大黒天の頭巾
表面にジャイアントパンダ、裏面に中国北京天壇が描かれた金の純度99.9パーセントのパンダ金貨。
重量は370グラムでズッシリと重い。
「金貨の直径は7センチもあるのに、あんずさんはどうやって大きな金貨を貯金箱の中に入れたの?」
すると小さいおじさんが真琴が手に持っていた、金貨が包まれていた紫色の布切れを引っ張る。
「もしかしてこの布切れは……おおっ、これは大黒天の頭巾だ」
大黒天は右手に打ち出の小槌、左手に宝袋を持ち、頭に頭巾をかぶっている。
そして紫の布きれは、小さいおじさんがあんずさんに預けていた大黒天の頭巾だった。
真琴から金貨を手渡された七海は、冷たいはずの金貨が手のひらの上で温かく脈打っているように感じた。
それは七海が子供の頃、あんずさんからお小遣いを渡された時の思い出が蘇る。
「あんずさんは小さいおじさんの頭巾の神力を利用して、貯金箱に金貨を隠したのね」
「そして頭巾の神力が作用して、パンダ金貨のモノノケが誕生したのか。天願さんの話では、あんずさんの貯金は全部君の父親が持っていった」
「ええそうよ。私がこの家を譲り受ける代わりに、ダメ親父はあんずさんの財布まで持っていったの」
「きっとあんずさんは君に財産を残すため、父親が小銭入れにしていた貯金箱に金貨を隠したんだ」
恵比寿青年はスマホを取り出し何かを調べ、スマホ画面を七海に向けると、そこには七桁の数字が表示されていた。
「12オンス約370グラムで、今日の金価格が1グラム……、これはなかなか良い金額だ」
「いち、じゅう、ひゃく、十万百万!! パンダ金貨ってこんなに高いの」
「純金ではない金99.9パーセントの金貨だが、パンダの絵柄は毎年変わるからコレクションとしての価値もある」
あんずさんは病で倒れながらも、七海の将来を心配して財産を残してくれた。
七海はパンダなんかあり得ないと拒否ったことも忘れて、涙ぐみながら呟く。
「ありがとうあんずさん、これで雨漏りの修理代を払えるし銀行ローンも半分返済できる。さっそく駅前の貴金属買い取りショップに持って行くわ」
「ちょっと待ってくれ天願さん、この金貨はすでに付喪神化している」
すっかり浮かれモードの七海の隣で、恵比寿青年は腕組みをして深刻な表情で考え込んでいた。
「金貨が人手に渡り、そこで扱いを間違えてもし霊障が発生したら大変なことになる」
「霊障って、パンダ金貨のせいで体調が悪くなったり、身の回りに悪いことが起こるの?」
「大黒天様が稀代の巫女に例えた君でも、パンダに押し潰されて動けなかった。この付喪神は普通の人間が扱えるモノではない」
あんずさんは、大黒天を彼方から呼び寄せるほどの霊力を持つ。
その彼女の使い魔相手に、三人の神と七海の第三の眼を使って、やっと正体を暴いたのだ。
「でもあんずさんの金貨を売らなかったら、雨漏り修理が出来ない!!」
恵比寿青年が言うことは理解できるけど、この金貨を売らずに持っていても宝の持ち腐れだ。
思わず叫んだ七海の後ろから、小さいおじさんが声を聞こえる。
「恵比寿の意見は正しい。これほど力を持つ付喪神を人手に渡してはダメだ。そうだな、神力が暴走しないように祭壇で祭るがいい」
恵比寿青年の会社ロビーには、七海が捕えた神竜が祭られている。
「大黒天様……なるほど、そういう意味ですか。竜神と熊猫は大陸の神と動物だから、一緒の祭壇で祭っても大丈夫ですね」
恵比寿青年は納得したように頷くと、途方に暮れた顔の七海に声をかける。
「天願さん、パンダ金貨を僕に譲って欲しい。もちろんタダでとは言わない、時価で買い取ろう」
「えっ、これまで恵比寿さんには色々お世話になっているのに、こんな大金貰うなんて」
「勘違いしないで欲しい。これほどの霊力を持つ付喪神は、人手に渡すより僕が引き取って大切に祭れば、きっとご利益を授かる。君にとっても一石二鳥の話だと思う」
