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GVRA

第十話 GVRA




20:00 夜の帳が仮想空間をつつみ、荒野の夜空には星がまたたく。


この時期、Edgeは初夏の日本をイメージした涼やかな風が吹き、荒涼とした大地にも草原が現れ、夏草が揺れるホタルの川が流れる。


一度森のダンジョンに踏み入れば虫たちの声と、ほのかに光る不思議な植物がおりなす幻想的な風景が自慢であった。


そんなひと夏の思い出を演出してくれそうな夜、グエン派の蜂起による一斉PKの生き残りと、後からのイベント参加者、そして檻に入ってたやつら、総勢3万の集団は、腕章のガスマスクが管轄した街の刑務所に集結していた。


アウトロー組とサウザンドフィールドメンバーが二分して分布しながら、大混雑である。


「おお?! 何だこらああん?! やんのかおらあ!」


「良いだろう、貴様らがいま踏み越えたものが何なのか……教えてやろう」


グループの境界線ではずっと諍いが起きていて、何件かPKも起きている。


しかし、警官は全く反応できていない。


刑務所の機能を完全に停止させる方法として、刑務所長のPKがある。


放置民は同時多発PKにより逮捕機能の限界を突破し、間接的に刑務所・警察機構の機能を停止させた。


その後、白翁党が大群で刑務所を占拠し、それぞれの所長をPKすることで全世界の刑務所は機能を完全に停止することになった。


現在、腕章のガスマスク達が管轄する街の刑務所には、逮捕権限を司る所長が存在しない。


よって、この刑務所の機能は、警官の逮捕権限を含めて停止しているのだ。


この刑務所を占拠したのはキティ個人という扱いになっていた。


その点について集団は何の興味も持っていない。


腕章のガスマスクにとっても些事であった。


ここでキティがグエン派を選択する場合、大問題であったのだが。


それよりも、目下仲間割れが深刻であった。


一旦は同じ方向を向いたアウトロー達であったが、普通のMMO的な楽しみ方を独自に探求しているサウザンドフィールドとは、とにかく普段から仲が悪い。


ダンジョンで出くわそうものなら、モンスターよりまず警戒すべき相手同士であった。


そのメンバーが大量に流入し、あまつさえ自分たちのテンションを押し付けようと言うのだ、面白いはずがなかった。


「城でプログラム相手の戦略でも練ってろポンポコピー共が!」


「っか~これだからでかいギルドってのは!


一回パーティー組んでダンジョン行ったから知ってんだよ俺は。


やれ生存効率だの、アイテム回収率だの、助け合いだのと知るかボケェ!」


「いいか、バカ野郎この野郎!


ボスを倒したら即座に逃げるか、腹をくくって総取りデスマッチ!


それ以外ねえんだよこのゲームにはよ! わかんねぇのかそんな簡単なことが!」


アウトロー側の言い分は、むしろEdgeの気風を考えると正しい意見で、このゲームを作った中年男性チームの意に沿うものである。


「わからないのは君等だ。


今、我々は同じ敵をして勝利を目指しているんだ。


組織的な動きをしようというのなら、我々のノウハウに乗っ取るのは至極当然だ。


なぜなら君らはそんなだからだ」


「わたし、一緒にパーティーくんだから知ってるんだ。


確かに……その……ちょっと楽しかったし、いつもと違うノリで、正直ギルドメンバーに比べてその時のみんな……かなり格好良かったよ。


でもさ、勝ちたいじゃん、だから協力しなきゃ」


「ドロップしたアイテムをチームで分配することは、先々に個人の強化につながることぐらい分かるだろう?


それはつまり君等が求めてる、もっと面白いPK対戦にも直結してるんだ。


目の前の面白さだけを追求して、大きな獲物を逃してるんだぞ。


ゲームをもっと見つめないと」


サウザンドフィールドのダンジョン突破ノウハウは、このEdge全土でも屈指のものを持っている。


確かに、集団が関わる今回のイベントに関しては、彼らのノウハウは有利に働くものだっただろう。


「とりあえず2番めに話したEdgeではレアな女の子、アンタはありがとう」


「そうだな、天使だ」


「キティとは大違いだ」


「あいつは名前だけキティで本性は『 初期のフリーザ 』だからな」


腕章のガスマスクは侍に、メガホンを使って場を収めるよう言い渡す。


広大なドームのようになっている軽犯罪者エリアの天井に、巨大なディスプレイが展開され、侍の姿が映る。


『 サウザンドフィールドの同胞、聞け! 』


副長の言葉に諍いを起こしていたメンバーも、境界線から遠くで意見交換に盛んだったものも、姿勢を正し注目する。


その統率は流石にEdgeで名を馳せ、グエン一派の蜂起に対処しただけはある、と腕章のガスマスクにも感じさせるものだった。


侍の威勢にはアウトロー達にも惹かれるものが有り、境界線から離れたところで喧嘩していた連中も、彼を注目することになった。


『 伊藤は1000のギルメンを敵にやった。


何故だ?! 』


「ちょいちょい、侍さん、その言い回しはちょっと......」


アウトロー達の方で『 坊や......さ 』 と言う呟きが一斉に聞こえてくる。


注意するガスマスクに侍は、無理にでも聞かすためだとばかりに無視する。


『 落に討たれるわけにゃいかなんだのさ。


見てみろ、こいつは賭けに違いなかったが、憎たらしいガスマスクの大将が、ギルドの姫様を助けてくれたぜ? 』


金髪幼女は、所長をくくっていた切り株に座った腕章のガスマスクの袖をつかんで、左に佇んでいる。


右ではキティが落を真似てタバコを咥え、俯きがちに何か思案する表情を練習していた。


『 義理を返さにゃならねえだろ?


