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七海とリフォーム会社

 七海は夜中からネット検索でリフォーム業者を探し、テレビでひんぱんにCMの流れるリフォーム会社にメールを送った。

 気がつくと、時計は午前三時を回っていた。

 七海は階段のきしむ音を気にしながら一階に降りて、仏間で寝る小さいおじさんの隣で横になった。

 堅い畳の上で雑魚寝は体は冷えるし、数日前の高級温泉旅館のベッドが懐かしい。

 それでも七海はなかなか寝付けず、三時間後には真琴が起きる。

 二日連続寝不足気味の七海に、朝から元気いっぱいの真琴が話しかけた。


「おはよう七海 ねーね、今日は午後から喉の検査で病院受診があって、桂一 にーにが付き添ってくれるの。土日は中野のおばさんの家に戻ります」

「真琴ちゃんの喉はもう大丈夫だよ。お医者さんからお墨付きがもらえるといいね」


 七海は真琴に雨漏りの件を話そうとして、思い留まる。

 あんずさんから受け継いだこの家は、自分が責任を持って守ってゆかなくてはいけない。 居候の真琴に心配かけないように、さっさと雨漏りを直してしまわなくては。

 そして昼間、七海のスマホにリフォーム業者からメールが入り、夕方にはリフォーム会社の営業マンと近所の喫茶店で待ち合わせる。

 高そうなダブルのスーツに派手な柄の紫のネクタイ、先のとがった革靴を履き、髪をオールバックで固めたリフォーム会社営業の男性は、分厚いパンフレットをめくりながら早口で説明をはじめた。


「天願様、ご連絡ありがとうございます。リフォームを検討したいと言うことで、先ほどご自宅を一通り撮影してきました。築五〇年以上経過した建物で、内部もかなり老朽化しているでしょう」

「えっと、お願いしたいのは室内リフォームではなく、雨漏り修繕です」


 リフォーム会社営業はしきりに家の古さを強調するが、あんずさんとの思い出が詰まっている家の雨漏り以外直す予定は無い。

 しかしリフォーム会社営業は大げさに肩をすくめると、手元のタブレットに撮影してきた七海の家を映し出す。

 

「写真から判断すると、ご自宅の屋根はかなり劣化が進行しています。出来るだけ早く修繕する必要があります。それと壁板の亀裂から雨漏りが発生することもあるので、是非外壁修繕もおすすめします」

「あのう、屋根に上がって雨漏りの確認はしないのですか?」

「我々はリフォームのプロです、外から見れば家の劣化具合がよく分かります。天願様のご自宅は大変危険な状態です」


 七海はそれから二時間近くリフォーム会社営業の説明を聞かされ、グッタリと疲れた状態で喫茶店を出る。


 渡された修繕見積もりを見た七海は、大きなため息をついた。


「はあぁ~っ、天井の雨漏りの原因は瓦屋根の劣化破損で、屋根の張り替えと外壁塗装をする必要があるなんて思わなかった」


 屋根の修繕見積書には、数字が七桁も並んでいる。


「今、貯金はゼロだけど、屋根の雨漏りは早く直さないといけないし……」


 リフォーム会社営業マンから渡されたパンフレットに、リフォームローンのチラシが挟まっていて、少し前の七海なら何も考えずにローン支払いを選んだだろう。


「もう借金なんてしたくないし……お金が欲しいなら稼がなくちゃ。今より給料のいい仕事を探す? でもディスカウントストアは店長の奥さんに子供が生まれるまでは辞められないし、居酒屋バイトはまかない付きだし」

「あの喫茶店のスパゲティミートソースはなかなか旨かった。しかし娘は今でもダブルワークで、とても忙しいではないか」


 七海がリフォーム会社営業の説明を聞いている間、小さいおじさんは大人しく食事をしていた。

 もちろんリフォーム会社営業には小さいおじさんの姿が見えないので、注文した食事が冷めるまで(小さいおじさんが食べ終わるまで)手をつけない七海を、相手はとても不思議がった。


