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フレンドリー

 201X年。水の都・大阪は大いに寂れていた。

 俗に地盤沈下と呼ばれる大阪都市圏の大衰退。プライドの高い大阪人はその原因を『わかりやすいところ』に求めた。すなわち、親方日の丸の東京優遇政策、原発の停止による近畿圏の電力不足――などが真っ先に槍玉に挙げられた。しかしながら、お昼のニュース番組を席巻するそれらの諸問題は決してモノの本質を突いていなかった。

 かつて、江戸期には天下の台所、明治期には東洋のマンチェスターとまで呼ばれた大阪を大衰退させた本当の理由。

 そこには当地に潜む『魔法少女』の影があった。




 魔法少女とは魔法を扱う少女のことである。

 掃除器具に乗って空を飛び、木製の杖から謎めいた光線を発射する。彼女たちの戦闘スタイルは非常に特徴的である。故に夜空に一条の光が放たれると、市井の人々はしきりに「魔法少女だ!」「魔法少女が出たぞ!」と叫び始める。

 その日、悪の魔法少女が狙っていたのは大阪ドームの破壊だった。

 大阪市西区千代崎、彼女はホウキにまたがって、上空から円盤状の大型建築物を眺めていた。

「これを壊せば、きっとみんなが困ってくれるわね」悪の魔法少女は微笑んだ。

 そんな邪悪な思念に引き寄せられたのか、正義の魔法少女が千代崎まで飛んできた。

 ドーム球場の上空で対峙する2人の魔法少女。

 1人は「ファイア」と名乗った。彼女は炎を扱う魔法に長けており、今夜はドーム球場を爆破するつもりだった。

 もう1人は「フレンドリー」と呟いた。彼女は最近大阪にやってきたばかりの新参者だった。しかし彼女の心はこの街を守りたいという想いで満たされていた。

 海からの風が2人の衣装をバサバサと波打たせた。

 球場を囲うように設置されたサーチライトが2人の姿を映し出す。

 ここで2人は初めてお互いの顔を視認した。

 相手の方が可愛い!

 そんなどうでもいいような嫉妬心が対決の引き金となった。


 魔法少女は「みんなの応援」によって特別な力を得ている。

 単純に支持者の数が多ければ多いほど、それだけ魔力が強くなり、多くの魔法を扱うことができるようになる。

 もっとも、ある種の信仰心と言うべきだろうか、各々の支持者がどれだけその少女を支持しているかの度合いによっても、彼女たちの力は変化するようになっていた(田中理論)。

