第32話~ヒロキ
バカラ、というギャンブルをしていると
時々妙な錯覚に陥ることがある。
(というよりはギャンブルというのはそもそも錯覚のゲームなのだが)
バカラはプレイヤーとバンカーの2方向のどちらかに賭け、
それぞれ2~3枚、合計4~6枚のカードの合計で勝敗を決するゲームだが
伏せて配られるカードの数字をオープンにするのはディーラーではない。
その1回においてそれぞれに最も多くのベットを賭けている客にカードを渡し、
(ベットオーナーと呼ばれる)
その客が伏せられたカードをゆっくりとめくっていって数字を明らかにする。
配られた時点でカードの数字は決まっているのだから
ゆっくり見ようとさっさと開こうと変わりはないはずだけれど
その「カードをゆっくり見る=絞る」という行為が
バカラというゲームの一種の楽しみにもなっている。
(尤も、カードの数字が既に決定されているかどうかというのは
カードの数字が実際に開けられるまでは確定していないという考えもあるようだ。
「シューレディンガーの猫」と呼ばれる考え方がそうなのだろうと思うけれど
その量子力学的な考察は僕の手にはいささか余るので、ここでは記述しない。)
要するに「人よりも多くの賭け金を出した者がカードをめくる権利を得られる」
という事実だけ認識してもらえればそれで構わない。
ベットオーナーになってカードをめくるのが楽しいが故に
分際を越えたベットをして破滅の道に突き進む者も少なくない。
伏せられたカードが9なのか10なのか、そのわずか1つの違いで
勝敗が無残に決められるのが、カードギャンブルの魅力であり怖さだ。
9になってくれ、そう念じながらカードをゆっくりとめくっていって
それが本当に9であった時、ベットオーナーは
「この一戦を俺は自分の力で勝ったのだ」
という、一種の万能感に満たされる。
同時に、彼には同じ方向に賭けていた客から賞賛の眼差しが送られる。
中には実際に拍手など送る者もいる。
「アンタのおかげで勝ったよ」
「アンタ強いね」
その眼差しもまた彼にとっては心地よい。
そういうことを繰り返していくうちに
ある錯覚に陥るようになるのだ。
「多く賭けている方が人として偉くて、少なく賭けている人間は評価に値しない」
もちろんこの資本主義社会においては
金をたくさん持っている人間がより評価される傾向はある。
店側もベットオーナーに毎回なるような客を大事に扱う。
それはもちろん当然のことでもある。
がしかし、それはあくまで相対的なものに過ぎない。
その場においてはそうであるというだけのことで
一歩店を出ればその評価ががらりと変わることなど頻繁にある。
自分より小さなベットで遊んでいるからといって
見下していいことになど決してならない。
無用の反発を買うくらいなら大して痛痒を感じないかもしれないが
それは時として地獄の底なし沼に引きずり込まれる一因にさえなるのだ。
それは、バブルの残滓がまだそこかしこに残っていた頃のことだった。
歌舞伎町にはたくさんのアングラカジノがあって
僕が、駆け出しの黒服から責任者の補佐くらいに抜擢された頃だ。
日本のアングラカジノの主流はバカラだけれど、
テーブルによって賭けられるMAXは変動する。
正確に言うと、店側が負担するベットの差額が変動する。
バランス、と呼ばれるシステムだ。
30バランスのテーブルであれば
プレイヤーに100万円のベットが置かれていたら
バンカーサイドには70万円~130万円のベットが置けることになる。
50バランスであれば50万~150万だ。
その差額を店が負担する。
多く賭けられている側が勝てば店はその分マイナスになる。
少なく賭けられている側が勝てばプラスになる。
バカラはバンカーサイドが少し有利なルールになっている分、
バンカーサイドから5%のコミッションを取って店の収入にするのだけれど
その差額分の勝ち負けも店の収入源になる。
むしろ基本的にはその方が大きいと言ってもいいかもしれない。
この話とは直接の関係は無いが
