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ファイア

 2人の戦いが始まってから3日目の朝。

 魔法少女ミステイクは上空から大阪の街並みを眺めていた。

 大阪は所々が焼け跡になっていた。

 通天閣が焼け、天王寺動物園が灰となり、サンタマリア号が轟沈し、大阪府庁第2庁舎が真っ二つに折れていた。

 市井の人々は口を開けば『心斎橋焼けた』という流行歌を歌っていて、そこは大阪人らしいニヒルな笑いを堅持していたとも言えるが、やはり市内各地の名所を壊されたショックは大きかったらしく概ね表情は冴えなかった。

 各所の焼け跡の中で、当時もっとも新しくできたものが大正区の焼け跡だった。

 クレーターと化していた千代崎のすぐそば、大正駅を中心とする街並みが完全に消滅していた。

「幸いにして死者は無し、ただ1日に2度もファイアの襲撃があったのは初めてなんだってさ」

 ミステイクの言葉にフレンドリーは気まずそうな顔を見せた。

 あの戦いから一夜明けて、未だに魔力回復の途上であった2人はそれぞれ魔力を出し合って1本のホウキに乗ることにした。いわばホウキの2人乗りだ。

「昨日あたしが勝っていればこんなことにはならなかったのよね……」

「逃がしてもらった私が言うのもなんだけど、その通りだよ」

 ミステイクの救いのない言葉に、フレンドリーは何も言い返せなかった。

 彼女が負けたから大正の街は燃えた。

 元より狙われていた大阪ドームはある意味で仕方がないと考えることもできた。そもそも大阪ドームは人の住処ではない。しかし大正についてはその巻き添えを喰らったようなものであり、人の住んでいた立派な街であり、あの時点でファイアを止めることができていたら、きっと燃えなかったはずだった。

「あたしが……負けたから……」

「だからこそ、今度こそは勝とうじゃないか」

 ミステイクは後ろに座るフレンドリーに向けてウインクを飛ばした。

「いや、そりゃ今日も戦うつもりだけど……どうやって勝つつもりなのよ?」

 昨日の敗北が頭から離れないフレンドリーは、ミステイクの言葉にちょっぴり噛みついた。

「途中で逃げたあんたは知らないだろうけど、あのファイアってやつ、とんでもないウルトラCをかましてきたのよ。あんなの魔力が有り余ってるやつにしかできない芸当だわ。そんな奴を相手に、昨日やられたばかりの、魔力がまだ回復しきってないあたしたちが勝てるはずないじゃない! 簡単に言わないでよ!」

 ちょっぴりどころではなかった。すごく噛みついていた。

 それに対してミステイクは――彼女は昨日の一番の敗者であるはずなのに――顔面の端から端まで、余裕の表情だった。

「ねえフレンドリーさん……田中理論って知ってるかな?」

「たなかりろん?」

 ミステイクが繰り出した専門用語に、フレンドリーは小さく首をひねった。


 魔法少女は「みんなの応援」によって特別な力を得ている。

 応援してくれる人間が多ければ多いほど、彼女たちは大きな力を手にできる。

 この法則についてはみなさんもご存じの通りだろう。

 今から約80年前、古くから知られるこの定説にちょっとした注釈を付けた男がいた。

 男爵・田中義一。時の内閣総理大臣である。

「フレンドリーさん、君が知っているかはともかくとして、田中理論はとても重要な注釈なんだよ」

 大阪市の中心部に存在する大阪府立中之島図書館。ネオバロック建築で高名なこの図書館には当時の田中理論に関する資料が丸ごと収められていた。

 壮麗な中央ホールの階段を静かに下りゆく白の魔法少女。その手の中には1冊の本があった。

 彼女が持っていたのは『田中上奏文』という本だ。

 アメリカで広く信じられている『タナカメモリアル=田中上奏文』とは異なり、こちらの『田中上奏文』は田中義一が魔法少女理論についての概要を記したものだった。

 1929年。個人的に魔法少女について研究していた田中義一は、当時の昭和帝に魔法少女の戦力化を直訴しようと1冊の本を書いた。それが『田中上奏文』だった。

 昭和帝は田中の主張に対して「いくら中身が兵士とはいえ年端もいかぬ少女を戦場に出すことは国家の恥である」と返したらしく(一説には直接返答したわけではなく内大臣牧野伸顕に言伝を頼んだとも言われる)、また直後に田中が首相を辞したこともあり、魔法少女が陸海軍に配備される機会は永久に失われた。

 諦めきれない田中は、死を直前にして自分の研究成果を中之島図書館に寄贈した。

「いつか、自分の研究を有効利用してくれる人物が現れることを祈って……歴史のロマンを感じるよ。やはり歴史は良いね。そう思わないかい、フレンドリーさん」

「あまりよくわからないわ……」

 フレンドリーは図書館に入ってからずっと首をひねりっぱなしだった。

「要するにこれは昔の人が書いてくれた便利な本だよ。中身は魔法少女と支持者の関係について。支持者が熱心になればなるほど、魔法少女は強い魔力が得られるんだ」

 ミステイクは本の中身を確かめながら、慎重に説明していった。


 魔法少女ファイアは大阪のダーティな部分から支持を受けていた。

 彼女の支持者は狂信的であり、人数は少ないながらもファイアに絶大な力を与えていた。

 先述の『田中上奏文』の記述を借りるなら「熱心に信ずる者は通常の400倍に値する」とのことである。

 言うまでもなく、ファイアにとってこの事象はありがたいことであり、彼女はその恩恵をたっぷりと受けていたわけだが、それと同時にこのことは彼女の存在を危うくする大問題でもあった。