 悪の魔法少女・ファイアはこの街のダーティな部分から少なからず支持を得ていた。

 愛用のホウキを乗り回し、千代崎の上空を駆け巡りながら多種多様な光線を飛ばしてくる彼女に、フレンドリーはひたすら回避行動を強いられていた。

「どうしてあんたのような悪い魔法使いが力を得ているの!?」フレンドリーは問いかけた。

 しかしファイアは何も答えなかった。

 彼女は持てる時間のほぼ全てを呪文の詠唱に費やしていた。

「アガタ」「イソカゼ」「ウコン」「エバンス」「オキシドール」

 どれもこれもファイアが作ったオリジナルの魔法だった。光線の動きにちょっとした変化が加えられていたり、極端なものでは簡単な追尾機能まで設定されていた。

 そんな彼女の誇り高き魔法たちをフレンドリーはどんどん避けていく。

「新米のクセにうっとうしいじゃない!」ファイアの叫びはフレンドリーの耳まで届いた。

「これでも地元では鳴らしたほうだもの!」

 フレンドリーはあえて地元の地名を口にしなかった。

「チッ……鬱陶しいわね!」

 ツバを吐くファイア。可憐な容貌からは想像のつかない姿だった。

 こうなったら必殺技で潰してやる。

 必ず殺すと書いて必殺なんだから、それはもうとてつもなく必殺だ。

 彼女は適当な魔法でフレンドリーの移動範囲を狭めていった。

 あとは魔力を込めて一発ぶちかますだけだ。

「バーソロミュー」

 自慢の呪文を静かに、かつ満面の笑みで詠唱するファイア。しばらくして小さな光球が彼女の杖先につぼみをつけた。

 つぼみはどんどん膨らんでいった。

 杖の先にくっついたまま、ちょうど近くにあるメロン型のガスタンクぐらいの大きさにまで育っていったつぼみは、やがて限界を迎えた。

「今のわたしではここらが限界か。まあ、あなたとドームを吹き飛ばすぐらいならチョロイものよ。とっとと地獄送りにしてあげるから、覚悟することね」

 大正駅の真上でファイアはつぼみの射出体制を固めた。

 あとはドームに向けて発射するだけだった。

 ここでフレンドリーが駅とドームの射線上に出てくると、ファイアは少し汗をたらした。

「ちょっと待ちなさいよ、新米さん」彼女は目の前にいる正義の魔法少女に話しかけた。

「もちろん、あんたがその光球を発射するのをここで待っているわ!」

 フレンドリーは杖を前に出し、立ち向かう姿勢を強調する。

「そういう意味じゃないわよ……」

 ファイアが呆れたような仕草を見せると、フレンドリーは帽子を取って抗議してきた。

「じゃあ何が言いたいの!?」

 彼女の様子にファイアはため息をつく。

「はあ……いやね。わたしとしては別に構わないことなんだけど」

「だったら何も言わなければいいじゃない! むしろ死ね!」

 フレンドリーは魔法を放ったが、ファイアはこれを軽やかに避けてみせた。

「清楚そうに見えて意外に短気なのね……あのね、新米さん」

「そもそも新米じゃないわよ! もう2年はやってるんだから!」

「ここでこのバーソロミューを迎撃したら、下にいる駅の人たちはみんな爆発に巻き込まれて死ぬわよ?」

 ファイアの言葉にフレンドリーは「えっ」と固まった。

 その瞬間を彼女は狙っていた。

 射出される光のつぼみ。光球に込められた魔法は単純な爆発。

 ぶち当たればドーム球場ぐらいあっという間に消滅する。

「させない!」

 接近する光球に対して、フレンドリーは何かしらの呪文を詠唱した。

 途端、猛烈な風が発生し、その風圧がつぼみの軌道を狂わせ始めた。

「どういうこと!?」

 想定外の事態にファイアは驚いた。

 彼女の知る中でそのような風圧を利用する魔法は存在しなかった。

 これはオリジナル魔法、それもかなりの独自性を持っているタイプのものだ。

「魔法少女フレンドリー……何者なの!」

 ファイアはまたもやツバを吐き、風を操っているであろうフレンドリーに接近した。

 その間につぼみは風によって大空に打ち上げられた。弾道を変えられた時点でつぼみの利用を諦めていたファイアがため息をつきながら杖にデコピンを当てると、つぼみはそれに反応し上空2000メートル付近で大爆発を起こした。

 爆風は地上まで届かず、付近にはフレンドリーの起こした風が吹いたままだった。

「新米さん……よくも邪魔してくれて!」

 ファイアはフレンドリーの足元に缶コーヒーをぶちまけた。内容液の大半は地上に落ちていったが、一部がフレンドリーの足に付着した。

「うわっ、やめてよ!」

 フレンドリーが慌てているうちにファイアは遠くの空に逃げていった。

 今日のところは一時撤退、早めに正体を突き止めて支持者から切り崩してやるんだから。

 再戦を誓う彼女は小さく歯ぎしりする。

 ファイアが駅から離れると、駅の民衆はフレンドリーに惜しみない拍手をプレゼントした。駆けつけた大阪府警の刑事たちも正義の魔法少女の来訪を心の底から喜んでいた。

 かくして、魔法少女たちの短くて濃密な戦争は始まった。




 翌朝。

 小野田翔子は城東区東城見2丁目の自宅を飛び出した。

 転校初日から遅刻をするわけにはいかない!

