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貧困フリーター女子VSイケメン神人青年2

 小さいおじさんと出会うまで、七海は借金を返済するためにアルバイトに追われて、家はゴミ屋敷、食事はコンビニ弁当、髪は伸ばし放題でオシャレをする気力すら無かった。

 今は小さいおじさんのために簡単な料理を作り、家を掃除した時出てきたお金で髪を切り、オシャレをする気力も湧いてきた。

 でも小さいおじさんがいなくなれば、七海は再び空虚な状態に戻るだろう。

 七海のポケットから出てきた小さいおじさんは、もう一度座布団の上に座り直した。


「すまないのぉ恵比寿、ワシは娘に世話になった礼を返さなくては。もうしばらくこの家にいることにしよう」

「しかし彼女では、大黒天様に充分なお世話ができません。日本に戻って来ても痩せ衰えた姿で、このままでは大黒天様の神力が失われてしまいます」

「ワシがあんずさんに預けた三つの宝物を探せば、元に姿に戻れる。だからワシは、宝物が見つかるまでここにいるぞ」

「このガラクタであふれかえった汚屋敷の中から、宝物を探し出すなんて、どれだけ時間がかかるのか」

  

 恵比寿青年は、二間続きの仏間を見回して焦りの表情を浮かべた。

 以前と比べれば、部屋の鴨居にぶら下がっていた洋服はすべて片付けられ、床にはゴミ一つ落ちていない。

 しかし恵比寿青年の目には、日に焼けて表面がすり切れた畳と、薄汚れて大きな穴の開いた障子に黄ばんだ襖、部屋の隅には南米土産の木彫りの人形が埃をかぶって置かれ、廃屋寸前のボロ屋敷にしか見えない。

 大黒天様が座っている仏壇の前の座布団は、端がほどけて中綿がはみ出している。

 恵比寿青年は堪えきれないように大きなため息をつくと、小さいおじさんに訴えた。


「大黒天様、どうか僕と一緒に来てください。ああ、僕が大黒天様に触れる事ができるなら、こんな場所から連れ去りたいのに」


 座布団の前にしゃがみこんだ恵比寿青年は、小さいおじさんに向かって手を伸ばす。

 しかしその手は、小さいおじさんの体をすり抜けて空を切る。


「神の姿を見て声を聞くことができる神人かみんちゅの僕ですら、大黒天様に触れることはできない。しかし彼女は、大黒天様をつまみ上げてポケットに隠した」

「この娘は、あんずさんの孫で隔世遺伝で希な霊力を授かった、ラッキーな娘だ」

「そんなに驚くけど、あんずさんも私も、簡単に不思議なモノを触ることができたよ」

「君が何気なく行使している神に触れることのできる霊力は、高位の霊能力者が長年厳しい修業を積んだとしても得ることのできない尊い力。君はきっと今まで御祖母に守られて……」


 会話の途中で、部屋の鳩時計が七回鳴いた。

 すると釣られて、グウグウと小さいおじさんの腹の虫も鳴り出す。


「そういえば朝ご飯の時間だ。ワシはお腹が空き過ぎて動けないっ」

「えっ、もう七時。これから朝ごはんを作って、仕事に行く準備をしなくちゃ!!」


 七海は小さいおじさんと恵比寿青年を仏間に置いたまま、慌てて台所に行く。

 朝七時にセットした炊飯器は、ちょうどご飯が炊きあがっていた。

 ヤカンでお湯を沸かしインスタントしじみ味噌汁を作り、フライパンの半分でシシャモを焼いて、半分は卵を落として焼きながらかき混ぜてスクランブルエッグにすると、ケチャップをかけて味をごまかす。

