一していた。
『 作戦開始5秒前..... 』
静寂のうちに、各々がカウントを刻み、ゼロになった瞬間、長距離攻撃が一斉に開始された。
長距離集団はおよそ8000。
そのほとんどは杖を武器に持つ魔法使いである。
中に、特殊な大砲系武器を持つものが混在した。
それらのビーム攻撃が先行して街を襲う。
着弾して破壊できる範囲は小さいが、数が数だ。
それだけでも絨毯爆撃状態で、街をはじから壊し、敵を打っていく。
魔法も多様で燃やしたり、雷を落としたり、爆発させたりとやりたい放題。
兵器系の攻撃と時間差で街に炸裂し、ほぼ一撃で焦土と化す。
10倍する兵力で、こちらの攻撃を想定していない敵に、拠点を直接攻撃するのだ。
勝利は問題ではなかった。
だが、この極めて局所的な初戦は、腕章のガスマスクにとって大変重要な意味があった。
長距離からの一撃を受けた敵の動向が、最も重要な転換点だ。
戦争全体での敗北も覚悟するほどに。
3500に対して8000の広範囲長距離攻撃、ひとまず拠点破壊はなったろうが、兵力の掃討までは至らないと腕章のガスマスクは踏んでいる。
生き残った敵のアクションを待った。
落の統率が全軍に徹底し、彼の知略が地金となっているなら、勝利は難しい、と、幻想城での一幕から腕章のガスマスクは考えていた。
『 近距離部隊、突撃準備だ。
敵の姿が一人でも見えたら、全員、全力で突っ込め 』
近距離集団はおよそ15000で、全集団の中で最大の割合を占める。
これは、アサルトライフルやマシンガンクラスの飛び道具も、近距離武器に分類したためであるが、Edgeというゲームの性格を表してもいた。
また、急に集まった2つのグループが無理くり混ざりあった万単位の軍隊、統率などあろうはずもなく、敵が見えてからと言う司令は特にアウトロー達に華麗に無視され、早速1万ほどが突撃していく。
想定済みではあるが。
言うことを聞くギルドメンバーおよそ5000程は、一瞬ぽかんとしたがどうしたら良いのかとおたおたし始める。
『 あまり先行しすぎると痛い目を見るぞー 』
腕章のガスマスクはフォローのつもりで眠そうに指示を出す。
近距離部隊が城壁にかなり近づいたとき、城門から敵兵力が躍り出てくる。
ほとんどすべてが放置民で編成された集団だ。
彼らの行動は常に機械的で、狭い出口から効率よく多数のキャラクタが出撃していた。
放置民は無尽蔵に出現すると腕章のガスマスクは考えている。
それが同時に、どれほどの時間を要して出現するのかが局面では重要であったが、このとき城門から出撃した放置民はおよそ3000程度であった。
情報処理班へすぐさま確認すると、やはりその大多数はこの場で出現した放置民である可能性が高いとの返答だ。
かなり都合よく多数の放置民が同時に、しかも瞬間的に出現できるようだと腕章のガスマスクは考察した。
『 同胞、お前らも走れ!
先行組はもう接触している、戦う時間は限られてるぜ?
楽しみたきゃ今を逃すなよ!
一個だけ、相手の持ってる武器をよーく観察してくんな! 』
侍が腕章のガスマスクの意を汲んで、敵が見えてもまだ動けずにいるいくらかのギルメンにだけ、檄を飛ばす。
遅れて戦闘に参加したものは本質的に臆病のてらいが有り、裏返ってそれは生存率の高さを物語る。
彼らには敵の情報を持ち帰ることを特に期待しようと、侍と腕章のガマスクの間ではこのやり取りだけで、意思疎通ができていた。
キティはまっさきに飛び出して、すでに最前線にいる。
後輩はキティに連れて行かれて前線で指揮をとっているが、ほぼ撤退タイミングを伝えるアラームになっている。
『 20分後に中距離部隊が攻撃開始だー
それまでに後背へ退かないと弾が当たるぞー 』
それを見て腕章のガスマスクは後輩ガスマスクにだけ通信を送った。
まあ、なんとかしろ、といった意味が込められていることは、後輩に嫌というほど伝わっていた。
キティは敵味方入り乱れる中で地を這うように動き回り、後ろから足の健を切り、崩れ落ちるところを首を狩る、といった動きを続けてPKを重ねていた。
大多数は初期装備に武器だけ凶悪なものを持った放置民で、ブチッとテレビが切れるみたいに消えていく。
放置民の持っている武器はキティに対して何の威力も発揮することが無かった。
ほとんど彼らの視界に入る事なく、キティのPKは行われていくためだ。