 そう考えて頑張って早起きした翔子だったが、初めての一人暮らしゆえに洗濯等の家事に手間取ってしまい、結局遅刻ギリギリの時間になってしまった。

 かつて隣町にあったという高層ビル群の残骸を遠目に見ながら、翔子は慣れない道を一歩一歩進んでいく。

 目的地の東城見中学校にたどり着いた時には、彼女はもうヘトヘトになっていた。


 黒板の前に立ち、名前を書き、自己紹介する。

「皆さんはじめまして。小野田翔子です。これからよろしくお願いします」

 何度もやってきた工程を翔子はテキパキとこなしていった。

 休み時間には適当に知人を作り、適当に連れ立ってトイレにも行った。

 給食もみんなで食べた。昼休みもみんなで過ごした。

 大体においていつも通り。

「ちゃんとした友達が作りたいな……」

 放課後、担任教師の落合にちょっとした書類を提出した後、1人でトイレに向かった翔子は、そこで寂しそうに呟いた。

 今まで何度も転校してきた翔子は、その都度新しく人間関係をやり直してきた。

 この東城見中学校にも長くはいられないだろう。

 いや、長くいるべきではない。早くやることを済ませて、次の街に行かないといけない。

 それが自分の使命だから。

「その言葉は本心なのかな?」

 見知らぬ女の声がした。

 突然の来訪者に翔子は驚いた。

 トイレの入り口近くにいたのは若い教師だった。

「はじめまして、小野田さん。自分は諏訪と言います。諏訪美奈子です」

「小野田……翔子です」翔子はおずおずと頭を下げた。

「友達が作りたいんだってね。実は私もそうなんだよ!」諏訪はワハハと笑う。

「えっ……先生が友達ですか?」

「4月に来たばかりの新人なんだ。ここの先生はみんなかなり年上だから仲良くなり辛くって。どちらかといったら君たちぐらいのほうが年が近いくらいなんだよ」

「そうなんですか」

「だから小野田さん。私と友達になってくれないかな?」

「友達……」

 翔子は胸がグンと熱くなるのを感じた。

 色々と過程をふっ飛ばしているような気はしたが、やはり翔子も1人の女の子であり『特別』に憧れる少女であった。

 また、今まで薄っぺらい交流を続けてきた翔子にとって諏訪の単刀直入な言葉は大変に魅力的であった。

 翔子は「はい!」と叫んだ。


 諏訪が用を足して職員室に戻るまで、2人は長々と話し込んだ。

 転校生の悲哀。新人教師の苦労。話題は尽きなかった。

 ニコニコ笑顔の諏訪が手を振りながら出ていくと、2階女子トイレには再び静寂が押し寄せてきた。

「明るい人だったなあ……えへへ」

 タイルの壁にもたれながら、翔子は微笑む。

 そこに近づく怪しい影。

 場所は女子トイレでありながら、闖入者の姿は男性のそれだった。

「佐原か……」翔子の表情が黒く染まる。

「いかにも佐原です、ファイア様」

 老齢の教師は窮屈そうに背広の襟を正した。

「ここは女子トイレよ。お前の来る場所じゃないわ」

 翔子は佐原をトイレから退けた。

 改めて廊下で対峙することになった両者は、さっそく御恩と奉公の儀式を始める。

「炎の忠義、ここにあり」

 佐原が右腕の入れ墨を見せる。燃えさかる炎を模した入れ墨は、その者がファイアを信奉する証であった。

 ファイアは佐原の入れ墨に一瞥をくれてやった。

「おお……ありがたや!」

 まるで万馬券が当たったかのような表情を見せる佐原。

 よほどうれしかったのか、彼は目尻に涙すら浮かべていた。

「それで、何の用なのかしら」

 教師が女子トイレに入ってきたのだから、それはもう緊急の用事なのだろう。ファイアは密かに身構えた。

 そんな彼女に、佐原は涙をぬぐいつつ1枚の印刷用紙を手渡した。

「これは何?」

「昨日の風向・風速図です。あの時、大阪ドーム周辺にどのような風が吹いたかがわかります」

「なるほど……これは便利そうね」

「大阪管区気象台の同志から取り寄せました。後で褒めてやってくださいませ」

「その者に、杖の1本ぐらいなら渡してあげても良いと伝えておきなさい」