「一緒に住む真琴ちゃんの家賃が入って金銭的に楽になったと思ったら、このタイミングで雨漏りが発生するなんて。お金が右から左へ逃げるみたい」

「娘よ、この件は恵比寿に相談した方がいいぞ」

「えっ、どうして。二階の私の部屋が雨漏りしているだけで、真琴ちゃんの住む一階は雨漏りの心配は無いよ」


 リフォーム会社の営業は見るからに怪しげで、家の修繕に関して全く知識の無い七海が自己判断するのは危険だ。

 しかし小さいおじさんの意見を、七海は別の意味で捉えた。


「そうだね、リボ払いの件で恵比寿さんには散々怒られたし、屋根の修繕費の頭金は自分で作るよ。やっぱり仕事を増やして稼ぐしかない」


 リフォーム会社は、最初に頭金を三十万円用意して欲しいと言われた。

 七海はスマホをタップして、求人情報をチェックする。


「ねぇ小さいおじさん、駅前のビジネスホテルが週四日・午前五時から八時まで、モーニングの調理補助スタッフ募集している。仕事内容は居酒屋バイトと似ているし、これに応募しよう」

「まさか娘よ、これ以上働くつもりか? 三カ所で働くなんて無理だ、体を壊しては元も子もない」

「高校生の頃バレー部朝練で五時起きだったから、似たようなモノよ」

「娘が高校生の時と比べたら、若さが全然違うではないか」

「真琴ちゃんの家賃と朝のバイト代を三ヶ月貯めれば、屋根修繕代の頭金が捻出できる」


 思い込んだら一直線、猪突猛進な正確の七海には、小さいおじさんの言葉も耳に入らない。


「朝五時バイトが終わったら朝九時ディスカウントストアのバイトに直行して、仕事が終わったら少し仮眠して夜八時の居酒屋バイトに行ける。睡眠も四時間確保できるから大丈夫」


 この時運の悪いことに、真琴も恵比寿青年も東京に戻っていて、七海の行動を止められる者はいなかった。



 ***



 翌日、早朝バイト面接に出かけた七海の前に現れたのは、頬がこけるほど痩せて目の下に黒々とクマの浮き出てたレストランマネージャーだった。


「天願七海さん、早朝アルバイト即採用です。それじゃあ明日から、早朝シフト五時から八時、週六日勤務、火曜休みでお願いします」

「えっ、私の希望は週三日で……」

「いやぁ、本当に助かった。店が忙しすぎて僕は先々週から十連勤で、やっと休みが取れる」

「私、昼は別の仕事をしているので、バイトは週四日になりませんか」

「それならせめて追加のアルバイトが決まるまで、ひと月ほど週六日勤務を引き受けてくれないか。僕は朝は家族が寝ている時間に出勤して、帰宅も夜十時過ぎで、この間三才の娘に「おじさんまた来てね」っていわれたんだ」