「つまり支持者を1人潰せば彼女は通常換算で400人分の支持を失うことになる」

 大川沿いのカフェレストラン。

 ミステイクはコーヒーをすすりながら、涼しい顔でそう言ってのけた。

「ファイアの支持者を潰す……ですって?」

 フレンドリーの反応はお世辞にも良いとは言えなかった。彼女にとって市民は守るべき存在であり、いくらファイアの支持者とはいえ市民であることに変わりはなかった。

 そこがミステイクとフレンドリーの差だった。大人であるミステイクは、フレンドリーよりもいくらか冷徹になることができた。

「これ、昨日大阪府警の水口警部からもらったファイア支持者のリストアップ」

 ミステイクはそう言ってフレンドリーにA4サイズの書類を手渡した。

 書類の中身は数百名に及ぶ一般人たちの住所録だった。それぞれの備考欄には「入れ墨発見」「ファイアとの接近確認」など様々な記述が為されており、どこもかしこも怪しい奴でいっぱいだった。

「まさか、このリストに載った人たちを襲うってこと? そんなの……」

「このままだと、いずれまた大正みたいな街が生まれるよ!」

 ミステイクの強い口調に、フレンドリーは「グッ」と辛そうな声を漏らした。

 確かにこの人たちを始末すれば、ファイアの力はガクッと下がるはずだ。しかし、それは守るべき市民に危害を加えることを意味する。果たしてそんなことが正義の魔法少女として許される仕事なのだろうか。

 何かしらの目的のために自分の正義を貫いているだけでは、あのファイアと同じじゃないか。

 そんなフレンドリーの考えを見抜いたのだろう。

 ミステイクは彼女の頭をサッと撫でると、小さな声で「君は後ろで見ているだけでもいいからさ」とささやいた。

 それなら我慢できるかもしれない。

「だったら……行ってやってもいいわ……」

 フレンドリーが小さくうなづく。

 方針は決まった。




 それから数日にわたり、正義の魔法少女たちはファイアの支持者が潜んでいる場所を次々と摘発していった。

 ファイアの支持者はみんな身体のどこかに独特の入れ墨を彫っていたため、2人はまずリストに載っている被疑者から衣服を剥ぎ取ることにした。そして被疑者の身体から入れ墨が発見され次第、転移魔法「リバール」で近隣の警察署まで移送することになった。

 そんな調子で摘発を続けていると、中には『下僕の杖』を持って魔法で歯向かってくる被疑者も出てきたが、概ねミステイクの手によって返り討ちにされた。 

 ファイアの側近と目されていた東城見中学校の教諭・佐原道彦もまた『杖』の所持者であり、ミステイクに撃退された被疑者の1人だった。

「お前、諏訪ッ! 僕を何だと思ってるんだ!」

 ミステイクに強烈な魔法攻撃を見せつけられ、じりじりと後ずさりながら泣き叫ぶ佐原。彼は入れ墨が左腕にあったので全裸にされずに済んでいた。ただし各種の魔法により服装はボロボロ、メガネも片方割れていた。

 東城見中学校に侵入したミステイクとフレンドリーは、職員室に潜んでいた支持者たちを一網打尽にした後、その取りまとめ役だった佐原を拘束しようとしていた。

「佐原先生……校長先生はどこですか?」

「逃げたよ! もう関空にいるはずだ!」

 佐原はミステイクを前にして必死の形相だったが、決して許しを乞うたり屁理屈をこねて逃げ出そうとしたりはしなかった。自らボロボロになるまで戦い、味方が海外に逃亡する時間を稼いだ。

 あっぱれな炎の忠義だ。まさに熱狂的な支持者。強いて言うなら校長の逃亡先を教えてしまったのは痛恨のミスだったかもしれない。

「佐原先生、あなたはしっかり400人分の価値がありそうですね」

 ミステイクはクスッと笑い、佐原に転移魔法「リバール」をかけた。

 次は校長先生だ。

「フレンドリーさん、関空まで連れてってくれるかな?」

「えっ……もしかしてホウキの魔力を出さないって意味じゃ」

 フレンドリーは良い顔をしていない。

「ちょっと使いすぎちゃったんだよね」

 ミステイクはワハハと笑う。

「い、嫌よ! 夜にあいつと戦えないじゃない!」

 フレンドリーはわかりやすく嫌がった。

 2人が支持者の摘発に力を注いでいる間も、ファイアは大阪の各地を襲っていた。

 夜になるたび繁華街に現れる悪の魔法少女を先頭に立って迎え撃っていたのは他でもないフレンドリーだった。大阪府警と協力して、どうにか被害を最小限に食い止めようと努力していたが、やはり奇策でもなければ1対1で勝てる相手ではなかった。