それで初めて、姫様の手綱を返せと要求できるんじゃねえのか?


初めて、受け取る権利があるんじゃねえのかよ。


いいか、ここは一つこの大将のやり方に乗るんだ。


俺達全員でな。


わかったな!


わかったら明日の深夜2:00までだけ、ゴロツキどもと手に手をとれ!


頼むぜったくよう 』


侍の筋を通そうとの言葉は、どちらかと言えばアウトロー寄りの発言であり、彼らの琴線に触れるものだった。


「いいこと言うじゃねえか!


あんたは確かに参謀ってやつだな。


いいぜ、おい、腕章の!


いいイベントにしろ!」


「話のわかるやつが頭はってんじゃねえか、お前らもちっとは見習えってんだったく」


「早速手に手を取ろうぜ。


さっきのお嬢ちゃんどこだ?」


以前、混ざり合うには程遠いながら、臨戦態勢はお互いに解除されている。


これが集団に対する侍の仕事になっていくことは、腕章のガスマスクの希望にそう事実であった。


「侍。


この事案には当初から世話になってるが、おそらく最終局面でも貴様は主演の一人だ。


お互い遺恨はあるがエントまで付き合ってもらう」


「今更だぜバカやろう」


魔王を手中にしたことで腕章のガスマスクは、集団のリーダーと言う認識を総意として得ることになった。


彼は思案する。


(魔王の真価とやらは過激すぎて使いどころが難しい。


アーティファクトとやらは存外に取り回しが効かないな。


いずれ放置民もその類だろう)


マスクの底で視線を鋭くしながら思案する。


彼は目的を整理することに、これまでも多くの時間を割いていた。


(治安を回復する。


例え、グエンの主張・PK不可の時間を採用するにしても、それは運営の自由意志によってこそ治安は維持される。


グエン派の武力行使に屈したが為であってはならない。


現状、治安回復・維持を具体的行動に落とし込めば、それはグエン派の打倒であり、イベントでの勝利と同義だ)


大義名分をもう一度パッケージ化し、彼は動き出した。


(こいつらの神輿に乗るのは不本意だが、俺の目的を鑑みれば幸運なことだな。


まったく、得難い体験だ。


それに.......不思議と昂る)


迷彩服の首元を一度掴み着心地を整えて、侍へ今後の方針を告げる。


「まず集団を役割で分ける。


さしあたり急ぐのはスパイ組織だ。


個別の把握ができているサウザンドフィールドからその筋の手だれをくれ。


ギルメン以外は武器種で分けるしかない。


難儀なことにこのゲームには職業というのがないからな」


「全くバカなゲームだぜ。


ギルメンだけじゃ数は足りねえ。


急ぐんだろ、とりあえず走らせるが、後で補充が要るぜ」


「この段階での目的は二つだ。


グエンの居場所と、敵の少ない街の把握だ。


頼むぞ」


「あいよ」


侍は早速ギルメンに指示を飛ばす。


『 ようああ、早速仕事だぜ?


最近暇してたらしいじゃねえの。


汚れも仕事があってこそだな。


さて、忍者部隊の実力を見せろ 』


腕章のガスマスクは全体に通信を開いた。


『 できれば刑務所内にいてくれ。


街の外は禁止だ。


無断で管轄外に出たらPK対象で頼む。


俺は大体ここにいるからそのつもりでな。


どこから攻めるか決めていくんだが、まずは俺たちの性格を知りたい。


自分のメイン武器をこいつらに伝えてくれ。


通信じゃ無理だろうから直接言いにきてくれ 』


腕章のガスマスクは噴水の公園に、後輩ガスマスク初め30名ほどの警察を並ばせた。


横一列に。


目を見開いてマスクの下でも青くなっているのがわかる後輩を手招きする。


他の警察も口を開けて天を仰いだ。


「先輩! そういやこないだ欲しいって言ってたあれなんすけどね......」


「仕切れ」


後輩は悲痛な叫びを上げながらくずおれた。


泣きながら立ち上がり、申請フォームを作って全体チャットに流し、メガホンで仕切り始めた。


「よお、お前のはそれか、いいもんだな!」


「お前は弓かよ銃があるのに?


渋いな!」


『 そんな遠くでわちゃわちゃ出すな!


