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夢現の舞踏会(1)

 

「ごきげんよう。妹のレイチェルと申します」


 淑女らしい微笑みを浮かべ、お兄様の友人と挨拶を交わす。もう何人目か分からない。次から次へと紹介され、そろそろ疲れてきた。休ませて貰いたい。

 お兄様の袖を引き、そのまま要望を伝える。


「ねぇ、お兄様。少し…」

「はっ?!お前、いつの間に婚約したんだよ!」


 お兄様が、たった今紹介したばかり友人をバシバシ叩く。頭をクシャクシャにして、ワインを勧めた。

 ん゛ん゛……タイミングが悪かったか。気を取り直してもう一度。ひと頻り友人を祝い、その場を離れた隙に声をかける。


「お兄様、私ちょっと疲れ…」

「ああ!そうだ。あいつも紹介してやらないとな」


 言うや否や手を引き、会場内をズンズン進む。


「ねぇ、お兄様!…もう!!話を聞いてよ!」

「いでっ、いででっ」


 頬をつねって引っ張ると、身体を傾げたお兄様の向こう側に人影が見えた。どうやら紹介したい友人の元へ既に到着していたらしい。


 慌てて手を離すも、時すでに遅し。相手は眉を顰め、無作法を咎めるような目でこちらを睨んでいた。翠の瞳は皇帝と同じ色彩で、迫力がある。


「レイチェル、気にするな。こいつは元からこういう顔。アイザック、妹のレイチェルだ」

「あ、レイチェルと申します。あの、いつも兄がお世話に……」


 素を見られた後でどう取り繕うべきかも分からず、まごまごとした自己紹介になってしまった。相変わらず険しい顔で見られていて、つい俯いてしまう。


「そう怯えるな。こいつは同僚のアイザック。ベンシード伯爵家の嫡男だ。名前くらいは知ってるだろ」


 え゛!ベンシード伯爵家?!

 お兄様の紹介に心臓が飛び跳ねる。ベンシード伯爵と言えば、皇帝陛下が最も重きを置く臣下だ。同じ伯爵家と言っても、コナーの家とは天と地ほども差がある。確か……伯爵夫人は皇妹だったはず。つまり嫡男の彼は皇室の血も引いてるということ。


 皇城へ勤めてるお兄様の友人とはいえ、全く想像してなかった高貴な相手に肩を縮こめる。そこへ、硬く低い声が落とされた。


「……アイザック・ベンシードです」


 やはり気を悪くしてるのか、名乗るや否やアイザック様が立ち去ろうとする。お兄様が彼の肩を引いた。


「おい、待て。それで終わりにするな」

「………」

「この前ちゃんと話しただろ」

「………」

「あいつは納得してるんだから、これで良いんだよ」

「………」

「お前も結婚相手が必要だろ。俺の妹じゃ不服か?」

「………」


 なんとも……奇妙な光景だ。お兄様が一方的に話してるようで、その実、二人の間ではしっかり会話が成立してるようにも見える。

 しばらく問答(?)した後、アイザック様が私の前へ戻ってきた。その表情は先ほどより幾分か柔らかい。


「……失礼しました」

「へ?あ、いえ、こちらこそ。見苦しい所をお見せして……」


 謝ると困ったような顔をされた。思ったより怖い人じゃないのかも知れない。


「………」

「えっと…」

「………」

「あの…?」

「………」


 お兄様がぽこんとアイザック様の頭を叩いた。


「なんか喋れよ」


 その態度に目を見張る。随分と気安い。仲が良いようで何より……だけど、こんな態度を取って良い相手なのかとハラハラしてしまう。

 アイザック様がこほんと咳払いした。


「……レイチェル嬢、私と踊っていただけますか」


 なんの捻りもない、決まり文句だ。彼の実直な性格をよく表している。

 そして、今まで何度も聞いてきた台詞でもあった。アイザック様とは違う、迫力とは対極にあるような穏やかな笑顔で。



『僕と踊っていただけますか』



 目眩がした。

 アイザック様とコナーが重なって見える。


 コナーもそうだった。真面目で、気の利いた言葉なんて一つも言えなくて。だからソフィアにも、取り柄は無いけど浮気の心配も無いなんて言われてて……。


 なのに、なのに…………どうしてなの?



「レイチェル?おい、どうした」


 肩を揺さぶられ、ハッとする。目の前には眉をしかめたお兄様とアイザック様。二人とも怒ってるのではなく、心配している。


「あの……大丈夫。ちょっと人に当てられたかな」

「人に当てられたって感じじゃなかっただろ」

「………」


 アイザック様が私の手を取った。壊れ物でも扱うかのように優しく、気遣いながらエスコートされる。

 向かう先はテラスだ。単に休ませようとしてるのだろう。ここは休憩室よりテラスの方が近いし、テラスにはベンチがある。


 手の力加減か、足取りか、とにかく丁寧な扱いが何だかくすぐったい。

 ベンシード伯爵の嫡男は、従姉妹である皇太女殿下のエスコート役と聞いた事がある。女性の扱いは最高クラスという事か。

 感心していると、ふいにアイザック様が立ち止まった。


「どうかしましたか?」

「………」


 踵を返し、今度は休憩室へ向かう。何かあったのかと振り向き、テラスを覗いて後悔した。


 コナーがいる。後ろ姿だけれど、間違いなくコナーだ。当然のように…… 一人じゃない。


 見なかった事にしようと前へ向き直った。

 遅れて、ふつふつと怒りが沸く。


 私は……こんっなに悩んでるのに!!

 コナーは呑気に!好きな女と!自称真実の愛を育んでるっていうの??!!


 分かっていた事だ。けれど現実として目の当たりにすれば、心の揺れ動きは一味違う。


 何よ!何よ!!ばか!ばか!ばか!ばか!ばか!!

 私にだって!私にだって!相手はいるんだから!!!


「アイザック様!」

「っ…」


 強く手を握り、前を行く彼を引き止める。


「踊りましょう!!」


 少しばかり乱暴に、アイザック様をダンスホールへ連れて行く。承諾も受けないまま勝手にステップを踏み始めた。




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