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その日

今回、みなさんに訴えたかった話なので、ボーイスラブのタグは外してあります。

登場人物はゲイカップルですが、そういったシーンはまったくありません。

ぐらりと足元が揺れた。

女子社員が社内放送に飛びつく。自前の工場もある埋立地の商社では、地震が起これば製品が倒れる恐れもあるために、即座に注意放送を入れるようにしていた。

工場では、機械音がうるさいために最初の揺れに気付かなかったりする。

「地震が発生しました。注意…」

そこで放送がぶつりと切れた。電源が落ちて、室内が一気に暗くなる。

「え? いやぁーッ!」

あちこちで悲鳴が上がった。振り子が触れるように、ビル全体が揺れている。

「外へ出ろ! 走るな!」

課長の宮川が立ち上がり、指令を飛ばす。

他の社員には走るなと云ったが、自分は階段へと走った。

上の階からも社員が降りてくるのと出会う。

その中で、営業部長の渥美の姿を見つけ、駆け寄る。

その足元もぐらついて怪しいものだ。

「営業部は?」

「全員避難中だ! 下の階も知らせに行かせた」

渥美の応えに満足してうなづいた。

「皆、外へ出ろ! 走るなよ!」

宮川に云われるまでも無い。ゆっくりと、だが、大きな振り子のように揺れる足元は、とても走れるような状態ではなかった。

「建物の近くに寄るな。駐車場に集合だ!」

総務部の要である宮川の指示に従い、ぞろぞろと駐車場に向かう社員たちの顔色は蒼白に近い。

大きな振り子のような揺れは一向に収まる気配がなく、工場の横に設置した防火用水が揺れにあわせて、ばしゃばしゃと零れ落ちる。

「いない奴はいるか? 同じ課内の人間がいるか?」

「クレーンの矢崎さんがまだです!」

それを聞いた社員の一人が工場へと走り出すが、そこにまた大きな揺れが来た。

走る足が止まり、その場へと座り込んでしまう。とても立っていられない。

知らない顔もいる。ヘルメットと制服で、積み込みに来たトラックの運転手だと見当をつけた。

クレーンはおそらく、荷積みの最中だったのだろう。

工場の中から人が走り出てくる。工場長の南田だ。

「工場長! 矢崎は?」

「今、降りた」

勢い込んで聞いた宮川に、戦前生まれの工場長は平然と答えた。じじいどもの落ち着きっぷりは腹立たしいくらいだ。

入り口が開いた工場を見ると、吊り上げられた荷がぶらぶらと揺れているのが見えるが、どうしようもない。

「落ちませんように」

普段冷たい感じのするロイドメガネの庶務課のお局が、両手を合わせているのが見えた。まさしく、困ったときだけ神頼みと云う奴だが、人の身ではどうしようもない。

思わず、宮川も心の中で手を合わせた。


「宮城県地方で地震が起きました。マグニチュードは7と推定。震源地など詳しい情報はまだ入っていません。津波の恐れがあります」

渥美が車のラジオをつける。

「東京は震度5強。津波の高さは1m。未だ余震の恐れがあります。海岸近くには近寄らないでください」

聞きながら専務と社長の携帯を鳴らすが、まったく繋がる様子が無い。

「ドコモの奴は、俺の車で充電出来るぞ」

渥美が云い出すのに、数人の社員が携帯を差し出した。

電気が落ちては、おそらく電話も使えない。この様子では電気の復旧など何時になるか。

さっきから何度も細かい揺れが来ている。

しかも、雨まで降り出した。

制服姿の女子社員が震えだした。男は全員が背広か作業服だが、薄いブラウスと制服の上下だけでは寒いというものでは無いだろう。

春にしては寒い気候だというのに、先ほどから30分以上も外に立ちっぱなしだ。

「渥美部長、どうします?」

「何で、俺なんだ?」

人事課の宮川としては、これ以上、社員を留めておくのは無駄だ。何時になるか判らないし、停電も何処まで続いているか判らない。明るいうちに社員を帰したいのが本音だ。

だが、宮川の上司である総務部長は、どちらかといえば社長の腰ぎんちゃくの色が強い。

こんな際に社長決済を待たずに決断できる人物ではない。

「外様の貴方なら、社長決済を待たずに決断できるでしょう?」

確かに、社長と専務が留守の今、営業部長である渥美と総務部長の二人が決定権を持っている。

「俺が首になったら、どうする?」

「貴方を慕っている部下が、そんなことさせると思います?」

しかも、渥美には優秀な部下を手元に抱えている強みもあった。渥美は電話が繋がらず、おろおろしている総務部長を見やってため息を吐く。

「工場長。そのままにして帰っても事故にはならないか?」

「幸い積み込みさえ終われば、休憩時間だったからな。ただし、アレさえ下ろせればだが」

工場長が指し示したのは、未だ余震の慣性でゆらゆらと揺れている荷だ。

「寒いだろうが、あと10分待て。揺れが収まったら、荷物とコートだけ持って、もう一度外へ集合。いいか、壊れてるものとか散乱している書類なんかに構うな。それだけ持って、外へ出て来い」