時折彼女を少し離れたところから見つけた敵が、剣を投げつけたりしてくるが、うさぎのように地面を跳ね回り、低空空中移動を織り交ぜて相手の視界から消え失せ、そいつは放っておいて別の敵を切りつける。
城壁前の激戦地帯から少し遠ざかって、後輩ガスマスクはその様子を見ていた。
大局は多勢にまさるGVRA軍に圧倒的な有利であったが、中でもキティなど突出したユニットがある部分は放置民の消失速度が早く、よく目立った。
さて、後輩がとった作戦は、一切誰にも中距離部隊の攻撃開始のタイミングを知らせない、というものだった。
腕章のガスマスクは、自分にしか20分後という意思を伝えていない。
そんな事大真面目に伝達したら、本当に攻撃が開始されて、その只中を逆行しながら撤退しなければいけない。
だが、自分が伝えさえしなければ、流石に攻撃を開始する訳にもいかず、このまま近距離部隊で圧倒してしまえば戦闘は終わるのだ。
その眼前で放置民を屠り、後輩ガスマスクにちょろいね、という顔で両手を上にしてスカして見せた成年キャラクタの額を銃弾が撃ち抜いた。
もちろん、中距離部隊が放った無数の攻撃のひとつである。
愕然として開いた口が塞がらない後輩ガスマスクを、当然ながら後ろから中距離部隊の攻撃が襲う。
中距離部隊は主にスナイパーライフル、それに類するビーム武器、戦車チックなやつからの砲撃、などが集まって7000程で編成されていた。
『 撤退~~! 急げ急げ! 大将が本当のバカだった! 』
そんな後輩の言葉を聞く前に、集団は味方側からの攻撃の気配を察知したときにはすぐさま後ろ向きに走っている。
それを追いすがる放置民たちは、味方ががっつり射線に密集しているいま、後方からの砲撃を処理することはできず、正面からくらって一気に殲滅状態に陥った。
GVRA軍の近距離部隊は集団の中心部に居た連中の被害が大きい。
その殆どは自軍からの砲撃によってPKされていた。
左翼、右翼にいた連中は、射線からそれるように各々が更に左右に展開することで、被害は皆無であった。
もちろん、キティやダーティーな連中は最初からそのあたりに布陣している。
中距離部隊がいる・連携は完璧じゃない、それだけでこの戦場で真ん中に寄ってたらヤバそうだ、とEdgeに巣食う連中は察知する。
わからないのはギルドメンバーだ。
彼らもEdgeの住人に違いはないが、あくまでテンションは他のゲームと同じで、常にPKの危険性にさらされている野良プレイヤーとは、そのあたりの危険察知に大きな差が有る。
特に、ギルドのクオリティが高いサウザンドフィールドではその衒いが強かった。
しかし、その中でも敵の武器を観察しろと命じられた臆病な連中は常に後方に居て、しかも戦場の中心に自ら赴くことは避けていた為、被害はないに等しかった。
とにかくも、初戦は街の中に入るまでもなくGVRAが勝利する。
しかし、腕章のガスマスクからするとこの戦いの展開は全く望んだものではなかった。
街の外に出撃してきた敵は、結果的には長距離攻撃を受けた後に出現した放置民が殆どで、白翁党は1割にも満たず、しかも参加した者たちの目的はこちらの観察であり、PKできずに逃したものが多かったのだ。
中距離集団からの攻撃を察知して、最も敵が密集している城門に突っ込んで街の中まで侵入したキティを始め数名のやばい奴らが、逃げに転じた白翁党の何名かをPKしていた。
彼らが侵入した範囲では街の中はもぬけの殻で、白翁党の本隊は、最初の長距離攻撃が始まった時点で速やかに撤退していることが感じられた。
「逃げた奴らはどこいったと思うよ?」
侍がベンチに腰掛けた腕章のガスマスクに尋ねる。
とりあえず街の中に移動して、転移ゲートのある刑務所とその周辺にGVRAは集っていた。
檻は空で、軽犯罪者エリアも元の街と違って中世ヨーロピアンな雰囲気だ。
そこかしこでカフェでキャラクタがくつろいでいる。
「人員の少ない街に補充された・一番多いところに集まって強化を図った、どちらかだろう。
運営はグエン派の勝利条件に、こうっやって街を奪われたらだめで、イベントに勝ちたいなら奪い返せと設定しているが、落がいる限りそんな馬鹿げたことはしてこない。
監察班と忍者をもう一度動かして、また圧倒できる街を襲うぞ」
腕章のガスマスクの行動は相手がどういう出方をしても変わることはない。