人は、二者択一において間違った方を選ぶことの方が多いものなのだろうかと
長年その勝負の行方を見続けてきて、やはり僕は感じざるを得なかった。
そしてその差額=バランスだけれど
当時一番大きなバランスのテーブルは200バラだった。
差額が200万円まで店が負担しますということだ。
言うまでもなくこれは店にとってもかなり大きな勝負になるから
太い客が揃っていなければいけない。
ミニマムベットと呼ばれる一回の最低賭け金でさえ10万円からなのだ。
当然のことながら金を持っている客が集まってきていたが
もちろんそれは社会的地位や評価とは必ずしも一致はしない。
何をしているか良く分からないけれど金は持っている、
というタイプの客は歌舞伎町には山ほどいるのだ。
その中にヒロキ、と呼ばれる客がいた。
40前後に見える小柄な男だったけれど
何かの特許を持っていて月に千万単位の収入があるという触れ込みで
当時の歌舞伎町ではかなり名前が通っていた。
本人もそれを知ってか知らずか
肩で風を切るような振る舞いをすることも多かった。
というか、そんな振る舞いばかりしていた。
水商売の女を横に侍らせていちゃつきながら遊んだり
店の従業員に無理難題を吹っかけて困らせたり。
厄介極まりない客だけれど
面倒だなと思っていても金を使う客には頭を下げるのが僕らの仕事だ。
むしろヒロキから金を巻き上げることでしか
自分の鬱屈した思いを発散させることはできない。
勝つこともあれば負けることもあるのが博打だけれど
ヒロキに勝って帰られた日には
店全体がピリピリした雰囲気になっていた。
そんなある日、やはり店にヒロキが来た。
少し、というかかなり酒を飲んでいるようで
赤い顔をして呂律も回っていない状態だったが
いつものように200バラのテーブルに座った。
横にはいつもくっついて回っているホステス風の女。
同じように酔っているのか、あるいは金のためだと割り切っているのか
太股の付け根までタイトスカートをめくり上げられても
媚態を作るだけで抵抗もしない。
アングラの店とはいえ、博打場であって風俗ではないわけだから
あまり過剰になるようなら面倒を承知で言わなければならない。
もちろん負けて返さないと気が治まらないというのもある。
畢竟、店の中にはいつも以上の緊張が走ることになる。
場には数人の客が座っていたけれど
みんなヒロキのことは知っているのか、特に何も言わない。
この街で酔っ払った人間に絡むには
それなりの理由と度胸が必要になる。
ヒロキはテーブルに着いて遊び始めるなり
「うぉい、シャンパン持って来いよ、ドンペリ3本くらい」
などと言い始めた。
店にはアルコールは置いていなかったから
その旨を極力丁寧に伝える。
というか、置いていないことを知っていて言っているはずで
店の従業員が困った顔をするのを見たさにやっているようなものなのだ。
横にいるホステスが味方をしてくれるように、
味方にならなくても反発されないように、
望み通り困った顔をしつつも出来るだけにこやかに、感じよく
ヒロキを宥めすかす。
もちろん場合によっては罵声を浴びたり
膝を屈して、頭を擦り付けるようにして
その場を収める覚悟をしている。
そういった諸々を全て腹に収めて対処する、
それがこの商売の鉄則だ。
「なんだよぉ、気が利かねえ店だなぁ
バカラ屋なんかどこにだってあんだからよぉ
客は大事にしねえとよそ行っちまうぞぉ」
などと管を巻くヒロキに
「ひーさんいいじゃないのぉ、うちでたくさん飲めばいいでしょぉ」
などと連れの女が絡んでくれたおかげでその場が静まる。
こちらの気持ちを汲んでくれたわけではなかろうが
助かったという安堵感を正直感じる。
単なる偶然ではあれ幸運だった。
と言っても、この手の客というのはそうそう店を変えたりはしない。
歌舞伎町にアングラカジノが数多あるのも事実だけれど
あまり通っていない店に行くことを好まない客は多い。
どんな客がいるか分からないし、
イカサマなどを心配するというのもある。
ヒロキがこの店だけでなくあちこちの店で打っているのは確かだったが