「おお……それはきっと、涙々の電話となりましょう」

 なぜか佐原も少し涙ぐんでいた。

 年をとると涙もろくなるのだろう。ファイアはそんなことを考えながら風向図に目を通した。

 フレンドリーが風の魔法を使った瞬間、風向計は特異な動きを見せていた。

 西区の堀江公園を中心として、ちょうど同心円状に風が吹いていたのだ。

「こんなことってあるのかしら……」

 風向計のベクトルはひたすら地図の外側へと向けられていた。ちょうど漫画の集中線を逆にしたかのようなパターンだった。

 同一地点から蜘蛛の子が散らばるかのように風が吹いている。

 まるでこの堀江公園の上空に風のタマゴがあったかのようだ。

「いや……例え話ではないわ!」

「どうかされましたか、ファイア様」

 佐原が心配そうにファイアの顔をのぞき込む。

 ファイアは興奮していた。

「これは『リトリット』の魔法なのよ。この堀江公園の上空であらかじめ空気を圧縮しておくの。そういえば夜なのに海風が吹いていたわ。普通、夜には陸地からの風が吹くものね。あれはきっと圧縮の影響だったのよ」

「なるほど、よくわかりませんが圧縮した空気をぶっ放したということですか?」

「ちゃんとわかってるじゃない、佐原」ファイアはニッコリ微笑む。

「おお……恐悦至極です」佐原はまたしても涙ぐんでいた。

「昨日はそれに気付かなかったわたしのミスだった。でも原理原則がわかった今、同じミスはありえない。今夜こそ大阪ドームを破壊するわ。明日は隣町の浄水場よ。明後日は舞洲を海に沈めてやろうかしら!」

 彼女の声は学校の廊下で話す分にはあまりにも大きすぎた。

 それも職員室近くのトイレ前だ。東城見中学の教師は大半がファイアの支持者だったが、この学校にはまだ薫陶を受けていない、受けられるはずもない新参者が在籍していた。

 諏訪美奈子だ。

「もしかして……翔子ちゃんが……ファイアなのか……?」

 翔子にメールアドレスを教えようとトイレの近くまで戻ってきていた彼女は、そこで小野田翔子の本当の姿を知ってしまった。

 まさか、あの高名な悪の魔法少女が、一介の転校生として自分の学校にやってくるだなんて。

「何て運命的な2人なんだ……」

 諏訪美奈子は大学を卒業したばかりの22歳だったが、未だ現役の魔法少女だった。

 そもそも魔法少女が『少女』と呼ばれる由縁は、彼女たちの戦闘形態がどう見ても小学生か中学生の女の子ぐらいにしか見えないためであり、正体については不問なのだ。

 諏訪は静かにその場を離れた。向かう先は校長室だ。


 東城見中学校の校長室は2階廊下の突きあたりにある。内部で職員室と繋がっており交通の便は悪くない。

 諏訪美奈子は校長に直談判していた。

「どうして彼女を捕まえられないんですか!」

 新人教師とは思えない凄まじい剣幕だった。

 しかし校長は諏訪の言葉に目もくれず、ただただ「まあまあ」と言うばかりだった。

「校長先生……ファイアがこれまでやってきたことはご存じですよね!」

「まあまあ落ち着いて」

「ニュースにこそなっていませんが、世間ではみんな知っていることですよ!」

「まあまあそう言わず。冷静に対応しましょう」

「あのですね……大犯罪者なんですよ、あいつは!」

 その言葉に校長の態度は豹変した。

 不意に立ち上がり、諏訪の方に迫っていった。

「失礼な小娘だ。あの方がどれだけ努力されているか、知りもせずに大犯罪者とは」

「まさか、ファイアの支持者なんですか!」

 諏訪は身構えた。

「何か問題があるかね。杖をもらうぐらいには貢いできたよ」

 校長がポケットから取り出した1本の棒。諏訪は『それ』がどういうものであるか、すぐさま理解した。

 あれは下僕の杖だ。

 魔法少女によって魔法と魔力を注入された、魔法界のマスケット銃だ。

 あれを使えば一般人でも1種類の魔法を自由自在に操ることができる。もちろん杖に内蔵された魔力が尽きるまでの話だが、ファイアほどの魔法少女なら、かなりの量の魔力を注入することができるはずだ。

