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神恋  作者: 有栖川美羽
3/4

泡沫の夢の彼方に

壮年の男の声が、頭をすり抜けていく。

気味の悪い、耳に纏わりつくかのような作り物の甘さを帯びた声が、大層な言葉を並べているかのように聞こえながらも大した気持ちも、意思も含まれない安物の言葉が。

耳から通り、頭に留まることはなく通り過ぎていく。

男の声が響けば響くほどに、苛立ちのような不快感は募り、心は脆く崩れようとしていた。

なんでなんだ、と。彼は考える。なんで……どうして、自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのかと。

考えたところで意味なんかないと、わかっているのに、ただ必死に思考だけをし続ける。

そうしていないと気が狂いそうになるから。


男の話は、終盤に差し掛かったようだ。

もうこれ以上話すな。

心の奥でそう呟く。

呟けば、懐かしい女の声が聞こえ彼を救ってくれるのだ。

彼の心の悲痛な叫びを、たった一人の女が救ってくれる。


懐かしい女の声に身を委ね、彼__柴咲歩夢は意識を手放した。





「……歩夢さん?……歩夢さん……?」

控えめな女の声が聞こえる。

ここは何処だろう、と重い頭で考えるけれどいまいちよくわからずゆるりとした思考だけを繰り返すことにした彼は、浅い夢の中で思考と記憶の狭間を彷徨っていた。

「……歩夢さん……?」

また、女の声が聞こえる。聞いことのある、どこか懐かしいような声が心地よく胸の片隅に落ちた。

しかし、それがいつ聞いた声なのか、思い出せない。遠い昔かもしれないし、つい最近なのかもしれない。

思い出そうとすれば、頭を鈍痛が駆け巡り意識を遠のかせていく。

何も考えずにいるのはなんて幸せなことだろう。

徐々に深くなりはじめた眠りを貪りながら、歩夢は夢うつつで考えた。必死に繰り返される思考は、時として彼を救うが、彼を苦しめるものでもあった。

起きなければいけないような気がしたが、先程から繰り返される声は妙に心地よく、それを子守唄代わりにいつしか彼は久しぶりとなる熟睡に身を委ねていた。



帰路の道に着いた真無美は、はじめてできた友人と談笑しながら歩き始めていた。

「にしても、神司さん、ほんっとーに!美人だよね!」

美しい顔を微笑で彩った彼女は、横山美穂。

進級テストの後、真無美に話しかけてきてくれた美穂は間違いなく美女の類である。

「横山さん美人だよ!あたしなんかよりずっと!優しいし、面倒見良さそうだし!」

「あっはは、そんな大袈裟な!んー、ねぇ、神司さん!あたし、神司さんのこと真無美って呼んでもいい?あたしのことも美穂。って呼んで!」

「えぇ⁈いいの……?そんな…………ありがとう!嬉しい」

思いの丈を素直に表現した真無美を大袈裟と笑った美穂の提案に彼女は、全身全霊で喜びを表現していた。

「うん!決まりね!神司ってあんまいないし呼びにくいし、大変だなって思ったの!横山もそこまで多くないから!良かった!」

「ううん……あたしこそ、ありがとう」

泣きそうになりながら呟いた真無美を見て、美穂は煌びやかに笑っていた。

本当に嬉しかった。郷から降りて不安があった新たな生活を上手くやっていけるかどうか、心配だったときに出来たはじめての友人が。

「じゃあ、あたしはここで。真無美、そっち?わかった!じゃあね!あ、そだ!玲奈には気をつけるんだよ!」

分かれ道に差し掛かったところで、叫んで去っていった背中を、真無美はただ見つめていた。

いつかは本当のことを言わなければいけないのだろうか、真無美はふとそんなことを考えた。

仲良くなったところで、本当のことを。自分が普通のひととは少し違うということを、話したらどうなってしまうのだろうと、考えた分だけ、不安が募る。暗く淀み始めた思考を振り払いたくて彼女は足早に横断歩道を渡り、一人で住むマンションへと向かっていった。


部屋の前に着くと、一度深呼吸をし鍵を開ける。朝と同じように両親の写真に挨拶をして靴を脱ぐ。改めて眺めた部屋は閑散としていて少し寂しく無意識のうちに溜息が零れ、彼女はハッとして主な生活空間としているlbkスペースから自室に移動した。

何もするべきことがないというのは、落ち着かない。机の前に座ってみても特に宿題もなく惚けていることしかできない真無美は登校初日のことを思い返することにして一人、クスリと笑った。初めての一般高校は緊張し、慣れなかったほかに、男女問わず不躾な視線を向けられたりもしたが美穂のように話しかけてくれる者もいて、想像以上に楽しかったのだ。

桜庭学園は、ホームルームのあと始業式の前に進級テストがあるという、真無美でもあまり無いと分かるような特殊な日程を組んでいて、更に人数が多いためか始業式を校内放送のテレビで行うという学校だった。

その始業式で隣の席の柴咲歩夢が意識を失ったのには、驚いた。

画面越しに理事長の話を聞いている時から、若干の異変には気づいていたのだがその話が終わると同時に意識を失ったようで、元から机に伏せるようにしていたためか教師も気づかなかったのだ。

気が付いた教師と共に案内板を見ながら保健室へ連れて行ったあと仕事があると言われ一人取り残された真無美はひどく狼狽えた。暫く様子を見ていたけれど目を覚ます気配は無く、魘されているようだったので養護教諭に話をして帰って来たのが先ほどのことだ。玄関で待っていたという美穂は笑顔で一緒に帰ることを誘ってくれた。

そこまで思い返してから、はたりと、買い物に行かなければならないことを思い出した真無美は制服から着替え、財布を片手に玄関を出た。

買わなければならないものがある。食料品はもちろん、服や日常品、あの閑散とした部屋を彩るものも欲しい。考え始めると切りがなく、すっかり機嫌を良くした真無美は足取り軽く歩きはじめた。

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