一番大きな顔をしていられるのがここだというのも確かだった。
となればなんだかんだと言ってくる無理難題を断ったところで
その手順に粗相さえ無ければ、結局はここで打つしかない。
後は勝負に勝つだけだ。
僕らはそう思ってテーブルから少し離れた所に立ち、場面を注視していた。
ヒロキは持っていたバッグから無造作に札束を取り出し
200万のチップを買っていきなり全額を賭けた。
200バラに座るような客は基本的に皆そこそこの金は持っているし
VIPに分類しても良い客ばかりだけれど
数人くらいしか座っていない状況で、毎回数百万単位で賭けている客ばかりではない。
むしろほとんどの場合、50~100万ほどを賭けながら
出目が偏ってきそうなところを待っているケースが多い。
そこにいきなり200万を張ってしまえば
店で受けている差額分をオーバーし
足りない分のベットを他の客を煽ることで補わなければならない。
「そうなりますとバランスオーバーです。
受けてプレーヤーに120点ほどございませんか」
テーブルを仕切るディーラーがベットの差額を計算し
差額分を超えている分を呼び込む。
がしかし、そうそう応じる客もいない。
ましていきなり場面に入ってきて、傍若無人な振る舞いをしている男が相手だ。
そんな輩の思うようにはしたくないという心理があっても不思議ではない。
ディーラーの呼び込みに対して10万ほどチップが足されただけで
結局超過した分のベットはカットされることになった。
もちろんヒロキのベットも大幅にカットされ
200万の半分ほどしか賭けられない状況でゲームがスタートすることになった。
「それでは一番参ります。ノーモア・ベット」
ディーラーがベットを締め切りゲームをスタートさせる。
ゲームの結果はヒロキが賭けた方の勝利。
本来であれば200万がおよそ2倍になっていたところが
ベットがカットされたことで勝ち分が減った形になる。
ヒロキは賭けたチップと配当として付いたチップを手に持ちながら
周りの客やディーラーを得意げに見て
「場面がしけてっといくらも入らねえなぁ」
そう嘯くと、その手に持ったチップをまた全てベットした。
300万ほど賭けられている計算になる。
いきなりバランスをオーバーしている状態で賭けるのは
禁止行為ではないにしても店にとってはあまり有難いものでもない。
同じ方に張りたい客を遠慮させてしまいかねないし
逆側に張ろうとしている客がいたとしても
足りない分を全て受ける形でまで張りたいとは思っていないかもしれないからだ。
言ってしまえば、場面をさらに白けさせかねない。
ディーラーが呼びこむにしてもそこまで煽れるものでもない。
それでもベットは揃えなければならないから
ディーラーが少し呼び込んだ後、場面の進行が止まった。
「何だよ、いくらまでなら入るんだよ。受け手になるのはいねえのか?」
面倒そうにヒロキが言う。
超過分を計算したディーラーがそれを伝えようとした時
ドスン、という音がテーブルの反対側から聞こえた。
それまでほとんど口を開かずに打っていた客の一人が
バッグから「レンガ」を出してテーブルに投げたのだ。
「レンガ」というのはもちろん建築材の煉瓦のことではない。
札束というのはその枚数によって呼び方が変わる。
10枚で束にしたものを「ズク」
ズクを10個まとめた物を「オビ」
オビを10個まとめた物を「レンガ」、と言うのだ。
大きさがちょうど煉瓦2つ分くらいになるからだろう。
つまりその客はテーブルに1000万の札束を投げたことになる。
勘定するのは大変だけれど、銀行の作ったオビやレンガであれば大体問題は無い。
オビから1枚抜き取ろうとしても銀行印のあるオビはかなりきつく巻いてあって
少々のことでは抜き取れないのだけれど
99枚になったオビは、わずか1枚と言えど締め付けが緩んでいて
軽く紙幣を引っ張っただけで抜き取れそうになる。
要するにオビの中から1枚だけ紙幣を摘んで引っ張ってみればすぐわかるのだ。