 危険を感じた諏訪は、その場で魔法少女に変身した。

「リリカルオーブン……変身!」

 長身の女性がみるみる縮んでいった。骨格の変化に肉体が悲鳴を上げるが、彼女にとってはいつものことなので無事耐えきることができた。

 服装がフリフリとした白色のワンピースに変わり、頭にはそれっぽい帽子が付く。

 ポケットに入れていたボールペンがカーボン製の杖に変化し、5Bの鉛筆がホウキに変わったところで、ようやく魔法少女ミステイクは完成を迎えた。

「ほう、魔法少女だったとは!」

 校長が杖から放ってきた魔法をミステイクは華麗に避けてみせる。

 彼女は急いでホウキに飛び乗り、窓を割って学校の外に出た。

 なおも校長は光線を撃ってきたが、ミステイクが適当な魔法を校長室に向けて7本ほど放つと、慌てた様子で室内に逃げていった。

「こりゃ免職確定だなあ……」

 東城見の空で、ミステイクは軽くため息をついた。




 その日の夜。

 2人の魔法少女が千代崎の空に集まっていた。

 昨夜の襲撃を受けて警察も厳戒態勢を敷いていた。銃器対策部隊が大阪ガスのビルに陣取っていたほか、大阪ドームの周囲は機動隊によって完全に閉鎖されていた。

「ここらの民間人はみんな追い出されたんだってさ」

 白い魔法少女が話しかけた相手は、昨夜ファイアを撃退したことで一躍英雄に祭り上げられた魔法少女だ。

 ミステイクとフレンドリー。2人は共同戦線を結んでいた。

「フレンドリーさん、さっきも言ったけど、君の魔法はファイアに見破られていたよ」

 ミステイクはスルメを噛みながら、杖でフレンドリーのほほをつんつんさせる。

「それはどうにかなるわよ。そんなことより、飲酒運転は犯罪よ!」

 フレンドリーはミステイクの飲酒を責めた。

「いやだって、やっぱりせっかく仕事に慣れてきた頃に免職となるとね……そういう時、大人は飲まないとやってられないからさ」

「え……あんた、もう大人なの?」

 2人がそんなことを言っているうちに、来賓はすでに千代崎に到着していた。

 サーチライトが飛行する魔法少女を追跡する。

 勇気あふれる大阪府警のヘリコプターが彼女の前に立ち塞がったが、所詮は一般人の作った乗り物であり、彼女が得意とする爆発の魔法であっという間に撃墜されてしまった。

 しかし、その爆発音はミステイクとフレンドリーに十分な警戒心を持たせた。

「来たね、フレンドリーさん」ミステイクは咥えていたスルメを吐き捨てた。

「ファイア……これ以上の蛮行は許さないんだから!」フレンドリーもやる気十分だった。

 赤黒い服装に身を包んだファイアが大阪ドームの頂上に体重を預けると、近くのビルに隠れていた銃器対策部隊が果敢に銃撃を開始した。

 ファイアはこれを昨日フレンドリーが使った『リトリット』の魔法で封じ込めた。

 周囲の空気を急激に圧縮させ、それを解き放つことで強烈な風を巻き起こし、またその風を別の魔法を用いて一点に集中させることで、飛んできた銃弾を全て弾き飛ばしたのだ。

「こんな教本にも載っている魔法で、わたしに恥をかかせてくれて……どうなるか、わかっているんでしょうね!」

 ファイアはいつものようにツバを吐き捨てる。

 そこから上空の2人に向けて、彼女は5本の魔法を放った。

「逃げよう、フレンドリーさん!」

「わかってるわよ! あたしに指図しないで!」

 フレンドリーとミステイクはこれを軽やかに回避、しかしこの時のファイアの魔法は最初から『避けられること』を前提に放たれていたらしく、そのまま空中に溶けていった。

「リトリットの5連発、とくと受け取りなさい!」

 ファイアがパチンと指を鳴らすと、フレンドリーの周りの空気が急速に収束し始めた。

「危ない!」ミステイクが叫ぶ。

 ミステイクの声で異変に気付いたフレンドリーは、ホウキを全速力で飛ばし、すんでのところで『リトリット』から脱出した。

