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第9話〜タムラ

店を新たに立ち上げてしばらくの間が、

アングラカジノにとって一番厳しい時期である。

自分が呼べる客には限りがあるので、

どうしても新規客を獲得したい一方で

ガジリや筋の悪い客は排除したいという

二律背反に近い命題が常に付いて回るのだ。


その時も、やはり日々苦労していた。

サービス券を配って回ったり、

歌舞伎町界隈を徘徊して知っている客との偶然の出会いを探すといった、

当ての無い作業を繰り返していた。


当ての無い、と言っても、

ポイントさえ間違わなければ

この徘徊と言う行為は捨てたものではない。


歌舞伎町であれば、風林会館の周辺は

知った顔が通る可能性はかなり高い。

あるいは、九州ラーメンやリー3ビル界隈、

有名ホストクラブの周辺あたりも、同様である。


知った顔を見かけたら

「あ、どうも。ご無沙汰です」

といった世間話的な挨拶から始まって

カジノに関する噂話をしたりしながら

自分の店に来てもらうように仕向ける。


「今、○○ビルの▲階でやってるんで

良かったら今度覗いてくださいよ。

週末だったら結構いい場面になるんで」


などと言ったりして、サービス券やショップカードを渡すのだ。

場合によっては、その足で来てくれることもある。


「なんだよ、じゃ行ってみるか。今はどうなんだ?」


などという具合で食いついてくれればしめたものである。

そんなことを考えながら、しょっちゅうぶらついていた。


それとは別に、シキテンという形で

店の外で立っていることもある。

店のすぐ側で見張りをする仕事なのだが、

知った顔が通ると、声をかけて連れ込むと言うのも

シキテンの大事な仕事である。


そういう意味で、歌舞伎町が長く、

客の顔を良く知っているシキテンと言うのは、

結構どこの店でも重宝するのだ。


けれどそういうシキテンはそれほど数が多くは無いから、

黒服を外に出したり、自分が外に出たりすることになる。

シキテンが知らない客が来た場合には

どうせ外に出て対応しなければならないのだから、

最初から外にいても同じようなものなのだ。

店を開けた直後であれば尚更である。


タムラが最初に来店した時も、

ちょうど僕が外に出ていた時だった。


深夜3時頃、店が入っているビルの下に男が数人でやってきた。

歌舞伎町ではどんな人間が歩いているかわからないので

目を合わさないようにしながら観察する。

場所もビルの真下から、道路を挟んで斜め向かいに移動する。

じろじろ見ていると思われただけで

余計なトラブルを生みかねない街なのだ。


彼らは少し辺りを見回していたが、

僕の姿を目に留めると近寄ってきた。


私服刑事やヤクザであった場合に備えて、

専用のPHSを店につなぎそのまま胸ポケットに入れる。

これはトランシーバ代わりに使っている。

インカムだと夜はキャバクラの呼び込みも使っているから

怪しまれないが、昼間は怪しすぎるのだ。

だったら最初から別の手段を考えておいた方がいい。


とりあえずそれをつないでおけば

やり取りは店内の黒服に聞こえる。

何かあってから連絡できるとは限らないから、

つないでさえおけばトラブルの際には適宜対処するだろう。


近寄ってきた彼らを見て、少し安心する。

どう見てもそういうアブナイ連中ではない。

というか、その辺の居酒屋にいそうなオニイチャンにしか見えない。


歌舞伎町のアングラカジノに仲間だけで来る若者と言えば

ホストやサパークラブの従業員かカジノやゲーム屋などの従業員、

もしくは闇金融や風俗産業の人間だ。

いずれにしても、だいたい見ただけで当たりは付く。


けれど彼らはそのいずれにも属していなかった。

年の頃は、どう見ても二十歳そこそこである。

ホストが醸し出すような、水商売の雰囲気も身なりも感じないし、

同業の人間のような事情通の顔もしていない。

まして刑事や極道の雰囲気ではない。


すばやく見て取ると、細身でパンク風のファッションである。

指につけたシルバーアクセサリー、

