小さな竜神捕獲作戦2
竜神の幻術が解けると、ゲリラ豪雨がやみ快晴の青空が広がった。
二匹目の竜神を捕らえた七海は、ほっと一息つく。
「娘よ、休憩している暇はないぞ。あっちで他の竜神が悪さをしている」
豪雨は止んだが、強風は吹き続けている。
建物前を歩いていた女性が風にあおられ、乱れた髪を押さえながらしやがみこんだ。
「悪さって、綺麗な女性の周囲でやたらと風が吹いて……。なるほど、ミニ竜のスカートめくりってこれの事ね」
幸い女性はロングのタイトスカートを着ていたので、スカートが風でめくれる心配はない。
七海は女性のそばに駆けつけると、足下に吹きだまりのようになった落ち葉の山に熊手を振り下ろす。
「まだ紅葉の季節じゃないのに、赤や黄色の落ち葉なんて不自然よ。イタズラはやめて大人しく捕まりなさい!!」
七海は熊手に手応えを感じて、かき集めた落ち葉の中から黄色みがかった竜神を引っ張り出すと、小さいおじさんの福袋の中に入れた。
「これで三匹目。小さいおじさん、次はどこ?」
「娘よ、向こうの階段の影で竜神が寝そべっている。女子が階段をまたぐのを待ち構えているのか」
「まったく、ミニ竜の行動は小学生男子と一緒ね!!」
舞い落ちる落ち葉と強風の中、七海は竜神を捕らえようと熊手を持って駆けずり回る。
「どうして若社長の彼女が、落ち葉をかき集めてるんだ?」
「あの子若社長の彼女と思っていたけど、もしかして清掃のアルバイト員?」
「でも掃除にしては変だ。なんかキラキラ光る、長いヘビみたいなモノを追いかけている」
普通の人間は竜神の姿を見えないが、まれに不思議なモノの存在を感知できる人間もいる。
恵比寿青年はMEGUMI社員たちの会話を聞きながら、外を駆けずり回る七海の姿に思わず口元をほころばせた。
「普段は面倒くさがりでだらけている彼女が、まるで夏休みの子供のようにいきいきしている」
受付嬢が酒屋が来たと知らせ、高さ五十センチの二斗樽酒が運び込まれる。
恵比寿青年は樽酒を、受付カウンターの上に設置するように指示を出した。
***
小さな竜神狩りから一時間、七海は肩で息をしながら木陰のあるベンチに腰掛ける。
「ねぇ小さいおじさん。竜を八匹も捕まえれば、私の運気も良くなるよね」
「しかし残り一匹が用心深くて、なかな姿を現さない。のう娘よ、ワシは暑くて喉が渇いた」
七海は汗をぬぐいながら、近くの自販機で飲み物を買うためにボタンを押した。
すると自販機の小さな液晶画面のスロットに【777】の数字が並び、スピーカーからけたたましいファンファーレの音楽が流れる。
「娘よ、自動販売機がしゃべったぞ!!」
「ええっ、もしかしてこれがミニ竜七匹を捕まえたご利益? 私の幸運が、自動販売機の当たりに使われたの?」
わざわざ休日を潰して東京まで書類を届けに来て、炎天下を駆けずり回り竜神を捕まえたご利益が、たった140円の缶ジュース!!
「ひどいよ、小さいおじさん。私はご利益すら運がないの?」
「娘よ、何を言っておる。この自動販売機の当たる確率は千分の一、お前は千人にひとりの幸運に恵まれたのだ。早く缶ジュースを開けてくれ」
しかしショックでベンチに座り込んだ七海は、小さいおじさんを完全に無視する。
「天願さん、神のご利益で簡単に金運に恵まれると思いますか? 貧しい神職者の話はいくらでもある」
七海がふくれっ面で顔を上げると、ベンチのそばに恵比寿青年が立っていた。
「それは恵比寿さんがお金に困っていないからよ。今の私は小さいおじさんに縋ってでもご利益が欲しいんだから」
アルカイックスマイルを浮かべながら七海を見つめた恵比寿青年は、当たりの缶ジュースを開けると、喉が渇いていた小さいおじさんは飛びついてジュースを飲む。
「残りの竜神は一匹。君はこの程度の事で竜神の捕獲を諦めるのか?」
「そんなこと言っても、最後の一匹がどこを探しても見つからない」
「大黒天様、すでに竜神をお迎えできる準備は整っています。竜神が若い女性に反応しないなら、供物を替えておびき寄せましょう」
恵比寿青年の何気ない一言に、七海は激しく反応する。
「えっ、ちょっと待って。それって私自身がミニ竜をおびき寄せる供物だったの?」
「娘は、あんずさんの孫である稀代の巫女。極上の霊気に竜神たちは群がってきたのだ」
「神話の竜神、八岐大蛇の供物は美女と酒でしたね。それでは神話に習って、先ほどより旨い酒で最後の竜神をおびき寄せましょう」
恵比寿青年は腕に抱えていた桐箱から、琥珀色の液体が入った瓶を取り出す。
「これは祖父から貰ったビンテージのコニャックで、四十年以上の熟成と遺伝子操作をされていない原材料で作られています。これなら竜神も満足するでしょう」
