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歩く街

その日。で帰宅した社員のその後。

【歩く街】



小雨の降る中、歩いているのは二人だけでは無かった。

中には、ヘルメットを被ったまま、帰宅している人の姿もある。

地震の起こった数時間後。都心部へと続く一本道には、徒歩で家路を急ぐ数百人が列を成している。

隣を歩く人間がいるため、本来ならばスポーツマンであるはずの笠置康利の歩く速度は遅かった。

「大丈夫か? 杏」

「うん、やっちゃん。平気だよ。それより、コンビニあったら携帯の充電器買おうよ。この調子じゃ、いつ寮に着くか判らないし、着いても停電してるかも」

「そうだな。ついでにちょっとした携帯食も買っとくか」

今夜まともな食事にありつけるかどうかも判らない。地震で落ちた電源はまだ回復していないらしく、信号も消えたままだ。

信号どころか、いつもであれば道路を赤々と照らしているはずの、上を走る都市高速の灯りも、国道沿いの電灯も消えたままである。

灯りが点いているのは、いくつかの自家発電を持っているらしい大会社だ。

それだって、すべてを自家発電で賄っているわけでは無いのだろう。入り口にある守衛室だけが明るいというところもあった。

一体どこまで停電しているのか。

それに自分たちを帰宅させた後の会社の様子も気にかかる。

工場の吊り上げられたままのクレーンはどうなったのだろう。

「とりあえず、バスは無いと見ていいね。後はギュウギュウ詰めでも電車に乗れればいいか」

沈みがちな康利のぐるぐる回る思考を、隣の大きな丸メガネの杏が遮った。

「バス。やっぱり無理か」

「うん。ここ一本道だからね。さっきから向かい側を走ってるバスが一台も無いんだ」

おっとり型の杏だが、結構見るところは鋭い。

埋立地の一本道のバスである。折り返し運転の為、往きがなければ当然復えりも無い。

普段はバスを乗り継いで出勤しているが、遠くても電車と徒歩しか足は無いだろう。

住宅街と、工業地帯を結んだこの一帯のバスは、只でさえ乗車率が凄いのだ。

工場地帯を抜けたあたりで、やっと街灯と信号が復活していた。

それも100%ではない。ところどころに消えた信号と街灯がある。救いは、一般住宅は停電していないことだ。

「やっちゃん、あそこ開いてる」

コンビニを見つけた杏が声を上げた。コンビニの電気も落ちている。

それでも近くへ行くと、営業をしているのが判った。コンビニへ入ると、薄暗い中、レジへ並ぶ行列がある。

「現在、レジが動かないのでおつりが出ない場合もありますが」

すまなそうに頭を下げる店員に杏は明るく笑いかけた。

「はい。大丈夫です」

康利はその答えに首を捻る。杏は普段交通カードですべての買い物を済ませる方だ。小銭など持ち歩くタイプでは無い。

「お前、大丈夫なのか?」

「うん? だって、今百円無いから死ぬわけじゃないじゃない。とりあえず、水分と、携帯食とホッカイロと携帯の電池は無いと困っちゃうだろ?」

釣りは出ないなら出ないでもいいと云う杏に、康利もそれはそうだと考え直した。薄暗い中、懐中電灯の灯りを頼りに、買ったものをメモ書きして計算をする必死な顔の店員たちをみたら、数百円くらいは別にいいかと思える。

