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山の風雷  作者: なのあら
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(02)

まるまると太った顔が大笑いしている。

鼻も丸く、目も丸い。

いや目は細い。ニコニコ笑うと目がなくなる。

昔ははきれいな二重瞼だったはずだが。

それにしても、雲雀って、こんなに迫力のある娘だったかな?


紅絹の単衣の着物がはちきれそうに膨らんでいる。

肩幅も広く、腰回りはどっしりとしている。

裾を高く上げているので、白い素足の脛が丸見えだ。

幼いころに出会った、あの華奢で美しい少女の面影はなかった。

いかにもすくすくと育ったようだ。


「源三、源三、源三!」

だが、昔の口ぐせは変わらない。嬉しそうに源三の名を繰り返し呼ぶ。



今回の源三の旅の最初の訪問先が、この屋敷で、仕事は屋敷の主人に手紙を届けることだ。

源三にとって、この屋敷は昔からなじみのある場所だった。

幼いころ、若殿の供として最初にこの屋敷を訪れて以来、屋敷の人々は、源三によくしてくれた。


源三は、屋敷の主人に会って、手紙を預けると、大和の国へ行くと告げた。

「急ぐ旅じゃないんだろ、一晩泊まってゆきな。

その代わりに明日、手紙を一通、届けてもらいたいんだ」

源三は、その申し出を受けて、泊まることにした。


晩飯は普段と変わらぬものだったのだろう、

特別なものは何もなかったことが却って、源三には嬉しかった。

幼いころから、家族から離れて一人暮らしをしていたので、

このように大勢と一緒に食事をとるのは久しぶりのことだった。

歓待された源三は、土間の傍らにある小部屋をあてがわれて寝た。


翌朝は早めに出立した。日の出から間もない。

良い天気だ。太陽が眩しい。

二人は言葉もなく歩いてきた。

屋敷から少し離れた小川のほとりまで、雲雀は送ってくれた。

雲雀は「ここまでね、またね」と小鳥がさえずるように小さく言う。

源三は、うんと答えるだけで、気の利いた言葉は言えない。


雲雀はうつむき加減に照れ笑いをした後、今度は源三の顔を真っ直ぐに見て笑った。

また来なよ!そういって雲雀は源三を抱きしめた。

そうだった、この屋敷を訪れたのは何年前だったのか。

昨夜、夜半になって、床に就いた源三のもとに雲雀が忍んできたことは二人だけの秘密だ。

次はいつ会えるだろう。




今朝の源三は魂が抜けたように軽い。

腰骨が抜けたように軽くなって、山道を歩く。

手紙と荷物の届け先は、小さな山城だそうだ。


山道を行くとやがて、小さな城門にたどり着いた。

山に入ってから源三の後をつけてきた男は、今はもういない。

城門の外の山道を、数人の男たちがそれとなく見張っている。

道から見えない場所に潜んでいるのだが、源三は気づいていた。

源三は、門番に用件を話して案内を乞う。


城内の屋敷に着くと源三は、ふたたび案内を請うた。

-なるほど、承知した。

-では、城主に取り次ぐので、しばし待たれよ。


屋敷の奥に通されて、それほど待たされることもなく、部屋の襖が開けられた。

-待たせたの…。


女が出てきた。まだ若い。

16、17歳くらいの若い女だ。

小顔で、肌の白い女が、十二単のように薄絹の衣を纏っている。

これが城のあるじ?

まるで公家の姫様ではないか。


-ここは支城なの。

-若衆を中心に、城に詰めているのよ。

-今日は、主城から弟が遊びに来ているので、宴会をしているところなの。

-きょうは、特別ね。あなたも一緒に楽しんでゆきなさい。

なんだ、コスプレ姫か。

しかし、こんな田舎の山城に、若い女城主がいるとは予想もしなかった。


-荷物を届けてくれてありがとう。手紙は私から御屋形様へ届けるわ。

-それからこれは堺からの小間物。南蛮風の髪飾りね。

-ちょうどよかった。

そういって彼女は、巻き上げ髪に飾った。

古風な重ね衣装に、きらきら光る石のついた髪飾り。

飾りのさきに軽く触れる細く白い指先は、まるで美しい音楽を奏でているようだ。


無粋な男たちがいる。


女城主に見とれていた源三の、惚けた気持ちをぶち壊す。

源三の周りを男たちが取り囲む。

「せっかく来たんだ、ちょっと腕を見せてくれんかの」

こちらも若い男たちだ。

女城主と同年代くらいで、いずれも敏捷そうな若者だ。


「お前さんもまだガキだから、こちらも手加減してやるさ。

刀くらいは使えるんだろ?できるんだろ?」

男たちはにやにやと笑って、源三を挑発する。


腕試しか? 甲賀の隠し技を盗むつもりか?