「今、奴らは兵力分散状態で、俺達は各個撃破を実現している。
俺たちがイベントの事を無視しているのに気づいたら、敵も同調して兵力を集める。
配置兵力の少ない街と同時に、増えている街を探し出すんだ。
そこが白翁党の拠点である可能性は高い」
後輩ガスマスクはマスクの下で目をギラギラさせながら腕章のガスマスクに問う。
「そこに集めてるんすね? 敵を。
で、集まったら一気に叩くつもりなんすよね? 集めるんですから。
どうやるんスカ? 味方ごと撃つんスカ? そうなんでしょう!!」
キティと金髪幼女があまりの鬱陶しさに二人でケツを蹴り上げた。
突っ伏した後輩ガスマスクに二人は更に暴行を加える。
「お前が黙ってたから被害が増えた」
金髪幼女がまたケツをける。
「……」
キティは無言で、倒れた後輩ガスマスクの腹をける。
「ご、ごめん、ごめんてっ」
PKしちゃったら雑用が減ることを分かっている二人はそこそこでやめる。
「まあ、味方を撃つかどうかはその時の状況によるが、集めて叩くというのはその通りだ。
で、その為に侍、お前にやってもらいたいことがある。
味方に引き入れてほしい連中がいるんだ」
「……お前ろくでもないこと考えてるだろ?
誰だよ、その連中ってのは」
立ち上がりながら後輩がため息を深くついた。
「誰でも良いじゃねえスカ、このゲームにまともなやつは一人もおらんでしょう」
「なるほど、誰でもいいぜ、お前も一緒に行くんだから誰でもいいぜ」
侍の言葉にすぐさま逃げ出そうとする後輩であったが、キティが足をかけてまた転ばす。
「なんでも、非暴力を徹底している宗教団体が有るそうじゃないか。
今回の騒動でも生き残っているらしいが、俺は奴らにとても興味が有る。
まあ、思想はともかくとして役に立てて見せるから連れてこい」
「『 偉大なる魂 』……また一番マニアックなプレイしてる奴らをわざわざ……」
このEdgeという暴力と不道徳でできたような世界の中で、非暴力主義を掲げる常識はずれな連中が存在している。
なかなか強くなれないプレイヤーの駆け込み寺として、人員はサウザンドフィールドを優に超して、1万を有するかなり大きな組織であった。
彼らは、PKの標的になっても絶対に反撃しない。
その代わりに一人がやられると至るところから集まってきて、犯人の周りで祈り始める。
場合によっては逃走の致命的な邪魔になり、プレイヤーからはかなり恐れらているのだ。
どうしてそんなに迅速に集まれるかと言うと、教団はギルドとして運営されており、メンバーの位置は常に共有されていることが一因だ。
そして、とりわけテレポートの能力を有するキャラクターが多数所属しているという特徴があった。
実は、プレイヤーが使えるテレポートにはかなり多くの制限があり、戦闘ではほとんどメリットを得られない。
遠くに飛ぶことは得意であるが、細かい調整は超絶難易度が高く、予備動作も大きく、再出現時のエフェクトも目立って、しかもフレームが多い。
つまり予想できてしまうため、戦闘中に敵の近くに飛んだら出てきた瞬間叩かれるのである。
よって、テレポートを主軸に戦おうとしたプレイヤーは多くが落ちぶれ、教団を頼ることになる。
その自衛の手段として、教団に手を出したら100人単位で集まって取り囲んで祈られちゃうぞ、という恐ろしい手段に出たのであった。
また、テレポーターはとにかく逃走が得意だ。
高レベルになると尋常ではなく飛ぶ距離が長いので、彼らがPKに成功したら警察でも追いつくことが難しい場合が有る。
この事実は自明に、教団を怒らせたらPKされちゃうかも、という恐怖をプレイヤーに与え、彼らを狙うプレイヤーを更に減らす一因となっているのである。
ということで、Edgeにおいて似つかわしくない非暴力集団『 偉大なる魂 』は、ものすごく恐れらているのである。
「教祖を説得して味方にしろ」
「言っておくがな、教祖がやばいやつってのはEdgeの全員が知ってるくらい有名だぜ?
やってることが矛盾だらけでトンパチのてっぺんみたいなやつなんだから……
行ってはみるけどよ、期待するなよ」
腕章のガスマスクは侍にタバコの箱を渡す。
侍はそれを受け取ると、他にはなにも言わず背を向けて街の出口へ向かった。
血走った目で腕章のガスマスクを睨む後輩を引きずりながら……