「私はしばらく放っておくべきだと思うよ。毎日あの娘と戦ってるせいでフレンドリーさんは魔力が回復しきってないし、それこそ来たるべき決戦の時にまともに戦えないかもしれないよ?」

「そんなあたしによくも魔力を使わせようとしたわね、ミステイク」

「ああ……まあそれはそうだね……」

 結局、ホウキの魔力はいつも通り2人で折半することになった。


 大阪湾に浮かぶ海上空港・関西国際空港。

 この日、眠らない空港として知られるこの人工島において、警察と魔法少女を交えた大捕物が行われた。

 疲れない程度に魔力をつぎ込み、急いで関空にやってきたミステイクとフレンドリー。

 今にも飛び立つ予定だった飛行機を実力行使で停止させ、あらかじめ連絡しておいた関空警察の生活安全刑事課に機内の立ち入り検査をお願いしたまでは良かったものの、当の被疑者は魔法で飛行機に大穴を開けてそのまま滑走路まで逃げてしまっていた。

 校長は追いかけてくる警官隊を杖で牽制しつつ、滑走路の端で離陸準備を整えていた海上保安庁のヘリコプターに乗り込み、パイロットに杖先を突き付けて、淡路島まで飛ばすよう命じた。要するにヘリをハイジャックしたのである。

「どうしてそこまでして逃げようとするのよ……」

 フレンドリーは嘆くようにつぶやいた。

 支持者の所在地は魔力造成において特に問題とされない。世界中のどこにいようとも支持者は支持者であり、魔法少女に力をくれる存在であり続ける。ゆえに支持者が海外に逃亡してもファイアとしてはまるで問題がない。

 佐原と校長はそれを知っていた。仲間のファイア支持者が次々収監されている中、自分たちよりもまずファイアの魔力が枯渇することを心配した彼らは、1人を犠牲にしてもう1人を生かそうと考えた。

 つまり佐原が時間を稼いでいる間に、校長が海外に逃亡する。

 1人でも支持者が健在なら、ファイアは魔法少女であり続けられる。

「支持者を完全に失った時、魔法少女は変身能力を失ってしまう……佐原先生と校長先生はそれを危惧していたんだろうね。もしかしたら、もうすでに何人かは海外に逃げているかもしれないよ」

 ミステイクの言葉にフレンドリーは胸を張る。

「別に構わないわ。あいつはあたしが絶対に倒すつもりだから、ちょっとぐらいは力が残ってないと張り合いがないもの!」

「力がゼロになれば、大阪はひとまず救われるんだけどねえ」

「それはそれ、これはこれよ。あたしは自分の力でファイアを捕まえたいの……!」

 そうこう言っているうちに校長のヘリコプターが海上に出てしまった。

 2人はホウキに魔力を注ぎ込み、彼を追いかける。

 魔法少女の接近に気づいたパイロットが顔面蒼白状態で海に身投げすると、ミステイクは彼の身体を「リバール」で海保の事務所まで転移させた。

 操縦者を失ったヘリコプターは安定を失い、そのまま海面に衝突した。

「くそっ……むざむざ死ぬわけにもいくまい……!」

 間一髪のところで脱出した校長だったが、さすがに杖だけでは魔法少女2人に勝てないと踏んだらしく、ここでようやく投降の意志を示した。

 関空史上に残る大捕物が幕を閉じた瞬間だった。


      * * *


 大阪の北の方に橘紘一という思想家がいた。

 紘一の名が表すとおり彼は戦前の生まれだった。

 八紘一宇。そんな言葉が躍った時代があったらしい。

 そのような厳しい時代に生まれた橘だが、幸運にも戦後の混乱期を生き抜いて立派な大人になることができた。

 大人になった橘は大学で色んなことを自分なりに学んだ。

 授業を聞く側から教鞭をとる側に回るようになっても、彼は自分なりに学び続けた。

「いいですか、ファイアさん。人の幸せというものはですね……」

 結婚もしないで大学にこもり続けた男が、幸せを語ってくれた。

「すなわち上昇ですよ。気分でも金でもそうです。下から上に登っていく過程で人は幸せを感じるのです。唯一肉体的な快感のみが上昇を伴わない幸せでしょうね。しかし自分で自分を慰めても後に残るには侘しさだけ。社会的かつ精神的な幸せを得るためにはやはり上昇です。そのためにはまず下がるところから始めましょう」