どうせ試したくなるんだから今はしまえって 』


やっぱりスムーズにいくわけないと頭を抱える後輩の目の前で、事態はさらに混雑していく。


「ほう、ギルド内でも見たことのない武器が多数だな。


ちなみに私のはこのランスだ」


「いいじゃねえか!


真面目づらほどイチモツは凶悪だってのも嘘じゃないらしい!」


『 混ざるな混ざるな、ギルドの!


こんな時だけ仲良くすんな! 』


後輩は深い溜息と止まらない胃痛に悩んだが、作業の進みは思いの外順調で、総勢3万に達しようという集団のメイン武器がデータベース化されていく。


段取りを外側から見ていたサウザンドフィールドの情報処理部隊が加勢してから、処理能力は飛躍的に上がり、あっという間に整理されてしまった。


出来上がったデータベースをもとに腕章のガスマスクは、情報処理部隊をあてにして遠距離、中距離、近距離と3カテゴリに分類した。


その中からスパイ班への加勢を割いたが、これが遠距離グループから選抜されたことは、サウザンドフィールドのメンバーには意外であった。


「チームワークも定かでない連中に、忍者やアサシンみたいな働きは無理だ。


だが、観測の真似事ならできるやつもいるだろう。


何より帰還率が高い。」


さらにギルドメンバーを驚かせたのは、3カテゴリ以上に分類を分けず、実戦にもこのまま参戦する、という暴挙だった。


これに腕章のガスマスクは飄々とことばを添える。


「大丈夫だ」




首脳陣が戦いの準備に勤しむなか、集団では一つの話題がピックアップされ、SNSなどを介して大きな盛り上がりとなっていた。


それは、要約すれば集団に名前をつけるというアクションで、有志がコンペを開いて一つの答えを導いていた。


そのことが軍団のカテゴリ分けが一段落した腕章のガスマスクの元へ知らされたのは、20:30頃のことだ。


かれこれ1時間以上、放置民・白翁党ともに街への襲撃は見られていない。


これは腕章のガスマスクにとっては僥倖である。


なぜ襲撃がないのかは、この時点で彼らには知る由が無かったが、とにかくも戦う準備期間を得たのは、実を言えばなによりも大きな利点だ。


腕章のガスマスクのもとにある無名の集団と、グエン一派の最も大きな違いは、軍隊として組織化され戦う準備が整っているのか、いないのかという点であった。


その準備を1時間で終えてしまったこともまた、戦局を揺るがす大事であったが、それはさておき腕章のガスマスクのもとに届いた集団の名前は、とにかく酷かった。


ジェントルメン ヴァンキッシュランタイム アンド アッセンブリー


頭文字をとって『 GVRAゲバラ 』だ。


『 紳士による打倒のため、もしくは紳士を打倒するための実行機能とパーツから構成されるユニット(.exe) 』 といった具合の意味が発案者の意図するところのようだ。


「どちらかといえば放置民やグエンにこそ、ゲバラという響きはふさわしいだろうにな。


まあいい、好きにしろ」


腕章のガスマスクにとって些事は些事である。


後輩や侍に意見を聞いていれば、このような名前が採用されるはずもなかったが、この名前は運営の知るところとなり、イベントマニュアルに追記され、大いにグエン一派を挑発することとなった。


20:40分頃、未だイベント開始までは多くの時間が残されていたが、事態は急激に動き始める。


腕章のガスマスクのもとに、世界中に散らばっていたスパイと観測班の一報が届いた。


放置民と白翁党の混成集団が、未だ自立している『 最悪の街 』を襲い、返り討ちにあったというのである。


撤退のために増援の動きもみられると報告を受け、腕章のガスマスクは行動をおこした。


「敵が少ない街の情報をくれ。


一番近い場所を襲撃する」


2名の情報処理部隊が、腕章のガスマスクの傍らで仕事に当たっていた。


一人は髭デブ、といった形容が似合うのか、ずんぐり太ってチリチリと短く硬そうな髭が目立ち、つば付きの帽子、黒の丸首シャツ、パツンパツンのGパンで、デスクトップPCタイプの杖に分類される武器を操り、多画面を空中に展開していた。


もうひとりは白衣を着た長身の女性。


短い髪、細い目、楽しげな口元だが、極めて無口。


彼女の眼前には真っ黒なディスプレイが一枚展開されている。


その中には0と1のみが一見無秩序に並び、一部は常に変動し、尋常ならざる速度で内容が書き換わっていく。


彼女はそれを盾といったが、これでなにかを防ぐ場合、普通の防御とはちがった現象が発生するだろうことは、誰にも明らかだった。


彼女は、腕章のガスマスクに、どの程度の規模で出撃するかを問う。


二人はすでに大方のキャラクタのスキルをまとめ上げ、戦力として機能する割ふりを作り、出撃指示を出す準備まで整えていた。


サウザンドフィールドの中枢部を握っていたのは彼らか、と感心する腕章のガスマスクだが、この時に限っては、彼の返答は情報処理部隊の手腕と努力を無駄にするものだった。


「全軍だ。


一人として残さず、全員で出る」

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