 調理時間わずか十分、焼くだけ干物とインスタント味噌汁の超手抜き料理をお盆にのせて、小さいおじさんのいる仏間に運ぶ。

 すると仏間では、小さいおじさんにすり寄った恵比寿青年が、持ってきた小さな箱を開くところだった。


「これは大黒天様のために取り寄せたフルーツです。どうぞお召し上がりください」


 有名百貨店の包装紙をはがすと桐の箱が現れ、蓋を開いたとたん蕩けるような甘い香りが周囲に漂う。

 中には鮮やかな薄紅色の瑞々しい、大きな完熟桃が二個。


「ダメダメ、小さいおじさんは私が作った朝食を先に食べて、デザートはご飯の後よ」

「君の作ったそれは、インスタントと干物を焼いただけじゃないか」

「炊きたてご飯があれば、小さいおじさんはレトルト食品でも文句は言わないわ」


 小さいおじさんを挟んで、左右でにらみ合う七海と恵比寿青年。

 しかし壁の鳩時計を見た七海は、再び焦り出す。


「ええっ、もうこんな時間。昨日は疲れて着替えもせずに寝たから、これからお風呂に入って髪の毛を乾かして化粧をしなくちゃ。小さいおじさんはそのままご飯を食べていて。えっと、貴方はもう用事無いよね」

「天願さん、僕の名前は恵比寿桂一です。そして小さいおじさんではなく、大黒天様と呼びなさい」

「それじゃあ恵比寿さん、今日はどうもご苦労様でした。私本当に時間が無いの。早く家から出てください!!」


 七海に急かされた恵比寿青年は、しぶしぶ立ち上がると名残惜しそうに小さいおじさんに声をかける。


「天願さんの事情は分かりました、しかし僕の方も大黒天様を譲れない事情があります。今日の居酒屋アルバイトはお休みでしたね、また後ほど伺います」

「えっ、どうして貴方が、私のバイト先を知っているの?」


 驚く七海に、恵比寿青年は見事なアルカイックスマイルを向けると、逃げるように家から出た。

 背後でピシャリと雨戸の閉まる音を聞きながら、ジャケットのポケットからスマホを取り出してタップする。

 この時間なら、彼女は駅に向かう途中だろう。

 恵比寿青年はスマホをタップしてメッセージを送信した。


《大黒天様を見つけたよ、真琴。ちょっと邪魔が入ったけど大丈夫。すぐに大黒天様を連れてくるから、そうしたら真琴の声を治してもらおう》


 それは小さいおじさん(大黒天)を巡る、貧困フリーター女子七海と神人かみんちゅ青年恵比寿の攻防の始まり。



 ***



 早朝のドッタンバッタン劇の後。

 七海は普段通り、午後六時に駅前ディスカウントストアのアルバイトを終えた。

 自転車の買い物かごに小さいおじさんを乗せて長いダラダラ坂をのぼりながら、七海は今朝の出来事を小さいおじさんに愚痴った。


「あの恵比寿って人、身長が高くて超イケメンでお金持ちそうなのに、さらに小さいおじさんのご利益が欲しいなんて欲張りすぎる!!」

「ワシはどうして娘が恵比寿を怒るのか分からん。お前はあんずさんの孫と言うだけで、何の苦労も無く高位の霊力を持っているだろ?」

「だってあの人見るからにセレブよ。もう充分儲かっているのに、ゼイゼイ、私みたいな貧困女子から、小さいおじさんを取り上げるなんて……あの車」


 自宅前に停められた銀色のハイブリット車を見た七海は、さらに疲労感が増す。

 背の高いイケメンがわざとらしいアルカイックスマイルを浮かべながら、七海たちの帰りを持っていた。

 全身ハイブランドのスーツで身を固めた恵比寿青年が、両手にスーパー名がプリントされた買い物袋を提げている。


「お帰りなさい大黒天様。今日から僕が、大黒天様の夕食を作ります」


・やっと主人公七海と、ヒーロー恵比寿が出会いました。

 ただし恋愛の気配どころが天敵っぽいけど。


・評価や感想は作者の原動力となります。

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