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七海の汚部屋

 恵比寿青年との話し合いの結果。

 新人店員に小さいおじさんが見つかってしまったので、騒ぎになる前に七海は居酒屋バイトを辞めることになった。

 恵比寿青年は小さいおじさんを預かり、それから三十分ほどで店を出て、七海も酔いが醒めたので仕事に戻る。

 その途中、廊下でぽっちゃり女子と鉢合わせる。

 ぽっちゃり女子は興味津々の表情で、そして後ろにいる彼氏の新人店員は青い顔でこちらを凝視していた。

 

「七海さーん、恵比寿社長との話し合いはどうだった。ポロポーズOKしたの?」

「えっと、返事は保留です」

  

 七海は恵比寿青年に言われた通りの返事でぽっちゃり女子の追及をかわすと、店長に話があると告げて厨房に向かう。

 七海は、家に真琴が居候していると店長に話した。


「なるほど、七海は恵比寿社長に頼まれて親戚の子を預かっているのか。女の子を家に一人夜遅くまで留守番させるのは心配だな」

「それでバイトを続けるのは難しくて、店長にはとてもお世話になったけど……」

「分かった、店の人手は充分足りているから、七海は今日でバイト卒業だ。それにしても身内を預けるなんて、恵比寿社長はよっぽど七海を信頼しているんだな」

「私、恵比寿さんには怒られてばかりですよ」

「あははっ、怒られるなんて夫婦げんかは犬も食わないぞ。七海、恵比寿社長ほどの優良物件を逃がすなよ」


 居酒屋店長も七海と恵比寿青年の関係を勘違いしているけど、今は否定しないでおこう。 それから七海は新人店員の疑わしげな視線を感じながらも最後のバイトを終える。

 店の外で居酒屋店長を待って、車で帰るところを呼び止めると七海は深々と頭を下げた。 


「店長、今まで本当にありがとうございました。次はお客さんとしてお店に遊びに来ます」

「そうだな、美味い酒と料理を準備して待っている。恵比寿社長と、エプロンのポケットに入れていた小さいお方も連れて来いよ」

「えっ、小さいお方って、もしかして小さいおじさんが見えていたの?」


 七海は思わず頭を上げる。

 しかし居酒屋店長の乗った車は、すでに走り去った後だった。



 

 バイトを終えて家に帰ると、小さいおじさんは仏間の座布団の上で眠っていた。

 疲労困憊の七海は着替えもせず、小さいおじさんの隣に敷かれたせんべい布団の上に倒れ込む。

 ぽっちゃり女子にプロポーズと勘違いされたけど、恵比寿青年はどこまで本気なのかとか、居酒屋店長も小さいおじさんの姿が見えていたとか、考えることが多すぎて脳がオーバーヒート状態だ。


「とりあえず、全部明日、考えよう。もう限界、おやすみなさい」


 その夜もパンダのモノノケが現れたが、七海は爆睡中でお腹の上に乗っかられても反応がなく、しばらくしてパンダのモノノケは煙のように消えた。




 翌朝、小さいおじさんは普段より早く目を覚ますと、隣で七海が毛布を蹴飛ばしで大の字でイビキをかいて寝ていた。


「昨夜の酒は美味かった。恵比寿に頼んで、あの酒をあんずさんの仏壇にも供えさせよう。それにしてもパンダのモノノケはどこにいる?」


 仏壇に向かって独り言を呟いていた小さいおじさんは、ふと何かを思い出すと、顔色を変えた。


「もしかして、いやまさか……でも、それしか考えられない。ワシの代わりにあんずさんが」

 


 ***


 