やたら幅の広い黒革のベルトとゴツいバックル、

鋲の付いた革ジャン。

そしてつま先の丸いロンドンブーツ。


そう、言ってみればバンドをやっているような青年たちなのだ。

学園祭の帰りと言っても通用しそうな雰囲気だ。

とても歌舞伎町で遊ぶようには見えない。

少なくともアングラカジノに出入りするようには到底見えなかった。

言ってみればコマ劇周辺から迷い込んできたような感じである。


大体において、僕の知っているバンドマンは

ほとんどが「極」の付く貧乏だ。

金があったら、まず間違いなく彼らは飲み食いか音楽に注ぎこむ。

博打に嵌まりながらバンド活動を出来るようなバンドマンなど、

ごく一握りの有名人ぐらいなものだ。


それだけに却って薄気味が悪く、

こちらからは話しかけずにそっぽを向いて煙草に火をつける。

聞きたいことがあれば向こうから話しかけてくるだろうし、

それから対応を決めても遅くないタイプに分類されるだろう。

緊急を要することはまずあるまい。


すると彼らは道路の向こう側でしばらく躊躇っていたが、

やがて彼らの中で一番背の高い青年が道路を渡って話しかけてきた。


ある夜更け、突然現れた若者たち。

不審がる僕に話しかけてきた、細く長身の青年。


「あの、すいません」


おずおずといった感じの口調である。

道でも尋ねたいのだろうかと思って初めて正面を向く。

彼はそんな僕を見て、質問を投げかけてきた。


「あの、カジノで遊びたいんですが、

カジノの人ですか?」


見ず知らずの人間にそんな質問をされて

はいそうですと答えられる業種ではない。

とりあえず当たり障りの無いように、答える。


「カジノ?どこかで聞いてきたんですか?」


こちらがカジノの人間だとも、そうではないとも言わずに、

紹介者や情報源を尋ねる聞き方をする。

答えは先送りできる範囲で先送りするのが、

言わばシキテンの常識だ。

どの程度分かって来ているのか、それも知りたい。


彼はこちらの対応を不審がるでも無く、すぐに答える。


「あ、スロットに並んでる時に、周りの人に聞いたんです。

このビルに来れば、下にお店の人がいるからって。

その人も良く来るって言ってました」


話の辻褄は、合う。最近のスロットで動くお金と、

カジノで動くお金は、一部ではあるが重なっている。

カジノで遊ぶ人間がスロットもやるのは

特段おかしなことでは、ない。

けれどそれだけでは弱い。


「ははぁ、そうですか。なるほど。

なんて人がそう言ってたんですか?」


まだ、答えはぼかす。

答えがおかしいようであれば、

いやぁ、そんな話は聞いたこと無いですねぇと言って

追い返すだけである。

もちろんその間も観察は続けている。


するとその青年は困ったように返事をする。


「いや、それが名前は聞いてないんです。

でも、行けば何とかなるかなと思って」


その返事を聞いて、内心で合格を出す。

本当に出鱈目を言って入ろうとする人間であれば、

おそらく適当な名前を持ち出すだろう。

佐藤とか中村とか、そういったありふれた名前を出してきたら、

その名前の人物が特定できない限り、断るつもりだった。


逆に知らないことを知らないと言うあたりは、

年齢通りの反応だ。少なくとも、この世界に慣れてはいない。


客が少ないから入れてもいいかな。


心の中でそう思うが、

もう一つ問題点がある。


未成年かも知れないのだ。


風俗営業の許可を取った店であれば、

年齢制限は18歳である。

さすがに高校生には見えないから、

18以上ではあるだろう。


ところがこちらはアングラの店なのだ。

未成年を入れたところで、

風営法の問題を気にする必要は無いと思われるかもしれないが、

親の金などを持ち出すようになったら、

未成年者の行為の取り消し云々を抜きにしても

後々問題になる恐れがある。


どんな親でも、自分の子供が

アングラカジノに嵌ったりすれば、

通報するのが普通だからだ。


一瞬の間にその判断を決めなければならない。

さらに質問をする。


「なるほど。ちなみに未成年じゃないですよね?」


青年は即答する。


「あ、違います」


さらに追い討ちをかける。