「確かに恵比寿さんは神様の加護があるし、パンダに押し潰されても平気そう」
パンダのモノノケに取り憑かれて悪いことばかりと起こると思っていたが、災い転じて福となるだった。
七海は、手のひらにのせたパンダ金貨を見つめた。
「そういえば金の値段って毎日変わるから、今日売った金貨が明日値上がりしたら損よね」
「七海 姉ったら、明日は値下がりするかもしれないよ」
「君は本当に、目先の小さな儲けに釣られる。そういう所がダメなんだ」
真琴はあきれ顔で、恵比寿青年はガックリと肩を落とす。
「せっかくだから金貨を一円でも高く、アチッ、痛ぁーい」
その瞬間、パンダ金貨が何故か静電気を発して七海の手のひらが痺れる。
もしかしたら欲張りな七海に、あんずさんが怒ったかもしれない。
「パンダのモノノケの正体も分かったし、ワシの頭巾も見つかったし、めでたいめでたいだ」
小さいおじさんは大喜びで頭巾をかぶるが、重たい金貨を包んでいた頭巾は縫い目が解け、ほっかむり状態になった。
「なんということだ、頭巾がただの布きれになったぞ。弁財天よ、ワシの頭巾を縫い直してくれ」
「ごめんね大黒天様、私家庭科は苦手で巾着袋しか縫えないの。それは七海さんにお願いして」
天に二物以上の才能を与えられた真琴だが全てに万能ではなく、気まずそうに返事をしながら七海の方を振り向いた。
「ところで七海 姉。もう朝八時過ぎているけど、ディスカウントストアのバイトは大丈夫?」
「えっ、もうこんな時間。でもどうして真琴ちゃんと恵比寿さんはのんびりしているの?」
パンダ金貨を探している間にも時間は過ぎ、仏間に置かれたテレビは朝のニュース番組から芸能人の旅番組に切り替わっていた。
「今日は土曜で真琴の学校は休み、僕は午後から休日出勤だ」
「ふたりともズルい。私だけ徹夜明けでバイトに行くなんて辛いよ」
愚痴りながらも大慌てで出勤の準備をする七海の足元を、紫色のほっかむりした小さいおじさんがうろうろしている。
「それでは大黒天様、今から急いで朝食を準備します」
「ワシの腹は空いていない。恵比寿もご苦労だった、少し休むがいい」
「食いしん坊の小さいおじさんが、お腹空かないなんて珍しい。恵比寿さん達がいるから、小さいおじさんも家で留守番したら」
「いいや、ワシは娘と一緒にアルバイトに行くぞ」
いつもと違う小さいおじさんの様子に、七海は首をかしげる。
「そういえば小さいおじさん、頭に風呂敷をかぶってどうしたの?」
「これは風呂敷ではない、大黒天の宝物のひとつ【頭巾】だ。やっと三つの宝物がそろったが、頭巾が解けてしまった。これを元の形に戻さないと神力を発揮できない」
「私縫い物苦手で、こんな小さな布きれ扱ったら絶対破っちゃう」
「まったく、縫い物の出来ない女子ばかりだ」
「でも小さいおじさんの宝物も見つかったし、家の雨漏りも直せるし、これで一件落着だね」
七海は上機嫌で小さいおじさんに話しかけたが、小さいおじさんから返事はなかった。
その二日後。
恵比寿青年は七海からパンダ金貨を譲り受け、屋根の雨漏り修繕の支払いを済ませ、ついでに七海の借金を半分に減らした。
***
七海はパンダのモノノケ騒動で半月ほど休んだ早朝バイトを再開する。
「一件落着したのに、どうして恵比寿さんがいるんですか?」
「おはよう天願さん。僕は大黒天様に朝の挨拶に伺いに来ただけだ。この店のパンは一級品だが、大黒天様が飲まれるコーヒー豆は良い物を使って欲しい」
恵比寿青年がわざとらしく七海に話しかけると、七海の隣にいるマネージャーが「おっしゃる通りです」とヘコヘコ頭を下げた。
もちろんマネージャーにはテーブルの上でコーヒーを飲んでいる小さいおじさんは見えないので、恵比寿青年が恋人(七海)に会いに来たと思っている。
頭にほっかむりをした小さいおじさんは、恵比寿青年の取り分けたパンを一切れ食べると、大きなため息をついた。
