プロローグ
「君の願いを何でも叶えてあげるよ」
どこかで聞いたことのあるような台詞。
この後にはお決まりの対価を要求されるのだろう。
「ただし、君が死んだ時に魂を貰っちゃうけどね」
予想通りの言葉だ。
ただ俺の願いはすでに叶っている。
「願い事はもう無いんだ。他を探してくれるか?」
特徴的な黒い羽が背中に生えている。
そしてふわふわと浮いている。
きっと悪魔なのだろう。
魔族、天族には会ったことがあるが羽は生えていなかった。
天使や悪魔が存在するのか聞いたことがあるが、人間界に鬼や妖怪はいるのかと聞き返され
てしまった。
確かにそんな者は存在しない。
そして童話や昔話では悪魔と契約して幸せになることは無い。
これが正しい返答に違いないと思った。
「悪いんだけど、もう君が死んだ時に魂を貰う事は決定しているの」
拒否する事は出来なかった。そして俺はまだ信じられなかった。
「本当に願いを何でも叶えることができるのか?」
「僕は嘘はつかないよ、信じて欲しいな!」
本当に困った事になった。拒否以外の選択肢で成功の例は何だったかな?
古今東西いろいろな例を思い出す。
そのすべてが作り話だろうとも参考にしたほうがいいだろう。
そして一つの成功例を思い出した。
幸い俺は一応男で悪魔は女だ。
悪魔は整った顔立ちをしているし、羽さえ気にしなければこれが一番良い選択肢に違いない。
「俺の彼女になってくれないか?」
「それは無理かも。君の魂とは釣り合わないからね」
即答されてしまった。
しかも何でもとか言いながら魂の分だけしか願い事を叶えられないと来た。
どうも俺の魂は大した価値は無い様だな。
「兄弟とかの家族はどうでしょう?」
「それも無理だねー」
「と、友達から始めましょうか?」
「それも無理」
まずい。非常にまずい。万策尽きてしまった。
この状態から助けてっていうのが今一番の願い事だ。
そんな心の声を聞こえたのか助けが入った。
「その者の言う事を聞く必要はありません」
悪魔と同じような特徴的な羽。しかしその色は白。
間違いなく天使だと思える女の子がそこに現れた。
「邪魔をしないで貰いたいな」
「迷える者に道を示すのが我々の責務です」
助かった? のだろうか。でもすでに契約は成立していると言っていた。
だが悪魔より天使の方が強いというのが作り話では一般的だ。事実もそうであると信じよう。
「願いを無理矢理聞きだすのではなく、本当に叶えて欲しい事を聞いてあげるものです」
「手っ取り早く終わらせたかったんだけどなー。まぁ死ぬまでに決めてくれればいいかな」
あれ? 思ってたのと違う結果になった。やっぱり思ってるだけじゃ駄目なのか?
俺はきちんと意見を主張するべきだろう。
「天使さん、悪魔との契約を無かったことにして欲しいのですが!」
俺は白い羽の女の子に向かって懇願した。
「悪魔って誰の事を言ってるのかな?」
黒い羽の女の子が言った。
ここには三人しかいないし、誰が見ても自分の事だと分からないのだろうか?
「僕はこう見えても悪魔じゃないよ? どちらかというと天使に近いんじゃないかな」
「私も天使ではありませんよ? どちらかというと……悪魔に近いのではないでしょうか」
非常に分かりにくいな。
黒い羽の天使と白い羽の悪魔。
天使が悪魔のような事を口にし、悪魔がそれを正している。
そして俺の意見は何も通らず、二人で話し合い納得しているように見える。
「えーと、結局どうなるんだ?」
「恋人や家族、友達は無理だけど君の願い事を叶えるまで話し相手くらいにはなってあげるよ」
「及ばずながら、私も話し相手くらいならお役に立てると思います」
俺の願いは届かないようだ。とても面倒な事になったような気がする。
「魂は成長するんだよ。もしかしたら私が恋人になる日が来るかもしれないよ?」
「時間が経てば本当に叶えて欲しい願い事がきっと見つかると思います」
俺はまだ恋人とかそういう感情がハッキリとは分からない。
ただ時間が経てばそういう事が分かるもしれない。
他の願いも見つかるかもしれない。
二人の言うことは正しいと思えた。
いろいろ聞きたいこともあるが時間はまだたくさんあるようだ。
俺は落ち着いて考えた。まずは聞いておかなければならない事があった。
「……俺の名前は白木 真紅朗。二人の名前を教えてくれるか?」
名前を聞くときはまず自分から名乗る。これが礼儀というものだと教えられた。
「僕の本当の名前は教えられないけど、人間界の理に従って黒江と名乗っておくよ」
「私も本当の名前ではありませんが、真白と呼んで下さい」
そして一番知っておかなければならないことがある。
「もう一つだけ教えてほしい。俺が死んで魂を取られたその後はどうなるんだ?」
「それは死んでからのお楽しみだよ!」
「それは死んでからのお楽しみです!」
二人が声を揃えて言った。