ストーカー
冒険者ギルドで依頼報酬と倒した混血竜を買い取ってもらう。
今回の報酬はかなりの金額で一人金貨150枚にも上る。久しぶりの大報酬だ。
冒険者の一カ月の生活費は宿代を含めて金貨4枚ほど。
装備の買い替えをしなければ、4年は暮らしていける。
今回、かなりの額を実家に仕送りすることができる。
私は落とさないように大金をアイテムボックスにさっさとしまい込む。
お金を受け取った後、私とランドルフは王都の商業区にある「魚横丁」と呼ばれる魚屋がずらりと並ぶ一角に足を向ける。
ここでは魚を買うことはもちろん、魚料理をその場で作ってもらい食べれる屋台も並んでいる。
夕飯時なので、結構混雑している。
二人っきりでご飯を食べに行くのだけど、私のテンションは上がらない。
なぜって、二人でご飯を食べることがいつもできないからだ。
空いているテーブルを探し、なんとか座ることができた。
「ここ、座ってもいい?」
席についたとたんにランドルフの横の席にヒルダが滑り込んでくる。
やっぱり来たよ。
私はヒルダがどこから現れたのかを毎回確認してしまう。
さっきまでまったく視界に入っていなかったのだ。
「あら、ヒルダ。こんばんは。」
ランドルフは今日のお薦めと書いてある立て看板からヒルダに視線を移す。
「こんばんは、ランドルフ。今日のお薦めは?」
ヒルダは無表情でランドルフに話しかける。
「こんばんは、ヒルダ。」
憮然と私はヒルダに声をかけるが、いつもの通りヒルダからの返事はない。
ちらりと私を見ると、すぐに興味なさそうに、ランドルフに視線を向ける。
ヒルダは私よりランドルフとの付き合いが長く、私よりも・・・悔しいけど、とっても可愛らしい。
年齢は私と同じくらいで、小柄な体にトレードマークのツインテール。ぱっちりとした瞳は生気がなく、どんよりしているけど。
基本その容姿とランクSという実力でランドルフに一目惚れする女性は多い。
だけど彼のオネェ言葉を聞いた瞬間に目が覚める人が大体9割くらい。
残りの1割の半数以上は目の前に座っているヒルダのせいで諦めると言っても間違いではない。
ヒルダはランドルフに近づく女がいることに気がつくと、徹底的に相手を調べ上げる。
どうやって調べるのかわからないが、全く容赦なく調べ上げる。
そしてその女がランドルフに近づこうとすると、いったいどこからやって来るのか全くわからないが、背後に忍び寄りその女性の前日の行動を無表情で延々と小声で囁き続けるのだ。
まさにストーカーだ。
毎日毎日そんなことをされたら普通の人は神経が持たない。
そうそうにランドルフをあきらめて去っていく。
ちなみに私も一週間ほど言われ続けたけど、正直気にしていられなかった。
だって、そのときの私はこの職をなくしたら路頭に迷う寸前だったのだ。
ぼそぼそとしゃべるヒルダの声に耳栓をして、なんとか一週間を乗り切る。
そもそもパーティメンバーも変わり者ばかりだったので、ヒルダ一人をきにしていられなかったのかもしれない。
そのときはまだランドルフのことをまだ好きになっていなかったので、逆にここまでストーキングするヒルダのほうに興味を持った。
だいたいいつでもふらりとヒルダは突然現れる。
仕事はどうしているのか?まさかストーカーが仕事なんだろうかと疑いたくなる。
「セラから今月の清掃依頼が来ているの。」
今日のおすすめメニューを3つ頼んだランドルフにヒルダはぼそりと話し始める。
「フィタール、カポリ、パッソ。どれかお願い。」
セラという人には会ったことがないのでよくわからないけど、清掃っていうのはダンジョンに湧き出す魔物を倒すことをいう。
濃い魔力が溜まった場所にダンジョンと呼ばれる魔物を生み出す洞窟ができる。
