#05 ライム・グレイアート
翌日。泣き疲れたのか、酔っぱらったのか、中々目覚めないヴェインを起こす気にも慣れず、ライムは店番をすることにした。
(どうせ工房に居たところで客なんか来ないし)
下手に修理するよりも新しいのを買った方が安く済む時代になっている。
冒険者が減少し、武器が売れなくなった。その為、武器屋は武器を売るために価格を安く提供する。
それが原因で、新しい武器の価格よりも武器を修理をする価格の方が高くなり、鍛冶師は食べていくので精一杯だ。
イマドキ、武器を修理するのは魔術師と魔剣契約を交わした冒険者くらいだろう。
「魔剣契約……か」
今にでも壊れてしまいそうなオンボロな店の中で、ライムは四年前……初めてヴェインに会った日を思い出していた。
◇ ◇ ◇
ライム・グレイアート。
当時、王都に住む人間で、その名前を知らない者は居なかった。
どんな鉄屑でも最高の切れ味を誇る剣へと変化させる最高の鍛冶師。
――そして、どんな危機的状況からでも無傷で生還する最強の魔術師。
その二つの顔を持つ少女。それがまだ成人したばかりの十五の少女だというのだから、話題にならないわけがない。
そんなライムに声を掛ける人間は多かった。
単純なパーティーへの誘いから、婚約の申し出、武器の整備・製造。
ライムはその全てを断った。
自分が魔術師でなくとも、自分が鍛冶師でなくとも――この人たちは、私を選んでくれたのだろうか。
きっと選んでくれないと、ライムは思った。
だから誰とも関わらないようにしようと思った。
ある日、いつも通り一人で迷宮に潜っていると通路ですやすやと寝息を立てて眠っている青年がいた。
ディグという狼のような魔獣に囲まれているのにも拘らず、起きる気配もなく眠っている。
放っておこうとも思ったのだが、自分が見て見ぬふりをしたせいで人が死ぬのは良心が痛む。
ライムは火の玉を操ってディグの周りを周回する。
するとディグは火を怖がった様子で走り去った。
◇
「……誰だ?」
目を覚ました青年が発した言葉はそれだった。
ライムは思わずため息をついてから、
「……ライム・グレイアート。あなたは?」
「……ヴェイン・ガーディアン」
青年はそう名乗った。
「どうしてこんなところで寝ていたの?」
「仲間と見張りを交代しながら野宿してたんだけど……俺の仲間は!?」
ライムはヴェインが眠っていた場所の近くに落ちていた紙をヴェインに渡す。
その紙にはこう書かれていた。
『起きそうにないので、置いていきます。もしヴェインが死んでしまったら悲しいけど、君の武器を売ってパーティーの活動資金にでもします。また会えたらいいね byエール』
その紙を読んで、ライムはお腹を抱えて笑い転がった。
「な、笑うんじゃねえ!!」
「ごめん、ごめん……いや、でも仲間って思ってるの、君だけじゃん」
ライムは笑いを必死に堪えて言った。
「あんな奴ら、仲間だと思った事ねーよ!」
「さっき『俺の仲間は!?』って心配そうに辺りを見回してたじゃない」
ヴェインは恥ずかしそうに、顔をそっぽに向けた。
◇
それからは、ライムにとって楽しい時間が続いた。
ヴェインと冒険をするようになり、沢山の仲間ができた。
ご飯を食べて、お酒を飲んで、冒険して――。
その全てが楽しかった。
そう、あの時までは――。
幸せが狂い始めたのは二年前、仲間を二人失った。
見たこともないような、大きな魔獣だった。
イースとフィン。
聖女と騎士だった。
ライムは胸が苦しくなった。初めての感覚だった。
人が死ぬのが、大切な仲間が死ぬのが、こんなに苦しいことだとは思っていなかった。
自分よりも長く一緒に冒険しているヴェインやエールの方がきっと辛いのだろう、ライムはそう思った。
それなのに――
「――飲みに行こうぜ!!」
エールは大きな声で言った。
勿論、気を使って言ってくれているのだろう。
それでも、ライムには『飲んで忘れようぜ』と言ってるようにも聞こえた。
◇
その後、心の傷は徐々に癒えていった。
ライムはそう思っていた。
実際、あれから何度も迷宮に潜っているし、会話には笑顔もあった。
だから、ヴェインに魔剣契約をしよう、と話を持ち掛けられた時も、大丈夫だ、と思ってしまったのだ。
◇
魔剣契約をすると、ヴェインが迷宮に潜る頻度が増えた。
ライムが何をしているのか訊いても、答えてはくれなかった。
――そして、あの日がやってきた。
迷宮に潜ってからヴェインは三日三晩、帰ってこなかった。
やっと帰ってきたヴェインは、酷く消耗していて、深い傷もあった。
ギルドにも戻らずに、ライムの元にやって来て、すぐに抱きしめて泣き始めた。
「……ごめん、ごめん、ごめん…………」
ライムは全てを察した。
ヴェインの傷と腰に据えているはずの魔剣がないこと。
……それと無事に帰ってきたこと。
「……仇、取れたんだね」
泣き続けるヴェインに、ライムは「大丈夫だよ」と優しく頭を撫でた。
◇
「おはようございますっ!」
目を覚ましたヴェインを出迎えたのは、ベットの中に潜んでいたリリルだった。
「それじゃあ、おはようのちゅう、しましょ?」
ヴェインは近づいてくるリリルの顔を手で受け止める。
「おててにキスがご希望ですか?」
「俺にそんな歪んだ性癖はない!」
ヴェインは言い切ると、ベットを出て、店へと向かう。
「――おはよ、ヴェイン」
ライムは何事もなかったかのように、声を掛けた。
「あ、ああ。おはよう」
ヴェインは少し溜めてから、
「ライム、ありがとな」
呟くようにそう言った。