プロローグ
「ギャオオオォォォ」
ウイスラが放った無数の光矢が、空に逃こもうとした火と風の混血竜の翼に次々と命中し、無数の穴を空けていく。
穴だらけの翼では飛ぶことはできない。
竜はそのまま地面へと墜落する。
「せぃ!」
エドアールは竜の顎に向かって連続突きを入れる。グシャリと顎の骨が折れ、凄まじい振動に竜は脳震盪を起こす。
「これで最後だ!」
ランドルフは両手で掴んだ戦斧を竜の首へと叩き込む。柔らかいオムレツにナイフを入れたかのように、するりと戦斧は竜の首を落とす。
「よし、無事依頼達成!」
私は早速剥ぎ取りナイフを手に討伐の証である竜の角を掴む。
「ノキア、今度は傷つけないでね。」
ランドルフが私の手元を見ながらニヤニヤと笑いかける。
「声かけないでよ!手元が狂うじゃない。」
私はじろりとランドルフを睨みつける。
ミスリルのナイフに魔力を通すと慎重に角を切り離す。少しでも傷付くと買取の時に値段が下がるのだ。
私は切り取った角を皮の袋へ入れ、竜本体の解体を始める。
他のメンバーはいつものように武器の手入れや昼寝など好き勝手に休憩をしている。
私は自分の仕事を黙々と進める。
私、ノキアは今年で17歳になる。残念なことにどこにでもいる普通の女の子だ。
職業は見ての通り冒険者が倒した魔物の解体や運搬をメインに行う運び屋だ。戦闘中は邪魔にならないようにじっと身を潜めている。
魔物を倒した後が私の仕事なのだ。
このパーティ《スピリットブレス》に雇われてからそろそろ2年が経つ。
とある事件で職を失った私を、その事件で知り合ったランドルフが雇ってくれたのがきっかけだった。
正直かなり美味しい仕事だ。
運び屋の私もパーティメンバーとして扱ってくれるので、依頼報酬や魔物の買取額は平等に分配される。
パーティの実力も高く、今まで一回も危険になったことはない。
《スピリットブレス》のメンバーは3人。
リーダーの《斬撃の豪腕》のランドルフ。
彼は字の通りがっしりと力強い体躯で2メートルもある大きな戦斧を振り回す。
ちょうど私の10歳年上の27歳。
豊かな巻き髪の栗毛にすっと鼻筋が通った甘いマスクは見た目的にはかなりの色男だ。
なのに何故か話し言葉がオネェなのだ。
かなりガッカリである。
2人目はランドルフと同じく冒険者ランクSの《閃光の覇者》の字を持つウイスラ。肩まで伸ばした焦げ茶色の髪に知性的な青い瞳を持つハーフエルフ。
エルフの特徴を受け継ぎ、整った顔立ちにすらりと細長い肢体、背中には白銀に輝く長弓を背負っている。矢筒はない。
彼は自分の魔力を弓から矢のように飛ばすのだ。
ウイスラは、寡黙を通り越し口がないんじゃないかと疑うくらい全く何もしゃべらない。立派な変人だ。
しゃべったことがないので年齢不詳。
3人目は《鉄壁》のエドアール。私と3歳違いで今年20歳になるAランク冒険者だ。
引き締まったしなやかな体で、そこから繰り出される拳と蹴りが彼の武器だ。
特に守備面が優秀で竜の一撃さえ体で受け止めることができる変人だ。
短めにした珍しい銀髪に深い碧の瞳が涼しげでランドルフとは対象的にサッパリした面立ちだ。
だけど私から見れば涼しげな目元というより、表情筋をどこかに落としてきた無表情な男にしか見えない。
エドアールと違ってウイスラはしゃべらないけど、表情は豊かだ。
というより、表情からしか彼が言いたいことはわからない。
もっぱら長い付き合いのランドルフがウイスラとの通訳になっている。
ある意味残念な美形達に囲まれた私は、村娘たちからよく嫉妬の視線を受ける。
騙されているよ、あなた達!
こいつらみんな変人なんだから!
