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七海とモフモフ2

 神が居なくなると言われる神無月。

 午前四時にパンダのモノノケが現れ、寝ている七海の腹の上に乗っかる怪奇現象が起きた。


「七海 ねーねがパンダに押し潰されて、動けないなんて、プッ、アハハッ」

「真琴ちゃん、パンダが逃げ出すなんて大事件よ。下手したら中国との国際問題になっちゃう!!」

「娘よ、落ち着くのだ。それは本物のパンダではなく、パンダの形をした付喪神だろう」

「えっ、つくもがみって何?」


 付喪神、それは長い間使われていた道具に宿る神や精霊のことを言い、天願家には年季の入った道具が山のようにあった。


「家のどこかにあるパンダのぬいぐるみが、夜な夜な七海 ねーねのお腹の上に座って、ククッ、想像するとおかしすぎる」

「でもぬいぐるみならもっと軽いはず。あれは岩みたいな重さだった」

「それなら木彫りか、陶器製の置物かもしれん」


 小さいおじさんの説明では、パンダの形をした付喪神を探し出さないと怪奇現象は終わらないという。

 

「部屋の中を見てもパンダの置物はないし、怪しいのは押し入れの中? この押し入れはダメ親父が旅行土産に買ってきた半裸女性の陶器人形とか変なオブジェとか、大量のガラクタが仕舞われているし」

 

 仏間を片づけるとき不用品を押し入れに詰め込んだから、パンダの置物を探し出すのも一苦労だ。


「娘よ、パンダの正体が分かるまで、早朝バイトは休んだ方がいい」

「小さいおじさん、私早朝バイトは苦にならないの。パンを作るのがこんなに楽しいなんて知らなかった」

「しかし……家の雨漏りにWワークに、今度はパンダの付喪神。いくら神無月だとしても運が無さすぎる」


 小さいおじさんがあきらめ顔で呟く側で、真琴はにっこりと笑いながらスマホをタップする。


「とりあえず桂一 にーにに、七海 ねーねに取り憑いたモノノケの正体をメールで知らせたよ」

「パンダに取り憑かれたなんて恵比寿さんが知ったら、笑われるよ」

「それと撮影した動画も送ったから。にーにはパンダに押し潰されて動けない七海 ねーねにキスしたんだから、ちゃんと責任取らせなくちゃ」

「えーっ、ちょっと待って真琴ちゃん!! キスって何、私全く記憶に無いんだけど」






 MEGUMUグループ本社ビル会議室、朝ミーティングの最中、画面に表示された名前を確認した恵比寿社長は、部下に合図をして席を外す。

 真琴のメールを読んだ恵比寿青年は、かけていた眼鏡を外すとこめかみを押さえた。


「まさかあのモノノケの正体がパンダとは、真琴の言っていたバクの方が信じられた。天願さん、君はあまりに謎すぎる」


 そしてメールに添付された動画を見て、思わず呻いてしまう。


『この動画、七海 ねーねにも見せたから。ねーねにーにから逃げまくると思うけど、絶対に野放しにしないで。パンダから七海 ねーねを守ってあげて』


 その後、席をはずしていた恵比寿社長が突然上野のパンダを見に行くと言い出し、ミーティングは騒然となる。



 ***



 七海はバイト先のディスカウントストアでパンダ関連グッツを全てチェックしたが、怪しいモノはひとつも無かった。

 夜の居酒屋バイトでも、カウンターに飾られたのは鮭を咥えた木彫りのクマで、パンダの置物は無い。

 団体客の帰ったテーブルを片付けながら、七海はエプロンのポケットの中にいる小さいおじさんに話しかける。


「あのモノノケパンダが家の中に潜んでいたら、明日も早朝バイトに行けないよ」

「娘はそこまでして、早朝バイトに行きたいのか」

「来週からクロワッサンを焼く予定なの。あのお店のクロワッサンは焼き加減が絶妙で、バターの風味が香ばしい作り方を習いたい」

「それなら恵比寿からパンの焼き方を習えば良い」

「小さいおじさん、恵比寿さんのパンも美味しいけど、家庭と業務用オーブンでは火力が全然違うよ」

「それなら大黒天様のために、業務用オーブンを買いましょう」

「うちの台所に業務用オーブンの入るスペースなんて……えっ、恵比寿さん!!」

 