 バイトを募集しても集まらず猫でも犬でも手も借りたいところだったと、マネージャーは七海に泣きついた。

 お人好しすぎる七海は、終電前に家に帰れると喜ぶマネージャーを見て、週六日勤務を拒むことが出来ない。

 面接を終えた七海は、素早くスマホの電卓アプリを起動して計算する。


「追加のバイトの人が来るまでだから大丈夫。週六日四時間、月一〇〇時間バイトで給料は……これなら二ヶ月で頭金の三〇万貯まる」


 思わずガッツポーズをする七海に、小さいおじさんはため息をつく。


「この店はただでさえ人手不足で忙しいのに、娘が手伝ったら大変なことになるぞ」

「えっ、小さいおじさん、それってどういうこと?」

「ワシは大黒天、商売繁盛の神だ」


 翌日から七海は、駅前ビジネスホテルのレストランスタッフとして働き始めた。


「モーニングのメニューが和食・洋食・中華・インド・イタリアって、ちょっと凝り過ぎだよ。これじゃあ店が忙しいのも分かる」


 バイキング形式のモーニングは、料理を事前に準備する必要がある。

 しかもこだわりの職人気質のコック長のせいで、店手作りの白パンに自家製パスタ、カレーに付くナンも自家製で、調理補助の七海は厨房でひたすら小麦粉をこね続けた。

 さらに小さいおじさんの予言が当たる。

 隣駅の大型ホテルが大規模修繕のためひと月休館となり、客が駅前ビジネスホテルに押し寄せてホテルは満席、レストランを利用するモーニング客も増えた。


「小さいおじさんのご利益、勘弁して。朝から忙しさMAXで、私の体力が持たない」

「だからワシは、無理に働くのはやめろと言ったのだ」


 早朝バイトを始めて一週間、痩せこけたマネージャーの目の下のクマが薄くなる代わりに、七海の目の下にクマが現れた。 

 ひたすら小麦粉をこねて体力を消耗した七海は、コンビニでエナジードリンクを買って一気飲みする。


「これからディスカウントストアのバイトがあるから、気合いを入れなくちゃ。昼休みの一時間仮眠すれば体力も回復する」


 そう呟いた七海のポケットの中で、小さいおじさんは大きなあくびをする。

 小さいおじさんは朝五時前に叩き起こされて、七海の早朝バイトに付き合わされているのだ。

 それに朝は真琴と顔を合わすことが出来ず、夜も居酒屋バイトで帰宅が深夜十二時を回っている。


「私に付き合って、小さいおじさんも退屈だよね。夜は真琴ちゃんと一緒に家で留守番したほうがいいかも」


 願掛けで朝夕食事を作りに来た恵比寿青年は、今は仕事の都合で夜しか来ない。

 だが同居人の真琴には、そろそろ早朝バイトの話をする必要があった。


「真琴ちゃんに学校帰りお店に寄ってもらうから、小さいおじさんは真琴ちゃんと一緒に家に帰ってね」

「ワシは娘が心配だから、居酒屋バイトに行きたい」

「食事なら、居酒屋まかないと同じぐらい恵比寿さんの作る夕御飯は美味しいよ。それに私より若くて可愛い真琴ちゃんの方が、一緒に居て楽しいでしょ」


 小さいおじさんがどれほど心配しても、七海は全く取り合わない。

 その後、メールで連絡を受けた真琴は学校帰りにディスカウントストアに寄ると、七海がWワークしている話を聞いた。


「真琴ちゃん、小さいおじさんを宜しくね。それとWワークの事、恵比寿さんには内緒にして」

「七海 ねーね、いくら体力だけは自信あるからって、朝五時から深夜十二時まで十六時間勤務なんて働きすぎだよ。私から にーにには言わないけど、きっとすぐバレて怒られる」

「恵比寿さんは小さいおじさんとイチャイチャ出来るチャンスだし、私に興味なんて無いから怒られないよ」


 七海から真琴に手渡された小さいおじさんは、心配そうにしている。


「のう娘よ、ワシがいなくてもちゃんと食事を取ってくれ。昼もおにぎり一個とゆで卵しか食べてないぞ」

「うーん、仕事中は眠くなるから、ご飯は後で食べる」

「七海 ねーね、仕事の後に食べるって、それじゃあ夜中十二時過ぎになっちゃう」


 ズボラで美味しいモノ好きな七海が、まるで人が変わったように、食事もとらずに働くと言う。


「大黒天様、七海 ねーねの様子が変だよ」

「弁財天よ、『忙しい』という漢字は『心を亡くす』と書く。今の娘はその状態だ」


 真琴と家に帰ってきた小さいおじさんは、しょんぼりと背中を丸め、仏壇に向かって話しかける。

 

「あんずさんよ、ワシが何を言っても娘は話を聞いてくれない。どうやったら娘の心を取り戻せる?」


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