プロローグ
俺はブラック企業で働いている39才。
独身の独り暮らし。
もちろん彼女は居ない。
俺が働いてる会社は有名な居酒屋チェーンだが、同時にブラック企業としても有名で、就活学生の『絶対に就職したくない企業ランキング』にも必ずランクインする企業だ。
転職サイトにも毎回デカデカと社員募集の広告を出す転職サイト常連企業でもある。
俺は今まで色んな職を転々としてきた。
どの仕事も長続きしない。
唯一長続きした職業は土木工事の現場の仕事だ。
しかし、会社が倒産してしまい、仕事を失って、仲間数人とヤケ酒を飲みにたまたま入った居酒屋。
そこで社員募集の広告がデカデカと貼りだされているのを見て今の会社に就職した。
多少の激務は覚悟していた。
飲食業の中でも居酒屋は特にキツイってのも覚悟はしていた。
休みが無いのも年度末工事で2ヶ月以上休み無しでぶっ通しってのも毎度経験している。
だが…
多少どころでは無く、猛烈な激務と長時間労働だ。
サービス残業にサービス出勤は当たり前で、自分の時間がほとんど無い上に毎日、平日でも15時間以上に及ぶ長時間労働。
なにより耐えがたいのは営業時間中、休憩が全く取れないことだ。
取ろうと思えば取れるはずだが、店長や上の人間がそれをさせない。全くもって意味不明で奇天烈な根性論。
店長も営業時間中、飲まず食わずで仕事をしている。
当然、仕事へのモチベーションは下がり、毎日ダラダラと仕事をするようになっていった。
いつしかサボり癖が出だし、喉が渇くと隠して持ち込んだペットボトルのジュースを飲む。トイレで隠れて煙草を一服。
飯が食えないから隙を見て調理場でつまみ食い。
そのうち、店のバイトにも自分のストレスを当たり散らすようになり俺はドンドン店の中で孤立していった。
ある休日の昼下がり
今日は久々の休みだ。店のバイトがシフトを飛ばしたり遅刻したりしない限りはサービス出勤をしなくても済む。しかし、バイトがシフトを飛ばしたり遅刻したりするのは毎度のことだ。
その時点で俺の休日は終わり。サービス出勤だ…
そう思いながらも、俺は古本屋に居た。
なぜ貴重な休日に自分が古本屋に立ち寄ったのか、自分でもよくわからない。
何気に懐かしい本を見つけた。
『実践魔術教本』
俺が中学生か高校生の時、俺が読みふけっていた本だ!
その当時は神秘主義的なことが非常に流行っていた。
俺も神秘主義的なことにはかなりハマっていた。
巻末にはその本で使うハンカチぐらいのサイズの複雑な魔方陣が付いている。
俺はその頃を懐かしむと同時に迷わずその本を購入した。
帰宅後、早速『実践魔術教本』を読んだ。
そして本の執筆者は今どうしているのか気になりをネットで執筆者を検索してみた。
執筆者は山村悟
『実践魔術教本』を初めとした色々な魔術や占いに関する本を執筆し当時の神秘ブームの先駆けになった人物の一人。
現在行方不明。
続いて『実践魔術教本』の本についてもネットで検索してみた。
色々なことが書き込まれていたが、内容を整理すると
①ところどころワザと嘘を書いてある部分がある。
②そもそも付録の魔方陣ではサイズが小さすぎ、本に書いてある通りの事をしても効果は全く感じないか、強烈な能力を持った霊能力者等が極わずかに効果を感じられる程度である。
③人が中に入れる位に魔方陣を拡大する必要がある。
④魔方陣の図形そのものが効果を作用させるので、魔方陣の線が切れたりしない限り、拡大コピーなどで分割印刷した魔法陣をセロテープで貼り合わせて使っても全然問題は無い。
早速、俺はコンビニに行き、拡大分割コピーをした。
余白をカッターで切り…慎重にセロテープで貼り合わせる…
完成した魔方陣…
意外とデカイな。
魔方陣を既定の方角に設置し、中に入る。
…変化なし。
魔方陣の中に居ること小一時間。
…変化なし。
もう一度『実践魔術教本』を読む。
まずは、十二の使い魔の召喚。
それぞれの使い魔の持っている色と使い魔のイメージが大切だという。
召喚というより創り出すといった感じか??
