メタボ体型の小さいおじさん
大黒天の福袋と打ち出の小槌を取り戻した小さいおじさんは、少しお腹の出たメタボ体型に変化した。
それを見た恵比寿青年は、感動で打ち震えながら両手を合わせ、メタボ小さいおじさんを拝む。
「僕がどれだけ食事を捧げても、大黒天様が痩せて衰えるのを防ぐ事はできなかった。でもこれで大黒天様は霊力を取り戻された」
「恵比寿には色々と心配かけた。しかしこの姿では、まだ半分の霊力しか発揮できない。大黒天の頭巾が見つかれば、ワシは神の力を取り戻す」
「小さいおじさん、だいぶ重たくなったね。最初は卵ぐらいだったけど、今はリンゴくらいの重さだ」
七海は小さいおじさんを手のひらに乗せて重さを確認すると、恵比寿青年はそれをうらやましそうに眺めている。
「恵比寿さんも、小さいおじさんを持ってみる?」
七海は小さいおじさんの襟を猫のように摘まむと、恵比寿青年の手のひらにのせた。
「残念ながら僕の力では手のひらに微かな霊気を感じるだけで、大黒天様の重みを感じることはできません」
「恵比寿さん、指先に気持ちを集中して。ほら、小さいおじさんのほっぺ、プニプニして柔らかいよ」
恵比寿青年の手の上に乗った小さいおじさんを、七海は人差し指でつつき始める。
「小さいおじさんは肥えて触り心地良くなったのに。このまん丸でポニョポニョのお腹とか」
「きゃーっ、えっち!! 娘よ、それはセクハラだ」
「僕が触れようとしても、大黒天様の体をすり抜けてしまう」
神人の血をひく恵比寿でも、神の姿を確認し声を聞くことしかできない。
しかし神仏に触れることができる七海は、小さいおじさんにイタズラし放題だ。
「そうだ、私の手のひらに重ねたら、小さいおじさんの重さを感じ取ることができるかも」
七海は思いつきで恵比寿青年に手を差し出すと、言われるがまま彼女の手のひらを包み込みように軽く握る。
七海は自分の手のひらに小さいおじさんを乗せると、重みの増した感触が恵比寿青年に伝わる。
「ああ凄い、これなら大黒天様の重みが分かります。大黒天様、少し体を揺すってください」
七海の手のひら越しに小さいおじさんの感触を確かめようと、恵比寿青年の指先に力が入る。
(あれっ、ちょっと待て? 恵比寿さんが指を絡めてきたけど、これって恋人つなぎじゃない)
七海は焦りながら恵比寿青年の顔をのぞき込むと、洒落た銀縁眼鏡越しに長いまつげと茶色がかった瞳がキラキラと輝いていた。
七海は美形のダメ親父を見慣れていたが、恵比寿青年の表情は愛情の深い内面の美しさがにじみ出る。
(恵比寿さんは顔も心もイケメンだから、周りの女子が放っておかないよね。まぁ私と恵比寿さんは、小さいおじさんを巡ってのライバル関係だけど)
七海は恵比寿青年と手を取り合いながら、とても冷静に相手のことを観察した。
恵比寿青年は大黒天の気配を探ろうと、意識を手のひらに集中する。
一回り小柄な七海の手は、冷たいと感じるほどの精錬とした清らかな霊気をまとっていた。
恵比寿青年はこれまで何度も女性の手を握る機会があり、その度自分の容姿と地位に期待する相手の欲を感じ取ってしまうが、七海にはそれがない。
「君はもっと煩悩まみれと思ったが……」
思わず声に出して呟いた恵比寿青年は、慌てて口をつぐむ。
幸い七海には聞こえなかったらしい。
大黒天を手のひらで転がすほどの高位の霊気をまといながら、世間の荒波に流され、お人好しで他人の悪意を見抜ない七海はとても危ういと思った。
「ところで恵比寿よ、ワシは体が大きくなったせいか、とてもお腹が空いた。ワシが浅草で買った和牛ステーキが食べたい」
手のひらで飛び跳ねるのに飽きた小さいおじさんは、さっそく恵比寿青年に食事をねだる。
七海は目を丸くして、小さいおじさんを見た。
どうやら七海が勝手にステーキを買ったことを、小さいおじさんは内緒にしてくれるらしい。
「まな板の上に置かれた肉ですね。えっ、打ち出の小槌を使えって、ブランド和牛ステーキを叩いたら、せっかくの柔らかい肉質や脂がダメになります」
「でもあんずさんは、そのハンマーで肉が平たくなるまで叩いていたよ」
「安い輸入牛ステーキは肉質が堅いから、肉の繊維をハンマーで叩いて切る必要があるます。でもこの霜降り肉はハンマーで叩く必要は無い。包丁の背で軽く叩いて軽く塩こしょうを降りましょう」
恵比寿青年が手際よくステーキを焼く準備をしているそばで、七海は首をかしげる。