「大黒天様、最近食欲がありませんね。何か心配事でもあるのですか?」
「恵比寿よ、これを見てくれ。ワシの頭巾が解けて神力が発揮できないのだ。そうだ、恵比寿がワシの頭巾を縫ってくれないか」
「大黒天様の頭巾を縫うなんて、僕には出来ません。それでは知り合いの仕立屋にお願いしましょう」
「ダメだ、普通の人間に大黒天の頭巾は任せられん。どこかに神のご利益を授かった、ワシの頭巾を縫える者はいないか」
そんな小さいおじさんの願いは、意外な所で叶えられる。
早朝バイトを終えた七海は、次のバイト先に息を切らしながら駆け込むと、ディスカウントストアのレジ前にお腹の大きくなった店長の奥さんが座っていた。
妊娠も安定期に入った奥さんは、週二回お店に顔を出す。
どうやら奥さんは七海が来るのを待っていた様子で、好奇心で瞳をキラキラ輝かせながら話しかけてきた。
「私、早く真実を知りたくて、七海ちゃんは恵比寿社長さんのプロポーズにOKしたの?」
「やっぱり、噂を広めたのは奥さんですね。恵比寿さんのプロポーズは保留中です!!」
「私、七海ちゃんがやっとまともな彼氏を掴まえたと喜んだのよ。相手は一流企業のイケメン若社長なんだから、さっさと決めちゃえばいいのに」
奥さんはお人好しで騙されやすい七海が、何度もダメ男に引っかかった恋愛遍歴を知っている。
「だから私イケメンは苦手で……あれ奥さん。それ、店の商品じゃないですね」
レジの上に置かれた白い子供服と、奥さんの手には針と糸が握られている。
「私独身の頃からパッチワークが趣味で、赤ちゃんのためにベビー服を縫っているの」
「すごい、これ全部手縫いですか。縫い目が細かくて、奥さんってとても手先が器用なんですね」
七海は襟元と裾に白いレースがふんだんに使われた、とても乙女チックなベビードレスを手に取る。
(確か店長は、赤ちゃんは男の子だって言ってたけど、まぁいいか)
小さいおじさんもエプロンのポケットから頭を出して、興味津々でベビードレスを眺めていた。
その姿を見て七海はひらめく。
「そうだ、奥さんに頼みたいモノがあります。実はあんずさんの形見の人形の頭にかぶせていた頭巾が、解けてしまったんです」
「おおっ、娘よ。それはナイスアイデア」
店長の奥さんは、小さいおじさんの打ち出の小槌のご利益で子供を授かった。
そんな彼女なら、大黒天の頭巾を扱えるだろう。
七海はエプロンに手を突っ込み、小さいおじさんからほっかむりを受け取ると、奥さんに見せる。
「私とても不器用で、お人形の頭巾を直したいけど、上手に縫えなくて」
「七海ちゃんのおばあちゃんの形見なら、喜んで引き受けるわ。でも頭巾ってどんな形をしているの」
実は小さいおじさんの頭巾がどんな形をしていたのか、七海には分からない。
小さいおじさんは頭の上で手を広げて、大きな袋状の頭巾の形をゼスチャーして見せたが、七海はそれを勘違いした。
「頭の上でマルってことは、どんな頭巾でも良いのね。それじゃあ奥さんが縫える帽子でお願いします」
その時七海は、奥さんの乙女チック趣味を考慮に入れてなかった。
数日後、七海は奥さんからピンク色のギフトボックスを渡された。
「お人形の帽子、我ながらうまく縫えたと思うわ。でも恥ずかしいから中身はお家で確認してね。ベビーちゃんサイズで作ったから七海ちゃんの時も使えるよ」
「私の時って、あははっ、それはどうもありがとうございます」
奥さんに意味深なことを言われて七海は焦ったが、今は気にしないでおこう。
ピンクの箱を家に持ち帰り、恵比寿青年と真琴が揃った夕食後に開封する。
「赤ちゃんの帽子だけど、小さいおじさんの頭のサイズに合うかな。あれ、奥さん、箱の中身間違えた?」
「まさか、これがワシの頭巾?」
箱の中から出てきたのは、白いレースで三重に縁取りされたハンカチだった。
