第五章 天族の長
小さな子供はする事が無かった。
お腹が空けばご飯が貰え、眠ければどこでも安全に寝ることが出来た。
……道の真ん中でさえなければ。
「ラファエル、そんなところで寝るのは駄目よ!」
「ふぁー……とても暇でね、つい寝ちゃったよ」
眠たい目を擦りながらラファエルは起き上がった。
「どうやったら道で寝れるの。暇だったら勉強か稽古をするべきよ!」
同じ位の身長の女の子に叱られる。
「分かったよ、ミカエル。稽古は疲れるから、本でも読むことにするよ」
ラファエルは仕方なく勉強をすることにした。
毎日毎日それは繰り返された。
天界では争い事がほとんどなかった。
その必要が無かったからだ。
宝具といわれる魔法を封じ込めた道具を使用することで、人が自ら働く必要が無かったからだ。
ただ定期的に宝具に魔法の力を封じ込める為に稽古しておくことと、その作り方を学ぶ事だけをしておけば良かったのだ。
人は豊かになればなる程、余裕が出来てくる。
争い事は自然と減り、もし争ったとしてもそれは重要な事では無かった。
小さな子供はもう子供ではなかった。
やっている事は変らなかったが。
「ラファエルはまた寝ているの? 一体何時起きてるのかしら?」
ミカエルはそう言いながらラファエルを揺さぶり起こしていた。
「ふぁー……ついさっき寝たばかりだよ。これを作っていてね」
それは赤い色をした剣の宝具だった。
「自信作だよ。あまりに強すぎて僕では扱いきれないのが難点だけどね」
「どうして剣なんて作るの? もっと人の役に立つ物を作りなさいよ!」
「ははは、生活に必要な物は今ある物で十分すぎるよ。次は槍でも作ろうかな? とりあえずその剣を使ってみてくれないか?」
ミカエルはラファエルと違い魔法の稽古ばかりしていた。
宝具の扱いにはちょっと自信があり、言われた通りに試してみることにした。
「はぁぁぁ!」
ミカエルの前から地面は裂け、地平線の彼方にあった山が割れた。
「貴方はなんて物を作ったの……」
「おー! 大成功だね。でも途中に人が居たら大変だ、すぐに確認しに行こう!」
幸い人は居なかったが周辺の人々に酷く怒られた。
壊れた物のお詫びにラファエルが作った生活の役に立つ宝具を渡すと、逆に感謝される事となったが。
天族には目標が無かった。
競い合うという事は禁止されていた為だ。
それは争いに通じるからということらしい。
大昔の人が決めたことだがそれを守り、人々はただ漫然と日々を過ごす事が多かった。
それで良い、このままずっと争い事の無い平和が一番だと。
「貴方の願いを何でも叶えてあげましょう」
白い羽の生えた女の子が言った。
天族には天使がお似合いということだろうか。
「ただし、貴方が死んだ時に魂を貰う事になります」
「本当に何でも叶えることができるのかい?」
「私は嘘をつきません、信じて下さい!」
「このままずっと平和が続くと良いかな」
「それは無理かもしれません。貴方の魂とは釣り合いませんから」
ラファエルは眠る暇が無くなった。
このままずっと平和を守っていく為に、出来る事全てをやる為だ。
ラファエルは天族の長となり、これまで以上に技術を発展させる事になる。
「僕なんかで勤まるのかな?」
「怠け者の貴方にはぴったりよ。最近はそうでもなかったけどね」
ミカエルは嬉しそうに言った。
そして人々が生きていく上でやらなければならない事は減っていった。
ラファエルは期待以上の成果をあげてくれると天族ほぼすべてから指示された。
だが天族全体をみると徐々に衰退して行く事になる。
悪い所は一つも無いが人々は何の満足も得られないからだった。
そこに劇的な変化が訪れた。
次元の門が開き魔族が侵略してきたのだ。
天族は大きく揺れた。
友好を持って話しかけようとしたが無視され襲われたからだ。
争いの無い世界だった為、戦うすべなど知らない。
始めの内はただ一方的に滅ぼされるだけだった。
「ラファエル……私が魔族を止めてくる」
「ミカエル……無理はしないでおくれよ」
だが天族の長ラファエルの妹ミカエルが宝具レーヴァテインを持ち、先頭に立って戦うことで持ち直す事になる。
戯れで作ったあの赤い剣が窮地を救ったのだ。
その威力に魔王軍が侵攻を一時的に止めた。
その間にラファエル指揮の元に防衛軍が作られ組織だった動きが出来るようになった。
天族は戦う事など初めてだったが今までの目標の無い日々よりも充実していた。
「僕は平和を願ったが間違いだったのだろうか? 争い事まで行かなくとも競い合う事は必要だという事なのだろうか……」
魔王軍に軍事力では大きく劣っていたかもしれないが内政では逆に勝っていた事もあり、徐々に盛り返す事ができた。
だが一番の理由は途中から相手の指揮が乱れ始めたからだ。
魔族側の指揮官に何かあったのだろうと天族側は予測した。
魔族から一人の使者が来る事でその全てが分かる事となった。
アモンは天族の長へと秘密裏に謁見していた。
「信じて貰えないかも知れないが、魔王は自分より強い者を求めている。魔王に変って魔族を支配出来るほどの強者を探している」
天族の長ラファエルが答える。
「それを証明することはできるかい?」
「もし本当に天族を滅ぼすならここに次元の扉を開き、魔王軍は攻めこんで来るはずだ」
魔王より渡された、次元の扉を開ける事ができる魔道具について説明した。
「……思っていたよりも天族は危険な状態だったんだね」
ここで一人、名乗りを上げたものが居た。
あの赤い剣を持つミカエルだ。
「私が行くわ。このレーヴァテインで斬れない物は無いのだから」
「待ってくれ、ミカエル。本当は君に天族の長になって欲しいんだ。危険な所へは行かせられないよ」
ラファエルは力の無い自分より、ミカエルこそ天族の長にふさわしいと考え始めていた。
それは魔族の進行により、ただ争いのない世界だけを求める事に疑問を感じたからだった。
「だが天族では私より強い者は居ないだろう。和平ならラファエルの方が適任だが、魔族はそれを望まないのだろう?」
ミカエルは和平を諦め、自分の身を犠牲にしてでも魔王を討つつもりだった。
そしてその後の世界での天族の長にはラファエルこそが相応しいとも思っていた。
「魔族は強い者にしか従わない。魔王も望んでいないのだから和平は無理だろう」
「……分かったよ。ならばまずは別の世界へより強い者を探しに行ってくれないか? 魔王と直接会うのはそれからでもいいだろう」
そしてアモンとミカエルは未知の世界へと旅立った。
それが……人間界である。