 わたしの考えていることは、全て橘からの受け売りだ。

 もしくは洗脳に近いのかもしれない。

 でもわたしは彼の理屈を正しいものだと感じている。わたしの支持者たちもこの理屈を実行するためにわたしを応援してくれている。

 だから、わたしは戦う。人々の幸せのために戦い続ける。


      * * *


 決戦の時が近づいていた。

 吹田市に住んでいた冴えない思想家を警察署送りにしてやったミステイクは、その場でリストを破り捨てた。

「これで全員捕まえた……」

 後は戦いを起こすだけだ。

 ホウキにまたがる2人。自分の背中でぐっすり眠りこけているフレンドリーを見て、ミステイクは口元を緩めた。

 彼女たちの真下には本町のビル街があった。

 高速道路があった。

 近くの歩道を市民が歩いていた。

 空は夕暮れ、三休橋筋のガス灯に火がつく頃だ。

 ミステイクは人通りの少ない路地に着地した。

「ほら……そろそろ起きたほうがいいよ」

「うん、そうね……ふわあ……」

 2人で自販機の前に行き、缶コーヒーを買って、飲んだ。

 そんな共闘も今夜で最後だと思うと、ミステイクは少し寂しかった。

「……ねえフレンドリーさん、もし良ければ正体を教えてくれないかな?」

「あたしの正体? そんなの教えられないわよ、あたしの支持者がバレちゃう」

「君はこっちの正体を知っているのに……かい?」

「あたしにはあんたを襲う理由が無いもの。でもあんたはどうだか……」

 フレンドリーの言葉は辛辣だった。

 所詮はその程度の信頼関係だったか。ミステイクは小さくため息をついた。

 長いこと1人をやっていると感覚が狂ってくるんだよねえ。

「そんなことより、今夜のあいつはどこを焼くつもりなのかしら?」

 フレンドリーの関心は主にファイアに向けられていた。

 すでにファイアは大阪中の観光地を焼いており、残されていたのは此花区の遊園地ぐらいだった。

 歓楽街にしてもミナミ一帯はほぼ消滅。なんばパークスが焦げ土の目立つ草野球グラウンドに先祖帰りしていた。

 飲み屋街で知られる京橋もまた壊滅に近い打撃を被っていた。焼肉で有名な鶴橋だってそうだ。桜ノ宮や桃谷みたいな街もかなりの部分が燃えてしまっていた。

 おおむね環状線の駅前は完全に焦土になっていた。

「いや……待って。あそこだけはまだよ。なぜかあそこだけは残されてる……!」

 フレンドリーは手持ちの地図のとある部分を指差した。

 大阪市北区・梅田。

 水の都を代表する大都会にファイアは手をつけていなかった。

「どうしてあんな大きな街を……?」ミステイクの頭に疑問符が浮かぶ。

「そうね……高層ビルが多くて、倒壊の際に人命を失いかねないからじゃないかしら!」

 フレンドリーはそう推理してみせた。

「いやでも、大阪ビジネスパークは上手く壊してたよ。しっかり半分に折れてた」

 ミステイクの反論にフレンドリーは「チッ」と舌を鳴らす。

「そんなのは良いのよ、しゃらくさいわね。あたしの予想では今夜の目標は梅田、もしくは此花区の遊園地よ。わざわざ梅田を残しているのにはきっと理由があるはずだから、もうちょっとヒントがあればどちらかに絞れそうなんだけど……」

 頭を抱え込むフレンドリー。

 そんな彼女の横を、物凄いスピードで通り過ぎていく一陣の風があった。

 風は、ホウキに乗っていた。

「ファイア!?」

 そう気づいた後のフレンドリーの動作は早かった。地面から自分のホウキを出現させ、柄にまたがって一気に加速をかけた。

 負けじとミステイクも彼らの後に続く。


 ファイア、フレンドリー、ミステイク。

 魔法少女たちはまるで3人1組のかまいたちのように本町の路地を飛んでいた。

 後続の2人を振り払おうと、ファイアは路地の曲がり角をクネクネと変則的に曲がってみせた。おかげで針路は大きくズレてしまい、北の梅田に行くつもりが大林ビルのあたりまで東進する羽目になった。

 北浜から大川に出て、中州である中之島を北に避けて堂島川に入る。

 川沿いに立つ阪神高速の橋脚を左右に避けながら、ちょいちょい橋脚のライトアップを身に浴びたりしながら、3人はデッドヒートを続けた。

 時には魔法攻撃を交えて、時には帽子が吹き飛ぶのも忘れて、魔法少女たちは持てる限りの魔力をホウキにぶつけた。ホウキはそれに応えて莫大な推進力を生み出し、橋脚やビルにぶつかることを恐れずに前へ前へと進んでいった。

 右手にダイビルが見えるあたりで阪神高速は北に曲がっていた。ファイアはここで水面を離れ、阪神高速の道路上空まで上昇した。後続の2人もそれに続く。

 車線の多い道を自動車が走っていた。ファイアはこの道に沿う形で北に向かう。後ろから追ってくる2人にはたまに魔法を撃っておいた。

 そうこうしている間に梅田が近づいてきた。

 梅田。これまでファイアが焼いてきた数々の街よりも遥かに近代的な地域である。

 ミナミの街がどちらかというと昭和の色を強く残していたのに比べて、この梅田という街はいわば大阪の中の「東京」だった。かつて大阪が首都と肩を並べていた「昭和の遺物」ではない、目新しいモノにあふれている、いわば現代の街だ。

 主に西梅田を中心に200メートル級の高層ビルが数多く立ち並んでいた。JR大阪駅の南には著名な百貨店がいくつも軒を連ねている。北には広大な更地・再開発地区があったが、当時のファイアの活動を受けて再開発は停滞気味だった。しかし「まだ発展の余地がある」という意味で梅田のポテンシャルは他の大阪の街を圧倒している。