言うまでも無くレンガはもっと分かりやすい。
「いいよ、受けるよ。そちらさんも気がありゃ受けるんだろうから」
レンガを出した客はそう言ってディーラーにチップを出させた。
小柄で頭に少し白いものが混じっているその客は
身に付けているものも決してそこまで派手なものでもなかった。
それまでも何度も来ていたけれど
それほど目立つ言動をすることもなかった。
せいぜい100~200万遊ぶ客だと僕らは見ていた。
だから、一瞬僕ら自身も驚いてその客を見た。
客はディーラーからチップを受け取ると
自分でテーブルに出ているチップをざっと計算し
不足していそうな分を何も言わずに自分のベットに足した。
高額のベットにも張り合う客が出てくると
場面は徐々に熱くなっていく。
互いに張り合う形でゲームは進行していったが
やがて喧嘩を買った側の客に援軍が現れた。
電話でも入れたのか、その客の友人が2人ほど来店したのだ。
「おー、なんかいい場面立ってるんだって?」
そんなことを言いながら新たに現れた客がテーブルに座る。
年のころは最初に座っていた客とそれほど変わらないだろう。
身に付けているものももちろん安物ではないにせよ
そこまで目立つほど金をかけていそうでもなかった。
「おうよ、男っぷりのいい客がまだ新宿にもいるみたいでよ
気がありゃナンボでも受けてくれるらしいわ」
元からいた客がそう応じながらヒロキの方を横目で見る。
明らかに煽り返しているわけだ。
新たに来た客も、それぞれバッグとアタッシュケースから札束を取り出す。
一人はレンガで、もう一人はアタッシュからオビで。
アタッシュケースは中に何が入っているか後ろから見れば丸見えだ。
そのアタッシュにはドラマで見たシーンと同じように
隅々までオビが詰め込まれていた。
およそ、5~6000万はあったはずだ。
そして3対1の形で場面は一気にヒートアップした。
だいたいが売られた喧嘩を買った形なのだ。
どちらかが仕上がるまでそれは終わらない。
ヒロキももちろんそう簡単に凹むような男でもない。
歌舞伎町で少しは名前が通った遊び人だし
持っている金にも自信があるのだろう。
がしかし、3対1というのはいささか分が悪すぎた。
金の積み合いになった時、一番怖いのは相手の底が見えないことだ。
ナンボでも受けると嘯いた手前、少々の不足分は当然引き受けざるを得ない。
持っている金がどちらが多いかも分からない状態で
毎回不足分を引き受けるというのは実際にはかなり苦しい。
張りたい額を張れないだけでなく
張りたくない額まで張らざるを得なくなってくるのは
ギャンブルで最も重要だとされるバンクロール、駒の上げ下げをめちゃくちゃにする。
まして相手は3人で自分は1人なのだ。
その危険を分散することが出来る方と出来ない方では
戦い方に大きな違いが出る。
これが「張り潰す」というものなのだ。
100万ほどしか張る気がなくても
気づけば1000万近く受けざるを得なくなってしまう泥沼だ。
もちろん店側も不足分のうち200万は負担する。
それは決して小さな額ではない。
がしかし、場面が沸騰してくると
そんな差額分など大した問題にはならなくなるくらい
実を言うとハウスというのは大きなアドバンテージを持っている。
それが控除率の正体だ。
バカラの控除率はギャンブルの中では比較的小さい約1.2%だ。
これは客がどちらにベットしようと常に負担しているという意味だ。
ということは、テーブルに合計1000万のベットが賭けられていれば
理論上ハウスの収入は12万ほどになるということだ。
同じ状況でゲームを続けていけば
プレイヤーとバンカーのどちらが勝っても負けても
平均すれば毎回12万の収入があると言い換えてもいい。
その状態で1シュートで60回ゲームがあるとすれば
1シュートで720万をハウスは控除しているということになる。
場面がヒートアップしてベットの総額が大きくなればなるほど
ハウスが控除した額も大きくなる。
最初のうち、使っているチップは1枚10万のチップで
それを20枚30枚と積みあげていく状態だったけれど
