繰り返されるプレゼント(2)
「やだ、すごい。良かったじゃない、レイチェル!」
ソフィアが手を合わせ、頬を染める。お兄様も満足げだ。
え、え、え、待って。待ってよ。
何故かあっさり事態を受け入れてる二人に対して、私は全く受け入れられない。
何だってアイザック様が、私へプレゼントを?
確かに、ダンスを踊ったり二人きりで話したりした……けれど、いわゆる良い雰囲気だとかロマンスだとかは一切なかったはずだ。私達はプレゼントを贈り贈られるような関係じゃない。
複雑な表情をする私の頭へ、お兄様がポンと手を置いた。
「信じられないなら、カードの署名でも見てみろ」
そうだ!カードがあった。すぐさま開こうとして……再び止まる。
お兄様が、私の手元を覗き込んでいる。
「覗かないで!」
頭に置かれた手を振り解いた。
例えば、贈り主が本当にアイザック様で、さらに社交辞令で“美しい貴女へ”だの、“愛を込めて贈ります”だの書かれていたら……絶対に揶揄われる。
お兄様に見られないよう、身体で隠しながらカードをそっと開く。
[ 祝いの品です。アイザック・ベンシード ]
そっと閉じる。
「…………」
またそっと開く。
うん。本当に、アイザック様からのプレゼントだった。驚いた。それも驚いた、けれど。
あれ?カードって、もうちょっとこう、何か言葉を入れるもんじゃないの?こんな書く意味あるのかって言いたくなる一文だけって……。
「あらあら。随分と素っ気ないわね」
ハッとして頭を上げると、目の前にソフィアの顔があった。
お兄様と反対側から覗き込んでいる。
「ソ、ソフィア!!」
「口下手とは聞いていたけれど、これは酷いわね。褒め言葉のひとつも入れられないんじゃぁ、ダメよ」
「レイチェルに褒められる所が無いだけだろう」
ソフィアに気を取られてる内、今度はお兄様がカードを盗み見る。
もう!この二人は!!
「ちょっと!!アイザック様はそこまで酷い口下手じゃないし、私だって褒められた事くらいあるわよ!」
「へぇ。そうか」
「なんて言われたの?」
「え?それは……」
美しい、とか、なんか、そんな感じの事を言われた……けれど、それを二人に言ったらどうなるか、火を見るより明らかだ。
口ごもり、頬に熱が集まった。
「あらあら、まぁまぁ」
「ふぅん。あのアイザックがなぁ」
「それを言うなら、あのレイチェルが、でしょう」
二人で目を細め、口角を上げる。私が反論しようとしなかろうと、揶揄い続ける構えだ。お兄様とソフィアが揃うと、いつもこうなる!
「私、お部屋に帰る!!」
「あら、まだ話を聞きたいのに」
「お前はすぐそれだな。友達なくすぞ」
こうなってしまったら私は退散するのが一番良い。まったく、私の誕生日だというのに酷い話だ!
女神像を例の部屋へ運ぶよう指示しながら扉へ向かう。
「ソフィア、誕生日プレゼントありがとう。どうぞ、ごゆっくり!!」
客人を置いてバンッと扉を閉める。
何も気にする事はない。お兄様とソフィア、二人は好い仲なのだ。私の婚活に構うより、まずそちらを整えて欲しい。
自室へ戻り、ベッドにダイブした。
あー!!アイザック様とは本当に何でもないのに!お兄様もソフィアも取り合ってくれないんだから、嫌んなっちゃう。
もだもだと手足を動かし、動かし飽きた所でごろんと転がった。天蓋を背景に、先ほど受け取った小箱をかざす。
アイザック様も、なんだってこんなプレゼントを?いや、貰えるのは嬉しいけど。1回しか会った事ないのに……。
「……あれ?」
何だかこの箱、やたら見覚えがある。正確に言えば、この大きさ。
がばりと起き上がり、改めて小箱と相対する。
カードを手に取り、再確認した。やっぱりアイザック様の署名だ。
ひと呼吸おき、ラッピングを外す。
ゆっくり箱を開けた。
「リボン……」
出てきたのは、山吹色のリボン。私の瞳と同じ色。
繊細な刺繍とレースが施されている。
掴み取り、ベッドから飛び降りた。クローゼットへ入り、一番手前…… 一番取り出しやすい引き出しを開ける。
あるのは11本のリボン。全て同じ山吹色でありながら、どれ一つとして同じものは無い。様々な素材や趣向で、それぞれに個性がある。
12本目のリボンを並べた。
何の違和感もなく、そこへぴったり納まる。
他のどれとも重なる所がない。それでいて、揃いで作られたかのような統一感を持ち合わせている。
きっと、全て、同じ人が選んだから。
「…………コナー?」
『ごめんね。もっと良い物を贈れれば良いんだけど』
『ううん、素敵!今つけても良い?』
『いま?』
『そう、今!コナーがつけて!』
『男の人に髪を触らせるものじゃないよ』
『コナーだから良いのー』
慣れない手つきで結んでもらったリボンは……少し不格好で、でも嬉しかった。それから誕生日にはリボンを貰って着けてもらう、それが恒例になって……。
他の令嬢は婚約者から宝石やドレスを贈られてたけれど、私には、これが、何より……。
ポタリ、ポタリ。
リボンに落ちた雫が光る。まるでダイアモンドのように。
12本、ある。12年、一緒にいた。
最初に貰ったリボンから、ひとつずつ撫でて行く。
気に入ってたヌイグルミと合わせたリボン。
子供っぽいって揶揄われてから、コナーの前だけで使っていた。
ちょっぴり大人びたデザインのリボン。
年上のコナーに追いつきたくて、お母様の髪型を真似たり難しい本を読んだり、いつも背伸びをしていた。
これは川へ落としてしまったリボン。
コナーが夕方まで一緒に探してくれて、泣きながらお礼を言ったら頭を撫でられた。
『っく……ぅぅ、コナーぁ』
『ほら、もう泣かないで』
『ごめん、ね、っ…あ、ありがとう』
『うん。どういたしまして』
社交デビューした年に貰ったリボン。
『デビュタントに色付きのリボンは着けられないよ』
『えー、やっぱり?お守り代わりに着けて行きたいのに……』
『それなら大丈夫。リボンはダメでも、僕がそばにいるから』
去年貰ったリボン。
『ずいぶん髪が伸びたね』
『うん、伸ばしてるの!コナーは長い方が好きでしょう?』
『……どうして?』
『よく目で追ってるから』
『それは逆だよ。レイチェルの髪が長いから…』
『長いから?』
『………………いや、何でもない』
『もしかして、私に似た人を見てただけ?』
『………』
『あぁ、もう!コナー大好き!!』
『……僕も、好きだよ』
今年の、12本目のリボン。
確信がある。これはコナーが選んだ物だ。コナーが……選んでくれた物。
優しい過去は遠く、手が届かない?
それとも…………今へ、繋がっている?
パッと、あるイメージが脳裏へと鮮やかに描き出される。
リボンを全て掴んでデスクへと駆け寄った。重ねてあったデザイン画をバタバタとひっくり返し、見つける。
派手さは無いけど、シンプルで落ち着きのある、上品なドレス。どこまでもコナーの好みに合わせたデザイン。
そのデザイン画の上に、幾重ものリボンを重ねた。