何度か納屋に連れ込まれたことがある私は、そういって訴えたのだが、彼女たちにはうまく伝わらない。
彼女たちの迫力の前にさっさと逃げ出すことしかできないのだ。
まぁ好きになれば、相手の嫌なところは目に見えなくなるのだ。
私だって恋する乙女だから気持ちはわかる。
私はちらりとのんびり昼寝しているランドルフに視線を向ける。
あー、なんであんな変な男を私は好きなんだろうか。
やっぱり職をなくして困っていたところを助けてもらったから?
ニヤリと笑う頼もしい笑顔が好ましいから?
たまにこの件について考え込んでしまう。でも、答えは見つからない。
私は、雑念を払い竜の解体へと戻る。
この竜はミジクと王都の間にあるフェニキア山の鉱山で数十人の鉱夫を襲い討伐依頼されていたものだ。
竜の中で特に混血竜は、人と敵対することが多い。
長い寿命を持つ竜たちは人を蟻のように考えているのか、おっとりしていて、あまり気にすることはない。
だが、短命である混血竜は、うろうろする人が目障りでしょうがないようだ。
まぁ確かに人は凄まじい繁殖力でこの世界のあちこちに生息している。
人がいないのは、竜の生息地である竜の谷と廃墟となっている魔族の土地だけだ。
混血竜は、短い寿命なので竜の谷を飛び出して、いろいろな大地へと移り住む。
そこで大概が人と争うことになるのだ。
竜退治は基本的にSランクの冒険者に割り当てられる。
この広いエッセルバッハでもSランクの冒険者は3人しかいない。
必然的にうちのパーティが竜退治に出かけることが多くなるのだ。
私が竜退治に参加したのはこれが2回目だ。
2回とも混血竜が相手で、彼らは手こずることなく倒してしまう。
切り分けたすべての素材をアイテムボックスに収容し終えると、私は全員に声をかける。
「終わったよ。王都に戻る?」
「じゃあ、戻ろうか。」
ランドルフは起き上がりながら答える。
他の二人はちらりと私に視線を向けると、黙って私の近くに集まってくる。
そう、いつも話しかけても大概がランドルフだけしか返事をしない。
たまにエドアールが少し話す程度だ。
ランドルフがいうには二人とも別に私を嫌っているわけではないそうだ。
ウイスラは誰とも話さないし、エドは話すのが億劫なだけらしい。
とても付き合いずらいのだ。
私は、彼らを連れ王都へと転移する。
到着するといつものように、ウイスラとエドアールは冒険者カードをランドルフに押し付け、そのまま勝手に解散していく。
ぽつんと取り残された私は、ちらりとランドルフを見る。
「ギルドにいって依頼報告をして、それからご飯でも食べにいこうか。今日は魚の気分なのよねー。」
うーんと体を伸ばし、ランドルフはさっさとギルドに向かって歩き始める。
私はその後について歩いていく。
すっかりこのオネェ言葉には慣れた。
言葉はおかまっぽいけど、態度は普通に男らしいので私は目をつぶる。
「ノキアはお肉たべなさいよ、私みたいに大きくなれないわよ。」
「別にランドルフみたいに、大きくなりたくないし。」
私はさりげなくランドルフの横に並び、ランドルフの服の裾をつかむ。
王都は人が多いので、小柄な私はすぐに人に押し流されてしまうのだ。
それはそれで事実だけど、それだけじゃない。ランドルフに触っていることで安心するのだ。
「大きくなったら、人ごみに流されなくなるわよ?」
ランドルフは自分の服の裾をつかむ私をみて笑う。
「いいの。ランドルフが引っ張って行ってくれるから。」
ちらりと私は上目づかいでランドルフを見る。
「私はノキアの杖代わり?」
「そうよ、なにか文句あるの?」
「ないわ。ちゃんとついてくるのよ。」
ランドルフは私の頭をひと撫でしてから歩き出す。
相変わらずランドルフは私を子供扱いをする。
それが悔しい。
ぎゅっと強くランドルフの服を私は握りしめた。