 そんな大阪最大の街を燃やし尽くそうとする者がいた。

 日暮れを迎えた梅田の街に、彼女は邪悪な杖を向ける。

「さあ、フィナーレといきましょうか!」

 赤黒い衣装に身を包んだ悪の魔法少女は、特大の絶叫をもって「バーソロミュー」の呪文を唱え、杖先に光のつぼみを芽吹かせた。

 以前と同じようにむくむくと膨らんでいったつぼみ。

 しかし突然、それは泡のように、パーンと弾け飛んでしまった。

「えっ?」

 目の前で起きたことが信じられず、思わず杖先を見つめたまま茫然としてしまうファイア。

 そんな彼女の後方で正義の魔法少女たちは会心の笑みを見せる。

「あなたたち……何をしたの!」

 口元に苦悶の表情を浮かべながら、ファイアはいくつか魔法を放った。

 それらをひどく適当に迎撃したミステイクは、携帯電話を片手に彼女を挑発する。

「良い感じですよ水口刑事。標的は良い感じに力を失ってくれてます。あれぐらいなら私だけでもやれそうです。少なくとも梅田を大爆発させるような愚行はできないはず……そうだよね、小野田さん!」

「諏訪先生……どうしても敵に回るつもりなのね……!」

 ファイアは下界に向けてツバを吐いた。


 なぜファイアのつぼみは弾け飛んだのか。

 その裏にはミステイクと水口刑事による緻密な計算があった。

 当時大阪府警は正義の魔法少女たちと共同で多くのファイア支持者を留置場にブチ込んでいた。

 ミステイクからファイア出現の連絡を受けた水口刑事は、この支持者たちに特殊な睡眠薬を盛った。無論彼らは府内各地の警察署に留置されていたので水口刑事が直接薬を与えたわけではないが、この作戦を表だって推進したのは間違いなく彼である。なお責任の所在については事前に大阪府警の吉岡刑事部長が辞表を書いていたので問題なかった。

 基本的に魔法少女は深夜に活動できない。なぜなら支持者が寝てしまうとその分だけ魔法が使えなくなってしまうからだ。睡眠中の支持者は役に立たないとは『田中上奏文』にも書かれている文言である。

 ミステイクたちがファイアの支持者を捕まえたのはこの作戦を実行するためだった。一応、ファイア支持者の総数を減らすために各地の警察署で刑事や親族による説得が行われていたそうだが、炎の忠誠を誓う彼らに説得など無意味であり、ファイア支持を放棄する者は少数に留まった。そもそも口頭で「放棄する」と言ったところでそれを証明できるものは世界のどこにも存在しないのだ。ゆえにファイアの力を削ぐためには支持者を文字通り黙らせるしかなかった。

 多くの支持者が望まぬ眠りについたことにより「バーソロミュー」を維持できないレベルにまで魔力を減退させたファイアは、もはや正攻法ではフレンドリーたちに勝てないことを悟った。

 彼女はその身に残った魔力を振り絞り、ポケットから下僕の杖を30本取り出して「クリフベクター」の魔法をかけた。

 限界まで魔力を失い、ホウキにまたがることすら苦痛になった彼女は、近くにあったハービスエントビルの屋上に両足を着地させ、そこから杖たちの指揮を執ることにした。

 彼女が自分の杖を振ると、下僕の杖たちは思うがままに動いた。

「こ……これ、いわゆるファンネルだよね!?」

「落ち着きなさいミステイク、こんなの1つ1つ潰せば良い話よ!」

 フレンドリーとミステイクはホウキに乗って散開しつつ、適当な破壊魔法を連発してファイアの下僕の杖たちを狙おうとした。

 しかし最強と名高いファイアが長年魔力を注入し続けた下僕の杖だけあって、それぞれが強烈な魔力を持っており、加えて自己防衛本能が内部に組み込まれていたようで、攻撃しても消化されるばかりでなかなか破壊できなかった。

 また高層ビル街という場所はミステイクたちにとって戦いにくい場所だった。

「いちいちビルの影に隠れちゃうなんて……鬱陶しいわ、もう!」

 フレンドリーがそう叫んだように、梅田の空は遮蔽物であふれていた。

 下僕の杖たちはビルを盾の代わりにしてネチネチと正義の魔法少女たちを攻撃する。

 だが反撃しようにも下手すればビルに魔法がぶつかってしまう。そうなればファイアの思うつぼだった。

「こうなったらファイア本人を狙うべきね……ミステイク!」

「え、呼んだ?」

 下僕の杖をへし折ろうとしていたミステイクが気のない返事をする。

 2人は連れ立って大阪駅前第三ビルの裏手に隠れた。

 ここなら死角になってファイアから攻撃を受けずに済むはず。フレンドリーは周囲に下僕の杖がいないことを確認しつつ、ポケットから水筒を取りだし、コーヒー豆を食道に突っ込んだ。

