#02 まるで親子みたい
「グオオォオォオオッ!」
魔獣の断末魔が地下に轟いた。
ヴェインが剣を振るうと、肉塊は蒸発し炭のような黒い石だけが残った。
ここは地下迷宮の浅層。ヴェインの目的は武器の元になる素材を集めること。
折れて捨てられた武器や魔物の牙や皮は武器を作る上で重要な素材になる。
ついでに魔獣を倒して生活費を稼ぐ。
「すごいっ! すごいです!!」
ヴェインの後ろで幼女がぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
幼女の名はリリル。リリル・プラネット。
治安の悪い王都に幼女を一人で放り出すわけにもいかず、悩んでいるうちにヴェインの家――つまりは店に住み着いてしまったのだ。
「冒険者さんだったんですね! ……さらにすきになっちゃいそうです♡」
ポッ、と頬を赤く染めてから、リリルは潤んだ目でヴェインを覗き込むように囁いた。
「そういうことを軽々しく口にするな。このビッチ幼女が」
「よくわからないけど、ひどいこといわれてるきがする!」
むぅ~、と頬を膨らませるリリルを横目にヴェインはダンジョンの出口へと向かった。
「……あれ? 今日はもうお終いですか?」
「魔術師も魔剣もなしにこれ以上潜るのは危険だからな」
ヴェインも冒険者とはいえ、これ以上の深層に行って、リリルを庇いながらの戦闘ができる自信はない。魔剣の一つでもあれば話は違うのだろうが……。
魔術師はもう殆ど存在しない。原因は明確。
遠距離魔法での最強の後衛。聖女でもないのに使える治癒魔法。身体強化魔法で最強の前衛。ピンチから逃れることができる脱出魔法。
歴史に残る偉大な人物は魔術師ばかりだった。
魔術適正のない人間は嫉妬し、狂い、その力を欲した。
そして、適正のない人間が作り上げた最悪の武器――それが魔剣だった。
◇
迷宮を後にしたヴェインは、かつて毎日通った道を歩いてギルドへと向かっていた。
リリルはヴェインの歩くスピードに追い付けず、数歩歩いては小走りを繰り返していた。
「どうしてギルドに向かうんですか?」
置いていかれないように必死に歩きながら、リリルは訊く。
「暗雲石の換金とリリルの捜索願が出ていないかの確認」
ヴェインは歩いては小走りを繰り返すリリルを見て、歩くスピードを落とした。
たったそれだけのことなのに、リリルの小さな胸は鳴りやまぬ音を刻んでいた。
「うぐぅ……」
リリルは声にもならない声を上げて、蕩けるような顔でヴェインを見上げた。
◇
「あ、ヴェインさーん!」
ギルドでヴェインを見つけるや否や、一人の受付嬢が声を掛けてきた。
彼女の名前は、タリア・フォントローゼ。
ヴェインの担当受付嬢で、ヴェインが冒険者を始めた四年前から一切変わっていない。ヴェインにとっては仲間ともいえる存在だ。
「よ、久しぶりだなタリア嬢」
「お久しぶりです」
タリアは笑顔を振りまいていた。誰にでも優しい冒険者のアイドルといったところだろう。
そんなタリアを見て、威嚇するように牙を突き出す幼女が一人。
「あれ、私、すごく睨まれてるぅ……?」
リリルはヴェインの右手に抱き付いて、ニヤリと笑った。
タリアはどんな反応をすればいいのか悩み、わからず苦笑した。
「で、今日はどうなさったのですか?」
「久々に迷宮に潜ったから暗黒石の換金とちょっと調べものを頼む」
「調べもの……といいますと?」
「コイツ……リリル・プラネットの捜索願が出てないかを調べてくれないか?」
「……少し、お待ちください」
タリアは分厚い書物を取り出して、リリルの名前を探し始める。
そして数秒後。
「――ありませんね……捜索願は出されていません」
ヴェインは深い溜息をついた。
(王都に無いってことは捜索願は何処にも出されていないってことか?)