「天願さん、いい加減起きてくれないか。あと十分でリフォーム業者が来る」


 気持ちよく爆睡する七海の右肩を、誰かが強く揺さぶりながら声をかける。

 目の前の恵比寿青年はいつものハイブランドスーツではなく、お高そうな濃紺のスポーツウエアを着ていた。


「なんだ恵比寿さん。今日バイト休みだから、もう少し寝かせてよ」

「天願さん、まず目を開けて、体を起こしてくれ」


 恵比寿青年に言われて、七海は自分が目を閉じたままだと気付き、重たい目蓋を開くと部屋には昼間のまぶしい日差しが差し込んでいる。


「あれっ、私寝ていたの? でも恵比寿さんの姿が見えたよ」

「それは天願さんが無意識に第三の眼を使ったのだろう。いよいよ千里眼に近づいてきた」


 七海は慌てて布団から起き上がると、まるで水の中から上がったように生身の体が重たく感じた。


「恵比寿さん、いつもと服装が違うけど、仕事はどうしたの? ああっ、思い出した。屋根の雨漏りを直しにリフォーム業者が来る!!」

「僕はさっきから君を何度も起こしたぞ。今日の十時に業者が来る」

「そんなに早くリフォーム業者が来るなんて聞いてない。そうだ、二階の部屋を片付けるまで待って」

「部屋を片付ける前に、顔を洗って服を着替えてくれ」

 

 恵比寿青年に言われて、七海は改めて自分の姿を確認した。

 昨日、服も着替えず布団に倒れ込んだ七海は、髪はゴワゴワで服はヨレヨレ、化粧も落としていない。

 慌てて洗面所に駆け込んで顔を洗い、ボサボサの髪に櫛をと降りていると、玄関先から年配男性の野太い声がした。


「すみません、こちら天願さんのお宅ですか」

「もう業者さんが来ちゃった!!」

 