 しかし『リトリット』の猛烈な吸引力は彼女から帽子を奪っていった。置いてきぼりを食らった帽子は『リトリット』の超絶空気圧により木端微塵に粉砕された。

 もし1秒でも脱出が遅れていたら、フレンドリーもあの中に巻き込まれていたのだろう。

「よくも……あたしの帽子を!」

 帽子を奪われたフレンドリーは髪の毛をバサつかせながらファイアの元に接近した。

 そこから先はセオリー通りの空中戦だった。

 サーチライトに照らされながら、時には相手の光弾に明かりを求めながら、2人は飛び回り、得意の魔法を放ち合った。

 ミステイクも遠巻きから出来るだけ魔法を撃っていたが、2人の空中戦があまりにも機動的だったこともあり、誤射を防ぐためにもあまり積極的な援護射撃は行えなかった。

 もっとも彼女には彼女の仕事があった。

 フレンドリーの隙をついたファイアが大阪ドームに向けて強烈な魔法を放ってきた時、それを処理するのはミステイクの役割だった。

 彼女が後方にいるだけで、フレンドリーはずいぶんと楽に戦うことができた。

「この感じなら……行けるはず!」

 フレンドリーは手応えを感じていた。

 昨夜、ここ大阪ドームからファイアを追い払うことに成功していた彼女は、周辺住民と警察から多少の支持を得ていた。魔法少女に関して報道機関がニュースを流すことは当時禁じられていたため、支持の広まりはあくまで口コミやネット頼りだったが、それでも彼女の魔力は確実に向上していた。

 ミステイクの後方支援、そして魔力の上昇。

「昨日のあたしとは……ひと味もふた味も違うから!」

「くそっ……こうなったら!」ファイアは後ろめたそうにツバを吐いた。

 ファイアはフレンドリーとの戦闘を中止し、上空から一気に急降下した。

 ここで彼女が採った作戦は『敵戦力の各個撃破』というものだった。

 彼女はまず、大阪ガスのビルからしつこく撃ってきていた銃器対策部隊を爆発の魔法でビルごと吹き飛ばした。続いて、地上を守っていた機動隊を「フリック」という竜巻の魔法でこれまた吹き飛ばしてしまった。

「これで水を差してくる連中は全滅したわ……あとはあなただけよ、白の魔法少女!」

「わわわわわ! 勘弁してくれ!」

 しっぽを巻いて逃げようとするミステイクに、ファイアは容赦なく射撃を加える。

「あなただけは許せない、よくも人の心をもてあそんでくれたわね!」

「くう……知らぬ存ぜぬでは通らないか!」ミステイクも応射した。

 戦いはホウキとホウキが触れ合うほどの接近戦になる。

 そうなると魔法を避けることが難しくなるため、必然的に防御手段は対抗魔法による相殺のみとなる。

「あなたは、諏訪先生は、わたしの正体を知っていたんでしょう!」

「知っているはずがないだろう、たかだが新米の私が!」

「だったらどうして、敵に回るのよ!」

 ファイアの目尻から『何かしら』の水分が飛んだ。

 一瞬、気を取られたミステイクは、彼女の魔法の直撃を受けてしまった。

 ファイアが放った魔法は「エバンス」だった。対象物はミキサーにかけられたようにぐちゃぐちゃになる。

 魔法少女には自己防衛本能があり、身体に受けた敵対魔法を自己の魔力で消化することができたが、ファイアの魔法は多分に強力であり、ミステイクは一気に魔力を失ってしまった。

 もはや飛ぶこそすら適わず、ホウキから弾き飛ばされたミステイクは、そのまま地面すれすれまで落ちていった。

「全く……大人のくせに情けない人ね!」

「ああ……全く情けない限りだよ」

 ミステイクの顔は死への恐怖で大いに歪んでいた。

 駆けつけたフレンドリーが間一髪のところでキャッチしていなければ、きっと彼女はマンションから落ちたようになっていただろう。それこそぐっしゃぐしゃのめっちゃめちゃだ。

 いわゆるお姫様抱っこの形でミステイクを救出したフレンドリーは、胸元で咳き込んでいる彼女に「リバール」の魔法をかけた。リバールは転移魔法の一種だ。魔法をかけられたミステイクは瞬く間に大阪府警の指揮テントまで飛ばされていった。