いくら治安が悪くても王都であることに間違いはない。情報は全て王都に集まる。
リリルに訊ければ早いのだが「忘れました」の一点張りで答える気はないようだった。
「訊いてもいいんでしょうか? ……その幼女は?」
「ああ、迷子の幼女だ。王都に放り出すわけにもいかないし、今は店で暮らしてる」
「ええと……つまり、一緒に暮らしていると?」
「まあな」
リリルがふふん、と息を上げて「同棲です」と、ヴェインの右手をぎゅっと抱きしめた。
「だだだだ、ダメですよそんな幼女に手を出したらっ!!!!!」
「だだだ、誰が手を出すかっ!」
リリルが何かを察した様子でニヤリと笑った。
そして――
「――手なら、今だってほら――ここですよ♪」
甘い声を出したリリルがヴェインの手を自分の胸に押し付ける。
タリアはそれに気づいて「あわわわわ……」と声にもならない声を上げた。
「どうしたんだ……タリア?」
タリアの様子がおかしいことに気付いたヴェインは、タリアが視線を向ける先に視線を向けた。
「むぅ……どうして気付いてくれないんですか!? ……むむむ、やはり……小さい、ですか?」
つーん、と拗ねた表情で、ヴェインの手に自分の胸を押し付けて動かしていた。
「お、おいっ! ……やめろって!!」
ヴェインがリリルの腕を振り払うと、リリルは「てへっ♡」と笑みを浮かべた。
「だ、大丈夫なんでしょうか!? ヴェインさんはそういう気がなくても、リリルさんの方は――」
「――やるきまんまんですっ☆」
「らしいですが……」
タリアは心配そうに、リリルは期待の眼差しでヴェインを見つめる。
ヴェインは溜息をついて答えた。
「安心しろ、家にはライムがいる」
そう答えると、タリアは肩を撫でおろした。
リリルは思い出したように不快そうな顔を浮かべた。
◇
「たったこれだけかよ……」
暗雲石を換金すると、金貨を一枚だけ渡された。
昔は――ヴェインの本業がまだ冒険者だった頃は、これだけの暗雲石を持ってくれば金貨十枚は下らなかったというのに。
「すみません……最近、冒険者の方が減少傾向にありまして……それで」
こんなところにまで影響があるのかと、ヴェインは頭を抱えた。
そんなヴェインを見てタリアは続ける。
「ヴェインさんが冒険者で専業になってくれさえすれば、この不景気も――いえ、なんでもありません」
タリアは言いかけた言葉を飲み込んだ。
ヴェインが冒険者に戻ることはない。タリアはそれを知っていた。
……戻る資格なんてない。
戻ったところで魔剣がなくては戦えない。どこまでも魔剣頼りだったと、ヴェインは鼻で笑った。
◇
歩き疲れて眠ってしまったリリルを背中に担いで、ヴェインは店へと帰宅する。
リリルは、ヴェインが何処に行くにもピッタリと付いていく。
歩くスピードもヴェインに合わせ、迷宮の中まで付いていき、更には同じベットにまで入ろうとする。
リリルはヴェインを愛している。それはヴェインにだってわかる。
言動や行動を抜きにして、普通にしていれば可愛いのに――と、ヴェインはすやすやと眠るリリルを見て思う。
けれどそれは、決して恋心へは変わらない感情。
親が子に抱く感情に似ている。
それに、もし恋心に変わる日があったとしても――
「――俺には人生を掛けて償わなきゃいけない相手がいる」
ヴェインはあの日、自分の心に誓ったことを思い出しながら、再び歩き始めた。
◇
「まるで親子みたい」
夕食を作っていたライムが、ヴェインとヴェインの後ろに担がれるリリルを見て、優しく笑った。
「俺はまだ一九だ!」
「知ってる。同い年だし」
蝋燭の炎がライムの白銀の髪を優しく照らす。
「どうだった、久しぶりの迷宮は――」
「……まあ、普通だな」
「そっか」
二人にそれ以上の会話はなかった。