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小さいおじさんと激辛ハバネロ七味カップ麺

 七海にとって一週間ぶりの休日。

 前回は滞納した電気料金の支払いで潰れた。

 七海は小さいおじさんの御利益を授かるため、朝から二間続きの仏間の掃除を始める。

 右手にはたき左手にほうきを持ち、全身埃まみれにならながら予想以上のゴミと格闘していた。


「あんずさんの看病で忙しくて、その後も一年以上放置したから、片付けても片付けてもゴミが出てくるよ!!」


 一年以上溜こんだ、大量の古新聞古雑誌。

 七海が小学生のころに着た子供服や、夏服と冬服が混在する衣装ケース。

 衣装持ちだったあんずさんの服はあんずさんのお部屋に戻して、ダメ親父の服は全部処分する。

 十年以上仕舞われたままカビ臭くなった寝具を大きなゴミ袋に押し込むと、首から提げたタオルで額の汗をぬぐい、ペットボトルの水をかぶがぶ飲んだ。

 七海の周囲には、大きなゴミ袋が十個転がっている。


「明日は燃えるゴミの日だし、生ごみは入ってないし、家の中に置いているとゴミ出し忘れちゃうから、さっさと外に出しておこう」


 スマホアプリで天気予報をチェックすると、今日明日は晴れの確率90%、雨の降る心配はない。

 天気を確認した七海は、縁側からゴミ袋十個を雑草の生い茂る庭に放り投げた。


「のう娘よ、忙しいところ申し訳ないが、ワシのご飯はまだか?」

「あっ、もうお昼? 小さいおじさんの食事、すっかり忘れていた」


 仏壇前の座布団の上で、小さいおじさんはひもじそうにお腹を押さえながら、涙ぐんだ目で七海を見ている。

 すでに時計の太い針は真上を指し、猪突猛進な性格の七海は掃除に集中しすぎて、食事を忘れていた。


「言われてみれば私もお腹が空いた。でも大掃除途中だし料理作るの面倒くさいな」

「食べられるものなら何でもいい、ワシはお腹が空きすぎて、動けない」


 芝居がかった動作で、座布団の上にうつぶせに倒れる小さいおじさん。

 今から炊飯器でご飯を炊くと五十分、土鍋で炊くと三十分かかる。


「ご飯が炊けるまで三十分かかるけど、小さいおじさん我慢できる?」

「いやだ、三十分も待てない。今すぐ食べたい」

「それじゃあ仕方ないなぁ、なに出されても文句言わないでよ」


 七海は台所へ向かうと、コンロの上のヤカンを火にかける。

 テーブルの上に置かれた買い物袋の中から、真っ赤なパッケージの激辛ハバネロ七味カップ麺を取り出した。


「蓋に有名中華料理店監修って書いているから、味は悪くないはず。お湯を注いで三分でできあがり」  


 カップ麺のふたを開けると、唐辛子成分の混ざった刺激のある香りと湯気が立ちのぼる。

 毒々しい赤いスープに麺の赤く染まった激辛ハバネロ七味カップ麺にフォークを添えて、小さいおじさんのところへ持って行く。


「ご飯が炊きあがるまでカップ麺で我慢して。でも小さいおじさんは、カップ麺食べたらお腹いっぱいになりそう」

「ワシのインスタント食品を食べさせるとは、なんて失礼なやつだ。しかし今は空腹を解消するのが先だ。う、うううっ、か、カラァァーーイ!!」

「あっ、もしかして赤い薬味って鷹の爪?」


 小さいおじさんはむせて顔を真っ赤にしながら、それでもお腹が空いているので激辛カップ麺を食べ続ける。


「はふはふっ、この麺は生麺のようにコシがある。ズルズル、喉の奥が焼けるように熱くて痛いが、これは病みつきになる辛さだ!!」


 七海は水に氷を浮かべたコップを小さいおじさんのそばに置くと、コップを持ち上げる仕草をして水を飲む。

 額から滝のように汗を流しながら美味しそうに食べているけど、激辛カップ麺の中身は最初の状態から変わらない。

 七海は台所に戻って土鍋の火加減を見ていると、「ごちそうさま」という小さいおじさんの声がした。


「うむっ、美味しかった、大満足じゃ。ワシに捧げたカップ麺の残りは、娘が食べるとよい」

「小さいおじさんって、かなり辛党なのね。でもカップ麺にお湯を注いでから十分以上経過しているから……ああっ、やっぱり激辛スープをたっぷり吸ったカップ麺がうどん状態になっている!!」


 空腹を満たした小さいおじさんは、座布団の上にごろんと横になると、うとうとしている。

 七海は土鍋で炊きあがったご飯を蒸らしながら、汁を吸いすぎてコシが無くなり、冷めてふにゃふにゃしたカップ麺をすする。


「ううッ、ふやけてブチブチと簡単に千切れる激辛麺が、口の中でべちゃりと怪しい固形物に変化する。そうか、小さいおじさんの食事は、後で私が食べるから、冷めても美味しい料理じゃないとダメなんだ」


 小さいおじさんの朝食はシリアルで簡単に済ませようと考えたけど、それだとふやけてドロドロになったシリアルの残りを、七海は食べなくてならない。

 冷めても温め直せば普通に食べられる料理を作る必要がある。


「ううっ、面倒くさい。誰か私の代わりに料理を作ってくれないかな」


 何とか激辛ハバネロ七味カップ麺を食べ終えた七海は、ため息をつきながら食器棚に置かれていた料理本に手を伸ばす。

 あんずさんが使い込んだ料理本をパラパラとめくり、自分でも作れそうな簡単な料理はないか探していると、魚料理のページに何かが挟まっていた。

 それはあまり見かけない絵柄のお札、二千円札が二枚。


「このお金って、もしかしてあんずさんのへそくり?」


 七海は座布団の上で昼寝をしている小さいおじさんをゆさぶって起こすと、料理本に挟まれたお札を見せる。


「台所に置かれていた料理本を開いたら二千円札が出てきたの。これって小さいおじさんの御利益?」

「うむっ、激辛カップ麺はなかなか刺激的な味で旨かったから、二千円札は食事のご利益だ。その金で娘は何か願い事を叶えるだろう」


 座布団の上にあぐらをかいて座る小さいおじさんを見て、七海は首をかしげる。

 二千円札二枚で叶う、私の願い事って何?

 蒸し暑くて考えがまとまらず、七海は首に張り付いた長い髪を払おうとして、何かに気づくと思わず声を上げた。


「四千円あれば、この間電気代を支払うために諦めたヘアカットに行ける!!」

「娘の頭は、使い古されたほうきみたいな髪をしている。そのお金ですっきり髪を切ってくるがいい」


 確かに小さいおじさんの言う通り、一年以上伸ばしっぱなしの髪は枝毛だらけで毛先が赤くなり、最近はオシャレをする気力すら無くなっていた。

 大掃除途中の部屋はガラクタの山で埋もれているが、今は髪を切りに行くのが最優先だ。


「小さいおじさんも一緒に美容室に行こう。家にいるより美容室の方がクーラー効いて涼しいし、私が髪を切っている間スマホで映画を観ていたらいいよ」


 七海は小さいおじさんを鞄に入れて、家の戸締まりを簡単に済ませ、自転車に飛び乗ると美容室へ出かけた。

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