とりあえずは恋愛を司る使い魔を色と共にイメージする。
やっぱり彼女は欲しいもんな。
しかし色のイメージを保つのが思った以上に難しい…。
雑念が入るのだ。
何とか色のイメージを保つことに成功した。
使い魔の姿のイメージを創る。
そして目を開けた。
俺は気絶しそうになった。
すぐ目の前に居たんだよ…そいつが。
俺がイメージしたまんまの姿の使い魔が。
正確に言うと気配のみを漂わせていて姿自体は肉眼では見えては居ない。
しかし、俺の脳裏にはハッキリと姿がわかる。
そして、一瞬で消えた。
今のは何だ???
少し怖くなると同時に俺は『実践魔術教本』にのめり込んでいった…
毎日、帰宅後…魔方陣の中で瞑想する日が続いた。
十二の使い魔の内、攻撃を司る使い魔は日常的に召喚できるようになっっていた。
科学万能なこの世で、使い魔を召喚…
実に胡散臭い。
しかし、この攻撃の使い魔を俺は結構使っていた。
この使い魔は、俺にとって目障りだと感じた存在を使い魔にイメージで攻撃させれば俺から遠ざけてくれるのだ。
俺が使い魔に攻撃させたのは3人。
①嫌味なエリアマネージャー
②やたらと偉そうで何かとムカつく店長
③平気でシフトを飛ばすくせに社員の俺にやたらと高圧的な態度のベテランバイト
この3人は俺の目の前から居なくなった。
偶然と言えば偶然かもしれないが、俺は使い魔の効果だと確信している。
嫌味なエリアマネージャーは体調を崩し休職。
次に来たエリアマネージャーは嫌味は言わないが、よく怒鳴り散らし、機嫌が悪いと平気で部下を鉄拳制裁する脳筋馬鹿の体育会系。←マジ殺したい。
あのムカつく店長は突然、店に来なくなり音信不通。
代わりに体育会系のヤバ目の強烈な店長が転勤してきた…。
頻繁にシフトを飛ばして俺にサービス出勤をさせる原因となっていたベテランバイトは内臓疾患で店に来なくなってそのまま退職…。
もっとも、そいつが来なくなったせいで休日を潰される頻度は激減したが俺の普段の仕事の負担はかなり増えた…。
人を呪わば穴二つ。
それなりに跳ね返ってくるってのも判った。
次に出来る限り使い魔や外の人間の魔力を可視化する魔術だ。
これは非常に簡単であった。
白い紙を用意する。
白い紙の上に色紙を置き…約30秒ほど凝視する。
色紙を除けると白い紙には別の色が浮かび上がった。
色紙が黄色なら紫色が、赤色ならば薄緑色…
といった具合だ。その白い紙に浮かび上がった色の境界線上にも薄らと光のようなモノが見える。
その薄らと見える光のようなモノこそが魔力を可視化したモノであるらしい。
で、その色紙を使った訓練で最も色が浮かびやすい視点がある。
その視点で見ると魔力が可視化しやすいという…。
かなり胡散臭いが、とりあえず俺は人それぞれの魔力が可視化できるようにはなった。
街行く人を見ても、本当に人それぞれ魔力に色や大小があるのが判る。と言っても、この科学万能の現代社会では、魔力などまるで意味が無いのだが…
そして、次のステップとして異空間への出入りだ。
これは魔方陣の中で各方角に対応した異空間に出入りすることが出来る魔術だ。
魔方陣の上で異空間への扉をイメージする瞑想を行う。
…何も変化は起こらない。
と、思い目を開けると何やら靄のようなモノに俺は包まれていた。
ヤバい…
俺は直感的にそう思った。
____靄が晴れるとそこは…。