「上で会員証を作る時に、

身分証で年齢の確認をさせていただくかもしれませんけど、

それは大丈夫ですか?」


本当はそんなことはしない。

でも、こう言ってみて反応を探ってみるのも一つの手なのだ。

もし未成年であれば、この時点で何らかの反応が出るはずだ。

今日は持ってないとかなんとか。


青年はそれにも即答する。


「あ、大丈夫です、持ってます」


その態度を見て、入れることにする。

おそらくそんな大金を使う客ではないだろうが、

店も暇だからまぁいいだろうという程度の感覚だった。

そんなことを思いながら、改めて店内に連絡をして上に上げる。

彼らがエレベーターに乗り込むのを見届けて、

PHSで店内の黒服に言う。


「ま、たぶんその辺の小僧だと思うんだけど、遊ばせて見て。

コシャくてもいいよ。サクラよりましでしょ。

ガジリだったら帰りに断って」


コシャい、というのは「小者」の隠語で

小額しか使わない客のことを指す。

ガジリとは違って、サービスを持って帰ろうとかは思ってないので

店にとってはそれほど捨てたものではない。


しばらくして、店から折り返しが来る。

遊び方を尋ねると、笑いながら黒服が言う。


「一人は普通に遊んでますけど。

二人はソファにおいてある菓子、みんな食っちゃいましたよ」


まぁそうだろうな、僕も苦笑いしながら頷く。

念のために、好きなだけ食べさせるように、

まだ腹を減らしているようであれば食事も勧めるように伝える。

それくらいケチったところで、たかが知れているからだ。

だったらケチケチしてしょぼい店だと

他の客に思われたくないのだ。


VIPに比べれば使う金は1割以下でも、

小さい客をしっかり選別して掴むのも大事だと

僕は考えていた。

何と言っても、呼ぶのに金はかからないし、

負けても文句もそれほど言わないのだ。

客商売である以上、店が賑わっていた方がやはり見栄えもいい。


その数時間後、彼らは三人で28万のお買い上げをして、

27万円をアウトして帰った。

三人のうち二人は、5万と3万のお買い上げだったから

サービスも出していない。もちろんガジリではない。


残りの一人が僕に話しかけてきた青年で、タムラという名前だった。

10万を買って、追加も10万したのだから、

まぁそんな酷い結果ではない。

1万しか落とさなかったのは、ただの結果論だ。


大方スロットでバカヅキでもしたのだろう、

またそのうちスロットで噴いたら来てくれればいいか。


僕はそんなことを思いながら数日間を過ごしていた。

そして数日後、彼らが再び来店し、

僕は思いもかけない出来事を目の当たりにすることになったのだ。


リピートしたタムラとその仲間たち。


それは僕がちょうど帰ろうとしていた時だった。

エレベーターのところで、偶然彼らとすれ違う。


「あ、いらっしゃいませ。ちょうど三人座れると思いますよ。」


そんなことを言いながら、彼らを店内へ通すべく一緒に店に戻る。

べったり接客に付くほど重視はしていなかったが、

大事なリピーターなので、軽く世間話をしてからその日は帰った。


次の日、出勤して日報を見た時に僕はひっくり返った。

何と、タムラは50万も負けて帰っていたのだ。

途中経過では100万以上使っていたらしい。

100万使って、半分戻したところで帰れる客というのは

実はそれほど多くない。


だいたいは全額戻そうとして全部負けるか、

幸運であれば浮きに入ってやめるかのどちらかなのだ。

割合はもちろん前者が圧倒的に、多い。


タムラが100万以上使ったこと自体も驚きだが、

50万の負けを受け入れて帰れることにも

僕は相当驚いた。


よほど博打を打ち慣れているか、

よほど大金持ちかのどちらかだからだ。

ごく稀に、大事な用事がある場合もあるのだけれど、

ちゃんと優先できるだけでもなかなか難しいことなのだ。


翌朝まで待って、朝番の黒服に様子を尋ねる。

どんな風に遊んで、どんな風に負けて帰ったのか。


「いや、驚きましたよ。

突然、5点とか張るんですよ。

連れはすぐ溶かしてしまって、

ソファでごろごろしたり、飯食ったりしてたんですが、

