婚約破棄をかけて(2)
「……けっとう?」
「そう、決闘!!私が勝ったら、コナーは今後一切!カミラ・オタンコナスと関わらない!!」
「カミラ・オールス、ね」
なぜかナス嬢の名前を復唱された。え、なに?
「僕が勝ったら?」
「コ、コナーが勝ったら、私が、大人しく……婚約を……破棄……す、る」
想像だってしたくない。
堂々と張っていた胸がしぼんでしまう。
ブンブン首を振って、無理やり弱気を追い出した。
気持ちで負けたらダメ!!
ヒールの邪魔な靴を脱ぎ捨て、足場を確認する。
砂利が痛いけれど我慢だ。万が一にも転んで膝をついて負け…なんてなったら、後悔しきれない。
コナーが私の顔と足下とを交互に見る。
「えっと、一応聞くけど代理人は?」
「無し。私が今ここで相手する!!」
「冗談……ではなさそうだね」
「大真面目よ!」
腕を組んで、フンッと鼻を鳴らした。
コナーはどちらかと言えば頭を使う方が得意で、身体の動きはあまり速くない。普通の貴族子息が受ける武術の訓練も、家の手伝いが忙しかったりでまともに受けてない。
対して私は、護身術の稽古をきっちり受けているし、お兄様と頻繁にケンカもしていた。
これだけ見ても勝算はある。それに、コナーは――。
「はぁ…分かった。いいよ、それで君の気が済むのなら」
そう応えて、コナーが落ちていたリボンを拾う。決闘を受ける合図だ。
「これ……」
「あ!膝を着くか、倒れた方の負けね」
大事なことを付け加えておいた。これを言っておかないと、決闘の終わりはどちらかの死になってしまう。ゾッとする。
「…………うん。危ないから、武器は無しだよ」
コナーはリボンを胸ポケットへ仕舞い、いつでもどうぞと両手を広げた。
あれ?まるで、子供と遊んであげる親戚のお兄さんのような……?
いや、そんな筈ない。これは決闘、真剣勝負よ!!
茂みで一匹のカエルが鳴いた。
間の抜けたそれを勝手に始まりの合図として、すっと姿勢を低くした。肩にかけていた上着が翻って落ちる。
コナーを殴ったり蹴ったりするのは物凄く抵抗があるから、頭の中でお兄様の顔を貼り付けた。その顔めがけて左グーパンチを繰り出す。
パシィィン――
何なく受け止められ、続けて右足を蹴り上げる。
ヒュンッ――
今度は躱された。ドレスの裾が無駄に美しく広がる。
回転して左、右と回し蹴り、左チョップに右グーパンチ!
ヒュッヒュンッ、バシッパシン――
全て避けるか受け止められ、右手は掴み取られてしまった。
「な、なんで……!」
「僕の方がリーチもあるし、曲がりなりに稽古もつけて貰ってたからね」
右手を振り解こうとしても、なかなか外れない。
「レイチェル、もう止めにし…」
「やだ!!」
コナーを突き飛ばす形で拘束から逃れた。反動で後ろによろけ、がくっと足を踏み外す。
「あ…!!」
誤って池の方へ身体を引いていた。
お、落ちる……――!!
ぎゅっと目を瞑り、息を止める。
いつまで待っても……水の冷たさがやって来ない。むしろ温かく包まれてる感覚に、そろそろと目を開ける。
間近に見えたのは、銀のブローチ。私が昔コナーにあげたもの。
「コ、コナー?」
「…………」
どうやら引っ張って抱きしめる事で助けてくれたらしい。けれど、そのまま離さずに抱きしめられたままでいる。
「少し……危なっかし過ぎるよ」
そのまま抱き上げられてしまった。
「へ?な、えぇ??」
「足が痛そうだから」
ギクリとする。実を言うと、痛くて痛くて痛くて痛い。靴を脱いだのは失敗だった。
それを顔に出したつもりは無いのに、コナーにはお見通しだったらしい。
重い……んだろう。不安定な足取りで東屋のベンチへ向かう。
「いま私をその辺に放り投げれば、コナーの勝ちだよ」
「……そんな事できないよ」
あぁ、やっぱり。
コナーは私に甘過ぎる。
放り投げるのはもちろん、きっと私の膝を地面に着かせる事さえ出来ない。本気で私と別れたいのなら、この勝負を受けるべきじゃなかった。
「えいっ」
抱き上げられたまま、身体を大きく揺らす。
「っ、レイチェル!危な……い!!」
静止は当然無視して揺れ続ける。元よりギリギリで保たれていたバランスが、一気に崩れた。
最後に思い切り抱きつく。
コナーが倒れて、暗闇に咲いていた花が舞った。
「……私の勝ち」
勝利宣言をする。
覆いかぶさる形で一緒に倒れたけれど、コナーの方が先に倒れたのは明白だ。私は完全に彼の上に乗っているから。
目を丸くしたままだったコナーが、ふっと笑った。
「相変わらず、無茶をするね」
穏やかな笑顔。眉を下げて笑う彼を久しぶりに見た気がする。知らず頬が熱を持った。
「あ、こ、これで!ナス嬢に会うのも見るのも手紙も贈り物も、ぜーんぶ!ダメになったからね!!」
照れを誤魔化して、たった今決まった事を確認する。
二人きりの決闘とはいえ、名誉にかけて守ってもらう!
「……それなら、カミラじゃなければ良いのかな」
コナーが平然と言った言葉に、ヒッと声を上げそうになり……我に帰る。
「彼女じゃなくても、良いの?」
コナーはナス嬢と結婚したくて、婚約を破棄してほしいと言っていたはず。なのに、これじゃぁまるで逆だ。
私がコナーと別れたくなるよう、他の女性の話をしているみたい……。
「……これ以上黙ってても仕方ないね」
コナーは身体を起こして私を抱え直した。近くにあった靴や上着も拾って、再び東屋へ歩き出す。
「全部、話すよ」
優しいようでいて、どこか硬い声。
見上げた横顔からは感情が読み取れなかった。
 




