#13 相互安全保障条約
「もうこれ以上知っていることはない」
「本当か?」
ジン・エンフィールドは黒髪、碧眼、白い肌を持つ20に満たない青年に問いかけている。
「なんなら尋問用の魔法でもかければ?・・・・元々俺は帝国にもルーシア征教にも何の忠誠も誓ってなんかいないから」
「じゃあ何のために?」
「?決まってる。祖国再興のためさ。あんた達も知ってんだろ?一週間程度前にセールス・トルキスタン王朝が帝国に滅ぼされたことぐらい。あいつに誘われたんだ。祖国を再興したくないかって。トルキスタン王朝が滅ぼされたから王朝の側近だった俺に帝国内で働くところなんてないから、働く場所を貰ったようなもんだけど・・・」
「そうか・・・・ひとまず今日は休め。」
「言われなくても勝手にそうさせてもらいます」
バタン。扉を閉める音が暗い取り調べ室とつながっている廊下に鳴り響く。隙間からこぼれる月の光は、廊下の不気味さと静けさをより強調している。
「中隊長・・・・彼の言葉を信じていいのでしょうか?」
ジン・エンフィールドの部下は聞く。
「信じるも信じないも、彼しかあのなかで生きていなかったんだから、それしか信じることはないだろう・・・・元セールス・トルキスタン王朝の右腕か・・・」
彼は机の上に一枚の紙を置く。“報告書”と書かれた隣には“元セールス・トルキスタン王朝右腕アルト・テギン”と記されていた。
「これでは、上に報告しようにもしようがないな。しばらくしたら俺はウィーンペストのポートランド城へ行く。その間ここの管理はお前に任せる。それと、ここの報告書は予備のだ。ここに保管しておいてくれ」
「はっ!!」
部下は報告書の予備を手に持ち、保管庫へと向かった。
―――――翌日早朝inC-2輸送機
「・・・・痛えええ。」
俺は横っ腹の痛みのせいで朝起こされた。時計を確認すると朝の5時半。まあ、この世界で時計など当てにならないが・・・
横っ腹を押さえながら、外を見てみると、買い物をしていたと思われるイリーナの帰ってきた姿が見えた。
「あ、おはよう。リュート起きてたんだ。」
「ああ。それより何しに行ってたんだ?」
「お惣菜買いに行ってた。そんな怪我じゃリュートご飯作れないでしょ。」
「買ってきてくれたのはありがたいが、今は気持ち悪くてあまり食べる気がしない」
「だめだよ。何でもいいから食べておかないと。それにしばらくしたら、またウィーンペストに行くんでしょ?皇帝陛下からまたお呼びがかかるだろうってエーリッヒさんが言ってたじゃない」
「ああ。そうだったな。エアリィはどうする?」
「エアリィは直接関係ないから行かない方がいいと思う」
「そうか」
それ以上俺たちの話は続かなかった。
――――3日後
俺たちは皇帝陛下から呼び出され朝ご飯を食べて、ギルド公社海運部門の船に乗ってウィーンペストに行く予定だ。そして、その船である人物に俺達は会った。
――――ギルド公社客船
ギルド公社の南プシェムィシル村とウィーンペストを結ぶ海路を進む船はやはり、魔導機関というものを搭載していて、かなりの速度が出ていた。ギルド公社南プシェムィシル村支部海運部門管理人によるとウィーンペストまで、船を使えば6時間で着くと言っていた。しばらく歩いて魔導機関車に乗って行くよりも普通に速い。
「リュートは船酔いとかする?」
「いや、しないが・・・」
船酔いしていたらジェット戦闘機なんか乗れないぞ。・・・・と言っても解らないから言うのをやめた。
「そう。なら良かったわ。・・・・・ちょっとリュート・・・あの人」
「ん?・・・・・あれは・・・」
イリーナが指をさした方向にいた人は警軍の服装をして、海を見ていた。右肩には階級章。
「あれは、ジン・エンフィールド中隊長(支部長)?」