 フレンドリーはポケットから小さな水筒を取り出した。中に入っていたのは甘いコーヒーだ。

 上空にいたファイアが、ホウキを蹴ってふわりと降りてくる。

「どうしてミステイクを助けたのよ。同業者は減らすものでしょう?」

 そんなファイアの言葉に、フレンドリーは「くくっ」と笑った。

「何を笑っているのよ」

「別に……何でもないわ。なるほど、そういうことなのね」

 そう言ってフレンドリーは水筒をポケットの中にしまい込んだ。

 改めて向かい合う2人の魔法少女。

 状況は1対1。奇しくも昨夜の再現となっていた。


 サーチライトを壊してまわるファイアと、それを追いかけるフレンドリー。

 ホウキの飛行速度は注がれる魔力の量に比例するといわれており、魔力の最大値に分があるファイアのほうが、スピードには余裕があった。

 追いかけるフレンドリーは必死で杖を振り、詠唱したが、ファイアには一発も当たらなかった。

 もっと魔力を注いで加速すべきだろうか。

 フレンドリーがそんなことを考えているうちに、ファイアは全てのサーチライトを破壊してしまった。

 一気に暗くなった千代崎の夜空。

 辺りの光源は月の光と、道路を照らす電灯の数々と、敵味方の魔法だけに絞られた。

 夜に溶けやすい赤黒い衣装を身に着けているファイアにとって、これ以上の好機はなかった。

「さあ、わたしの位置を特定してごらんなさいよ!」

 ファイアはさらに攻勢をかける。

 彼女はポケットから『下僕の杖』を取り出した。これはいつでもどこでも誰でも『あらかじめ設定された魔法』を放つことのできる便利な道具だ。

 彼女はこれを空に浮かべた。それも40本ぐらい浮かべた。

「クリフベクター!」

 ファイアの唱えた浮遊呪文により、40本の下僕の杖はそれぞれ別方向に飛び去った。

 ライト方向、レフト方向、1塁側、3塁側、本塁側……。

 大阪ドームの各ゲート付近に配された下僕の杖たちは、主からの命令を静かに待った。

「新米さん、今度こそ地獄を見せてあげるわ!」

 ファイアは軽やかな手つきで杖を振った。

 大阪ドームを囲うように配置された40本の下僕の杖がそれに呼応する。

 結果、大阪ドームを光の束が覆い尽くした。

「こんな……ウソでしょ!」フレンドリーは絶句した。

 下僕の杖はそれぞれがそれぞれなりに光の矢を放ち、フレンドリーを執拗に狙った。

 これは前後左右、全天周囲に弓矢の射手がいるも同じであった。

 さすがのフレンドリーもこうなってしまえば、ひたすら避けることしかできなくなった。仕舞いにはたびたび被弾するようになり、彼女の魔力は時間が経つにつれ漸減していった。

「これで決まり。諦めなさい、新米さん」

 フレンドリーが逃げ回っているうちに大正駅の上空までやってきていたファイアは、昨夜と同じように大量破壊魔法の準備を始めた。

 ガスタンクぐらいの大きさに成長した光のつぼみが、杖の先から放たれる。

 弾道はストレート、一直線に大阪ドームを目指していた。

「させない! 絶対にさせないんだから!」

 フレンドリーが絶叫する。

 しかし彼女にはどうすることもできなかった。

 悪者に足元を銃撃されたカウボーイよろしく、ただ踊るように避けてまわることしかできないフレンドリーに、あのような大量破壊魔法の処理は荷が重すぎた。

 ニヤリと笑うファイア、その場から離れようとする大阪府警の残党たち、事の顛末を泣き叫びながら見守ることしかできないフレンドリー。

 阿鼻叫喚の数秒間はあっという間に終わり、千代崎1丁目付近の街並みは一瞬にして吹き飛んた。

 直撃を受けた大阪ドームは塵のようになり、その跡にはクレーターだけが残った。

 フレンドリーもまた、恐ろしいほどの大ダメージを受けることになった。

「ぐああ……あああああああ!」

 魔力のほとんどを自己防衛に費やしてしまった彼女は、もはや動くことすらままならず、ホウキごと吹き飛ばされ、路上に転がる羽目になった。

 こうして彼女たちの2度目の対決は、凄惨な決着を迎えた。




 アスファルトに転がったままの彼女に近づく人影があった。

 藍色のブレザーを着込んだ女の子だ。

 両肩をつかみ、全身で抱きかかえるような形で、フレンドリーを路上から歩道まで運んでいく。街路樹を背もたれの代わりに使えるようリードし、手足すらまともに動かせない魔法少女をせめて楽な姿勢にしてあげる。

