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七海のおつかい

 畳の目が擦り切れて色あせた畳は表替えして、庭に住み着く猫に破られた障子は綺麗に張り替えられ、仏間の雰囲気は一変した。

 七海は新しい畳の上にごろりと寝転ぶ。

 イ草のサラサラした手触りと香りが気持ち良く、シワなくピンと張り替えられた障子が目にまぶしい。 


「畳と障子を新しくしただけで、部屋が高級旅館っぽくなっちゃった」

「この家は元々洒落た和洋折衷の民家だから、ちゃんと手入れをすれば見栄えが良くなる。しかし……薄汚れた壁紙と襖はそのままだなぁ」

「小さいおじさん、最初この家が汚屋敷だったのを知っているでしょ。私頑張って断捨離したんだから、押し入れの襖は見逃してよ」

 

 そう言いながら七海は障子を開くと、雑草だらけの庭が広がっていた。

 

「もうすぐ九月の中秋の名月、庭のススキをながめながらお月見って風流じゃない」

「娘の口から風流の言葉が出るとは驚いた。しかし月見のススキといっても雑草は雑草、荒れ果てた庭は月も愛でられない」


 小さいおじさんはそう言って大きなため息をつくと、スマホのSNSをチェックする。


「恵比寿は明日朝早くから重要な会議が入って、ここには来れないそうだ」

「えーっ、私今日は仕事休みだから、恵比寿さんの作った朝食をゆっくり食べられると思ったのに。まぁいいや、明日は庭の草刈りをしよう」


 七海が何気なく言った言葉に、小さいおじさんはニヤリと笑う。

 顔をあわせてはライバル心むき出しで言い合いするのに、七海はすっかり恵比寿青年に餌付けされていた。



 ***



 翌日、トーストにジャムと牛乳の簡単な朝食を済ませた七海は、軍手をはめ鎌を握って庭の草刈りを始める。

 裏の竹林と一続きになった庭は腰まで伸びた雑草に浸食され、一時間ほど鎌を振るい草刈りをしたが、七海ひとりの労力では家の手前の雑草しか刈れない。

 

「あんずさんは庭に色々な花を植えていたのに見る影もない。それに九月に入ったっていうのに、まだ全然暑いじゃない」


 暑さにバテた七海は、愚痴りながら麦茶をガブ飲みする。

 草刈りで汗を流す七海を尻目に、小さいおじさんは新しい畳の寝転びながら、恵比寿青年からもらったスマホでゲームをしている。


「なんだ、種火集めの最中なのに、恵比寿からメッセージが届いている」


 小さいおじさんのスマホ画面にはメッセージが表示されていた。

《【大至急】仏壇に置かれたA4封筒を、会社まで届けて欲しい》

 七海は仏壇を見ると、あんずさんの遺影の写真立ての裏に封筒が置かれている。

 それは恵比寿青年がリボ払いの説明する時に使った封筒で、中に書類が入っているらしい。

 

「せっかくの休みなのに、恵比寿さんのお使いなんて面倒くさい」

「娘よ、お前は散々恵比寿の世話になっているのに、ここは面倒くさがらず善行を行え。徳を積まないと、ワシのご利益も発動しないぞ」

「【大至急】って言うくらいだから、重要な書類なのね。でも恵比寿さんの会社ってどこにあるの?」


 恵比寿青年はセレブなエリートビジネスマンの雰囲気で、忙しい仕事の合間に小さいおじさんの食事を作っている。

 七海は仏壇に置かれた茶封筒を裏返すと、会社の住所が横文字で書かれていた。


「住所のSUMIDA-KUって、もしかして東京都墨田区。恵比寿さんは都心から千葉のこんな田舎に毎日通っているの?」


 そういえば七海は恵比寿青年がどこに住んで、どんな仕事をしているのか全く知らなかった。


「アメリカでは仕事の打ち合わせは英語で話していたから、恵比寿がどんな仕事をしているのか、ワシも知らないのぉ」

「とりあえず急いでこれを届けなくちゃ。そういえば東京に出かけるの久しぶり」


 七海は軽く化粧をしてTシャツの上から白いジャケットを羽織ると、リュックの中に小さいおじさんを入れて、久々に東京方面行きの電車に乗った。

 スマホの検索欄に恵比寿青年の会社の住所を打ち込むと、地図アプリで会社がどこにあるのか、電車の乗り換えも全部教えてくれる。

 電車は広い川を越え東京二十三区に入ると、高いビルの合間から東京スカイツリーが見えた。

 浅草駅から地下鉄に乗り換えるが、七海にとって東京の地下鉄はダンジョンだ。


「地下鉄銀座線から大江戸線に乗り換えって、この距離なら浅草駅で降りて恵比寿さんの会社まで徒歩で行った方が迷わない」


 毎日自転車でかなりの距離を走る七海は、電車やタクシーを利用する考えはなかった。


「おおっ、久しぶりの浅草だ。ワシはあんずさんと駅前の食堂でエビフライを食べたぞ。その店は昼からビールが飲めるのだ」

「私浅草のお店って全然知らないから、小さいおじさんが案内して。お昼ご飯はそのお店で食べよう」


 大勢の観光客が行き交う雷門の前を横切り、五分ほど大通り沿いを歩くと周囲はビジネス街に変わる。

 忙しそうに歩いているスーツ姿のサラリーマンに道を聞くをためらい、七海は何度も地図アプリで現在位置を確認する。

 目的地の恵比寿青年の会社、そこには公園のように木々が生い茂り、人工の川が流れる場所だった。


「ふぁあ、ビル街を歩いてきたから木陰が涼しいけど……マップに公園なんて無い。もしかして道を間違えた?」

「うむぅ、なんだかここは霊気が騒がしいのぉ」


 背中のリュックから小さいおじさんの呟きが聞こえ、七海はふと後ろを振り返ると、木々の間を太くて長いものが横切った。


「えっ、小さいおじさん、ここに何か居る。それもひとつ、ふたつ、数え切れないくらいたくさん」


 七海は背中がゾワゾワ寒気のする気配を感じて、目を凝らして周囲を眺めた。

 キラキラ光る木漏れ日のように見えたのは、銀色のウロコに覆われた蛇のように細長いモノだった。

 七海は大慌てで公園の中を駆け出し、ふと足下の遊歩道を見ると、そこに文字が刻まれていた。


「MEGUMI.Corpって封筒の会社名はMEGUMIだから、ここは公園じゃなくて恵比寿さんの会社の敷地?」

「娘よ、立ち止まるな!! 後ろからアレが追いついてきたぞ」


 小さいおじさんの焦り声に顔を上げた七海は、目の前を横切ったモノの姿を捉える。

 それはウナギサイズの、全身魚のような銀色の鱗に包まれた小さな三本指のかぎ爪のある竜。

 小さいおじさんの存在に誘われて、木々の間から姿を現したミニ竜は7匹、七海たちの周囲を漂いだした。

 そして七海は神を捕らえることの出来る霊力の持ち主。


「あっ、動きが鈍い。どうしよう、捕まえたくてウズウズするっ!!」


 全く警戒心を持たずに目の前をふよふよ泳ぐミニ竜に飛びかかり、七海は両手でわしずかみにした。 

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