「ずいぶん豪快な食べ方だね……もしかして正体は男の子だったりする?」

「そんなわけないでしょ! それよりちょっと話があるの。聞いてくれるかしら」

 フレンドリーは考えていた作戦をミステイクに伝える。

「ええっ、ここの地下街を使うのかい!?」

 それは地下街を利用した大胆な奇襲作戦だった。

 梅田の地下街といえば「ダンジョン」とも称される難所である。重層的に構築された地下街は地図・標識の意味を失わせる魔界であり、その地に迷い込んだ人々は「目指すべき出口」を探して彷徨い歩くことを運命づけられると言われていた。

 そんな「人外魔境」を利用する。

「ミステイク、あんたは第三ビルから地下に入り、地下街を抜けてハービスエントのある西梅田まで移動して。それまであたしがファイアの注意を引き付けておくから、あなたはそこからビルの側面を登るように一気に空まで上昇して、頂上にいるファイアに渾身の一撃を加えるのよ!」

「別に良いけど、どうして私なんだい?」

 フレンドリーとファイアの対決から始まった戦いなんだから、最後ぐらい自分で決めれば良いのに。

 ミステイクの素朴な疑問に、フレンドリーは顔を赤らめる。

「あたし、この街はダメなのよ」

 梅田の地下街を自由に移動するためには高いスキルが要求される。慣れないよそ者がダンジョンに入り込めば、待っているのは膨大なタイムロスだ。

 何度も言うが梅田の地下街に「知識」「地図」「標識」は通用しない。

「わかった。じゃあ私が行くよ」

 意を決したミステイクが変身を解く。さすがに地下をホウキでかっ飛ばすのは危険だと判断したようだ。

「出来るだけ早くしなさいよ。あたし1人じゃいつまで持つかわからないから」

「なるほど一蓮托生か。悪くないね!」

 そう言ってミステイクはワハハと笑い、そのまま第三ビルの中に入っていった。

 フレンドリーは新調したばかりの帽子のつばをぐいっと下げて、隠れるように小さく笑う。

 さて、悪の魔法少女の相手をさせてもらいましょうか。




 遠くの夕焼けが紫色に変わりつつあった。

 梅田の街を包みこむ神々しい光は、2人の魔法少女に十分すぎる光源を与えていた。

 飛び回りながら盛んに魔法を撃ちこんでくるフレンドリーに、ファイアはありったけの下僕の杖で対抗した。

「マッソ」「ミミカル」「ムンゲン」「メッセ」「モルダウ」

 フレンドリーが放ってきた魔法はどれもこれも教本に載っているような他愛のないものだった。

 ファイアは思わず失笑してしまう。

「こんなクソみたいな魔法しか使えない女に……わたしは負けるというの?」

 ああ、魔力さえあれば。

 諏訪先生があんな卑怯な手さえ使ってこなければ。

「……あれ?」

 素っ頓狂な声を上げるファイア。

 いない。そのミステイクがどこにもいないのだ。

 さっきまでフレンドリーと共に空にいた彼女がどこにも見えない。

 まだ第三ビルの陰に隠れたままなのか。

 いやそれはない。こちらの魔力が限界を迎えている以上、普通に考えればむしろ積極的に攻めてきてもいいぐらいだ。

「どこよ、どこにいるのよ! 先生!」

 ファイアは下僕の杖の1本を呼び戻し、まだ杖に魔力が残っていることを確認してから、周囲のビルに向けて「セミバロック」の魔法を放った。

 セミバロックは対象物の色彩を奪う魔法だ。

 直撃を受けたビルたちは次々と色彩を失っていき、ついには建物自体が無色透明になってしまう。

「これで死角はなくなったはず……!」

 しかしミステイクの姿はどこにも見当たらない。

 当たり前だった。彼女はその時、ちょうど西梅田の地下を走っていたのだ。

 まさか地下にミステイクがいるとは思わず、血眼になって彼女を探していたファイアの元に、フレンドリーから強烈なプレゼントが送り込まれてきた。

「リトリット!」

 圧縮空気を解放することにより暴風を巻き起こす魔法――フレンドリーはこれに加えて「ベイルート」の魔法を発動させることで、本来四方八方に散らばるはずだった風をある程度収束させることに成功した。最初の戦いでも使用された戦法だった。

 収束され、勢いを増した強風はそのままファイアの元に送り届けられる。

 ハービスエントの頂上という不安定な場所に立っていたファイアは、これをモロに食らってしまった。

 このままでは振り落とされてしまう。

 どうにかしがみつこうとして伏せっていたファイアのところに地底からの使者が現れる。

 ホウキに乗って、ビルの側面に沿うように急上昇してきたその人物は、一度上空に出てから、くるりと身を反転させ、少女の伏せっている屋上に着地した。

「諏訪先生……!」

 いったいどこに隠れていたの?