タムラ君はもう完全に普通の客でしたよ。てか、それ以上ですよね。

帰る時も別にそんなに熱そうじゃなかったですしね。

ものすごいボンボンなんですかねぇ」


その話を聞いた後も、僕はまだ見誤っていた。

ボンボンが小遣いを使ったんだろうという程度にしか

考えていなかったのだ。


月に50万から100万を落とすような客の一人になればいいなぁ。

僕はそんなことを思っていたのだ。


大間違いだった。


なんとタムラは週に3〜4回のペースで来店するようになり、

勝負の額も200から300万の間でするようになったのだ。

となると今度は不安が出てくる。

その金はどこから出てくるのだろうか。


ホストであれば、当然仕事の影が見えるはずだ。

電話がかかってきたり、身なりもそれなりの時があったり。


明らかに裏の人間ではないのも

もうその頃は分かっていた。

アングラカジノで、煙草はともかく

料理や飲み物に金を払おうとする裏の人間はいない。

芝居にしても大げさ過ぎるのだ。


やはりボンボンが親の金を使い込んでいるのか、

厄介なことにならなければいいなと

内心で不安を感じながらも、

タムラを受け続ける日々が続いた。


そしてその月のタムラの負け額はなんと800万にも上った。

店で1,2を争う上客である。

文句を言ったり、特別扱いを要求することも一度もなかった。

八つ当たりしたりすることも、なかった。


おこぼれに預かろうと媚態を見せる外国人ホステスにも

一度もいい顔をすることもなかった。


ただゲームに熱くなって、大負けして帰る、

その繰り返しだったのだ。


連れはそれに比べれば見たままのコシャである。

場合によっては1点しか使わないこともあった。

店としてはこういうケースは

3人全員に同じ対応をすることになる。

使わない客だからと言って、

食事や煙草の提供を拒んだりは絶対にしない。

3人で1人だと思えばいいことなのだ。


連れが店を気に入ってくれれば、

タムラも来易くなるだろうという期待ももちろんある。

タムラのことをうまく聞き出したいという目論見もあった。

大したことは聞き出せなかったのだが。


その後数ヶ月にわたってタムラは来店し続け、

負けのトータルは5000万を超えた。

この額までくれば、もう小遣いではない。

親の金をくすねているということもない。


そういうレベルの額ではないのだ。


ではその金はどこから来ているのだろうか。

連れとの経済的ギャップ、負けの受け入れ方などを

黒服と話して推測してみた限り、

親の遺産か宝くじだろうという結論に至った。


他にそれだけの金を手にできる理由がないのだ。

問題の無い金であれば

出所などどうでも良いというのも事実なのだが、

自力で掴んだ金であれば、

もう少し悔しさを露にしたりするはずだ。


けれどその答えはついに判明することは無く、

店は摘発の情報を掴んで、閉店を余儀なくされた。


長いことカジノの世界にいて、

客の経済力を見抜くことには

それなりの自信があったつもりだった。

服装、アクセサリー、所持品、立ち居振る舞い・・・

経済力と言うのはどこかしらに現れると思っていた。


ところがこういう客も存在するのだ。

最初に見た時には、全く想像もできなかった。

何と言っても危うく追い返すところだったのだ。

もし追い返していても、何も思わなかっただろう。


世界は広く、空はどこまでも高い。

自分の器で測れる物事ばかりでは、ない。


そして数ヵ月後。

高田馬場の繁華街の交差点でタムラを見かけた。

タムラは、ギターケースを抱えて、

酔った女の子と肩を組んで歩いていた。


足元をふらつかせながら横断歩道を渡るその姿は、

そこらじゅうにいる若者と何の違いもなく、

僕は車の中からそれを眺めて、

己の不明をただ、かみ締めるだけだった。


けれどその次に同じような人間が来たら

今度は断ろうと思った。

タムラのような人間が

二人もいるはずが無いからだ。


統計的に正しいかはもちろん分からないけれど。


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