タクトくんちの賑やかな庭
「おせんべおせんべおせんべやけた!」タクト君はお庭でご機嫌でした。「みてみて、ママ!」
「あらあら、おててが日焼けして真っ黒だわね」
「そうそう!だからおせんべなの、美味しそうでしょ?」
「じゃあ、これくださいな」
「おせんべ二枚で五十二円です」
「はい、五十二円」
「まいどありー」
タクト君とタクト君のママは、二人でうふふと笑って「それじゃあお昼ご飯食べようか」と、お庭から出て行きました。
「今の聞いたかい?」
「聞いたよ」
お話してるのは、お庭の片隅にある植木鉢の花達でした。
「おせんべっておいしいのかな」
「きっとおいしいんだろうね」
「僕達のおてても真っ黒になったらおせんべい?」
「きっとそうなんだと思うよ」
「うわぁ、じゃあ日焼けしなきゃなぁ」
「でも、そうしたら君は自分の手を食べるのかい?」
「えっ?そんなことは考えてなかったなぁ」
「ふふふ。きっとそうなんだと思ったよ」
「ふふふ」
「ふふふ」
それから数日後のことでした。なんだかいつもと違う予感がタクト君の家から流れていました。強い強い雨も降っていて、植木鉢の花達も雨粒に打たれて厳しい顔をしていました。
次の日の朝。
「昨日は大変だったね」
「そうだね、大変だったね」
「まだ、雨に打たれた感触が残っているよ」
「痛かったねぇ」
「そうだねぇ」
花達が昨日のことや、今日の日差しの気持ちいい角度についてなどを話していると、もうお昼になっていました。
「うーん、どうしたのかな?」
「今日は遅いねぇ」
花達は、朝からの日差しで乾いてきているのに、いつもタクト君がジョウロで水をくれる時間になってもタクト君もタクト君のママやパパも現れません。お庭に遊びにもこないし、一体どうしたのかと、花達はタクト君のことが心配になってきました。
「タクト君いますか?」
家のインターホンを鳴らして、タクト君の友達が元気な声を上げましたが、それでもタクト君は現れません。パパとママもです。
「おかしいなぁ」
「おかしいねぇ」
花達の表情はどんどん曇っていきます。
タクト君達が現れなかった次の日。
「みんな風邪ひいちゃったのかな?」
「みんなお花になっちゃったのかもしれないよ」
「大変!それじゃあ動けないよ」
「水をあげる人がいなくちゃねぇ」
「タクト君は大丈夫かなぁ」
みんなはとってもタクト君のことが心配でした。この植木鉢のお花達は、タクト君がママのお腹にいることがわかった日の次の夜に、タクト君のパパが買ってきた植木鉢だったのです。植木鉢のお花達は、どんどんお腹が大きくなるタクト君のママをずっと見守っていて、タクト君が産まれてからのことも、みんなたくさん知ってます。
「タクト君に何かあったのかなぁ?」
「えっ、だって、そんなこと…」
「タクト君はまだ小さいし…もしかしたら…」
「そんなこと言うのはやめなよ!きっとタクト君は何か都合があるだけなんだ。きっと、きっと、元気だよ…」
お花達は植物です。涙を流すことはできません。だけどなんだか花びらがむずむずして、茎がきしきしして、根っこがぐわぐわするような感じがしてしまいます。
「タクト君…」
それから、何日も何日も経ちました。だけどやっぱりタクト君は現れません。あれから雨も降らないし、お花達は乾いて乾いて仕方がなくなってきました。
「うぅー…うぅー、タクト君はどうしたの?」
「きっと大丈夫だよ…きっと…」
「それならいいんだ…いいんだけど…」
「なんだか葉っぱが黒くなってきたね」
「あっ、ほんとだ。」
「おせんべ、だね」
「そうだ、おせんべだ!」
「おせんべだ!」
「おせんべだ!」
「わーい」
「わーい」
「タクト君と一緒だね」
「そうだね」
お花達は少し嬉しかったけど、少ししょんぼりもして複雑でした。その時…
「ねぇ、みんな暗い顔で何を話しているの?」
近くを通りかかったミツバチさんが話しかけてきました。花達は今までのことを話して、ミツバチさんに「どうかタクト君が無事かどうか、家の中を見てきてほしい」と頼みました。
「お安い御用だけどさ、君達枯れかけじゃない?今仲間を呼んでくるからちょっと待ってな。おーい」
ミツバチさんが声をかけるとたくさんのミツバチの仲間達が集まってきました。ミツバチさん達はなにやらしばらく相談をして、「よし、じゃあその作戦で行こう」「ファイトー」「おー」と声をあげてみんなどこかへ飛んでいきました。
「お待たせー」
戻ってきたミツバチさん達は、見たことのないくらい大きな葉っぱをみんなで抱えて飛んできました。
「よいしょ」
「よいしょ」
「もうすぐだよー」
「ふんばれー」
バッシャーン!
大きな葉っぱの中にはたくさんの水が入っていて、ミツバチさん達はお花達の為に池から水を運んできてくれたのでした。
「うわぁ、ありがとう」
「生き返ったような気持ちだよ」
お花達は少し元気を取り戻しました。でも、まだタクト君のことが気がかりです。
「タクト君はどこへ行っちゃったんだろう…」
またしょんぼりしているお花達にミツバチさんは言いました。
「オーケイ、オーケイ、そんなに大切な人なら僕達が仕事の合間に探してきてあげるよ」
「ほんと?」
「ミツバチさんありがとう!」
お花達は、まだしわしわの残る葉っぱを合わせてにこっと笑いました。
その日から、お花達は毎朝ミツバチさん達からお水をもらえるようになり、からからのしわしわだった体も元通りになりました。ミツバチさんもお仕事があるのに、タクト君のいそうな場所をいくつも探しにいってくれました。それでもタクト君はみつかりません。
お花達もミツバチさん達もあきらめかけていたその頃…
「あれ?あれ、タクト君じゃない?」「ほんとだ!そうだ、タクト君だ」
「タクト君!」
お花達は、こみ上げてくる嬉しさに心を震わせました。
「よかった、枯れてないよ、ママ」
「ほんとだぁ、誰かがお水をあげてくれてたのかな…」
「きっとおばあちゃんだよ」
「そうだね…」
大雨が降ったあの日、遠くに住むタクト君のおばあちゃんが自宅で倒れ、そのまま病院へ入院し、お世話やお見舞いの為にタクト君達はずっとおばあちゃんのところに滞在し続けていたのでした。
「おばあちゃんも頑張ったけど、お花達も頑張ったんだね。」
タクト君の言葉を聞いて、タクト君のママは涙を流しました。
「タクトも強く、頑張るんだよ。このお花も、おばあちゃんも、みんながタクトを見守ってるんだからね」
「うん…」
お花達は、タクト君がちょっとだけお兄さんになったように見えて微笑み、太陽に照れていました。