「そのようね。それにしても、なんであの人もウィーンペストに用事があるのかな?まだ、大隊長(地方部長)や、連隊長(地区長)クラスの人なら解るんだけど・・・」
「そう言えばこの前・・・生きていたジークフリートの部隊の人を連れて行ってたな。もしかしたら、それについての報告かも」
俺はそれなりの可能性を語ってみた。
「成程。ちょっと聞いてみる?」
「まあ話してくれないと思うが・・・」
無駄だとは知りながらも、俺達はエンフィールドになぜここにいるかを聞きに行った。
「あの~エンフィールドさんですよね?」
「ん?・・・ああ、君たちか。君達もウィーンペストへ?」
「はい。エンフィールドさんも?」
「ああ。俺も用事がありまして。」
「ジークフリートの部隊の生き残りから聞き出した情報を皇帝陛下へと?」
「・・・・そうだ。だが君達には関係ない」
「まあそうですけど・・・・」
「話せないということは国家機密レベルと見たが、実際は?」
「・・・国家機密レベルではない。世界を揺るがすレベルの話だ」
「なら、ここで話せないな。あいにく俺達も皇帝陛下からの呼び出しでウィーンペストに用事がある。その時なら話せるか?」
ジン・エンフィールドは、迷いのある目のまま、堅く閉ざされた唇を開いて言った。
「ああ。その時になったら話そう。」
「解った」
俺はエンフィールドからの了承を経た後、船の隅へ行って、遠く離れていき、小さくなっていく南プシェムィシル村を眺めていた。
♦
―――――ウィーンペスト
「乗船券確認します・・・・はい、OKです。次の人、お願いします」
「警軍だ。ある事情でこちらに来ている。」
「解りました。次の人」
「皇帝陛下からの招待状だ。」
「はい。では次の人」
俺達は乗船券の代わりになる物を見せて、船を出た。その後俺達は徒歩で昼食をとりながらもウィーンペストの中央部にあるポートランド城へと向かった。
――――――ポートランド城 皇室
「陛下!!」
ポートランド城を警備する正規軍近衛師団兵士は皇帝陛下の前で敬礼をしながら“陛下”と口にする。
「なんだ?要件を言いたまえ」
「警軍南プシェムィシル村支部中隊長ジン・エンフィールドを名乗る男と、その他2名が皇帝陛下との面会要請です。そのうちの2人は皇帝陛下から呼ばれたとのことです」
「名前は?」
「イリーナ・ソフィアと、後聞きなれない名前・・・・リュートとかでした。」
「よろしい。彼らを呼んでくれ」
「はっ!!」
兵士は皇室をすぐさまでて、急いでポートランド城城門まで走って行った。
「はぁはぁはぁ・・・お待たせしました。皇室まで案内いたします」
「お願いします」
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―――――ポートランド城 皇室
「陛下!!彼らを連れてまいりました。」
「うむ。彼らを入れよ」
「はっ!!・・・さあ、こちらです」
「では君はもう下がりたまえ。お役目ご苦労」
「はっ!!」
兵士はそう言うと敬礼をして、皇室を出て行った。
「エーリッヒとはあからさまに俺達に対する態度が違うな」
俺は、この兵士の客に対する態度が良く、感心していたら後ろから肘鉄砲をくらわされた。いつものくだりで俺が命の恩人であるのに・・・
「余計なこと言わないの!!」
「はいはい。」
「久しぶりだな。リュート君。イリーナ君」
「はい。お久しぶりです。・・・・皇子と皇女は?」
「あいつらは今多分各国と対談中じゃ。一昨日の朝、エーリッヒからの連絡を受けて急きょ出発させた。アルバートはサルデーニャ帝国と。ローラはプトレマイオス共和国と。それで、左は?」
「警軍南プシェムィシル村支部中隊長ジン・エンフィールドです。以後お見知りおきを。皇帝陛下!!」
「ずいぶん若いな・・・年はいくつだ?」
「今年で21になります」
