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深夜の大掃除,

「小さいおじさんが預けた荷物って、どんなもの?」

「お前はあんずさんから受け継いだ霊力がありながら、ワシの足りないモノが分からないのか?」


 突然そんなことを言われても、七海が小さいおじさんとまともに話すのは今日が初めてだ。

 痩せてくたびれた雰囲気の小さいおじさんは、胸元の合わせが大きく開いた赤い上着と横幅のあるだぼだぼのズボンを履いている。


「ワシの身体からあふれ出る高貴なオーラを見て、何も感じ取れないとは情けない」

「うーん、高貴というよりちょっとワガママなオーラを感じる」

「ワシがあんずさんに預けたのは帽子と小槌と福袋。それがこの家のどこかに仕舞われているはずだ」

「小槌ってなんだろう、英語だとハンマー。そうか、小さいおじさんの正体は、人間が寝ている間にこっそり仕事の手伝いをする靴屋の小人ね」


 七海が納得したようにポンと手を叩くと、小さいおじさんは呆れ顔で首を振った。


「どうしてワシがあくせく働いて人間の手伝いをする必要がある。ワシの役目は、人間が捧げた料理を食べることだ」

「そういえば小さいおじさん、食事は終わったの? お粥の量が全然減ってないけど」


 小さいおじさんは鮭と大葉がトッピングされたお粥を食べる仕草をしていたけど、お粥はよそおった時の状態で冷めている。

 小さいおじさんの食事は直接モノを食べるのではなく、目で食べる、霞を食べるような感じだ。

 

「ごちそうさま、ワシは満腹じゃ。残りは娘が食べるがよい」

「もう真夜中だけどお腹も空いたし、お言葉に甘えていただきます」 


 スプーンで一匙すくって口に運ぶと、久々にちゃんと炊いたお粥はトロリと甘く優しい舌触りで、仕事に疲れた七海の五臓六腑に染み渡る。

 

「自分で炊いたお粥美味しい。最近忙しすぎて食事が手抜きだから、ご飯だけはちゃんと炊こう」

 

