#56 夜襲-後編-
「さぁ~て、どうしますか?スルトさ~ん」
「・・・・」
無言の時間。そして僅か3m程度の距離。殺そうと思えばいつでもこんな奴殺せる。
でも殺せない。
「そっか、動けないんだったな。そりゃ悪いこと言ったな」
「・・・・・・」
無言を貫く。
「だってさ、俺の腕の中に命が握られているんだからな!!」
「うっ・・・」
きつく二の腕でエアリィを締め始めるヴィクトル。どうして帝国にはこんな奴しかいないんだ?
「さてさて、時間が経つにつれて君たちの死は徐々に近づいているよ?はっはっはっ」
「・・・・・」
ちくしょう。完全に手詰まりだ。もし助かる可能性があるならば高須たちが大回りしてここまで救援に来てくれるということだけだ。
「おいおいおい・・・・あんな古代兵器俺たち呼んだつもりはねえが・・・・」
ヴィクトルがふとこぼした一言。
確かに聞こえる。
“ブロブロブロ”と。ヘリの音だ。
方向は南プシェムィシル方向。
その姿見たことある。SH-60K。海上自衛隊の哨戒ヘリだ。
「目標確認。リュートさん達が人質に取られています」
「頭上から真直ぐに弾丸を撃ち込めば人質にあたらないだろう」
「そんな神業的なことが俺に出来ると思いで?」
「ああ。弾丸に射撃補正魔法をかけたんだ。外れるなどあり得ない」
「はい」
ヘリコプターはヴィクトルの頭上に近付いてくる。
「おいおい、俺達の古代兵器でなければ何処の古代兵器だ?あんなのみたこともない」
だが俺には解る。SH-60Kがあるのはこの世界で、ある軍艦の中。
「まあ、この状態ではお前らも攻撃できまい。古代兵器など関係なっ」
「んん!!」
ヴィクトルの頭の頂点から真直ぐに貫いた弾丸は地面へと着地し、吹き飛んだ血しぶきはエアリィにかかった。
「大丈夫か!!」
「う、うん。ちょっと生臭いけど・・・へへへ」
「ったく。ほら、速く乗れ。敵さんに追いつかれるぞ」
「うん」
すぐさまに足にけがを負っているエアリィをトラックに乗せる。
そして超低空飛行をし始めたSH-60Kに近付き狙撃手の人と会話をする。
「それと二代目ローレライの人。ありがとう。助かった」
「いえ。本当はもっと早く着きたかったのですが・・・すいません」
「いや、誤ることはない。とりあえず後ろから迫ってくると予想される部隊に対して攻撃してくれないかな?」
「お安いご用です」
「ありがとう」
俺はそう言うとトラックの運転席に座り、エンジンをかける。
「さて、脱出再開だ!!」
走り出すトラック。低空飛行兼ホバリングをしてしんがりを務めるSH-60K。
敵が来ていないかバックミラーで確認する龍斗。
「げっ・・・戦車まで追手にきてるのかよ・・・・」
「安心しろリュート。おれでもこれの使い方ぐらい解る」
そう言って強奪した古代兵器の中から無反動砲を取り出すガルバン。
「お前がやるくらいならおれがやったほうがいい」
「いや、お前は運転しておけ。俺に任せろ」
「お前じゃ変な所に撃ちそうだから心配なんだよ」
「でもお前いなくなったら運転できないだろ。ならいいいじゃないか」
そんな争いをしている間にその戦車は炎上していた。それと同時に運転席の方に近付いてくるSH-60K。
「リュートさん。後ろのお邪魔虫達は俺達が撤去しますんで」
「対艦用のヘルファイアミサイルか・・・助かる」
近づいてきた輸送トラックに対し銃撃を繰り出すSH-60Kの狙撃手。
「これなら安心だ。このままプシェムィシル要塞まで突っ切るぞ」
更に速度が上がっていくトラック。そして徐々に大きくなっていくプシェムィシル要塞。
「着いた!!」
俺達の奇襲は怪我人はいたものの、死者一人も出さずに成功したのだ。
そのはずだった。プシェムィシル要塞に着いたという安ど感がいけなかったのだ。
みんな、安心してトラックから降りていく。周りから命を狙われているということに気づかず・・・
“バァン”と重くのしかかるような銃声。
俺が心配してエアリィの方へ行こうとした瞬間の出来事だった。
「・・・エアリィ?」
「・・・・」
ドサという音と同時に俺の目の前を遮ったのは赤い液体。
倒れたエアリィの胸から流れる大量の赤い噴水。
「エアリィ!!!!!」
まるで俺を庇う感じで撃たれてしまった。
「狙撃手!!あの森林一帯叩きつぶせ!!」
