『ラグランジア美化大作戦!~汚物にまみれた都市を救え!!~』 前編
テンプレってなんだ? あらすじってなんだ?(哲学)
『美しきラグランジア。この王国で最も気品に溢れ、王国の伝統と文化を最も色濃く残す花の都』
そう、今でも語り継がれる都市があった。
大陸西部にあるイスタニア王国に位置する都市ラグランジア。
花の都と呼ばれ、この地を治めるマルベール伯爵家において40年ほど前までは政治の中枢都市であり、現在この王国で最も美しい都市と称される場所であった。
「そんな綺麗なもんじゃなかったよ」
苦笑交じりにそう答えたのは現ラグランジア市長であるワルテール・シャリエ市長である。
「昔は酷いもんだった。都市住民のモラルなんてものも無く、都市や住人同士の繋がりよりも誰も彼もが金を稼ぐことしか頭になかった。商業都市として経済的発展を遂げたのは確かに偉大なことだが、効率重視の考え方は文化的な余裕や環境的配慮が欠ける。ここはそんな考えが特に現れていた都市だったよ」
シャリエ市長は御年64歳。若くしてマルベール伯爵家、ラグランジア代官府工部局に仕官し、主にラグランジアの都市計画に深く関わった人物である。
「今は花の都なんて言われるけど、こう言っちゃ悪いが昔は『塵ゴミの都』って感じでね。ごみのポイ捨ては当たり前、窓からは人糞が投げられ、川が流れていれば小便もついでに流す。排水溝はヘドロで詰まって、煙草の吸殻をそこらへんに捨てるもんだからボヤ騒ぎはしょっちゅうあった」
シャリエ市長はそう答えながら、ラグランジアの中心を流れるテール川を見つめていた。
「あの川も昔は“濁った”って表現が可愛らしくなるような色をしていたもんだ。今みたいに川で遊ぶなんて持ってのほかだし、魚一匹いやしない。川に二時間以上寝そべっていたら病気を貰うようなひどい有り様だったよ」
そのような状態からどうして『花の都』と呼ばれるほど環境が変わったのか。我々は疑念をシャリエ市長に向ける。
すると市長は満天の笑みを浮かべて答える。
「伯爵の無茶ぶりだよ。ひどいもんだった、だが伯の言葉がなければこの都市は今でも『塵の都』だったはずだ」
身体を揺らしながら答えるシャリエ市長は何処か楽し気に懐かしさを感じているようであった。
「あれは今から30年前だ。私たちは、当時の市長と一丸になって戦った。苦しくて、きつくて、臭くて。
――楽しかった思い出だよ……」
これは、『商業都市』ラグランジアを『花の都』ラグランジアへ変えた人々の挑戦の物語である。
――【プロジェクトT~『無茶ぶりへの挑戦者たち』~】――
第一話 ラグランジア美化大作戦! ~汚物にまみれた都市を救え!!~
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商業都市ラグランジア。
イスタニア王国西部に位置する貴族マルベール伯爵領内における巨大商業都市であるそこは元々は伯爵のお膝元であり、優れた職工や流通における中心地という立地を生かし、巨大な技術者や流通を司る行商人たちの拠点となる場所であった。
その立地故に商人たちの力が強く、主な名士と言えば都市の外縁部にある農村部よりも都市内部に暮らす豪商や職人が主であり、職人たちは都市内における地縁的繋がりによる力を誇り、商人たちは商人同士による血縁的繋がりを以って商人ギルド内における閨閥・門閥を形成していた状況であった。
商業都市という関係からマルベール伯爵領内においても税収も一際大きく、経済的格差がそのまま都市内における権力格差に直結することもあり都市住民は経済的競争を第一とする効率主義的な考えが蔓延し、他人に対する配慮や経済格差から来る貧富の差も大きく表れていた。
その都市におけるマルベール伯爵家から派遣された代官である当時の市長――オディロン・バラデュールであった。当時63歳。マルベール伯爵領内の地主の三男に生まれ、20代で領内の官吏に引き立てられた人物であり、マルベール伯爵家の家宰秘書官も務め、税率の制定や伯爵家の経理や横領などの対処を行う監査などを行った実務・経理畑の人間であった。
そんな彼にとってラグランジア市長という役職は年齢的・健康的な意味において最期の奉公であった。
「市長はとにかくのんびりとした方でした。第一印象で言えばとても『数字の鬼』と呼ばれた方であるとは思えない。安楽椅子でゆったりティータイムや読書を好む穏やかな老人そのものでした」
そう言って当時の市長を振り返って答えたのは当時ラグランジア市長首席秘書官であったオドレイ・パイヤール女史である。
