恵比寿青年の『貧困脱出マネー講座』2
「えっと、カードローンのリボ払いは……金利15%です」
七海は小声で答えると、恵比寿青年はスマホを取り出して電卓アプリを起動する。
そして鞄の中から書類の入ったA4封筒とペンを取り出すと数字を書き込んだ。
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・教育ローン 350万 年利3%
・カードローン リボ払い 150万 年利15%
・プライムレート
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「ローンの計算式は、借金×利息(%)=年利息
天願さんの言う奨学金は正式には教育ローンで、年利息は10万円。そしてリボ払いの年利息は23万円。ここまで言えば君にも理解できるだろ」
「あれっ、金額の大きい教育ローンの方リボ払いより利息は少ない。でもリボ払いはひと月1万円で楽々返済できるって、テレビCMで言っているのに」
「月1万返済で半永久的にローンを払い続けるつもりかい。天願さんが毎月支払うリボ払い6万円のうち、ローン利息に2万円も取られている」
「ええっ、まさか月2万円も利息を支払っているの? そんな、まさか」
複数のカードローンを利用している七海は、七これまでテーブルの上に放置していたダイレクトメールを震えながら一枚一枚確認する。
「月11万円返済しているのに、リボ払い利息がこんなに高いなんて」
唖然とする七海の目の前で、恵比寿青年はさらにA4封筒に文字を書き込む。
「僕は事業資金として、銀行から2000万円融資してもらっている。金利はこのプライムレートだ」
「事業資金2000万円。それにプライムレートって何?」
「天願さん、プライムレートを検索して、僕の利息を計算してごらん」
プライムレートって時々ニュースで聞いた覚えのある言葉だけど、全然意味は分からない。
七海はスマホで検索すると、『プライムレート(最優遇貸出金利)』という文字と、利率が表示された。
「えっ、プライムレートの金利0.9%って、2000万円借りても利息18万円だから、リボ払いより全然安い……」
「娘の借金の金利は一割五分、恵比寿の金利はたったの九厘とは、ずいぶんと扱いに差があるのぉ」
「大黒天様、これは金融知識と信用度の違いです」
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・教育ローン 350万 年利3%(年利息10万円)
・カードローン リボ払い 150万 年利15%(年利息23万円)
・プライムレート 2000万 年利0.9%(年利息18万円)
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恵比寿青年は赤ペンで数字を書き加えると、胸ポケットから浄水器の代金三十五万円が入った封筒を取り出した。
「さて話を戻そう。天願さんは、この三十五万円を奨学金返済するのか?」
「それはもちろん、奨学金返済より利率15%のリボ払い返済が先です。早くリボ払いの借金を減らしたい」
七海は改めて自分が何も知らないと痛感する。
リボ払い利息23万円は、ダブルワークしている七海の給料より高い。
恵比寿青年は七海の答えに満足した様子で浄水器代金入りの封筒を渡すと、用事は済んだとばかりに小さいおじさんとイチャイチャしながら朝食の準備をしている。
七海は意を決して恵比寿青年に話しかけた。
「恵比寿さん、お願いがあります。私に借金返済方法を教えてください」
「君は今まで通り、リボ払いを続ければ良いじゃないか」
「さっき恵比寿さんは、半永久的にローンを払い続ける事になるって言ったでしょ。別の方法を知っているなら教えて。もちろんただでとは言いません」
真剣な表情の七海に、恵比寿青年は手を止めると怪訝そうな顔をした。
「恵比寿さんに、我が家の合い鍵を預けます」
「君は見ず知らずの男を信用して、家の鍵を預けても大丈夫かい?」
「恵比寿さんが小さいおじさん目的で家に忍び込んでも許します!!」
「つまり僕はこの家に自由に出入りして、大黒天様のお世話をしても良いんだね」
「ええっ、それって娘じゃなくて、ワシの貞操が危ないの?」
のんびりと七海と恵比寿青年の会話を聞いていた小さいおじさんは、マンガみたいにピョコンと飛び上がって驚くと、慌てて七海のシャツのポケットの中に逃げ込む。
「大黒天様、そんなに怯えないでください。僕は本当にやせ細った大黒天様が心配なのです」
そう言いながら合い鍵を受け取った恵比寿青年は、アルカイックスマイルを通り越してにやけ顔になっている。
恵比寿青年の言動は怪しすぎるけど、鍵を渡せば早起きする必要がなくなるので、小さいおじさんを心配しないことにした。
「今日天願さんは昼のバイトは休みだね。それなら大黒天様と一緒に食事をしながら、僕の話を聞いてもらいたい」
「えっ、私の分の朝ご飯もあるの?」
恵比寿青年は合鍵をもらったのがよぽど嬉しいらしく、普段はライバル心剥きだしの七海にもサービスしてくれた。
漆盆の上の朝食は小さいおじさんの注文通りの純和風で、ホクホクに炊けた鮮やかな緑色の空豆ご飯と、赤味噌のしじみ味噌汁。
味のしみた根菜が美味しい筑前煮と、こんがり焼かれた白身魚の姿バター焼きは、箸で摘まむと皮がパリっと香ばしい音を立てる。
「いただきます。はむはむ、空豆は薄塩味でホクホクして、これだけでご飯をいくらでも食べられるぞ」
「白身魚は皮がパリパリに焼かれて、身の部分も柔らかくてとても美味しい。魚を丸ごと焼くだけなら私でも料理できそう」
「このバター焼きのコツは火加減より、カロリーを犠牲にして、おたま1杯分のバターを使って焼いています」
「えーっ、香ばしくて美味しいから、魚一匹全部食べちゃったよ。おたま1杯分のバターって何カロリーあるの?」
七海が驚いてスマホを取り出して検索すると、おたま一杯でバター50グラム375キロカロリー。
白身魚の姿バター焼きは、ヘルシーに見えてとんでもないハイカロリー料理だった。
「大黒天様、炭水化物と脂質満点の高カロリー料理を食べて、以前のように福福したお姿に戻ってください」
「という事は……私は小さいおじさんのハイカロリー料理を食べていたから、最近ズボンがキツいのね!!」
浄水器の件で恵比寿青年を見直したけど、やっぱり彼は天敵だと七海は再認識した。
***
「さてと、天願さん。食事が済んだら出かける準備をしよう」
「恵比寿さん、これからローン払いの方法を教えてくれるんじゃないの?」
「出かける先は君が決めるんだ。天願さんのアルバイト料の振り込みに利用している銀行はどこ?」
「学生の頃から、バイトの給料振り込みはM銀行を使ってます。でも私、M銀行ではローンを組んでいないよ」
すると恵比寿青年は、再びA4封筒に文字を書く。
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リボ払い 150万円(金利15%)
M銀行 フリーローン 150万円(年利10%)
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「このM銀行フリーローンって金利が5%も低い。でも銀行はフリーターや無職にはお金を貸してくれないって聞いたけど」
「天願さんが今の調子でリボ払いすると、支払い終えるのに三年近くかかる。途中怪我や病気をして支払いが怠れば、延滞金利24%で借金地獄に拍車がかかる」