狙撃のあった方向。森林。カザードがヘリの狙撃手に怒号を放つ。それに対し解っていますよという感じで機関銃で手当たり次第掃討し始める。
「だ、大丈夫か?」
「は?何、言ってんの。大丈夫な、わけないじゃん」
「エ、エアリィ?エアリィ?」
何度も何度も同じ名前を連呼するイリーナ。もうすでに涙腺が崩壊している。
「死ぬって・・・どんな感じかな?」
「何バカなこと言ってんだ!!治癒魔法で直してやる」
苦手だけど・・・・やってやる。だけど、エアリィは俺の手を払って、そして握り始めた。
「無理だよ・・・・ジークフリートにやられた傷・・・本当は治ってなかったんだよ」
「だったら何で無理したんだ!!」
「リュートのために何かしたかったから・・・・異界から来た人なのに・・・関係ないって言えばいいのに・・・一人で・・・ポートランド皇国のこと、プシェムィシル地区の事、新しい国の建国の事。夜遅くまで・・・一人で悩んでいたの、あたし、知ってる。だから、小さい事でもいい。リュートのために・・・」
今にでも消えそうな声でしゃべり続けるエアリィ。俺はそれを止めさせる
「もういい。しゃべるな」
「ごめん。あたし多分長くないから・・・でも一つだけお願い事いい?」
「ああ。なんでもいい。何でも言うこと聞いてやる」
「そう。じゃあ目をつぶって」
「ああ」
俺は言われた通りにまぶたを閉じる。でも何をするんだ?
「イリーナ・・・ゴメンネ」
「えっ?」
「・・・・・」
なんなんだ?この唇の感触・・・目を開けてみる。
「!!!!!!」
「あ、目を開けたな?・・・いけない奴だ」
そう言うとエアリィは俺の唇から唇を遠ざけて地面に倒れる。
「エアリィ・・・・なんで?」
「なんでだろう・・・・リュート・・・・このシャンバラが、いやプシェムィシルだけでもいい。戦争から遠ざけて・・・平和な国を、作ってね。・・・・あ、これじゃあ、願い事・・・二つ、か・・・・・な・・・・」
静かにまぶたを閉じ涙を流すエアリィ。いや、自分の涙が垂れていたのかもしれない。
「・・・・・イリーナ・・・・解っているよな?」
「ええ。奇遇ね。私もあなたにその台詞言おうと思ってたの」
イリーナの周りに集まってくるMET。その色はしだいに緑色から白へと変わってく
「ヴァルキューレ化・・・」
騒ぎに気付いた城兵達とローラ皇女はイリーナの姿を見て心臓をバクバクさせている。
「ちょっと待って・・・・あのリュートさんの姿」
「あ、あれはなんですか・・・」
二人は龍斗の姿をみて震えていた。
「I am a Satan!!」
その言葉と同時に体中を覆っていた緑色に発光していたMETはしだいに黒になっていく。
「あ、あれは!!」
「ローラ皇女殿下・・・何か知っているのですか?」
「悪魔契約魔法・・・・・それは悪魔並みの力を一時的に手に入れる。しかし、代わりに自分の寿命の半分を渡す。だから悪魔契約と言われる原因。だけどあれは違う・・・・もっとたちが悪い。悪魔化魔法」
「悪魔化魔法?精霊化魔法みたいなものですか?」
「全然違うわ。過去の文献で見た話じゃ、悪魔契約魔法者となんて比べ物にならないほどの力を有する。元々自分の体内に取り入れることができるMETの量で悪魔化魔法使用後の姿かたちに影響が出るそうよ。スルトであるから相当量のMETを体内に取り入れていたから・・・」
背中から3メートルはあろうかという巨大な翼に目の下から顎の骨までつながる黒い縦模様。変化した右手。体中を覆う黒い粒子。ダークフォトンとでも名付けておこう。
「たぶん・・・・下手したらイリーナよりも強いかもしれないわ」
「もしあるなら・・・・悪魔化魔法の代償ってあるんですか?」
「ウィーンペストの国立図書館でみただけだからよくわからないわ。ただ、その魔法を唱えたのは、生き残りのスルトだそうで、でもその魔法の効果は解りませんが長くは生きられなかったと。長くて数年・・・5年ももたなかったそうよ」
「数年・・・・」
龍斗の寿命・・・・長くて数年。
だが、寿命があとわずかなんて思わせないような姿。
「死ねェェェぇぇ!!」
「ぎゃああああ!!」
周りに暗黒の粒子を纏い、それに触れた者はすべてが塵になっていく。
そして塵になる前につぎつぎ切り裂かれ殺されていく帝国兵士。
その姿は魔法の名前の通り
「まるで悪魔だ・・・」