「とにかく目聡いというか、細かい所に気づく人でもありましたね。同僚や部下を気遣い、代官府に属する官吏たちの名前から誕生日や結婚記念日も把握して、結婚記念日には家族で過ごす時間も必要だからと休日を取らせるようにスケジュールを整える方でしたね」
そんなパイヤール女史が倉庫から引っ張り出してきたものに当時のバラデュール市長を描いた肖像画が残っていた。頭頂部はやや薄くなっており、鼻は鷲鼻。体型はやせ型である老翁であった。
「懐かしいなぁ……いやぁ、懐かしい……」
パイヤール女史は肖像画を前にして何度がそう呟いた。
彼が市長として行政の代行を行っていたラグランジアは商業都市である。
伯爵家にとっては経済的中心地に位置する立地であるが、それ故に貧富の差も拡大していた。
また当時、イスタニア王国ではとある疫病が蔓延していた。
――黒死病である。
この病気に懸念を示したマルベール伯爵は市長にある命令を下した。
『都市の衛生向上と黒死病予防を勧めよ』
黒死病と言えば大陸全土に多大な犠牲を巻き起こした疫病である。
原因は不明。治療法も不明。ペスト医師と呼ばれる特殊な防疫服を着た医師が命の危険を省みず黒死病治療のために巡礼を行っても目立った成果も挙げられても居なかった。
「黒死病予防のために都市の衛生環境の向上を行うや言われても、それが本当に防疫に効果があるかなんて誰も信じちゃ居らんかったわな」
そう答えたのは30年前にラグランジアの衛兵として勤務していたラザール・マクロン氏である。
現在、72歳。すっかり色が抜け落ちた白髪と髭を蓄えた老翁であった。
「おれは薬屋の『おじ』らろも。昔から腹下した爺様や婆様とか話したし、立派なお医者様から指導を受けた『あんにゃ』が知識があったけ、そったらこと聞いたこともねえけ。そら訳わかんねぇことらと思ったわ」
ラザールは訛りのある言葉遣いで当時の状況について答えた。
ちなみに、ここで言われた『おじ』は次男という意味であり、『あんにゃ』は長男。すなわちラザールの兄を指す言葉である。
「衛兵になったっけ、薬屋のおじらいうことで後方に回されて今でいう『衛生兵』をやったっけ、伯爵様の言うことら、まぁ信じんかったわな」
当時の人の発言でこれなのだ。マルベール伯爵がいった言葉がどれ程現実に則さないことであったかなど、想像に難くない。
それでも、これを真に受け。実行に移した一人の男がいた。
――オディロン・バラデュール市長、その人であった。
『都市の衛生問題は即ち人心の荒廃と表裏一体である。他者への配慮、公共への配慮が覚束なければ王国民の優れた知性と教養が失われかねない』
バラデュール市長は都市の衛生環境の向上を行うにあたってこのような言葉を都市の運営を行う実務官僚らに向かって宣言した。
「キツイ、汚い、臭い。誰だって嫌だな、こんな三重苦。近づくのも嫌だし、関わるもの嫌だ」
シャリエ市長は眉を顰めながら当時をこう振り返る。
「都市の環境衛生についての利益なんて見出せなかった。ラグランジアは商業都市であることは先に述べた通りで、都市に住まう商人たちは何らかの利益が見込めない場合、関わりを避ける傾向があった。市長一人がやる気になっても、周りが協力しようと思わない。都市の衛生環境の向上なんてできるわけない。私はそう思ってましたよ」
また、当時バラデュール市長の側近であったパイヤール女史もこのように答えた。
「信念はご立派でしたが、物事は綺麗ごとで回るような単純なものではありません。確かにやりようによっては都市の衛生問題の向上につながることは可能ですが、法律や条例で縛ろうとすれば、ラグランジアにおける高額納税者である商人たちを敵に回しかねない。私たちは市長の気骨ある態度に敬服しつつも、一抹の不安がありました」
しかし、敵対する派閥があるということは味方をする派閥もあったということを示すものである。
「よういった。おれぁこの市長は、『ああ、あの人は偉いえれぇ人らて』と思ったわな」
ラザール・マクロン氏などのラグランジアに深い地縁的なつながりを持つ、職人層を筆頭とする土着市民であった。
血縁的関係によって都市の支配を行う商人はいざとなれば土地を捨てることができる。商人の強さは資産の量であり、資産さえあれば商人というのは何処でも生きていけるのである。
しかし、土着の市民はそうはいかない。父祖以来この地に根付いてきた彼らはラグランジアという都市に愛着を持っている。彼らからすれば商人たちはあくまでよそ者であり、彼らが我が物顔で大通りを闊歩する姿に対して日々複雑な思いを募らせていた。
都市内部における経済力の向上と市民の生活の向上には商人たちの力があったのは確かであるが、民度の低下や経済格差の原因も商人たちが力を持ったためでもあった。