「きゃあ可愛い。七海 姉、これって大黒天様の頭巾の布にレースが縫い付けた、ベビードレスのキャップだよ」
真琴に言われて白いレースのハンカチを広げると、それは赤ちゃんが記念写真を撮る時にかぶるベニーキャップで、フレンチボウ結びの水色のリボンが付けられている
「他にも何か、レースふりふりのエプロンドレスだ」
「そうか、奥さんは女の子の人形と勘違いしたのね」
乙女チック趣味が爆発した頭巾のベビーキャップと、白いレースがふんだんに使われたロマンチックなエプロンドレス。
「せっかく奥さんに作って貰ったけど、レースをほどいて作り直すしかないね」
「ええっ、こんなに可愛いのにもったいないよ。帽子もエプロンも大黒天様にサイズぴったりだし、私大黒天様がエプロンドレスを着ているところ見たいなぁ。ねぇ、桂一 兄も見たいよね」
真琴は悪戯っ子のように瞳を輝かせながら、小さいおじさんと恵比寿青年の目の前でエプロンドレスを広げる。
「だ、大黒天様のエプロンドレス。ゴクリ、とても、見てみたい」
「ちょっと恵比寿さん。いくら小さいおじさんが好きでも、メタボ体型で頭頂が薄い男の人がレースひらひらのエプロンドレスを着たって似合う訳無いじゃない」
何気なく小さいおじさんをディスる七海に、小さいおじさんがむっとした顔で答える。
「娘よ、ワシのことを見くびるな。それでは弁財天の期待に応えて、このエプロンドレスを着てみよう」
肩を震わせながら笑いを堪える真琴と困った表情の七海の前で、小さいおじさんはエプロンドレスに袖を通しベビーキャップをかぶる。
「アハハッ、大黒天様、超受ける」
「おおっ、ワシにぴったりのサイズだ。娘よ、帽子のあごひもをちゃんと結んでくれ」
「もう、小さいおじさんったら、真琴ちゃんにからかわれたんだよ」
「そうか? 恵比寿はとても喜んでいるぞ」
まさかと思いながら恵比寿青年の方を振り返ると、彼は肩を震わせながら顔を真っ赤にして大きくうなずく。
「大黒天様、なんという愛らしいお姿でしょう。そのポーズで動かないでください」
スマホを取り出して写メり始めた恵比寿青年の前で、小さいおじさんは打ち出の小槌を持ち、宝袋を背負いながらポーズを取る。
真琴も面白がってスマホを手に取った時、突然フラッシュの光で視界を失う。
それは千里眼を持つ七海の第三の眼を塞ぐほどの眩さ。
光はスマホのフラッシュではなく、エプロンドレス姿の小さいおじさんの体から発せられていた。
部屋中を神々しい光が満たし、小さいおじさんはクルクルと回転しながら膨れあがる。
光が徐々に弱まり七海達が視界を取り戻すと、そこにはメタボ気味の中年おじさんはいない。
リンゴのように赤いほっぺとベビーキャップのあごひもが三重アゴに食い込んだ、相撲取りみたいにたっぷり腹の出た、鏡餅のようなシルエットの大黒天が座っていた。
「三つの宝物の力で、ワシは完全に神力を取り戻した」
少しだけ渋みの増した小さいおじさんの声が聞こえる。
「あなたは、小さいおじさんなの? いつも縁側であんずさんの隣に座っていた、金色の小さい人?」
七海はこの姿に見覚えがある。
縁側に座るあんずさんの隣で、キラキラと光り輝く鏡餅みたいな形をした小さな人だ。
「稀代の巫女、七海よ。お前の声は言霊になる。どうかワシの名を呼んでくれ」
「あんずさんの大黒天様、やっと元の姿に戻ったのね」
毎日一緒にいた七海は、大黒天が神力を失って嘆いている姿を何度も見ている。
七海が汚屋敷掃除を始めたのも、この家のどこかにある大黒天の宝物を探すためだった。
「僕は、大黒天様は以前のお姿には戻れないと思っていました。良かった、本当に良かった」
恵比寿青年は遠い異国で大黒天と出会い、そしてやせ衰えてゆく大黒天に為すすべもなく日本に戻ってきた。
大黒天復活を願っていた恵比寿青年は、感動で言葉を失いながら何度も頷いている。
