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山の風雷  作者: なのあら
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(01) 山へ吹く風

「退き陣です。

六角勢が摂津に入る前に、江口の城が落ちて、三好政長様が討ち死にされました。

摂津三宅城にいた細川晴元様は、丹波を経て京都へ戻られ、

室町将軍をお護りして、近江坂本へ来られます。

六角勢もそのまま摂津から近江へ帰還します。


また、和田の大殿は、六角の大殿様に従って、観音寺城へご帰還し、

若殿は、近江坂本に留まるとのことでございます。

幕府軍を山城と近江の国境に配して、三好長慶と細川氏綱に対抗します。


六角勢は先発した主軍を残し、後備の軍をひとまず解散することになりました。

残りの兵は明日にも和田谷へ戻って来ます。

屋敷では、受け入れの支度を願います」



惟増は、報告を受け、大きく頷いた。

親父殿と兄の伝右衛門、新介の3人が今回の戦に出ているため、

いまは自分が和田谷をまとめていかねばならない。

「勘右衛門を呼んでくれ」


村に残っているのは、老人と女子供ばかりだ。

村にいる若者衆は、元服したばかりで初陣に出られなかった者だけだ。

惟増自身も15才になったばかりで、初陣を見送られたうちの一人だった。


「朝になったら、春叔母に飯の炊き出しをしてもらうように伝えろ」

「村の小頭たちに、春叔母の指示に従うように伝えて、手伝いを出してもらえ」

「酒樽も門の前に出しておけよ」


屋敷前で帰還した兵たちを慰労したら、

あとは彼らはそのまま自分の家に帰るだけだ。

負け戦とはいえ、死人が無かったのは幸いだ。


「滝川の叔父上と伊賀の伯父貴に使いを出す」

先方でも既に承知しているだろうが、念のために事情を伝えておく。


同い年の勘右衛門は、大人びて見えた。

「滝川の叔父上には、八郎を使いにやる。伊賀の伯父貴へは誰が良いか?」

「源三を」

即座に答えが返ってくる。

夜明けまで、まだ半刻ある。




源三は毎朝、夜明け前に起きて、体術と剣術の練習に出かける。

いつものように、木刀を下げて家を出た。

戸口を出たところに、背が高く細長い男が立っていた。


「源三、汐汲みに行ってくれないか」

勘右衛門だ。


「ほんとうかい。俺が?」

いきなりだったので、源三は吃驚した。

初めての仕事だ。

体じゅうに血がめぐっていく。


汐汲みの仕事といっても、本当に汐を汲み上げる仕事ではない。

これは家中の隠し言葉で、忍び仕事の意味だ。


「まあ、汐汲みといっても使い役なんだがな、初めてだからな」

そんなものだろう。

だが、ものごとには第一歩というものがある。

源三も、ようやく元服したばかりの13才だ。

毎日毎日、子供あつかいされるのは、もうたくさんだった。


勘右衛門は、沈着な性格で、同世代の仲間たちの兄貴分だ。

勘右衛門からの依頼だ。

一人前の大人として踏み出す時が来たのだ。

そのとき始めて源三は、木刀を握った手に力が入っているのに気がついた。




源三は、山道を歩く。

木々の間から、太陽の光が漏れてくる。


この国には、昔から近つ淡海とよばれる大きな湖がある。

しかし村は山の中にあって、湖を見ることはできない。

源三は伊賀への使いなので、山の中を歩き続ける。


急使といっても山道や街道を走駆するのではない。

やや速歩きで旅をするのだ。

目立ったり不審な行動は慎まねばならない。


気楽な旅だ。

今回は、本当の急使ではなく、念のための連絡なのだ。


本当の急使では、2名同時に出立し、それぞれが一人旅のように行動する。

一方が命を奪われるような状況になっても、助けず見捨てていく。

道中で、旅人に見知った顔がいても、話し掛けてはならないのだ。


気楽な旅だ。

細川晴元側の敗戦と六角勢の退却は、おそらく先方でも既に知っている筈だ。

先方が今すぐ何かをする必要もない。


源三は、山道を歩く。

道中を行きかう旅人の風体には気を配りつつも、風景や路傍の花々を楽しむ。

あとは、黙々と歩く。

木立の間から時折吹く風も心地よい。




「源三?大きくなったわね。

あんた覚えているかな、娘の雲雀よ。同い年でしょ」


いきなり何かが背中に飛びついてきた。


背後を取られていた。不覚だ…。

忍びとしては致命傷になる…。

くにゃっとした感触が、頭のなかで爆発する。

これは殺されてるな、と頭の片隅では冷静に考えているのだが、体の反応はそうはいかない。

頭のなかは大混乱して、体ごと爆発しそうになっている。


「源三?かわいい~」

赤くなって顔をそらしているところを、娘が横から覗き込もうとしている。

腕も抑えられていて、逃げ出せない。

また殺されたよ、近過ぎる…。


(続く)

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