やがてそれでは収まりきらなくなって
「角板=カクパン」と呼ばれる1枚100万のチップが飛び交うようになっていた。
文字通り、円形ではなく四角い形のチップだ。
1000万対800万などという総額で毎回ゲームが進行していれば
ハウスが控除する額は1000万を優に超える。
となると差額分の負担を5回負け越してもチャラだ。
実際に遊んだことのある人はわかるだろうけれど
確率が約50%のゲームを60回やって
5回勝ちこせることなどそうそう無い。
今回は結構当たったなという回でそんなものなのだ。
長くやればやるほど控除率というのは打ち手に重くのしかかる。
そういう場面を作れてしまえばハウスは絶対に負けない。
負けるのは打ち手の誰か、であり
この場合、バンクロールを大幅に狂わされたヒロキであることは
博打に慣れた者の目にはほぼ明らかであった。
夜半に来店して数時間が経過したころ
ヒロキは持っている金を使い切り、
歌舞伎町に巣食っている金貸しから金を引っ張った。
もちろんヒロキ自身は数千万の負けではびくともしないはずだったが
今と違って銀行は夜中は閉まっている。
手持ちの現金を使い果たしてしまえば
すごすごと帰るかどこかから金を引っ張るかしかない。
そして熱くなった打ち手が、さらに言えば自分から挑発した打ち手が
おめおめと帰れるものでもない。
知り合いの金貸しから借りられるだけ借りて
金貸しまでも手持ちの現金が無くなった頃
ヒロキがテーブルに投げたレンガの数は二桁を超えた。
眠らない街に朝の光が差し込み始める時間だった。
もちろん店は一切廻銭などしない。
貸し付けて打たせてしまうと最後は必ず焦げ付くからだ。
そして焦げ付いた客にチンコロ(密告)されて摘発される恐れまである。
ヒロキやヒロキの呼んだ金貸しが、どれほど
「店からいくらか廻せよ」
と言われようと社長は頑として応じなかった。
「いえ、上から盆に乗せる駒はお客さん自身に用意してもらえときつく言われてますんで」
(ボスから、張るチップを買う金は客に用意してもらえと言われている、という意味だ)
そしてテーブルに乗るチップが後から来た3人組のものだけになると
その3人組は相次いで手持ちのチップを換金した。
それぞれ1千万から2千万ほど勝っていただろうか。
実を言うと、日本のアングラカジノの場合
アウトコミッションと言って、換金手数料の名目で3%ほどさらに抜く。
5000万換金するとすれば3%抜いて150万だ。
これが店の固定費をほとんど賄ってしまうくらいになるのが
流行っている店の美味しい所なのだ。
それぞれに換金した分の金を渡すと
「いやぁいい場面で遊ばせて貰ったわ」
「まぁ何だかんだハウスも抜いただろ」
などと口々に笑いながら3人組は帰っていった。
そうなればもう、ヒロキも帰らざるを得ない。
たとえ銀行が開いて現金が用意できたとしても
相手をしてくれる打ち手はもういないのだ。
一人で200万を毎回張ったところで
勝ち分を億に乗せることなどできるものではない。
駒の高さで他人を嘲ったつけは
たとえヒロキの経済力があったとしても
決して安いものではなかっただろう。
もちろんヒロキはそれで死んだわけではなかった。
しばらくするとまた同じように酔って来店し
勝ったり負けたりの遊びをするようになった。
ヒロキを張り潰した3人も時々遊びに来た。
がしかし、もうヒロキは無用の挑発をすることもなく
その3人も煽り返したりすることもなかった。
彼らが何をしている人間なのか
いくら持っているのか、
僕らには最後までわからないままだった。
まるで錬金術のように、世の中に金が溢れ返っている頃。
僕らがどれほど注意深く観察しても
どれほど人の噂話に耳を傾けていたとしても
底と言うものを全く見せない人種がいる街があった。
かつての歌舞伎町は、そういう街であり
だからこそそこに居着いて生き残っていこうとする人々は知っていた。
自分の物差しが通用しない相手というのが
世の中には、この街にはいるのだということを。