ダンジョンが生み出すのは魔物だけではない。マジックアイテムの核となる魔石も生み出すのだ。
この世界でマジックアイテムはあらゆる場所で使われている。
街の街頭や食べ物を保存するための保冷庫、薪に火をつける火打ち石など。
魔石はほんの小さな欠片でも金貨数百枚の値段が付けられる。
その魔石目当てに冒険者がダンジョンに潜るのだけど、魔物も量産されていくのである程度定期的に魔物を倒さないと魔物だらけで、まったく人が入れない状態になってしまう。
フィタール、カポリ、パッソはエッセルバッハにある3大ダンジョンの名前なのだ。
あとダンジョンによって階層は異なるのだけど、決まっていることが一つだけある。
ダンジョンの最奥にダンジョンマスターと呼ばれる魔物がいることだ。
階層が深いダンジョンほどダンジョンマスターは強い魔物になる。
このダンジョンマスターを倒すと、ダンジョンマスターの遺体から貴重なアイテムが出てくるらしい。
アイテムの内容は様々で、はずれもあるらしいけど。
ウイウラの長弓は、ダンジョンマスターから入手したものだって、ランドルフから聞いたことがある。
魔力を矢に変えて放てる弓。確かに変わったアイテムだ。
ダンジョンマスターも他の魔物と同様に、しばらくするとまた生み出される。
清掃の依頼で私も何度かダンジョンに潜ったことはあるのだけど、ダンジョンマスターにはあったことがない。
「フィタールが地下5層で、カポリは地下7層よね。そしてパッソが地下8層。一番楽なのはフィタールかぁ。でもあそこ中層にヘルハウンドがいて暑くて今の季節あまりいきたくないわ。」
ランドルフは整った眉を顰め、考え込む。
清掃にいくのは決定事項らしい。
私は、配膳された今日のおすすめメニューを食べながらランドルフとヒルダを見る。
正直中層より下の階層まで降りていかない場合、運び屋の私のお仕事はない。清掃のときは中層までになるので、天幕の設置やごはんの支度など雑用をすることがほとんどだ。
防具や武器の素材となる強い魔物が中層から最下層にしかいないからなのだけど。
正直、清掃のお仕事は心苦しい。だって、雑用しかしていないのに等分の分け前をもらうのだ。
少なくていいと、何回か断ったのだけど計算が面倒になるから嫌と返された。
「カポリのダンジョンマスターは今、水竜だから涼しくていいと思う。」
ぽつりとヒルダは答える。
なんでヒルダがそんなことまで詳しいのか、私は首をかしげる。
「カポリかぁ。私行ったことないのよね。ノキア、カポリに転送できる?」
ランドルフが突然私に話を振る。
私は汁物の椀をおきながら、首を振る。
「使えない。」
ぽつりとヒルダがつぶやく。
「悪かったわね!」
私は立ち上がって、ヒルダのほうに身を乗り出して答える。
いろいろな街に行くようになったのは、このパーティの仕事を請け負ってからなのだ。普通の庶民は商人でもなきゃ、住んでいる街の周辺くらいしか移動しない。
魔物が出た時のために冒険者を雇えるわけではないからだ。
ヒルダは私の視線をそよ風のように受け流し、まったくきにすることなく煮魚をフォークでつまむ。
「とりあえず、宿にもどってウイスラとエドに聞いてから回答するわ。」
うーと唸りながら、ヒルダを威嚇する私のおでこをぺしっと軽くたたくき、ランドルフはいう。
私はたたかれたおでこをなでながら、しぶしぶと席に戻る。
パンを咀嚼しながら、ヒルダは頷く。
その姿は小さなリスの食事風景を思わせ、とても愛らしい。
でも、あれは小悪魔なのだ。間違ってはいけない。
ランドルフは豪快に食事を平らげる。
まだ物足りなかったようなので、給仕を呼び追加で何品かを頼む。
私も残りの食事を食べ始め、ふと目の前に視線を戻すとヒルダは消えており、テーブルの上に食事代の銅貨4枚が置いてあった。