バラデュール市長。及び当代マルベール伯爵家の試みは当初あまり歓迎される事柄ではなかった。
それでも、上が命令を下したのであればやらなければならなかったのは確かであった。
「都市の衛生環境の向上のためには、まず汚物の処理をしなければならないわけで、私は工部局の官僚として汚物処理施設の建設を命じられましたよ」
当時、ラグランジア代官府工部局建築部を取り仕切っていたのは現市長であるワルテール・シャリエである。当時34歳であった。
「汚物――まぁ糞尿とか生ごみですよ。窓から放便は当たり前の環境で、しかも予算もあまり降りない。今では上下水道の配備で屎尿処理は楽になってるけど、当時はそんなことができるノウハウも金もなかった。私の最初の気持ちとしては税金の無駄遣いだと思ったよ」
だが、シャリエ市長の懸念はそんなことだけで収まる問題でもなかった。
「当然だけど、人夫が集まらない。屎尿は基本的に穢れた存在だし、表通りだけじゃなく裏通りや川を探れば死体が出てくる。蛆が湧いているモノもあったし、汚物には蠅が集っている。だから最初は私たち建築部の官僚と衛兵たちで動かざるを得なかった」
想像を絶する苦痛であったのだろう。当時のラグランジアはそれが当然・・のことだとまかり通っていたことが何よりも民度の低さを思わせるものであった。
「自助努力の欠如。私たちは貧民窟の破落戸や子供たちをその様に見下していたよ。環境や能力が不足しているからそうなる。才能がない人間、努力を怠る人間だからこそ死体漁りぐらいしかできない者に成り下がる。バラデュール市長の言った民度の低下に私たち実務官僚も含まれていることなど、当初は気づいてすらいなかった状況だ。それほどまでに、ラグランジアは末期だったわけだよ」
民心の荒廃は何よりも自身が荒廃していることに気が付かないからこそ恐ろしい。
少し路地に入れば人が死ぬ。それが当たり前と思っていたことが何よりの害悪であった。
「政治の舞台に躍り出ると、何より第一にするのは国家秩序を守ることだ。国家体制と言ってもいい。それを第一に考えなければ世の中は愚かな民衆によって地獄絵図になる。当然だが、国家支配における支配者階級やそれに付随する人々の価値観で物事が決まっていくわけだ。何よりも効率性が重視され、福祉や民力休養なんてものは国家運営を行う上によっては明らかに無駄という訳だ。
――もちろん、これは今では机上の空論だ。世の中は効率と合理性だけでできているほど単純じゃないからね」
シャリエ市長はそう言って効率第一主義による弊害を唱える。逆に言えば、こういった効率と合理性のみで構成されていたのがかつての商業都市ラグランジアである。
まさしく、支配者の天国であり、被支配者の地獄であった。
「神様ってのは凄いものだと、私は思うよ。なにせ人に感情という物を与えたんだ。バラデュール市長に窘められたり、同僚と喧嘩したり、時には破落戸と衝突し、貧民窟の少年少女たちがいかに普通の存在かを思い知らされた。あれがなければ、私は“自分が賢いと思っている愚か者”のままだった」
都市ラグランジアにおける汚物の調査や汚物処理のために施設建設を命じられたシャリエはやがてラグランジア衛生環境の向上計画において中核的な人物となる。
しかし、そのための試練は険しく困難なものばかりであった。
「基本的に汚物は簡単に処理できないからこそ問題となる訳で、汚物を集めただけじゃいずれ破綻するのは目に見えていた」
このままでは汚物の処理が間に合わない。
圧倒的な汚物無毒化に関するノウハウの欠如。そしてラグランジアにおける財政問題があった。
「環境衛生の問題は一銭の価値に値しません。商業ギルドの人たちはそう言って資金提供を拒否しました。それに対して、代官府は何とも言えませんでした。下手に騒ぎ立てれば、ラグランジア運営に対して相手に不信感を与え、来年度の税収にも響きかねないからです。相手は元をたどれば根無し草の商人。ラグランジアが商業都市として繁栄できたのは、商人たちによる自由な商売を保障したからに他なりませんでしたからね」
パイヤール女史は当時の商人たちを振り返ってそう答えた。
「代官府の運営資金は税金によって成り立っています。税は農作物による納税よりも金銭による貫高制での納税を推奨していたこともあり、課税対象であった商人は優秀な納税者でありました。彼らの機嫌を損なうことはそのままラグランジアの衰退につながりかねない。ラグランジアの環境衛生の向上は彼らにとってリターンは無く、むしろ損としか感じられなかったでしょうね」
思うようにいかない予算。汚物処理における限界。ラグランジアを拠点とする商人の反対。
商業都市ラグランジアの環境衛生向上計画は早くも暗雲が立ち込めていた……。