突然の申し出
花畑の真ん中で、跪き、野花で作ったエンゲージリングを拙い手つきで嵌めてくれる。そっと、手の甲へ口付けられた。
「結婚、してください」
「もちろんよ!コナー大好き!」
込み上げる喜びに任せ、勢い良く抱きつく。コナーが倒れて花びらが舞った。
構わず胸元へ擦りつけば、いつものように頭を撫でてくれる。
「僕も好きだよ。……でも、本当に僕で良いの?」
細めていた目をカッと開き、頭を上げた。
「当たり前でしょ!コナー以外なんて考えられないもん!」
ふくれっ面を作って睨んでやる。睨んでやった…のに、コナーは眉を下げ、優しく微笑んだ。
「ばかだな、レイチェルは」
愛しげに私を見つめてくれる瞳に、胸がキュンと鳴る。
思わず唇を合わせた。ガチッと音がして痛かったけれど、そんなの気にしない。
あぁ、好き!好き!!
◇◇◇
好き…………だったのに。
「という訳だから、僕との婚約を破棄してほしい」
コナーが昔とちっとも変わらない笑顔で、そうのたまった。
彼の腕に絡みつくのは、カミラ・オールス男爵令嬢。コナーのシンプルで落ち着いた装いとは対照的な、派手でやたら宝飾の多いドレスを身にまとい、豊か過ぎる胸を………………チッ。
「あらヤダ。いま舌打ちなさいました?いえ、いいえ。そんな、まさかね。ウィーナシュ子爵令嬢レイチェル様ともあろうお方が、そのような事なさるはずありませんわね」
男に付き添い、婚約者の屋敷にまで乗り込んでくる常識外れは無視してやる。無視だ!無視むし!
「ねぇ、コナー、よく考えて。私と結婚しないで、家の事はどうするつもり?」
私と結婚しなければ、コナーの家、ハグメント伯爵家は借金まみれになる。
彼の祖父が飢饉の際に作り、その後膨れ上がった借金。我がウィーナシュ家が、旧家との繋がりを求め、私達の結婚を条件に長期低利の貸し付けを行なった。
婚約破棄されれば契約時まで遡って利子が改められ、請求額はとんでもない事になる。
コナーは私と結婚するしかない。
「家の事は……大丈夫。何とかするよ」
「どうやって?」
コナーが瞼を伏せたのを見逃さず、すかさず追求する。後ろめたい時や自信がない時は目を逸らす、分かりやすい彼の癖だ。
「ホホホ。はっきり言ってやってくださいな」
カミラ・オタンコナスが腕の力を強め、コナーにより強くそれを押し付ける。くっ、お前いい加減にしろ!
こんな女の為に出してしまったお茶を思い切りぶっ掛けてやりたい。震える拳をもう片方の手で握りしめ、衝動を抑える。
睨み合う私達を見て、コナーは困ったように……けれど、どこか他人事のように笑った。
「レイチェル、ごめんね。衝動的に言ってる訳じゃないんだ。婚約破棄の形を取るけど、父にもウィーナシュ子爵にも話を通してある」
眉がピクリと痙攣した。
は?なに?何を言っているの?
「衝動的じゃなく、私を捨てて、借金を背負って、この女を取るって言うの?!」
「……うん。そうだよ」
「正気じゃない!!」
声を荒げた私に、オタンコナスが勝ち誇ったような顔を、コナーは意表を突かれたような顔をした。
「正気じゃない……か。言い得て妙だ」
優しげに目を細め、瞳を揺らす。
「僕は真実の愛を見つけた。愛する人のためなら、どんな道でも歩める」
瞼を伏せたりせず、真っ直ぐ私を見て言い切る。そのまま視線を下ろし、うっとりするド腐れナスと見つめ合った。
………はぁ?!は、はぁあああああ?
ばっ、ばばば、バカじゃないの??!!
額を押さえ、背もたれに倒れる。
真実の、愛?? 出会ってたった3ヶ月で真実の愛ですって?!
そんなものの為に、人生を棒に振るつもり?!!
借金の額は膨大だった。低利の今でも返済し終わってない。婚約破棄のペナルティを課したなら、彼が事業なり何なりを二、三発当てなきゃ返せやしない。
事業をやるにも元手となる資金が必要だけれど、借金まみれの家に新たに貸し付けるのは、厄介な連中ばかり。
オタンコ……オールス男爵家はうちほど裕福じゃないから、助けるなんて無理。
ウィーナシュ家がハグメント家に情けをかける事もない。私大好きなお父様が、こんな身勝手を許すはずないから。
八方塞がりだ。このままじゃ、コナーは破産する。
隣の女は彼が破産してもちゃんと付いて来るの?
まさか……コナーは最終的に、全てを失う?
「コナー!!!」
テーブルに両手をつき、バンッと音をたてて立ち上がる。口を開き息を吸い、コナーと目が合って……固まった。
婚約破棄したいなんて言われたのに、なんで彼の心配ばかりしているの?
これじゃあ、私の方がバカみたいだ。
「っ……」
どうぞお好きにしてください!
あんたなんか、こっちから願い下げよ!
好きな女と結婚して、勝手に人生終わらせろ!!
バーカ!バーカ!おたんこなす!あんぽんたん!
裏切られた怒りが確かにある。気取ったものから稚拙なものまで、罵倒する言葉は数多浮かんでくる。けれど、ひとつも声にならない。
悔しくて唇を噛んだ。
好きだったのに、じゃない。今もまだ、好きだ。
小さい頃からずっと隣にいた。いつも傍にいて、何かにつまずいた時は、必ず手を差し伸べてくれた。私がお転婆に駆け回っても、友人と大喧嘩しても、女だてらに事業を始めても。
彼のいない未来なんて考えられない。
目頭がジンと熱を持つ。見せたくないものが滲み出てしまう。
「……レイチェル?」
心配の色を乗せた声がした。聞き慣れた声。一瞬、全部悪い夢だったんじゃないかと錯覚する。
私の頬へ伸ばされた手が、けれど辿り着く前に行き先を変えた。不安そうに彼の名を呼ぶ、招かれざる客の頬へ。
あぁ!!!!
見たくない見たくない見たくない見たくない!!
目を覆いながら、悪夢のような光景を指差す。
「つ…!!」
「「………つ?」」
二人の声が揃ったのがまた憎い!!
「つまみ出せーーーー!!!!!!!!」