タイムカプセル
「わり、ここいいか?」
「うん、みんなあっちこっち行っちゃったから大丈夫だよ。……久しぶり」
「おう。……あー、その、元気だった?」
懐かしいのに新鮮な雰囲気がむず痒い気がして、口がうまく回らない。いや、元々弁が立つ方でもないのだが。
もう子供ではなくなった成人が大勢集まれば、当然のごとく席は酒宴の一択となる。少々煙たいのもこの場合では何だかんだ当たり前で、雰囲気は酒精の助けを借りて盛り上がるばかりだった。
中学校を卒業して以来、数えてみれば軽く感嘆できる年数越しの同級会となれば、険悪になる理由などなく話の種は尽きなかった。
元気だよと笑った彼女だけではなく旧友みんな、どこか面影を残しながらそれぞれ大人になった。
「何だか不思議。昔、こんなに一緒に喋ったかな?」
「いや、多分喋ってないよ。あの辺すごく盛り上がってるけど、みんな似たようなものじゃないか? ……俺、高校も一緒だったけど覚えてる?」
「さすがに覚えてるよぉ。……でも、あんまり話さなかったのは同じかな」
「なんか、今思うと変な感じだ」
あの頃はこんな風に男女混じり合って、垣根もなく談笑する日が来るなんて思いもしなかった。それがこうして当たり前に。そうした意味でも、もうあの頃のような子供ではない。
不思議とそれが寂しくはなかったのは、懐かしさが先に立って今が楽しいばかりだからだろうか。
「あっ、そうだ。ねえお兄さん元気?」
ぱっと何かを思いついた風情で彼女が話題を変えた。よくあることだし理由がわからないでもないが、多少苦虫を噛み潰した気分になった。
「……みんな二言目にはあいつのことだよな……今日もう何度も聞かれたし、それ」
「あ……ごめんなさい、つい。でもやっぱり顔みると一緒に思い出しちゃって。わたし、同じ委員会だったし」
「ああ、そういえばそうだっけ。……まあ、そこそこやってるみたいだけどな。俺は実家出たからあんまり」
「そっけないね、男子ってそんなものなのかな」
「そんなもんだろ」
兄弟のことばかり聞かれるからへそを曲げている訳では決してなく。……と、和気藹々とした空気に乗せて笑いに交えた。笑いが取れたようだから良しとしよう。
「……そういえばさ、ここに入る前、何か女子で盛り上がってなかったか? ずいぶん楽しそうだったけど」
目まぐるしく転がっていく話題に、それも女子の集まりに序盤から割って入れはしなかった。場が混ざるのは時間が経つにつれ砕けた空気と雰囲気があってこそで、結局そのあたりの話題には置いていかれた。気になってはいたのだが、タイミングというものだ。
そのタイミングが合ったような気がしたので、なんとはなしに話を振った相手が彼女だった。それだけのことだったのだが、彼女はそれで小さく逡巡した。隠しているようではなく、どう話したらいいかを迷う様子で。
迷う様子と笑顔とが混ざった表情になって、ぽつりと彼女が打ち明けた。
「……実はね、今度、結婚するの」
ほのかに温かく光る幸せを、目一杯詰め込んだ笑顔で。
何も深く考えてはいなかったから、その答えにもその笑顔にも小さく意表を突かれた。けれど驚愕するほどの言葉ではない。
そんな歳にもうなっていたことを改めて知る。
昔に戻った気がしていた空気の中で何気なく、そこだけ大人びた顔をして「そっか、おめでとう」祝福を伝えた。
ありがとうと続けた彼女にさらに返す言葉が見つからない。彼女の相手を話の種にするも何だか違う。何を尋ね返すのも、いきなり話題を変えるのも不自然な気がして行き詰まった。
こんな良い報せを聞いた直後でぎこちなく妙な空気になりたくはないのに。笑顔の下であれこれ考えながら、何か誰かと助けを期待して―――
きっかけはそれこそ降って湧いた。
「おーいお前、彼女放っといて女子と仲良く話してるとかいいのかー?」
「痛って! ……って何言い出すんだお前! 大体いまどこから湧いたんだよ!」
「えっ、彼女いるの!? どんなひとどんなひと!?」
その言葉が出た途端、それこそ文字通りに食いついた。机を挟んだ対面から今までにない乗り出し方で。
いつの時代も、どれだけ年を取ったのだとしても、ひとの興味の在処は変わらないのかもしれない。
「いっこ年下のすっげー美人。大人しそうで控え目でスタイル良くて……何でこいつに? って誰でも思うだろ、あれは」
「勝手にばらすな、ひとの彼女!」
「あーあー羨ましいねー恋人がいる組は。どうぞお幸せに?」
「あ、り、が、と、よ!」
茶々を入れにきた悪友、もとい旧友を絞めるつもりで手を伸ばしたが、すんでのところで逃げられた。けらけら笑いながら手頃な集まりに滑り込むところまで目で追ったが、席を立って追い立てるほどのことでもない。
全くあいつは何しに来たんだ……と諦めると、一連のやり取りが何かに嵌まったらしい彼女が笑っていた。声を抑えようとして涙すら浮かんでいるようだ。阿呆なところを見せた。
「楽しいね」
少し苦しそうなほど笑う彼女が本当に眩しかった。
目まぐるしい日々に埋もれて忘れてしまっていても、あの頃も微かに本当に。
今だから素直に認められる。
この場だから、君があんな幸せそうな笑顔を見せたから、今なら言ってしまえる。何故なら自分は多少酔っている。
実はあの頃、君のことがちょっと好きだった。
「……なんて、昔の話だけどな」
「……うん、昔の話だね」
小さな彼女の笑顔は、幸せを打ち明けた時のそれとは全く違って。
テーブルを挟んだこちら側、きっと自分のそれも同じように映っているのだろうと、思った。
* * *
お開きの声を聞いて名残惜しくも席を立つ。どうやら二次会へ雪崩れ込むグループもあるようだが、明日以降の都合でそれは叶わなかった。
妙にすっきりと感じる外の空気を吸う。同じくこのまま不参加組らしい彼女と、和気藹々した一団の端で何となく固まった。これからさらなる盛り上がりが待つ組と、これで離脱してしまう組との温度差のせいかもしれない。
二次会組、羽目外しすぎんなよと笑み混じりの声が飛ぶ。楽しかったよ会えて良かったと飲み会の盛り上がりを引きずって涙の別れを惜しむ光景も見られた。
にこにこ笑ってその様子を見ている彼女を見た時、ふいと目が合った。送っていくなんて展開はお互いに無いと知っている、今回はこれで最後になるだろうと頭ではわかっていても、とっさの気の利いた言葉は難しい。
友人の距離間でもない、連絡を取り合って会う間柄でもない。もちろん恋人同士でも、そんな関係だった過去もない。これからそうなることも、きっと有り得ない。
元気で、と、言えたのはそんな当たり障りのない言葉だけだった。
うん、またね。
笑顔でそんな言葉をくれた。
彼女と自分の間にあるのはそれだけで、でも、それだけで十分だった。
三年後か、五年後か、十年後か。次に久しぶりと言って会えた時には、また彼女に向けておめでとうと言って、きっと彼女も同じ言葉を言ってくれる。
その時は過ぎた時間をまるごと飛ばして、まるで昨日の続きのように話をしよう。
タイムカプセル