 ファイアにそんなことを聞く暇はなかった。

 ミステイクは杖を握り、低い声で呪文を唱えた。

「コクス」

 それは杖の先に光の剣を作りだす魔法。光に込められた魔法の効果は単純な切断。

 ミステイクが考案した唯一のオリジナル魔法だった。

「翔子ちゃん。まだ魔力は残ってるかな?」

 光の剣といっても原理的には通常の光弾系魔法と同じだ。ただ射程距離が極めて短く、飛ぶ力がほとんどないだけの話である。

「そんなくだらない魔法で……終わらせるつもりなの?」

 ファイアは這いつくばりながら下界に向けてツバを吐いた。

 本当なら杖を振るい、空に浮かべた下僕の杖で攻撃したいところだったが、フレンドリーの起こしたリトリットの強風は未だに彼女の身体を包み込んでおり、正直それどころではなかった。

「そりゃまあ、別に翔子ちゃんみたいに力比べしたいわけじゃないからね」

 ミステイクの言葉にファイアは力強く反論する。

「力比べですって? バカにしないでよ、わたしにはもっと……」

「違うね。君は橘紘一のクソみたいな理屈に従うことで戦う理由を作り出していただけだよ」

「そんなことないわ、わたしは聖戦のために……」

「だったら、今夜だって下僕の杖で梅田を破壊すればよかったじゃないか。どうして全力で私たちの相手をしていたんだ。私たちなんか放っておいてもよかったはずだ。結局、君はもっともな理由をつけて戦いたかっただけなんだ! 今までだって、橘の理屈を免罪符にして街を破壊することへの負い目を回避して、適当にストレスを発散しつつ、そのうちいつか悪である自分と戦ってくれる正義の魔法少女が現れることを祈っていたんじゃないのか!」

「あ……あなたにわたしの何がわかるってのよ!」

 ファイアはミステイクに向けてツバを吐いた。

 しかし強風によりツバは彼女の右手に飛んでしまった。

「うわ、ばっちぃ!」

 ファイアは反射的に右手についたそれを拭い去ろうとしたが、ビルを大きく揺らすほどの強風の中でその行動はあまりにも迂闊だった。

 必死にしがみついていた屋上から吹き飛ばされ、真っ逆さまに落ちていく悪の魔法少女。

 魔力の残っていない彼女には重力に抗う術はなかった。

 ファイアは地面を前にして死を覚悟した。

 そして彼女は激突した。



 人払いのされた梅田の街はひたすら静かだった。

 流れ弾が炎を誘い、轟々と音を立てて炎上していた建物もあったが、それらは駆けつけた正義の魔法少女によって順次消火されていった。

 水の魔法を連発してすっかり気力を減退させたフレンドリーは、西梅田の路上で行われている熱い説教話に時折耳を傾けつつ、持参した携帯型テレビで甲子園の戦況を見守っていた。

「いいかい、そもそも幸せなんてものは上昇とかそんな難しいものじゃないだよ。欲しいものを欲しいと言って、それを手に入れた時に幸せは生まれるんだ。満足と言いかえてもいい」

「欲しいもの……?」

「例えばあそこでホウキにまたがりながら阪神を応援している彼女。あの娘が欲しいものは今のところタイガースの勝利だ。察するにうまくいっていないみたいだけど……」

 ミステイクの言葉を受けてフレンドリーの表情がわずかに曇る。

「社会的な地位上昇に伴う幸福だって『偉くなりたい』と思ったからこそのものだよ。上昇自体が幸せを生むわけじゃない。橘の理屈で言うところの『下がる』ことだって、単純に幸せの下地にはなり得ないはずだ」

「それはおかしいわ。戦災からの復興という希望があった時代は……」

 ファイアの反論にミステイクはふふっと笑ってみせる。

「高度成長期が良かったなんてのは後から作られた寓話だと思うよ。今より遥かにドス黒い時代でもあるんだから……まあ思い出は美化されるしね。それにね……壊された土地から這い上がるのはすごい苦痛なんだよ!」

「そのわりにはずいぶんな笑顔ね」

「思い出したら笑うしかないんだよ。私は豊中の出身なんだけどね、生まれたのが阪神大震災の直後だったから家が壊れちゃっててね。8歳ぐらいまで親戚の家で過ごしたんだよ。お母さん、本当に苦労してた。申し訳ないけどあれが幸せとは思えないんだ」

「わたしは……住宅地はほとんど襲ってないわ」

「大正区の人は大変だろうね」

 ファイアは押し黙った。何も言えなかった。

「結局、君と橘の理屈は理に適っていなかったんだ。君を支持していた連中も、要するに人の成功を妬んでいただけなんじゃないかな。その他大勢の他人にストレスをぶつけたところで欲しいものは手に入らないのにね。いや、むしろ他人の没落が欲しかったのか……」