「ええっ、ビンテージって年代物の激レア品でしょ!! ああっ、地面にお酒をまき散らして、も、もったいない」
「娘よ、騒いでないで身構えておけ。竜神を捕らえるのがお前の仕事だ」
小さいおじさんに指摘されて気を取り直した七海は、ベンチから立ち上がると熊手を握りしめる。
まき散らされた酒の薫りを味わうような、生温いねっとりとした風が漂い、姿の見えない不思議なモノの気配が満ちる。
木々のざわめきに恵比寿青年が目を細めて上を見上げるが、七海は振り上げていた熊手を下げて裸足のまま移動すると、何かの気配を感じて思いっきりその場で足踏みをした。
すると真下から緑がかったウロコの竜神が姿を現し、タイミング悪く足踏みをしていた七海に力いっぱい踏んづけられる。
「ひゃあっ、急に出てきてびっくりした」
「天願さん、竜神を足蹴にするなんて、うわっ、足の指で竜神を持ち上げるのはやめなさい」
「女子の足下から現れた竜神も悪いが、娘は神の眷属を雑に扱いすぎる。そういえばワシも娘の自転車に踏まれたことがあるぞ」
足癖の悪さを披露した七海は、慌てて竜神を両手に持ち替えると、恵比寿青年の方へ突き出す。
「恵比寿さん、早くミニ竜にお酒を飲ませて!!」
恵比寿青年は酒瓶を竜神の鼻先に持ってくると、竜神は七海の腕をすり抜け恵比寿青年の腕ごと酒瓶に巻き付いて酒を飲み始めた。
「なんということだ、僕の腕に竜神様が絡みついて、夢中で酒を飲んでいる」
「恵比寿さん平気? その竜、結構重いでしょ」
「僕は天願さんほどの霊力は無いから、竜神の気配だけで重みは感じない」
「竜神のウロコが赤くなってほろ酔い加減だ。恵比寿よ、ワシの福袋の中に竜神ごと腕を突っ込め」
小さいおじさんが背負っていた袋の口を開くと、恵比寿青年は自分の腕を竜神ごと福袋の中につっこむ。
ハンカチ程度の大きさの袋が、恵比寿青年の肘まで飲み込む。
恐る恐る、福袋から腕を引き抜いた恵比寿青年は、しばらく自分の腕を眺めていた。
「ねぇ恵比寿さん、小さいおじさんの袋の中って冷たい、熱い、どんな感じだった?」
「どんな感じも何も……自分の腕の感覚が消えて、広い空間が彼方の世界に繋がっているような感じだ」
「良く分からないけど、ド@えもんの四次元ポ@ットみたいなモノ?」
なにやら感動した様子の恵比寿青年を横目で見ながら、七海は足下の落ち葉を熊手でかき集め植栽の方へ寄せる。
全身汗だくで熊手を握った七海に、通りすがりのMEGUMI社員が「ご苦労様です」と和やかに声をかけた。
気がつけば建物正面広場は、七海の手で綺麗に掃き清められている。
小さいおじさんは、八匹の竜神が納まった福袋の中をのぞき込んで確認するとふたりに合図した。
「場が清められ供物が捧げられて、竜神もあるべき姿に戻った。娘よ、恵比寿天よ、これより祭事を執り行うぞ」
七海たちがMEGUMU社テナントビルへ戻ると、赤い布地がかけられた受付カウンターに大きな樽酒が置かれ、簡易祭壇に稲穂と色鮮やかな花々、数種類の果物と生米と塩が皿に盛られていた。
彼女を会社に連れてきたり酒を買わせたりと、若社長の奇っ怪な行動を不審がっていたMEGUMI社員たちも、これから何が行われるのか理解して祭壇の周囲に集まってくる。
「これだけ大量に酒があれば竜神様も満足するでしょう。大黒天様、僕が知っているのは南の島の拝み事になりますが、それで宜しいですか?」
「神は小さいことにこだわらぬ。古より言葉もしきたりも変化し続けてきた。お主たちの清く正しく神を敬う気持ちを示せば良い」
「それでは、尊き竜神様をこの場にお迎えするお祀りします」
祭壇の前で深く頭を下げると両手を合わせる恵比寿青年の神人としての神秘的な姿に、女子社員はうっとりと見惚れている。
七海も小さいおじさんを手のひらにのせながら、神妙な面持ちで恵比寿青年の声を聞いていた。
「ふむぅ、そろそろ良いだろう。娘よ、後ろに吹き飛ばされないように足を踏ん張っておけ」
「えっ、後ろに吹き飛ばされるって、小さいおじさん、何が起こるの!!」
七海の返事を待たず、小さいおじさんの背負っている福袋がモゾモゾと激しく動き出す。
手のひらの福袋がずっしりと重くなり、その気配を感じた恵比寿青年は素早く祭壇の前から退くと、小さいおじさんは袋の口を開いた。
袋の中から大きくて太くて長いものが、酒樽の供えられた祭壇に向かって勢いよく飛び出すと、七海は踏ん張りきれずに後ろに尻餅をつく。
大黒天の福袋の中に囚われていた小さな八匹の竜は、男性の背丈ほどある一体の竜神に変化していた。




