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#03 噂のエリート冒険者さま




「よ。ヴェイン、久しぶり!」


 翌日、ヴェインが店を開店させると一人の青年が訪ねてきた。


 金色の髪に蒼い瞳。

 男にしてはやや低めの身長と、整った顔。

 全身を高級そうな防具で包んでおり、腰には比較的小柄なナイフが据えられている。


 ――魔剣・フィエル。

 それは、青年が持つナイフの名。一人の魔術師の全魔力が注がれた〝魔剣〟である。


「……噂のイケメン冒険者様が何の用だ?」

「親友が久々に会いに来たってのに、嬉しくないの?」

「……親友? どこにいる?」

「目の前だよっ! ……も、もしかして、親友と思ってたのは僕だけ!?」


 ヴェインは何の躊躇もなく頷いた。青年が顔を落として、泣き真似をする。


「……で、エリート冒険者のエール様がこんなオンボロ武器屋に何の用ですか?」


 ヴェインは泣き真似をするエールに気を遣うこともせずに訊ねる。

 わざわざ用事もなしにこの西端はずれにある武器屋までやってくることもあるまい。


「僕は傷ついてるんだ! ……これだからヴェインはモテないんだよ」


 やれやれ、と肩をすくめるエールに、ヴェインは殺意を覚えた。

(ちょっとばかりモテるからって良い気になってんじゃねえ!)

 そんな言葉を必死に押し殺す。


「……チッ」

「今、舌打ちしたよね!? かつての仲間に舌打ちしたよね!?」

「うざったい! 早く本題に入れ」

「……僕の心はボロボロだよ…………はあ。フィエルの整備だよ。ライムちゃんよりいい鍛冶師を僕は知らないからね」


 エールは開き直るように腕を組んで答えた。


 魔剣というのは繊細な武器だ。

 整備を怠ったり無理な使い方をすれば、すぐに壊れ、粉砕する。

 一人の魔術師の全魔力を注がれた剣――つまりそれは、命と等価。


 魔術師の全魔力を注ぐということ――それは魔力を注いだ魔術師は、もう二度と魔術を使えなくということ。


 そんな剣だからこそ、いい鍛冶師に整備を頼みたいのだろう。


「……わかった。工房で待っててくれ」


 ヴェインはそう告げて、ライムの呼びに向かった。



     ◇




「久しぶり、ライムちゃん」

「お、お久しぶりです」


 ライムは顔を引き攣って挨拶を返した。

 ヴェインが嫌がるライムを必死に説得し、やっとエールの魔剣整備をしてもらえることになった。


(どうして俺がコイツの為に頭下げてんだ?)


 ヴェインはそんなことを思いつつも、かつての仲間の為と腹を割り、ライムに頼んでやった。


 ライムはエールのことが苦手だった。

 エールが苦手というより、誰にでもフレンドリーに接しられるような人間が苦手なのだ。

 ヴェインもそれはよく知っている。

 しかし、ライム以上の鍛冶師はそういない。


 魔剣の整備ってのは、繊細な作業だ。半端な鍛冶師だと壊してしまう恐れがある。

 その点、ライムになら安心して魔剣を預けることが出来るだろう。


「ライムちゃん、これお願いね」

「……わかりました」

「夕方に取りに来るから」

「は、はーい」


 エールはそう言い残して、工房を出ていった。

 ライムは大きく溜息をついてから、ヴェインを睨んだ。


「……なんだよ」

「私、受けたくないって言ったよね?」

「それでも、お前の腕を見込んで依頼してくれたんだろ? ……それにアイツは王都じゃ有名な冒険者だ、宣伝にもなる。お前ほどの鍛冶師がこんなオンボロ武器屋の専属ってのもおかしな話だろ?」

「……いらないから、そういうの」


 ライムは怒ったように静かな声を発した。

 そしてすぐに作業を始めた。


「………………」


 頭を掻いて、ヴェインは工房を出ていった。

 ヴェインが出ていったのを確認してから、ライムは小さく呟いた。


「……ヴェインのバカ」



     ◇



 ヴェインが店に戻ると、店の中には数名の客が何かを囲むように立っていた。

 店の中では高い鈴の音みたいな声が鳴っていた。


「このナイフ、たったの銀貨五枚ですよ~」


 客の中心でリリルがぴょんぴょん跳ねながら、そんな声を出していた。

 客からは「おおおおお」と驚いたような声が漏れる。

 それが普通の反応だ。銀貨五枚のナイフなんてそうあるもんじゃない。

 普通の店ならば金貨二枚はするであろうナイフ。それがたったの四分の一、銀貨五枚で売られているのだ。


「このナイフはダンジョンで直接調達した素材で出来ているんだ。だから安く提供できる。決して失敗作とかじゃないぜ」


 リリルの集めた客を逃がすまいと、ヴェインも客に声を掛ける。


「お、俺、一本買いだ」

「俺は二本買うぜ、予備でな」

「じゃあ、俺も一本だけ……」


 ヴェインはこのチャンスを逃すまいと声を上げた。


「今日は特別だ! 全員、銀貨三枚でいいぞ!」



「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」



 客が雄叫びを上げた。


「じゃあ、俺三本で」

「俺も三本で」

「俺も……って、金ねえや……仕方ねえ二本で頼む」


 そんな客の言葉をヴェインは逃さない。


「全員三本な」

「いや、俺は二本だ」

「いいや、三本だ。一本くれてやるよ」

「……ありがてえ! 感謝するぜ!! 嬢ちゃんもな」


 ふふん、と、リリルが胸を張った。

 男たちは合計、銀貨二十四枚を払って嬉しそうに店を出ていった。


「いいんですか? ……安くした上におまけなんて」


 リリルが心配そうに訊く。


「まあな、経営戦略ってヤツだ。安い上に切れ味がいいナイフがあるって噂が立てば、この店が人気店になるかもしれない」


 リリルの目がキラキラと輝き始めた。

 さすがです、と言わんばかりにヴェインを眺めて、顔を蕩けさせる。


「なんたって、この店の鍛冶師はあのライム・グレイアートだからな」


 ヴェインが胸を張って言うと、リリルはヴェインの手をぎゅっと握る。


「あ、あの……リリルは褒めてくれないんですか?」


 強く握ったまま、潤んだ瞳でヴェインを見上げる。

 ヴェインは一瞬戸惑ったが、今回客を呼んだのはリリルだ。


 ヴェインはリリルの頭を優しく撫でた。

 リリルは「てへへ♡」と顔が緩くなって、更には「もっと、もっとなでてくだしゃい」と要求した。


 ヴェインも今回ばかりは、気が止むまで頭を撫でてやることにした。


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