桃太郎(一流)
昔々ある所に、お爺さんとお婆さんが(中略)桃から生まれた桃太郎は、鬼ヶ島へ鬼退治に出かけました。
*
「――あれが鬼ヶ島か。ウワサ通りの孤島だな」
桃太郎は双眼鏡を覗き込んで、ほくそ笑みました。
彼の周囲には「きび団子」一個でお供についてきた「とされる」……犬、猿、キジがおりました。
『桃太郎のダンナ、言われた通りに戦力を揃えてきやしたぜ~』
「大変結構! 戦いとは数だからな。
お前たちには鬼に奪われた食べ物を取り返し、美味しい『団子』の作り方を教えてやると約束したのだ。
その分はきっちり働いてもらわないとなァ」
あれ? きび団子じゃなくてただの団子? と思われた方。
実は「きび団子」の原型ができたのは江戸時代末期。店で売られ始めたのは明治に入ってからなのです。そんな訳で当時「きび団子」はまだありませんでした。
「してダンナ。鬼ヶ島をどのように攻めるので?
この戦力なら、寝込みを襲って一気に鬼どもを皆殺しにできますぜ、へへへ」
「愚か者。そんな事をして何になる。たとえ勝てたとしても、こちらも大きな被害が出るだろうが。
敵より戦力が勝っているからといって、馬鹿正直に本拠地に攻めかかるのは三流の桃太郎がする事よ!」
桃太郎に三流も一流もあるのだろうか、と犬は思いましたが、敢えて口にはしませんでした。
「心配いらん。お前たちは俺の指示通りに動けばよい」
桃太郎は自信たっぷりに邪悪な笑みを浮かべました。
*
翌朝。鬼ヶ島の鬼たちは、周囲の状況が一変しているのに気づきました。
「やけに騒がしいな。一体何が起きた?」
「大変です。キジが大勢やってきて、我らを襲っております!」
鬼の首領が慌てて外に出ると、何十羽というキジの群れが地上を走り回って、鬼たちをほんろうしています。
「くっ、こいつら……鳥のくせに足が速ええ!?」
実はキジ、鳥なのに飛ぶのは苦手。その代わり走るのは大得意という連中なのです。
キジたちが鬼をかく乱している隙に、次は犬たちが飛び出してきました。彼らの狙いは鬼、ではなく……
「犬どもが舟を繋いでる縄を、次々と噛みちぎっています!」
「なん……だと……」
あっという間に鬼たちの所有する舟は全て、島から離れていきました。
犬とキジが舟に飛び乗ると、海に潜んでいた猿の軍団も舟に乗り込みます。猿は泳げるのです。
「今度は猿か! オレたちの舟を器用に漕いでやがるッ」
猿たちによって、舟は鬼が泳いで辿り着けない遠くまで流されてしまいました。
あ然とする鬼たち。
ところが一艘だけ、島に近づいてくる舟がありました。乗っているのは当然、我らが主役・桃太郎です!
「あー、鬼ヶ島の諸君。我が名は桃太郎!
君たちの舟は全て、この桃太郎が奪い取った!
鬼ヶ島という孤島にいる以上、これで君たちの移動手段は封じたも同然よ!」
「ぐぬぬ……桃太郎とやら。一体何が目的だ?
さては村の連中に頼まれて、我らを退治するつもりなのかッ」
「くっくっく、勘違いするなよ。我が目的はあくまで『鬼ヶ島の悪さを何とかする』事! 退治そのものではない!
もっとも君たちが『話し合い』に応じないなら、皆殺しもやむを得ないが……どうだね?
鬼ヶ島の諸君にとっても、決して悪くない話だと思うのだがねェ」
「話し合い……話し合いだと!?」
「そう、話し合いだ! そもそもなぜ、君たちはわざわざ舟を作ってまで、周辺の村々を襲うのだね?」
「そ、それは……」
「まァ大体、想像はつくがね。鬼ヶ島の土地だけでは、住む鬼全員が食うのに足りないからだろう?」
「確かに、その通りだが……」
「ならば取引しよう。安心したまえ、この桃太郎――諸君ら鬼どもの味方だ。
わざわざ盗みに頼らずとも、君たちの食いぶちが確保できるよう取り計ろうではないか」
「一体どういう意味だ? まさか食べ物と引き換えに、鬼ヶ島の財宝をよこせと言うつもりではあるまいな?」
「そんな馬鹿げた事は言わん。君たちは財宝より素晴らしい、取引するに相応しいモノを持っているからな!」
「へ? 取引に相応しいモノ……?」
鬼たちは首をかしげましたが、桃太郎は得意げに言いました。
「君たちの持つ金棒! そして舟! いずれも優れたワザがなければ到底作れぬシロモノだ!
君たちの腕を見込んで、その技術を買おう。見返りに十分な食べ物をくれてやろうではないか!」
「むむむ……」
「もちろん強制ではない。だが話し合いが決裂すれば、いずれまた鬼ヶ島は攻め込まれるだろう。
その時のリーダーが、俺のように心優しい男とは限らんぞ? さあ、どうするね?」
桃太郎の提案を聞き、鬼たちはしばらくの間、皆で相談していましたが……やがて決断しました。
*
桃太郎は、鬼ヶ島から数人の鬼を村に連れて帰ってきました。
しかし彼らは今までのように悪さをしに来た訳ではなく、村の人々に鉄の農具の作り方や、遠くの海まで行ける舟の組み立て方を教えにやって来たのです。
村人たちも最初は疑っていましたが、桃太郎の熱心な説得もあり、最後には鬼たちを受け入れました。
鬼たちに教わり作った農具や舟で、村人たちは以前とは比べ物にならないほど、たくさんの米や魚を得られるようになりました。
もちろんたくさん採れた米や魚の一部は、技術を教えてくれた鬼たちへの見返りとして取引されたのは、言うまでもありません。
「くっくっく。一滴の血を流す事もなく、戦わずして勝つ。これぞ兵法の極意よ」
「桃太郎のダンナ、いつから孫子の回し者になったんですかい?」
「桃太郎」のふるさとである岡山県では、桃太郎だけでなく鬼たちも讃えるお祭りが、今日でも盛んに催されています。
めでたし、めでたし。