 七海が洗面所から飛び出すと、すでに玄関先で恵比寿青年が来客の対応をしていた。

 リフォーム業者は恵比寿青年と話ながら家に上がると、二階へと続く廊下を進む。

 そのふたりの前に七海が立ちふさがった。


「ちょっと待って、今部屋がとても散らかっているの。だからリフォームの下見は午後にしてください」

「天願さん、それは無理だ。業者さんのスケジュールがあるし、僕は午後から会議が入っている」

「奥さん、今日は部屋の雨漏りの確認と屋根のチェックだけで、工事はしませんよ」

「それじゃあ三十分待って、急いで部屋を片付けるわ」

「しかたない、僕は業者の方と十分ほど打ち合わせするから、その間に部屋を片付けなさい」


 恵比寿青年は呆れたように大きなため息をつくと、仏間の方にリフォーム業者を通した。

 恵比寿青年はそこに敷かれていたせんべい布団を抱えて縁側に干すと、リフォーム業者に座布団を勧めてお茶を用意する。

 その慣れた様子に、リフォーム業者は「奥さん、良い旦那さんですね」と七海に声をかけた。

 七海はそれを否定する暇もなくゴミ袋(大)を持って二階の部屋に駆け込む。

 仕事が忙しいと部屋を放置した七海は、そのツケを払うことになる。


「ああ、洗濯した服と着替えた服がゴッチャになっている。机の上のガラクタは全部ゴミ袋に押し込んで、後で選り分けよう」


 七海は両手で服をかき集めながら、足元のガラクタは拾う時間が無いのでベッドの下に蹴り入れる。

 クローゼットの扉を無理矢理閉めて、ベッドの上の読みかけの本や化粧品は毛布の中に押し込んだ。

 掃除機をかける時間も無い。

 七海の第三の目は、一階の恵比寿青年と業者のおじさんが階段を上がってくる姿が見える。


「もう十分経ったの? 待って、部屋に入らないで」

「天願さん、タイムオーバーだ。部屋に入らせてもらう」


 洋服で両手がふさがった七海は扉が開くのを防げず、恵比寿青年は一瞬立ちすくみ、リフォーム業者のおじさんは愛想笑いを浮かべながら部屋に入ってきた。

 そこは脱ぎ散らかした洋服と読みかけの雑誌、使われていないダイエット器具と埃のかぶった小物雑貨の溢れたズボラ女子の汚部屋。


「最近仕事が忙しくて部屋を片付けられなくて、普段はもう少しマシなんです」

「奥さん、今日は雨漏り箇所をチェックするだけだから、部屋が散らかっていても気にしませんよ」


 仕事で汚部屋を見慣れているらしいリフォーム業者のおじさんは、焦って言い訳する七海にポーカーフェイスを浮かべながら頷くと、天井の状態をチェックする。

 そして恵比寿青年はスマホを片手に、どこかと連絡を取っている。


「すまない、急用が出来た。午後の会議を明日に変更してくれ。今日は会社に戻らない」

「恵比寿さん、急用ですか? 時間が無いなら帰っていいですよ」

「ああ、そうだ。急用が出来た。大黒天様が住まう屋敷の一部が汚部屋状態なんて、僕は我慢できない。徹底的にこの部屋を掃除する」


 仕事を休んだ恵比寿青年は、七海の部屋の掃除をすると言い出す。


「いくら恵比寿さんでも、私の部屋は勝手に触らないで」

「奥さん、夫婦げんかは後にしてもらえますか。旦那さん、ちょっと屋根に登って瓦の状態を見ましよう」


 ふたりの様子に見かねたリフォーム業者のおじさんが七海に助け船を出して、恵比寿青年を部屋の外に連れ出してくれた。

 部屋にひとりになった七海はベッドに腰掛けようとして、なんとなく湿っているみたいで腰を上げる。

 天井からガサゴソ物音がして、リフォーム業者のおじさんと恵比寿青年の話し声が聞こえる。

 

「忙しい恵比寿さんが仕事を休んで手伝ってくれるんだから、ちゃんと部屋の掃除しなくちゃ。この部屋にパンダのモノノケの……気配は無い」

 

 とりあえず服を全部洗濯しようと、ゴミ袋(大)2つに洋服をパンパンに詰め込んで、一階の洗濯機まで運ぶのが面倒くさいのでゴミ袋を階段から転がすと、下から「ぎゃあ」と悲鳴が聞こえた。

 偶然階段の真下にいた小さいおじさんが、落ちてきたゴミ袋(大)に押し潰されたらしい。


「ゴメン!、小さいおじさんは恵比寿さんと一緒じゃなかったの?」

「娘よ、ワシはお前に話があって……」

「私、早く部屋の掃除しないと恵比寿さんに怒られるの。話は後で聞くよ」


 服を洗濯機に押し込む七海を、何かを言いたげに見つめていた小さいおじさんは、しょんぼりと肩を落として仏間に帰っていった。

 しばらくしてリフォーム業者のおじさんと恵比寿青年が屋根から降りてくる。


「奥さん、雨漏りの原因は屋根の老朽化じゃありません。裏の竹林から何かが屋根に落ちて瓦が割れたようです」

「屋根は上等な和瓦で、全部取り替える必要はないそうだ。外壁も修繕も必要ない」

 

 リフォーム業者のおじさんは屋根の上で撮影した画像を七海に見せながら、工事の内容と見積もりを説明する。

 それは納得の行く内容で、金額も怪しいリフォーム業者の半分以下。

 工事費を4回分割払いすれば、七海の稼ぎでも充分払える金額だ。


「これってまた私、うっかり騙されるところだった?」

「他の業者にも見積もりさせろと、僕は何度も言ったはずだ」


 最初から恵比寿青年の言うこと素直に聞いていれば、無理に働いて疲労で倒れることもなかった。

 七海は改めてリフォーム業者のおじさんに屋根の修繕を依頼して、すべての打ち合わせが終わる頃には、壁の時計の針が真上を指す。


「もうこんな時間だ。急いで大黒天様の昼食を準備しなくては。冷蔵庫にあるあり合わせの食材で作れそうなのは、野菜かきあげうどんと親子丼。大黒天様どちらがいいですか?」

「あれ、小さいおじさんが背中を向けて座っている。雨漏り工事の打ち合わせで相手にしなかったから、すねているの?」

  

 七海の声掛けにゆっくりと振り返った小さいおじさんは、眉が困ったようにへの字になっている。


「大黒天様、どこかお具合が悪いのですか?」


 恵比寿青年が心配して声をかけると、小さいおじさんは首を振って仏壇を指さした。


「娘よ、あのパンダの正体が分かったぞ。神無月で力を失ったワシは、あんずさんに娘の働き過ぎを辞めさせてくれと頼んだ」

「そうか、天願さんの霊力でも払いのけられないパンダのモノノケを使役できる人物は、ひとりしか思い浮かばない」

「えっ、ふたりとも何の話しているの?」


 恵比寿青年と小さいおじさんの話を理解できなくて、七海は首をかしげる。

 

「天願さん、あのパンダは、あんずさんの使い魔だ」

※最終選考には残れませんでした。

 でも二次まで作品が残っただけでも嬉しい。

 これからも好きなように楽しく書いてゆきます。

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