 七海は空のビールジョッキを両手に六個持ったまま声のした方を振り返る。

 そこには光沢のある紺色のハイブランドスーツに身を包み、小さな花束を待った美青年がアルカイックスマイルを浮かべて立っていた。


「なんで恵比寿さんがこんな時間に、真琴ちゃんの夕食はどうしたの」

「真琴からパンダの話を聞いて、社員を上野動物園に行かせて確認した。パンダはちゃんと檻の中にいたよ」

「私がパンダに押しつぶされたと知ったら、恵比寿さんは笑うかと思っていた」

「まさかモノノケの正体がパンダなんて、僕でも予想できない。それと僕は君に失礼な事をしたので、真琴に謝ってこいと言われた」


 恵比寿青年は洗練された仕草で七海に花束を差し出し、それを見た座敷席の地元マダムが黄色い声を上げる。


「失礼な事って、あっ、今両手がふさがっているから、後で花束を受け取ります」


 七海が焦って返事を返すと、騒ぎを聞きつけた居酒屋店長が厨房から出てくる。

 恵比寿青年は満面の笑みを浮かべながら、店長に話しかけた。


「お久しぶりです店長。今日は国産ウイスキーの十八年モノが手に入ったので、店長に利き酒をしてもらいたくて持ってきました」

「恵比寿社長、いつもありがとうございます。今日は新鮮な牡蠣が入ったので、それをお出ししましょう」

「それでは料理を、天願さんに運ばせてください」


(あれ、いつの間に恵比寿さんと店長は親しくなったの?)

 恵比寿青年と居酒屋店長が話で盛り上がっている側で、七海はこっそりスマホで国産ウイスキーの値段をググって、桁がひとつ多いのに驚く。

 これでは恵比寿青年を無視できないし、完全に七海を捕まえに来ている。


「家が雨漏りしたりパンダに取り憑かれたり、私被害者なんだけど」

「確かに娘は被害者だが、今のままでは何一つ解決しない。恵比寿に相談して解決の道筋を探すのだ」

「私ひとりの問題なのに、恵比寿さんを頼る必要があるの?」


 そう答えた七海の瞳は光の無い深い闇を宿す。

 神の願いを叶える力を持っていても、自分の願いを叶えることはできず大きな喪失感を抱えていた。




 七海はお通しと氷とグラスを個室に運ぶと、中から恵比寿青年と店長の会話が聞こえた。


「恵比寿社長はあんずさんの知人の紹介で、七海と知り合った。俺は七海の父親と同級生で、家庭の事情で大変だった時、よくあんずさんが飯を食わせてくれたんです」

「それでは今も天願さんの父親とは」

「高校卒業してから、ヤツとは一度しか会ってない。あんずさんは俺が板前見習い時代から気にかけてくれて、店を持つと客も紹介して息子のように可愛がってもらいました」

「なるほど、僕は不思議に思っていました。天願さんが食べるまかないは、片手間では作れない手の込んだ料理だ」

「急にあんずさんが亡くなって落ち込んでいる七海に、俺ができることは飯の世話ぐらいだけど、恵比寿社長がいるからもう心配ない」


 会話を聞いた七海は、個室の扉の前で足が動かなくなる。

 

「店長のまかないは、カンパチのカマとか牛のホホ肉とか手の込んだものが多いけど、あれは私のための料理だったの?」

「先週まかないで食べたローストビーフ丼は、店に出せるほど絶品だった」


 そうだ、七海は多額の借金を抱えているのに、食べ物に困ったことは無い。

 七海が気付かないところで恵比寿青年や居酒屋店長や、ディスカウントストアの店長夫婦にも助けられていた。

 動揺した七海の持つグラスがカチカチと音を立てると、それに気付いた店長が個室の入口から顔を出す。


「なんだ七海、恵比寿社長が氷を待っているぞ」

「店長。今のまかない料理の話、本当ですか?」


 しかし店長はとぼけた顔をして厨房に戻り、七海はあれこれ考えながらテーブルにグラスと氷を置いていると、気配を感じる。

 七海の額にかかる前髪をかき上げる、長い指と大きな手のひら。

 イケメンは爪の形も綺麗だ。


「あれっ、私目を閉じているのに、どうして恵比寿さんの手のひらが見えるの?」

「僕は天願さんの第三の眼を開いた。これで両目が塞がれても、第三の眼でモノノケの正体を見抜くことができる。長く厳しい修行の末に習得する第三の眼をこんな簡単に得られるとは、君はとんでもない人だ」


 恵比寿青年に言われて、七海は自分の額を指でなでると、ふと朝の出来事を思い出す。


「そうだ、真琴ちゃんが撮影した動画で、恵比寿さんは私にキスをしていた」

「大黒天様に危険が迫って、天願家に現れたモノノケの正体を暴くには、あの方法しかなかった」

「ちょっと恵比寿さん、寝ている私にキスしておきながら、そんな話が通用すると思うの」

「恵比寿よ、ワシを言い訳の材料にするな。寝ている娘にチュウした責任を取るのだ」


 七海は顔を真っ赤にして恵比寿青年を睨みつけ、小さいおじさんは顔を真っ赤にしてお高いウイスキーの瓶を抱えていた。


「……大黒天様、もう出来上がっていますね。天願さん、あれは緊急事態の応急処置だ」

「小さいおじさんが無事なら、私がモノノケに取り憑かれたって、恵比寿さんには何も関係ない」


 恵比寿青年を睨みつける七海の第三の眼は、誤魔化しがきかず真実を見極める。

 恵比寿青年はネクタイを緩めながら、意を決したように七海を見返した。 


「僕が、君の心配をしてはいけないのか?」


☆『貧困フリーター女子、小さいおじさん(福の神)拾いました』

 ネット小説大賞1万作品の中から、一次選考通過しました。ヤッタァ!!

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