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小さな竜神捕獲作戦1

 祖母あんずさんから受け継いだ霊力のおかげで、七海は不思議なモノに触れることが出来る。

 だからブレスレットのように腕に巻き付いた小さな竜神がずっしりと重い。


「このままじゃミニ竜が巻き付いた右腕が重くて動かせない。ミニ竜をどこかに置いて……そうだ、小さいおじさんの持っている袋に、この竜入る?」 


 七海が小さいおじさんが背負う宝袋を指さすと、小さいおじさんはなるほどと大きな声を出した。


「娘よ、よく思いついた。遊び疲れた竜神は宝袋の中で休んでもらおう。この宝袋は見た目は小さいが、巨万の金銀財宝を蓄えることができる、収納力無限大だ」


 七海は竜神を起こさないようゆっくりと右腕からはがす。

 小さいおじさんが袋の口を開くと、小さな竜神は勢いよく大黒天の宝袋に吸い込まれた。


「それでは大黒天様、僕はこの建物の結界を解きます。鏡張りの壁を布でふさぎ、フェイクの観葉植物は撤去します。しかし竜神を建物の中に招き入れて、本当に大丈夫ですか?」

「ワシが彼方からこちらへ現れたのは、あんずさんが充分な供物と居心地のよい場所を整えたからだ。竜神も同じように、ロビー正面に供物の大量の酒を飾るがいい」

「竜神八匹ですから、ウイスキー一本では足りませんね。しかしオフィスビルのロビーに大量の酒を置くのは……そうか、他の酒にすればいい」


 何かひらめいた恵比寿青年は、ソファーから立ち上がるとロビーを横切り、受付嬢に声をかける。


「はい、恵比寿社長。なんでしょう」

「君、会社周辺の酒屋に電話して、鏡開き用の大きな樽酒があるか聞いてくれ。ここは浅草・両国が近いから、行事用に樽酒の在庫があるかもしれない」

「さすが恵比寿さん。鏡開き用の樽酒ならロビーにオブジェとして置いても違和感ないね」

「それに鏡開き用の樽酒なら、龍神を酔いつぶすのに充分な量だ」


 若社長直々の命に、受付嬢は熱心に電話をかけまくり、十分後樽酒の在庫を探し出す。


「恵比寿社長、樽酒を見つけました。お昼までに配達可能です」

「ありがとう、よくやった。酒屋とは僕が直接話するから、電話を替わってもらえるかい」


 恵比寿青年は受付カウンターに乗り上げるように体を伸ばすと、受付嬢から受話器を取る。

 超絶美形の若社長から礼を言われた受付嬢は興奮してのけぞり、他の受付嬢に抱きとめられていた。



 ***



 建物の周囲に住み着いた竜神は八匹。

 全ての竜神を建物の中に招き入れ、供物(酒)を捧げ、商売繁盛の守護竜にする。


「ところで外は土砂降りのゲリラ豪雨だけど、誰が竜を捕まえてここに連れてくるの?」


 七海は窓ガラスに打ち付ける大粒の雨を眺めながら、二人に話しかける。

 恵比寿青年はソファーの深く腰掛けると、わざとらしくスマホを手に取りながら答えた。


「僕は竜神に触れることが出来ないので、酒を準備しましょう」

「ワシは小さくてか弱いから、娘のリュックの中で待機しているぞ。竜神を掴まえたら教えてくれ」

「ふたりとも本当に役立たず!! 私ひとりで残り七匹の竜を捕まえるのね」


 ミニ竜はわざと捕まってくれたけど、他の竜たちはゲリラ豪雨を振らして敵対心むき出しだ。


「どうやってミニ竜を捕まえよう。素手は無理だし、ここに昆虫を捕まえる虫網とか長い棒ある?」

「虫網はわかるが、長い棒で竜神を木から叩き落とすつもりか? そんなことをして神罰が下ったらどうする」

「恵比寿さん、何オドオドしているの? 私さっきミニ竜たちに追いかけられたんだから、反撃されても文句は言わせない。不思議なモノを相手にする時は、気持ちで負けちゃ駄目だってあんずさんに言われた」