どちらでも良い。

源三も腕には自信がある。他流試合も望むところだ。

「誰でも、いいぜ」

源三は木刀を受け取ると、部屋を出て広場の中ほどに一人突っ立った。


「おれが、やるっ!」

突然、7歳くらいの男の子が張り切って叫んだ。

女城主の弟だという子供だ。


「あーあ、子供はだめだよ。お兄ちゃんたちが遊ぶんだからね」

男たちは、困った顔をして、女城主を見る。

子供は、早くも木刀を手にして、女城主をじっと見つめる。


小さくため息をつきながら女城主は言った。

「仕方がないわね…、いいわ」


子供は叫んだ。

「にっき たつまる、だ!」

大声を上げて源三に走りかかってきた。


いきなり燕返しで、下段から斬り上げてくる。

上段に構えると見せかけて、膝をついて、下から内股への斬り付けだ。


そうか、子供は教わった技をすべて使って向かってくるのか。

子供は本気になったら、技を隠すも何もないんだな。


子供の剣先は、思ったよりも鋭い。勢いもある。

気は抜けない。


源三は、村の子供たちに剣の練習を付けている時を思い出していた。

あいつらも、たまにはこのくらいの気迫で練習しろよな…。


子供は次々と剣を繰り出してくる。

右手左手と剣を持ち替えての片手付き、

面を打つと見せかけておいて、太ももへ剣先を突き刺す。

足元にかがんでから、下から喉元へ突きを入れる。

時折、変わった動きを交えながら、斬りつけてくる。


だが、腕の差は歴然だ。

源三は、基本技だけを使う。


子供は目をむいて、口を半開きのまま、むきになって剣を繰り出してくる。

源三は、相手の木刀をわずかに払った。

そのまま打ち込む。


ここで、大きく正面を打ち下ろし!

頭にぶつかる直前で寸止め!


源三の木刀は、子供の頭頂に触れる寸前で止まった。


止まったはず…?


大きな音を立てて、子供は勢いよく尻もちをつき、仰向けにひっくり返った。

すぐに起き上がったが、とたんに大声で泣き出した。


ぎりぎりで止めたつもりだったが、当たってしまったか?

子供の頭って柔らかいんだよ、やってしまったか?


その瞬間、子供は剣を捨てて、源三の足元に転がり込んできた。

騙しの手だ。

源三の剣の届かない位置から攻撃してくる。

クナイを足の甲に突き立てようとする。

だが、子供だ。


源三は一歩足を踏みかえて、子供の体を蹴った。

痛みを与えないように、自分の脛に子供の胴体を乗せて、蹴り放ったのだ。


子供は跳ね飛ばされて、周りでみている若者たちの間に、頭から突っ込んでいった。

若者たちの手で引き起こされた子供は、今度は本気で泣いていた。

むきになって、こちらに飛びかかろうとするところを、まわりの若者に抑えられる。


「ほら、子供の時間は終わりだ」

男たちはやさしげな目で、その子供を見ている。

周りの連中も、源三に向って笑いかけている。

源三を見る目が暖かい。

最初に出会ったときの態度とはまったく違って、気さくな感じだ。


そうか。技を盗むとかそういうのじゃなかったんだ…。

こいつら、ただ闘うのが楽しいだけなんだ。

源三も嬉しくなって微笑んだ。


「ちょっと、やろうや」

一人の男が指示を出し、取り巻いて見物している者の中から、

源三と同年代の少年を3人選びだした。


さあ、こちらも楽しくなってきたぞ!宴会だ!



ひと汗かいた後、源三は行水を使わせてもらった。

山城なので水は貴重なのに、豪勢なことだった。


源三は、伊賀を去った後、大和と河内へ行く。

国々の情勢がどのようになっているかを確かめてくるのだ。


大和では、奈良の興福寺の勢力がどのように動くかを聞きまわってくる。

興福寺宗徒は、大和の国人衆を支えているようなものだ。

河内でも、三好、畠山など、勢力争いが絶えず、離合集散が繰り返されている。

摂津和泉の国境の大衙、堺へも足を延ばしたかったが、今回の旅は河内までだ。


幾つか指定された訪問先はあるが、その他の行く先は源三にまかされている。

ひと月ほどで、和田谷へ戻ればよいので、源三はできるだけあちこち回るつもりだ。

土地鑑を養う必要もある、東大寺や春日大社などの有名寺社にも参拝しよう。

ついでに、鹿と遊んでくるかな。


(続く)


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