恵比寿青年の『貧困脱出マネー講座』3
七海は急に現金が必要になった時、簡単にお金を貸してくれる信販会社のカードローンを利用して多額の借金を抱えている。
「金利15%のリボ払いから、金利10%の銀行ローンへ借り換える。君はフリーターだけど資産があるから、銀行がそれを評価すればフリーローンが組める」
「でも私に資産なんてありません」
「君がカードローンを組む時、持ち家の有る無しの質問に答えたはずだ。つまりこのボロ屋敷は君の資産にあたる」
「と言うことは、私の家があるからお金を借ることができたの?」
七海が思わず呟くと、恵比寿青年は黙って頷いた。
あんずさんの家は絶対に手放さないと思っていたのに、自分は気づかないうちに、家を担保に借金していたことになる。
つまりこの家に住み続けるには、七海はちゃんと借金を返し続けなくてはならない。
「もし銀行のフリーローンが通れば、借金返済がとても楽になるから、えっと、金利10%の計算は……あっ、スマホ充電切れ?」
電卓アプリで金利を計算していると突然画面が真っ暗になり、七海はうわぁーーと叫び声をあげる。
夜のうちに100%充電したはずのスマホが、何度タップしても起動しない。
「こんな時にスマホが壊れるなんて、不吉というかタイミング悪すぎる。そういえば仏壇の引き出しにあんずさんの電卓があったはず」
七海は仏壇の下段の引き出しから、茶色い巾着袋を取り出す。
それを見た小さいおじさんが、急に顔を真っ赤にして七海の腕に飛びついてきた。
「うわっ、びっくりした。どうしたの小さいおじさん。これはスマホじゃない、電卓だよ」
「娘よ、その巾着袋はワシの宝袋だ!!」
「えっ、こんな小さくて薄汚れた巾着袋が、福の神・大黒天の宝袋なの?」
小さいおじさんは七海の体をよじ登って腕までたどり着くと、茶色い巾着袋に抱きついた。
すると巾着袋はまるで風船のように膨れて、茶色い布にの表面に薄らと鳳凰柄が浮かび上がり、金色の布地に変化する。
巾着袋にしがみついた小さいおじさんのこけた頬と痩せた手足に肉がつき、パサパサの髪がシットリと落ち着き、服の袷から見える痩せてとがった鎖骨にも肉がつく。
ガリガリだった小さいおじさんは、七海の目の前で全身から虹色の光を発し、中肉の小さいおじさんに変身した。
「ああっ、何というありがたい光景。大黒天様の気が、清らかな光を取り戻した」
恵比寿青年は感動で打つ震え、両手を合わせて小さいおじさんを拝んでいる。
小さいおじさんの変化を見た七海は、好奇心が抑えられず小さいおじさんを鷲掴むと手のひらにのせた。
「小さいおじさん、ちょっと触らせて。あっ、前より体が重たくなっている。でも巾着袋は全然重みを感じないね」
「この巾着袋は金運の重さだ。悲しいかな、袋の重みを感じない娘には……全く金運が無い」
小さいおじさんは気まずそうにゴモゴモとつぶやいた後、七海の顔を指さした。
「ワシの福袋を探し出してくれた礼に、娘に金運を授けてやろう。今から銀行に行きふりーろーんの手続きをすれば、必ず借り入れできる」
「ねぇ、小さいおじさん。せっかく金運のご利益もらえるなら、宝くじ大当たりがいい」
「今のワシの神力では宝くじ千円当選がせいぜいだ。ご利益の効力は一時。グズグズしている暇はない、早く銀行に行くのだ!!」
「大黒天様のいう一時は約二時間。僕が車を出すので、急いでM銀行に向かいましょう」
恵比寿青年に急かせれて、七海は化粧する時間も無く、スッピン状態でM銀行に向かう。
時間を確認しようと条件反射でスマホを確認すると、真っ黒だった液晶画面に時刻が表示されている。
「スマホが元に戻っている。もしかしてあんずさんが、福袋の場所を教えてくれたのかな?」
M銀行に到着して車から降りると、七海の足下にピカピカの五円玉が落ちていた。
足下の五円玉を拾って顔を上げると、目の前で行員の女性が壁にポスターを貼っている。
そのポスターには、金色の文字で《M銀行開設100周年・フリーローン金利7%キャンペーン》と書かれていた。
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リボ払い150万ー浄水器代金35万=115万円
リボ払い115万(金利15%)=年利息18万円
M銀行フリーローン115万(金利7%)=年利息8万円
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M銀行のフリーローン申し込みはスムーズに行われ、それから三日後、七海は金利の高いカードローンリボ払をM銀行フリーローンに借り換える。
「天願さんのフリーローンは、月六万円返済で二十一回。一年九ヶ月で完済予定だ」
「ありがとうございます。小さいおじさんと恵比寿さんのおかげで、やっと借金返済の見通しがつきました。恵比寿さんに教えてもらわなければ奨学金返済の方にお金を回して、リボ払いの高額金利を払っていたわ」
未来の見えない中、一筋の光がさしたようで、七海は改めてお礼を言う。
「借金返済の目途がついたのだから、大黒天様は僕の元へ来てください」
「恵比寿さん、ちょっと待ったぁ!! それとこれは話が違う。私はまだ生活が苦しいから小さいおじさんのご利益が必要なの」
「僕も、大黒天様にお縋りしたい要件がある。もしかしたら君より深刻かもしれない」
「私より深刻って、たとえば……悪徳政治家からの借金一億背負っているとか」
「君は何の話をしている? 誰でも大黒天様のご利益を授かりたいと思うだろ。ところで話は変わるが、大黒天様がこの家に住まうならもう少し環境を整えたい」
やっとゴミ屋敷を卒業して普通の古民家状態になったが、飾り気がなく殺風景だ。
ちなみに七海のプライベートルーム(二階)は、全然片付けていない。
「恵比寿さんは鍋や食器や調理器具を持ち込んでいるから、必要な家具があれば自由に持ってきていいですよ」
うかつに返事をした七海は、後で激しく後悔することになる。
恵比寿青年に合い鍵を渡して玄関を開ける必要がなくなったので、七海は出勤ギリギリ、朝七時五十分まで惰眠をむさぼる。
すると突然、大きな物音と地震のような震動がして、七海は慌てて飛び起きた。
驚いてパジャマ姿のまま部屋を出ると、仏間の障子がすべて外され、部屋の畳を見知らぬ二人の男が外へ運びだそうとしている。
「えっ、ちょっと待って。あなたたち私の家で何をしているの!!」
「おはようございます奥さん。ご主人が畳の表替えと障子と襖の張り替えを頼まれました」
「おはよう天願さん、畳の表替えは今日中に仕上がるそうだ。大黒天様、障子紙はどれがいいですか」
「私は奥さんじゃありません。きゃあ、押し入れの襖は開けないでぇ!!」
畳屋のおじさんが襖を半分開いたところで、七海は慌ててその前に立ちふさがると、押し入れにおし込んでいたガラクタが、なだれを起こして落ちてきた。
「これは恵比寿さんの仕業ね。畳の表替えと障子張り替えのお金は誰が出すの?」
「もちろんお金は僕が支払います。それから端が破れて綿の飛び出た座布団を処分して、大黒天様にふさわしい寝具を準備するので、布団が仕舞えるように押し入れを片付けてください」
「奥さん、朝からお熱いですね。夫婦げんかは犬も食わないですよ。それじゃあ失礼します」
「違います畳屋さん、勘違いしないでくださいっ!!」
七海が必死で否定しても、畳屋は生温い笑顔で畳を運んでいった。