「うむうむ、あんずさんが怒ると、とても怖かった」


 鼻息荒い七海と、何かを思い出して居住まいを正す小さいおじさん。


「しかしこの辺に虫網を売っている店はあったかな。それに長い棒なんて清掃用の箒しか……」

「それよ、恵比寿さん!! ここにある掃除道具を見せて」


 七海は思わず大声で叫び、周囲に居るMEGUMI社員が振り返る。

 恵比寿青年はソファーから立ち上がると、ロビーの片隅でテーフルを拭いていた清掃員に声をかけ、七海を手招きした。

 若社長の彼女が、清掃員のおばちゃんとどこかへ行く姿を見て、MEGIMI社員の間でざわめきが起こる。

 しばらくして七海が選んだ掃除道具を持って戻ってくると、それを見た恵比寿青年は思わず感嘆の声を上げた。


「まさかそれを選ぶとは。大黒天様が彼女にそれを手に取るように教えたのですか」

「いいや、ワシは娘が何をするのか、見守っていただけだ」


 七海は長い柄のついた熊手を握りしめていた。


「高枝切りばさみか熊手か迷ったけど、ミニ竜を高枝切りばさみで真っ二つにしたら危ないから、熊手にしたよ」

「熊手と言えば、幸福や金運をかき集める縁起物だ。これで竜神をかき集めるのだな」

「確かにそれなら竜神を捕らえることが出来る。君は本当に、類い希なる巫女だ」


 雨粒が激しく窓を打ち付け、ゴロゴロと雷の音が鳴り響き、真っ黒な雨雲の中を稲光が光っている。

 七海は目をこらすと、一匹の竜神がロビー入り口のドアを体当たりしているのが見えた。

 ロビー正面入り口の前で仁王立ちになると、靴と靴下を脱いで裸足になる。


「不思議なモノは下から来ることもあるから、裸足になって気配を感じ取れるようにするの。恵比寿さんドアを開けて。最初にアレを捕まえる」


 自動ドアが開くと同時に、ロビーに大量の雨が吹き込み、あっという間に七海は全身びしょ濡れになった。

 それにかまわず外に一歩足を踏み出した七海は、思わず「えっ」と声を上げる。

 足元には大きな水たまりができているのに、足の裏は日に焼けた熱いタイルの感触があった。 


「地面が乾いて足の裏が濡れない。もしかしてこの豪雨も雷もミニ竜が見せる幻? そういえば恵比寿さんは、雨雲レーダーにゲリラ豪雨が表示されていないって言っていた」

「娘よ、このゲリラ豪雨が幻なら、竜神を捕まえれば雨は止む。幸運をかき集める熊手で竜神を捕らえるのだ」


 頭上の稲光も鳴り響く雷の音も、幻と知れば怖くない。

 青みがかったウロコを持つ竜神が、激しい豪雨の中を泳ぐように七海に急接近してくる。


「ふっ、動きの鈍いミニ竜ごときに、蝉ハンターと呼ばれた私から逃れられると思うの」


 七海は熊手を振り上げると数歩駆け出し、青いウロコの小さな竜神にたたき付けるように熊手を振り下ろす。

 熊手が豪雨を左右に切り裂き、体を叩きつける雨が蒸発したかのように消え、ずぶ濡れだった上着が一瞬で乾いた。


「えっ、急に雨が止んだ?」

「ロビーに吹き込んだ雨水が消えて、びしょ濡れだったスーツが乾いている!!」


 建物入口近くで雨宿りしていたMEGUMI社員の驚きの声が聞こえる。

 カーテンが開かれるようにゲリラ豪雨の幻影は失せて、残暑厳しい太陽の日差しが七海に降り注いだ。


「ほらほら、中で美味しいお酒を準備しているから、大人しく捕まってね」


 七海は幻術を破られて熊手に囚われた小さな竜神を引っ張り出すと、小さいおじさんの宝袋の中に入れた。 

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