渥美が声を上げ、皆がほっとした色を浮かべる。

当たり前だが、こんな状態では家族がどうしているのか、家がどうなっているのかが心配な筈だ。

そこへ新たなトラックが入ってくる。工場の備品を頼んでいる業者だ。

「いやー、こんな時だし迷惑かと思ったんだけど」

顔なじみの業者に、文句をいう訳にもいかないが、皆が心の中で入れた突っ込みは同じだった筈だ。

『判ってるなら、来るな』

「金曜日だしね。平日なら出直したんだけど」

「大丈夫でした?」

だが、せっかく来たのであれば、情報は入れさせてもらう。宮川が話しかけたのに、業者の顔が曇った。

「消防署の前、冠水してる。帰り回り道しなきゃ」

消防署は反対側の埋立地の中にある。隣のプールが溢れたのなら問題ないが、流動化や液状化となっていれば問題だ。

渥美もその可能性を考えたらしい。

「全員帰宅させよう。俺の車はバッテリー代わりに残す」

「バッテリー代わり?」

「アレ、下ろすんだろう?」

確かに電気のない今、車のバッテリーは貴重だ。クレーンの矢崎も残る事に同意し、数名以外は全員の帰宅となった。

外の様子はまったくの謎だが、このままここにいて、もう一度大きな地震でも起これば、埋立地なんぞ一環の終わりだ。

残ったのは、工場長と矢崎、渥美と宮川。後は渥美の部下である企画課の頭脳・鈴木だ。

「トロリーに電源が繋がれば、下ろすだけは出来る筈だ」

「うう~~ん。電源になるものがあれば、俺が抱えてクレーンまで上がるが」

鈴木の意見に、七十を越えた工場長はなんでもないことのように云う。

「確か、キャパシタと蓄電装置が別になってるタイプだろ? あれ」

「そう。走行とトロリーを別にしてて、電力を食わないって云うから」

「直流と交流さえ変換できれば蓄電できるんなら、車のバッテリーでもいいんじゃないか?」

工場長と鈴木の会話は、宮川にはまったく判らない。

「確か、研究室にコンバーターがあったぞ」

身を翻す鈴木を渥美が止めた。

「待て、俺も一緒に行く」

ほっそりとした鈴木を護るように、渥美が先に立って会社の中へと戻る。宮川も年下の恋人へメールを送りはしたが、届いているかどうか。

携帯は相変わらず繋がらない。一応、災害伝言板にも伝言は残した。こんな場合にネットだけが無事と云うのは妙な気分だ。

このまま夜になれば、そうとう冷える筈だ。女子社員が残していった貼るカイロ・十袋が命綱だ。さっきから雨は降ったり止んだりを繰り返している。風も相当強い。

考え込んでいる間に、戻ってきた鈴木が、車のバッテリーを器用に外しているのが見えた。



そろりそろりとクレーンが下りる。常よりもゆっくりと下ろしているのは、やはり恐怖が勝っている所為か。宮川に出来ることは、何も無い。鈴木が懐中電灯で荷を照らしている。

やっと荷が地面に着いたときはほっとした。

鈴木は車のバッテリーを元に戻すと、気が抜けたのか助手席で眠り込んでいる。あの細い身体では相当応えた筈だ。

工場長と矢崎は会社の仮眠室は怖いと、出口の近い守衛室で眠り込んでしまった。


「どうする? 混んでるだろうから何時間掛かるか判らないが、送って行くぞ」

震災のあった東北の情報は入ってくるが、肝心の近場の情報はさっぱりだ。だが、こう真っ暗なところを見ると、途中の信号は全滅と見ていいだろう。

「そうだな」

これ以上会社にいても、どうしようもない。社長と専務だって、何処かで引っかかっているに違いない。

そう考えて、車に乗り込もうとしたとき、後ろから声が掛かった。

「真幸さん!」

見ると、年下の恋人が、スーツのまま自慢のコンフォートに乗っている。

「迎えに来ました。帰りましょう」

「帰りましょうって、お前のロードバイクじゃ俺は乗れないだろう?」

「荷台取り付けてもらってきました。途中、すごい渋滞ですよ。電車も全滅です。JRも私鉄も動いてません」

「あちゃー」

思わず声を上げた宮川を、恋人がしっかりと抱きしめた。

「心配でどうしようかと…」

声を詰らせた恋人の頭を撫でる。

呆れたように肩を竦めた渥美が車を出した。

「とりあえず、帰ろう」

鍵を閉め、出入り口を閉じる。荷台に乗ると、軽やかにコンフォートが走り出した。

都心部に近くなるに従って、車のテールランプだけが辺りを照らしている。

途中で渥美の車を追い抜いた。街中に入ると、コンビニには多くの列が出来ている。

「この辺りの人たちは、工場でそのまま泊まるみたいです」

「確かに、な」

JRも私鉄も止まっているのであれば、家には帰れない。こんな時には下手に動かないほうがいいのだ。

停電した工場街を抜ける。都心部の灯かりを見た瞬間、ふいに涙がこぼれた。

灯かりと、恋人の背中。ほっとするそれに寄り添い、自転車は軽やかに家を目指す。

一番大事なものが無事だったことに感謝しながら。



<おわり>

隣にいてくれたこと。灯りのともる街。

何より、ほっとします。

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