 ついさっき大阪ドームを吹き飛ばした人間とは思えないほどの気配りだった。

 小野田翔子はブレザーについた砂埃を払い、フレンドリーに話しかける。

「あなたは強かったわ。できれば再戦を願いたいくらいに」

「あんたが……ファイアの正体……?」フレンドリーは驚いた。

 翔子はどこにでもいそうな、おとなしそうな少女だった。

 そんな彼女が、大阪中を恐怖のどん底に落としこんでいる魔法少女・ファイアだというのか。

「どうして、あんなことをするのよ……」

 フレンドリーは素朴な疑問をぶつけた。

「それを聞いたところで、どうにかなるのかしら」

 翔子はふふふと笑う。

「だって、街を燃やしても、得なんてないじゃない! ただ街を壊すだけならともかく、あんたの行動には理由があるとしか思えないわ!」

「そうね。教えてあげてもいいわ。わたしが行動を起こしているのは、またみんなで幸せになるためよ。またみんなで幸せになるためには、みんな燃やすしかないの」

 翔子はどこか遠くを見るような目をしていた。

「誰の受け売りよ……それ……」

 フレンドリーのこぼしたつぶやきに、翔子は「ヒッ」と悲鳴を上げた。彼女は自分の心の内を見透かされたことに恐怖していた。

 たまっていたツバを路上に吐きつけ、急いでその場を離れようとする彼女に、フレンドリーはあるだけの力を振り絞り、フタの空いた水筒を投げつけた。

「わわっ、な、何なのよあなた、何考えてるのよ!」

 水筒の見事なクリーンヒットにより頭からコーヒーをかぶることになった翔子は、ほとんど逃げるようにしてその場を立ち去った。


 髪に付着した糖分を黄色いハンカチで拭き取りながら、小野田翔子は大正の街を歩いていた。

 大正は千代崎の隣街だ。ゆえに千代崎から逃げてきた避難民の数は他の街と比べても格段に多かった。やることのない避難民たちはこの地に多くある沖縄料理店に詰めかけた。

 いや、沖縄料理店だけではなかった。居酒屋からスナックまで、どこもかしこも大繁盛、店主たちは大笑いしていた。

 一方で、避難民たちの顔は悲壮そのものだった。

 自宅を吹き飛ばされた者もいるのだろう。

 もはや飲まないとやっていられない者もいるのだろう。

「それがどうしたって言うの。どうってことないじゃない!」

 虚空に向けて翔子は吼えた。

 全ては目的のためだ。

 みんなみんな失われてしまえばいい。

 街も財産も市民も富裕層も。みんな崩れてしまえばいい。

 みんなみんな崩れたら、跡に残るのは未来への希望だ。

「だってそうでしょう!」

 極限まで落とされたら、もう上がることしかできなくなる。

 上げて落として、その繰り返しが幸せを生む。

 幸せとは『上昇』なのだ。

 疲労困憊になるまで仕事した後、自宅に帰ったサラリーマンが家族の寝顔を見て微笑むのは、その前の仕事量があるからこそだ。すなわち辛い仕事から解放された後の「気分」の上昇。それもまた小さな幸せの1つだ。

「諏訪先生に友達になろうと言われて、わたしはすごく嬉しかった。きっとあれだって、今まで友達がいなかったからこその嬉しさなんだわ。結局あれについては肩透かしだったけど、一時的にはとても嬉しかった。そして幸せだった。だからそれはそれでいい。いま、こうやって、ちょっとだけみじめな思いになるのも、そう、下がってしまったのも。きっと次の幸せ、次の『上昇』のためだから。我慢できるわ!」

 突き詰めて考えれば、全ての幸せは『上昇』というものに結びついている。

 しかしながら今の社会には上昇を期待できない。

 成熟し、発展し、上りきってしまった今の我が国に将来への希望なんてない。

 だったら……また『下げて』しまえばいい。

 そうすれば、みんなで希望を共有できる時代が再びやってくるのだ。

 みんなみんなぶっ壊して、たくさん『上昇』の余地を作って、みんなで幸せになろう。

 翔子は大きな声で「リリカルオーブン!」と唱えた。

 本日2度目の変身。破壊目標はここらの街、全部。

フレンドリーに続きます。

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