「もしかしてあんずさんが打ち出の小槌の場所を知らせるために、私にステーキを買わせたのかもしれない」
翌日、ディスカウントストアに出勤した七海は、突然店長の奥さんにしがみつかれた。
「聞いて聞いて七海ちゃん、私先週から体調が悪くて念のため調べたら、なんと妊娠していたの。結婚五年目でやっと子宝が授かったわ!!」
「本当ですか奥さん、おめでとうございます」
「それで昨日から、うっ、酷いつわりで店番できそうにないの。だからお願い、七海ちゃんにこの店を責任持ってみてもらいたいの。もちろんお給料はアップするわ」
駅前ディスカウントストアでフルタイム働くのは、店長と店長の奥さんと七海の三人で、他に週三日のバイトが二人。
七海は大学の頃から店で働いているので、もうすぐ五年目のベテラン店員だ。
店長の奥さんのおめでたに驚きながら、店のことを引き受けると答えた。
まるで降って湧いたような幸運に、思い当たることがある。
「奥さんの妊娠は子孫繁栄、それに私は商売繁盛出世開運で給料アップ。これは竜神と御神酒と打ち出の小槌のご利益ね!!」
「娘の少なすぎる運気も、竜神とワシの打ち出の小槌の合わせ技で、ご利益を得ることができたのだ」
店長の奥さんの代理になった七海の時給は140円アップ。
それは自動販売機で当たった缶ジュースの値段と同じだった。
***
秋の夕暮れ、都内でも有名な総合病院前で立ち止まる少女の真横に、微かなエンジン音を響かせて黒いハイブリッド車が横付けされる。
つややかな長い黒髪をポニーテールにして、大きなマスクで顔半分を覆った少女は、真横に停まった車の中をのぞくと不機嫌そうに眉を寄せる。
車の運転席から降りてきたのは、彼女と顔見知りの社長秘書だった。
「お待たせしました、真琴お嬢様」
「桂一 兄が迎えに来るって約束したのに、今日も仕事が忙しいの?」
少女は苛立った様子で自分より年上の社長秘書を睨みつけながら、風邪をひいたようなしゃがれ声で話す。
「恵比寿社長は香港系貿易商社とのプロジェクトの打ち合わせで、とてもお忙しいのです」
「へぇ、秘書さんは兄からそう答えろって言われたの? 隠しても駄目よ、警備員のおじさんは、若社長は彼女とのデートで忙しいって言っていた」
最近の恵比寿社長は、毎日朝と晩、彼女の家に通っているのは、MEGUMI社員周知の事実だった。
時々神憑りな言動と行動をとるが、普段は誰もが魅入られるような優しげな微笑みを浮かべる若社長は長身でルックスは抜群、この数ヶ月で会社の業績も好調。仕事ができる男だ。
彼の狙う美女才女も大勢いる。
それが何故少し顔が可愛いだけで何も取り柄のないフリーターの女と付き合っているのか、秘書も腹立たしかった。
しかし相手が社長の従姉妹でも、秘書がプライベートをしゃべることは禁じられている。
社長秘書が言葉を濁して返事をすると、少女は諦めたように車の助手席に座った。
秘書は正面モニターのGPSを操作する。
画面が映ると、少女のいる都内ではなく違う場所のマップを表示していた。
「まぁ、若社長ったら前回のナビをそのままにしていますね」
それは都内ではなく、千葉のとある場所を示している。
少女はその場所に心当たりがある。一度 兄と訪れたことのある場所だ。
秘書の白々しい声を聞いた少女は、素早くスマホを取り出すと、GPSの画面を写メった。
***
恵比寿青年は竜神騒動の後も、相変わらず七海の家に通い続けている。
ふくよかで愛らしさを増した小さいおじさんに、彼は夢中だった。
夕食の食材を持って天願家の門をくぐると、庭先で七海が軍手と鎌を持って待ち構えていた。
「家の庭が雑草だらけでか弱い女子ひとりで刈るのは厳しくて、社長さんにこんなこと頼むの気が引けるけど、雑草とりを手伝って欲しいの」
「天願さんが僕を社長と呼ぶと、なんだかイヤミに聞こえるから、今まで通り恵比寿でいい」
口では気が引けると言いながら、七海は当たり前のように軍手とゴミ袋を差し出した。
雑草の生い茂る庭は、門から玄関の周囲はある程度雑草が刈られていたが、庭の奥から裏の竹林に続く辺りは庭と公園の区別がつかないくらい一体化している。
「恵比寿よ、ワシは月見がしたい。この庭は雑草が生い茂りすぎて、仏間から月が見えないのだ」
「大黒天様の願いなら、僕はなんでもいたします。中秋の名月までに、この庭を徹底的に美しく整えましょう」
「えっ、雑草を適当に刈れば良いんだけど。仏間みたいに、この庭を作り替えるつもり?」




