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繰り返されるプレゼント(1)

 

「超!超!優良物件よ!」


 覆い被さるように迫られ、のけ反り、半歩下がった。


「……物件?」


 うんうんと頷く友人は、果たして私の言葉が耳に入っているのかいないのか。

 出会い頭から“聞かせなさい”“聞かせなさい”と繰り返され、何の事かと尋ねたら、今度は優良物件という謎発言ときた。


 応接間へ着いたので、とりあえず椅子を勧めながら話の内容を確認する。


「えーっと……どこかにお屋敷でも買うの?」

「やだあんた、なに言ってるの?」


 それはこちらの台詞だ。

 お互い眉を寄せ、口をへの字にして首を傾げる。まるで鏡のよう。


「ねぇ、ぼんやりしてる場合じゃないのよ?アイザック様の事に決まってるじゃない。アイザック・ベンシード様」


 肩に手を乗せ、姉が妹を諭すように語りかけてきた。同い年、生まれ月で言えば私の方が年上なのに、何故かソフィアの方が姉っぽい。


「アイザック様?……が、お屋敷を買うの?」

「何の話よ。お屋敷から離れて」


 物件と言い出したのは彼女の方なのに。不満をそのまま顔に出したけれど、気にも留められない。


「コーラルク伯爵の夜会で、アイザック様と踊っていたでしょう?」

「え、見ていたの?」


 あの夜、結局ソフィアには会わなかった。コナーに突き放されたショックで立ち竦んでしまった私を、お兄様がさっさと帰したから。


「見ていたわよ。しっかりはっきりとね」

「声を掛けてくれれば良かったのに」

「そんな野暮な真似できないわ」


 野暮って。まぁ確かに、婚活の一環で紹介された相手ではあるけど。


「レイチェル。あんた全然わかってないわね」


 ずっと立っていたソフィアがやっと長椅子へ腰かけ、足を組んだ。私も向かいの椅子に座る。


「アイザック様はね、基本的に皇太女殿下しかエスコートしないの」

「ふむ?」

「ましてやダンスだなんて。おそらく殿下以外で彼と踊ったのは、あんたが初めてよ」

「え?そんな!」


 なんて勿体ない!!


 アイザック様はそれはもうダンスがお上手だった。あれは見るより断然、一緒に踊るのが良い。もっと皆で共有すべきだ。思い出しただけで気分が高揚し、うっとりしてしまう。


「あら?あらまぁ。ふふっ」


 ソフィアが口元を押さえて目を細めた。どこか笑える所、あっただろうか。


「何か面白かった?」

「ううん。ただ、思ってたより速く気持ちを切り替えられたようで、良かったなって」


 気持ちを切り替えた?これまた何の話だろう。


「やっぱり失恋の痛みを癒すのは、新しい恋よね」

「……へ?」


 あたらしい、コイ。あたらしい、鯉。新しい………恋!

 やっとソフィアの言いたい事を理解して、慌てて首を振った。


「ちち、ち、違うわ!そんなんじゃ」

「恥ずかしがる事ないわよ。自分の気持ちに素直になって」

「私はいつでも素直よ!!」


 むしろ素直過ぎて、いつまでもコナーに婚約破棄を突き付けられない。

 けれど、私がどんなに否定してもソフィアの中でその恋とやらは確定事項のようだ。全く取り合ってくれない。


「アイザック様って条件は良いけど、あまりに無口で女性を寄せ付けないでしょ?」

「え?あぁ……まぁ、そんな感じね」

「そんな彼とあんたは絶対に馬が合う〜だなんて、初め聞いた時は信じられなかったわ。でも、本当にそうだったのね」

「何それ。お兄様が言ってたの?」

「え?」

「え?」


 また鏡のように顔を見合わせる。

 お兄様以外に、私とアイザック様と共通の知人でもいただろうか。


「あ……えぇ。そうね」


 ソフィアが歯切れ悪く答え、見向きもしてなかった紅茶へと今さら手を伸ばす。彼女はいつもハッキリとした物言いをするのに、珍しい。


「それにしても、これはもう必要なかったかしら。いえ、むしろこれが引き寄せた良縁?」


 話を切り替え、ソフィアが傍らの荷物を見上げる。なぜか彼女自身の手で運んできた、大きな荷物だ。私の身長と同じくらいの高さがある。

 ソフィアの侍女が覆っていた布を剥ぎ取った。


「今年のプレゼントはこれ、タンヤー国のマナァムに伝わる、結婚を司る女神像よ!」


 自信満々で胸を張り、頬を染めて誕生日プレゼントの紹介をする。


「め、女神……?」


 ソフィアが女神と称した像を見て、眉をしかめる。

 確かに、身体の方は大雑把な彫刻だけれど女性のようだと分かる。けれど、問題は顔だ。尖った頭にウサギの耳を生やし、細い線のような目を怪しく歪ませ、アリクイのような口をした彼女は……女神と言うより化け物だ。


「なかなかに美人さんでしょう?」

「へ!?う、うん?そう、かも?ね?」


 想定外の評価に、かろうじて肯定を返す。否定すると熱く語られるだけだから。


 “実用品は自分で買うのだから、プレゼントは自分じゃ絶対に買わない物を送るべき”という信念を持つソフィアは、毎年、珍妙なお守りや木像をくれる。

 この屋敷の一室は彼女からの贈り物でいっぱいだ。その部屋へ入ると、とにかく何かしらのパワーだけは感じる。


「こういうの、いったい何処で買ってるの?」


 こんなソフィアをピンポイントで狙ったような品、輸入コストや需要を考えると、なかなか仕入れ難いと思う。どれだけ豊富な品揃えをしてるんだろう。


「ウィーナシュ・グロウ商会よ」


 うちだった!

 まさかお父様、本当にソフィアだけを狙って仕入れてるんじゃ……。

 父親の商い根性に軽く身震いする。


「これまた……面白い物を持ってきたな」


 突然現れた男性の声。けれど誰も驚きはせず、声の主へと目を向けた。


「お兄様!来客中に勝手に入って来ないで!」


 注意するも、全く聞き入れられない。お兄様はしげしげと女神像を鑑賞している。

 マナー違反も良い所だけれど、お兄様の登場を嫌がってるのは私だけだ。ソフィアの侍女は女神像を兄が眺めやすい様に動かし、メイドは新しい紅茶を淹れた。ソフィアは“面白い”という評価を肯定的に捉え、嬉しそうにしている。


「ソフィアのプレゼントを見る為だけに、入って来たの?」

「いいや。これを渡しに来た」


 そう言って、お兄様が懐から取り出した小箱は……綺麗にラッピングされていた。


「……え!」


 女神像を見た時にも出なかった驚きの声が出る。

 お兄様にプレゼントをせびれば、いつも“じゃぁ愛をやろう”とハグ……に見せかけた締め技を仕掛けて来た。子供の頃は何だかんだそれで遊んでもらったけれど、最近は何もない。

 そのお兄様が、私にプレゼント?!


「言っておくが、俺からじゃないからな」


 ひょいと箱を渡される。お兄様が手放すのが早過ぎて取り落としそうになった。


 お兄様からじゃない、というのはストンと納得した。けれど、誰だ。こんな粗雑な兄にプレゼントを託したのは。


「じゃあ、誰から…」

「アイザックからだ」


 添えられていたカードを手に取り開こうとして、止まる。


「…………ん?いま、誰って…」

「だから、アイザックからだ」

「へぇ……………、え!?」


 あ、アイザック様?!





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