そんな恵比寿青年の腕に、真琴が笑いながらすがりつく。
大黒天はレースひらひらのベビーキャップとエプロンドレス姿で、打出の小槌を振り上げた。
「それでは復活した大黒天の神力で、お前たちの願いを叶えてやろう」
「小さいおじさんったら、元に戻るタイミング遅すぎ。私は金貨で借金を減らせから、残りは自分で返済するよ」
「それでは弁財天と恵比寿、お前たちの願いを叶えよう」
大黒天は肥えた体にのわりに素早い動きで、ピョコンと七海の肩の上に飛び乗る。
「願いを叶えてやるって急に言われても、私の魂は七海 姉が取り戻してくれたから、特に願い事は無いよ」
「僕は、大黒天様が元のお姿に戻ることを願っていました」
「なんだ、ワシの神力を派手に見せつけたいのに、三人とも欲がないのぉ」
文句を言いながら肩の上でピョンピョン跳ねる大黒天を、七海はつまみ上げる。
「小さいおじさん重っ。でもお腹はつきたてお餅みたいにプニプニ柔らかくて、すっごく触り心地がいい」
「うひゃひゃ、娘よ、くすぐったい。ワシのお腹を触るでない」
「ほっぺたもムチムチして、赤ちゃんみたい」
七海は鏡もち体型になった大黒天を両手で撫でまわす。
その様子にを真琴は大笑いして、恵比寿青年は羨ましそうに眺めていた。
「恵比寿よ、助けてくれ。せっかく神力を取り戻したのに、全然娘にかなわないぞ」
「天願さん、いいかげん大黒天様に悪さをするのはやめなさい」
恵比寿青年に怒られて七海が怯んだ隙に、大黒天は彼の腕にすがりつき手のひらに飛び乗った。
するとこれまで霞のようだった大黒天が、ズッシリと重たい。
「これはいったい……。大黒天様が僕の腕に触れた気配がします」
「ワシに触れることが出来る人間は、あんずさんと娘だけだ。むむっ、恵比寿の胸元からあんずさんの気配がするぞ」
大黒天に言われて恵比寿青年が胸ポケットから取り出したのは、金のチェーンが取り付けられたパンダ金貨だった。
「そうか、恵比寿さんはあんずさんの形見を身につけるから、小さいおじさんに触れることが出来るのね」
七海の呟きを聞いた恵比寿青年の瞳が、ギラギラとどん欲な色に変わる。
「大黒天様、考えが変わりました。どうか僕の願いを叶えてください、大黒天様の柔らかそうなお腹にちょっとだけ触らせてください」
「えっ、恵比寿さん。それってセクハラじゃない」
「天願さん、君にだけは言われたくないな。大黒天様、天願さんにお腹を触らせたのに、僕はダメですか」
「いいなぁ、桂一 兄。私もモチモチの大黒天様に触りたいっ」
大黒天好きをこじらせ過ぎた恵比寿青年にとって、神と触れ合えるのはあまりに魅力的だった。
「恵比寿さんって、見た目爽やかなルックスなのに執着心強すぎ」
「桂一 兄って、猫を撫で回しすぎて嫌われるタイプなの」
「僕としたことが、冷静さを失ってしまい申し訳ありません、大黒天様、三分以内で済ませます」
「怖っ、何を三分以内で済ませるのだ? ワシは触られるなら、男より若くてかわいい女子が良い」
こりゃダメだと呆れた七海は恵比寿青年から小さいおじさんを奪おうとすると、小さいおじさんは恵比寿青年の手のひらから飛び出す。
ゴムボールみたいな体でエプロンドレスをはためかせて、激しく上下に跳ねると仏壇までジャンプした。
気品のある美老女の写真が飾られた仏壇には、彼女が大ファンだった野球選手ニチロ―のグッズや歌舞伎俳優のプロマイド、お気に入りの演歌歌手のCDが飾られている
小さいおじさんはあんずさんの仏壇に飾られていたサインボールを両手に抱えると、宝袋の中に仕舞う。
そしてゆっくりと、三人の方を振り返った。
「皆の者、世話になった。ワシはやっと彼方にいるあんずさんの元へゆける」
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次回、最終回