「ほほぉ~21か。21で中隊長になるとは・・・異例の速さだな。で、エンフィールド君。君は何の用で?」
「はっ、数日前の彼らがバルバロッサ海賊団の残党で、副船長であったジークフリート・アルジェントに襲撃された事件での残党の生き残りから聞き出した情報をまとめた報告書を皇帝陛下に渡しに来ました」
「その辺は警軍の上の連中に任せておけばよかろう」
「それが、その情報が特殊すぎて上に出すにはどうかとの判断で陛下に渡しに来ました」
「ふむ、どんな内容なのだ?うえの連中に話せないほどとは?」
「率直に言いますと、帝国が一週間以上前セールス・トルキスタン王朝を滅ぼしたのはご存知ですよね。そして、そのセールス・トルキスタン王朝の東の端・・・ここをコレリア半島と呼ぶそうです」
エンフィールドは机の上にシャンバラ全土の地図を広げて、コレリア半島に指をさす。
「こ、これは・・・シャンバラ全土の地図か?」
「はい。ジークフリートの部隊の生き残りから徴収した物です。帝国は首都を落とした後全土占領するために、コレリア半島を進行しました。しかし、コレリア半島にはたくさんのスルトがいたとのことです。」
「どういうことだ?」
俺は今まだ生きてきてこれほど不思議に思ったことはない。スルトは俺だけなはず・・・なのに、たくさんいた?
「そのまんまです。彼に聞いたところ、侵攻した帝国軍はスルトの扱うフェンリルにより圧倒的な軍事力のまえに無敵を誇った帝国軍が初戦で敗北。今どうなっているかはわかりませんが、元側近に聞いたときはまだ戦闘が続いているとのことです。・・・・スルト達は・・・・コレリア半島よりも海を渡って東の此処です。ここをヤマト皇国と呼ぶそうですが、ここから着たとのことです。」
「ヤマト・・・大和か・・・地形がまるで日本だな」
シャンバラ全土の地図と想われる地図を見てヤマト皇国の形を確認する。
日本そっくりだということに。
「ニホンってなに?」
「イリーナ・・・別に気にしなくていいぞ」
「詳しくは、この報告書を読んでください」
エンフィールドはそう言うと皇帝陛下に報告書を差し出した。
「成程・・・この内容では上に報告しようがないな。後で読んでおく。・・・・・それと、君達二人はもうエーリッヒの監視を解いてある。もう自由に行動してもよい。既に各国に伝わっているそうだからな。それと・・・」
それとの続きを話そうとした時突如とバタンと扉が開く音が鳴り響いた。
「「父上」」
アルバート皇子とローナ皇女の声がうまくはもった。どうやらお帰りらしい。
「悪かったな。急に会談を開かせてしまって。結果はどうだった?」
「最高の結果です父上。あのお気楽なサルデーニャ人も事態を重く見たようで、我々との相互安全保障条約を調印してくれました。」
「プトレマイオス共和国は昔から帝国の危険に脅かされていたため我々との相互安全保障条約を拒む理由はありませんでした。この三国相互安全保障条約調印により帝国を西と南から攻めることが可能になりました」
「ふむ、状況としては先程よりましだな。しかし、後もう一つ足りない」
「もう一つ?」
「そう、スルトであるリュート君。君にはヤマト皇国と呼ばれる国に行って同盟を結んできてほしい。同じスルトならば我々が行くよりもいいだろう。もし同盟を結ぶことができたなら、東西と南から帝国ににらみを利かせることが可能である」
「はい?」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょおおおおおおと、待てええええええい!!
俺は軍人ではあるが外交官でなければ政治家でもない。そんな同盟を組むなど!!俺にできっこな~~~~いってばあああああぁぁぁぁぁぁぁあべれべばぼ△□×○@*!?/+\^・・・・
龍斗の心の中の叫びの語尾は意味不明な言葉になっていた・・・