なるべく釣りがいらない様に計算しながら買い物をした。途中にあった自動販売機はすべて止まっていたために、数キロ歩いた身体は水分が足りない。

それに寮に入って一人暮らしをしている康利と杏には、実家の様子も気にかかる。無事だと連絡を入れなければ、心配しているだろう。

「え? 大丈夫だよ。今日は会社で泊まる。今? 買出しに来てるところ。ホテル? 満杯に決まっているだろう」

声高に携帯で会話をする声が聞こえた。あちこちで同じような会話が交わされている。

不安な家族の気持ちは判るが、会社が無事なら動かない方が安全ではある。

会社の全員の分なのか、十数個の弁当を買い込んでいる男の姿もあった。

こうなるとますます鉄道の様子が気掛かりだ。皆、ここで過ごす気満々に見える。

買い物を済ませ、駅へと向かった。

「もし、走ってなかったら、一度その辺の店で夕飯済ますか?」

「いや、もう何処も一杯だと思うよ。途中まででも行けるだけ行こうよ」

杏が冷静に判断する。確かに誰しも考えは同じだ。

駅前の歩道橋を上ると、駅から出てくる人が見えた。心なしか肩が落ちているような気がするのは、考えすぎだと思いたい。

工事中で狭くなった通路の奥に、立て看板が立てられていて、駅員がめずらしく二人もいる。

「全線止まってます! JRも動いてません!」

答える駅員の顔には満面の笑みが浮かんでいるが、どちらかといえばナチュラルハイな状態に近いだろう。

あのまま一晩ずっと立ち続ける駅員たちの心中は察して余りある。

駅前にある立ち飲み屋は一杯だった。この様子では、居酒屋もファミレスも同じ様なものだろう。

杏と康利は顔を見合わせ、線路に沿ってとぼとぼと歩き出した。


「ほら、少し前に『震災マップ』とか売り出されたの、覚えてる?」

「ああ、確か伊東の地震の時だったよな。関東に大地震が来るとか云って」

いざと云うときのために、歩いて帰れそうな大通りのマップと、そこに沿ってある緊急対応してくれるコンビニや商店の位置が書いてあった。

康利はそんなことが起こったら、自分も終わりだろうと馬鹿にして買わなかったのである。

浅はかな学生だったと思う。

まさか、ここでこんなことになるとは誰も思わないだろう。

「俺もまさかと思ってた。こんなことなら買っとけば良かったよ」

杏もため息を吐く。普段、バスや電車を使ってしか移動したことが無いから、何処の道が寮に続いているのか判らない。もっと直線距離を移動できる手段もあるのかもしれないが、今は駅沿いの道を歩くしか無い。

いくつか駅を通り過ぎると、暗い中にぽつねんとひとつの街灯が生き残っている。

梅の花がつぼみを膨らませているのが浮かび上がっていた。

「少し早いけど、お花見でもする?」

杏が康利を振り返った。歩き疲れたし、そろそろ休みたい。

街灯に照らし出された街路樹を守るガードレールに腰掛けた。少し冷めたコーヒーで握り飯を流し込む。

「はい。やっちゃん」

杏が差し出したものに、康利はちょっとだけ呆れた。杏の手にあるのは、桜餅である。確かにこの時期なら、コンビニに売っていても不思議では無いだろうが、あまりの周りとの乖離に、ついため息が漏れた。

「まぁ、そんな場合じゃないのは判ってるんだけどね。あのまま、コンビニにあっても、捨てられるだけでしょ?」

康利が首を捻った。

「停電してから何時間過ぎてると思ってるの? きっと洋菓子とか和菓子のたぐいは危ないから廃棄。お弁当もね」

見ると、杏は小さくきれいに飾られた花見弁当を開いている。

「こういうのは売れ残るからね」

誰しもこういうときには実用一辺倒になりがちだ。

ゆっくりとお茶を呑みながら、弁当を食っている杏に、康利は肩の力が抜けるのを感じた。

「俺も少しもらっていいか」

「うん。いいよ」

最悪の場合は考えるが、考えすぎても仕方が無い。ある意味、なるようになるという考え方は大事なのだろう。

膨らんだ梅のつぼみを眺めながら、一息吐く。頼りない街灯など知らぬげなその姿は、右往左往する人間たちより、余程力強く見えた。



歩いて着いたターミナル駅には、大勢の人が溢れている。

まだ鉄道は復旧していないらしい。

駅の前に、でかいトラックが着いたのが見えた。

市長の指令で毛布とダンボールを配っているらしい。

今日は地下街を開放してくれるというので、康利たちは飛びついた。

二人で並んで座る場所を見つけ、ほっと息を吐く。

入り口を締め切り、暖房を入れてくれたお陰で、そこは暖かかった。もちろん、外で一番に動く電車に乗ろうと待ち構えている人たちも、何とかタクシーを捕まえようと行列を作る人たちもいる。

さっきから何度か連絡しているが、携帯は呼び出しさえ鳴らない。家で待っている家族の下へと気が急く人たちの気持ちももっともだ。

だが、康利には隣で疲れきった顔を見せて眠る杏の方が大事だった。早くなりがちな康利に合わせて歩くのは、体力の無い杏には辛かった筈だ。

だが、隣でいつも笑っていてくれた。暗くなりがちな康利の気分を、杏は励まし、支えていてくれる。

その笑顔に負けないような自分でいたいと康利は思った。


<おわり>

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