ノア
あれから数週間、山城屋の家に配達物は無く、俺はあの子のことをすっかり忘れていた。特ににも変わったことはなく、いつも通りの毎日だ。
「それでさ聞いてくれよジオン、俺恋しちゃったんだよ、まーじで可愛くてさぁ。」同じクラスのノアが朝からスキップしながら俺の机に来た。「またかよ、そういってこの前もフラれてただろう?いい相手が自分から来てくれるまで待ってみるのもいいんじゃないか」と呆れながら返すと、「今度は本当なんだって!それに、来てくれるまで待つなんて、男として最悪だろう!?早速言ってくる!」と勢いよくクラスから飛び出していった。ところがあんなに張り切っていたのに、ノアはたったの1分で帰ってきたのだ。そして、俺から見て右の頬には、真っ赤な手形がついていた。「フラれたけどさぁ、好きだから諦めたくなくて足にしがみついたんだぁ…。そしたら叩かれたよ。うぅ…痛い…。」その後ノアは一日中ずっと泣いていた。いつもはすぐに立ち直るのに、今回ばかりは本気だったみたいだ。落ち込んでいるノアを見ていたら学校があっという間に終わってしまった。俺は泣きつかれてまだ寝ているノアを起こして「今日も部活は行かない。ごめん。」と伝えて学校を出た。ノアが本気になるなんて珍しい、どんな奴か気になるけど、今は聞かないことにした。
今日もおやじの手伝いがある。俺は急いで学校を出た。正門をでてすぐ左に曲がると、小さな畑とその横を流れる小川がある。太陽の光を受けてきらきらと光る小川を横目に自転車を走らせれば、たったの4分程度で家についてしまう。
「なぁ、ジオン聞いているのか??」
親父に呼ばれて目が覚めた。学校から帰ってきて課題中に寝てしまっていたことを、腕についたノートの痕が物語っている。「卵と食パンを切らしてしまってな、買いに行こうと思ったんだが今手が離せないんだ。ちょっと頼まれてくれないかな」こちらに目もやらずに、山積みの新聞紙をもくもくと縛っている。首に巻いたタオルで顔の汗を拭く。俺が小学生の頃は真っ白だったタオルも今は少し黄ばんで汚い。それでも親父はタオルに限らず何でも最後の最期まで使う。仕事ももちろんそうだ。決して中途半端にはしない、最後までやり遂げる、俺はそんな親父を尊敬していた。
「日が落ちるまでには帰ってこれるだろ?」
夕焼けの中自転車を漕ぎ出す俺の背中を親父はきっと見ていなかっただろう。