「それでも、みんな良い人たちだった」

「でも君の友達にはなり得なかった」

「どうしてなのかしら、不思議と私的に仲良くなれなかったわ」

「一方的に希望を押し付けるような連中は友達とは言えないから、じゃない?」

 ミステイクはファイアの頭をふわりと撫でた。

 ファイアはそれを左手で振り払う。

「それで……先生はわたしをどうするつもりなの」

「翔子ちゃんは14歳だから、警察に引き渡して更生してもらうつもりだよ」

「当たり前だけど逃がしてくれないのね」

「君は私の友達だからね。しっかり更生してもらって、仲良くしたいんだ」

「あなたも希望を押し付けてるじゃないの……」

「ワハハ、こりゃ一本取られたね。悔しいからお返しさせてもらうよ」

 そう言ってミステイクは、ファイアの右腕から『下僕の杖』を引き抜いた。

 激痛にファイアの顔が歪む。

 ファイア=小野田翔子は一度死んだ。

 しかし彼女は生き返った。落下死した彼女の死体に下僕の杖を刺すことで、杖の中の魔力を逆流させ、彼女の自己保存本能を呼び覚ますことに成功したのだ。

 そんな技術は『田中上奏文』にも存在しなかった。

 ミステイクだけが知っていた、とっておきの裏技だった。

「君は一度死んだ。だからこれからは文字通り生まれ変わったつもりで生きることだ。君がやったことはあまりにも酷い。おかげでこの街はぐちゃぐちゃだ。それを取り戻せるだけの奉仕を更生した君に期待させてもらうよ。君ならきっとできる。君は頭も良いし力もあるからね」

「また希望を押し付けた……」

 ファイアは顔を上げて小さく笑った。

 近くではフレンドリーがテレビを相手ににらめっこを展開していた。果てはホウキを杖でベシベシと叩き始めた。

「なんで! そこで! 代走出さないのよ!」

「あれも一種の押し付けだろうね。普通は応援と言うけど……おや?」

 ミステイクは人が近づいてくるのを感じた。

 梅田の街にパトカーのサイレンの音がこだまする。

 きっと水口刑事だろう。

「じゃあ、あとは警察の方にお任せしようかな」

「先生……あの……もし良ければ……」

 ファイアは何かを告げようとしていたが、ミステイクはそれを自分の帽子で抑え込んだ。

「それは出所してから聞かせてよ。できれば聞きたくないけど……ね」

 ミステイクはそう言って、杖でファイアの尻を叩いた。


 友達を送り出し、後に残された魔法少女たちは、とりあえず勝利を祝って乾杯することにした。

 乾杯するといっても飲み物はコーヒーだった。

 変身を解除して一緒に飲みに行こうと誘ったミステイクに対して、フレンドリーは正体を知られたくないとして変身の解除を拒んだ。そうなると中学生ぐらいの風体である2人にお酒を提供してくれるお店は存在しないわけで、仕方なくコーヒーでの乾杯になった。

 もっともフレンドリーには変身を解除したくない理由がもう1つあったようだ。

 それは意外な宣戦布告だった。

「ねえミステイク、後であたしと戦わない?」

 対するミステイクの返事はこうだ。

「いいよ。大阪湾の洋上以外の場所は認めないけどね」

 満足のいく返事を得られたフレンドリーはニヤリと笑った。

 ちょうど阪神も代打西村の満塁ホームランで勝利を決めたところだった。

「それにしても大阪中の観光地を壊すなんてね! 彼女は家族もいなくてずっと一人ぼっちだったから、そこしか闘争本能を発散する場所がなかったんでしょうけど、やっぱりひたすらに哀れだわ」

「魔法少女の闘争本能か。自分でも思う時があるけど、力ある者は戦わずにはいられないのかなあ……」

 そんなことを話しながら、2人はいそいそとホウキに乗り込み、洋上に出る準備をしていた。

「さあ、始めるわよ!」

「ちゃんと海についてから戦おうね」

 ミステイクのツッコミにフレンドリーは頬を膨らませる。

「わかってるわよ。この街を守るのはあたしの義務みたいなものなんだから。街を壊すのは絶対にナンセンスよ。それに……あたしはあの娘みたいに本能を理屈で隠した化物じゃないわ」

「君もそう思うかい?」

「だってほら、いくら半分洗脳されていたとはいえ、ああいう内気な娘が行動を起こすからにはきっと内なる衝動があったとしか思えないじゃない。それも我慢できないくらいのすっごい衝動が!」

「まあね。だからこそ抑え込めるようになって欲しいんだ……まあ君も戦いたいとか言っている時点で同類だと思うけどね……」

 2人は梅田の上空で向かい合い、ペコリとお辞儀した。

 ある者は「フレンドリー」と名乗った。群青色の衣装を身にまとった正義の魔法少女だった。

 もう1人は「ミステイク」と名乗った。こちらの衣装は白色だった。

 ホウキをかっ飛ばし、魔法少女たちは連れ立って西へ向かう。

 彼女たちの背中は梅田の光によって明るく照らされていた。




 こうして大阪史上に名を残す悪の魔法少女・ファイアは少年院に収監された。

 彼女はその後数年にわたって木の棒を持たせてもらえない生活を強いられることになる。

 一方で魔法少女は街の影で暗躍を続けた。

 暴力団の組長、悪徳教師、宗教施設の幹部――普段から近しい者に尊敬されている人々がその支持を背景に魔法少女に変身し、一般人を圧倒できるだけの戦闘能力を得ていた。そしてその力を大いに悪用していた。

 正義を自認する魔法少女たちはこれらの悪を根絶すべく活動した。

 都市伝説的に語られる魔法少女たちの戦い。

 彼女たちの戦いが終わるのはいつの頃になるのだろうか。

 もしかすると、それは警察官という職業がなくなるのと同じ頃かもしれない……。

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