 七海がしみじみとお粥を食べている側で、小さいおじさんは忙しく部屋の中を動き回る。


「ワシの小槌はどこにも無いぞ。娘よ、それを食べたら早くワシの荷物を探してくれ」

「小さいおじさん、もう夜遅いから捜し物は明日の朝にしよう」

「なんだかお前は、ワシの捜し物をするのを嫌がっているな」

「そ、そんなことないよ。小さいおじさんも疲れているから、この座布団の上で眠っていいよ」


 七海は小さいおじさんから目をそらすように立ち上がる。

 小さいおじさんは七海に言われたとおり、あくびをしながら座布団の上に寝転がる。


「少し湿気た寝床だが仕方ない、本当は糊のきいた清潔なシーツと羽布団で寝たいのだが。毛布の代わりにこれを被ろう」


 畳の上に落ちていた花柄の布地を毛布代わりにしようとした小さいおじさんを見て、七海は悲鳴を上げる。


「きゃあーーっ、小さいおじさんちょっと待って。それ私のショーツ!!」

「なんだと、娘は下着を部屋に脱ぎ捨てるのか?」

「違いますっ、それ洗濯済みだから!! 女子の一人暮らしは下着を外に干せないから、室内に洗濯物を干していたの」


 ピンクの花柄ショールを広げてマジマジと見る小さいおじさんから、七海はショーツをひったくる。

 部屋の中を見回せば、もう真夏なのに分厚いダッフルコートやモヘヤのセーターが鴨居にひっかけられたままになっている。


「娘よ、なぜ冬服をタンスに仕舞わない?」

「それは仕事が忙しくて、家の片づけする気力無いの。待って小さいおじさん、隣の部屋を覗かないで!!」


 霊感の優れた七海は、無意識のうちに小さいおじさんの次の行動が読めたが止めきれない。

 小さいおじさんがすっと手をかざすと、二間続きの仏間の中央で仕切られた障子が、まるで自動ドアのように開く。

 隣の部屋は山積みになった服や下着やバスタオル、雑誌や空きダンボールが放置されて、完全物置状態になっていた。


「こんなガラクタの中から、ワシの荷物を探し出せるのか?」

「とにかく仏間の片付けるから、小さいおじさんの荷物もちゃんと探すから!!」


 結局七海は冬服を片付けて押入に押し込んだりして、深夜から大掃除をする羽目になる。

 途中睡魔に襲われ二階の自分の部屋に戻る気力もなく、畳の上にバスタオルを羽織って寝てしまった。




 同じ時間。

 深夜の国道を走る高級ハイブリット車は、広い交差点の手前で路肩に停車した。

 右手に黒い布張りのアタッシュケースを抱えた男性が、車から降りると周囲を見回す。

 交差点の信号の先に見える住宅街の背後には、うっそうとした竹林がある。

 月のない暗い夜、恵比寿青年は何かを見つけたように目を細めた。



 ***



 朝は鳥のさえずり……ではなく、真夏のけたたましい蝉の声で目を覚ます。


「おはよう七海、雨戸を開けろ。もう朝じゃ、ワシはお腹が空いたっ」

「むにゃむにゃ、昨日は夜遅かったからもう少し寝かせ。きゃあっ痛い、耳を引っ張らないで」


 耳をつねられた痛みに驚いて飛び起きた七海の頬には、畳の後がくっきりと付いていた。

 雨戸の隙間から朝の日差しが差し込んでいる。

 久しぶりに仏間の雨戸を開けると、雑草の生い茂る庭を見た。

 閉め切った部屋の中を光が照らしキラキラと埃が舞い、小さいおじさんがドラマの姑のように人差し指で床をこすると、指先についた汚れを見せた。


「あんずさんがこの汚れた家を見たら、ガッカリするだろうな」


 確かに七海は家の掃除をさぼりまくっているが、小さいおじさんに嫌みを言われれば、言い返したいことがある。


「だってこの家は、私ひとりで住むには広すぎる。二間続きの仏間に客室にあんずさんのお部屋、広い台所とトイレとお風呂。二階は洋間三つにトイレ。7LDKの家を私一人で掃除するのは大変なんだから」


 そんな言い合いをして気がつくと、時計の針は7時55分を示していた。

 深夜の掃除と寝汗にまみれた七海は、烏の行水でシャワーだけで済ませると、乾きにくい長い髪にドライヤーをかける。

 時間はあっという間に8時20分。

 店に15分前に到着して9時ちょうどにディスカウントストアの入口シャッターを開けるのが、七海の朝の仕事だ。

 バーゲンセールの日は、チラシ限定商品を求めて開店前からお客さんが待機することもある。


「コンビニに寄って朝食のサンドイッチ買うつもりだったのに、全然時間がない」

「もしかしてワシも朝ご飯抜きか? ワシの仕事はご飯を食べることだぞ」


 そんなこと言われても冷蔵庫の中は空っぽで、今から朝ご飯を作る時間なんてない。

 文句を言う小さいおじさんに、七海は昨日居酒屋の常連さんからいただいた蜜柑を渡す。


「ちょっと時期の早い、ハウス栽培の温州ミカンよ。小さいおじさんのサイズならミカン一個でお腹いっぱいでしょ」

「ワシ小さくての可愛らしい手では、ミカンの皮はむけない。娘よ、ミカンの皮をむいてくれ」

「もう、朝は忙しくて、本当に時間が無いのにっ!!」


 七海はミカンの皮をむきながら、今後のことを考えた。

 七海が仕事に出かけている間、小さいおじさんを家に留守番させて熱中症防止に家のクーラーをつけっぱなしにしたら、今月の電気料金がとんでもないことになる。


「こうなったら……小さいおじさんもお店に連れて行こう」


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