確かに観たんだけどな
確か小学4年生か5年生の頃だったと思う。ぼくには不気味なCMを観た記憶があった。
あれは、毎週金曜に観ていたアニメの放送時間枠に流れたものだ。
地元のレジャーランドのCMで、よくある子どもたちが園内を楽しむ内容だった。
普段なら、ジェットコースター・観覧車・プールのすべり台の順に映っていくのだが、あの日だけは違った。
観覧車とプールの間に、急に身に覚えがない映像が挿しこまれていたのだ。
今でも鮮明に思い出せる。
こういう映像だ。
狭くて薄暗い一室に、机がひとつ。その前には五十代くらいの細身のおじさんが座っていた。
彼は白髪の七三分けで、グレーの背広姿だった。
壁には、日本語でも英語でもハングルでもないムカデが複数体絡まったような文字がびっしり埋められていて、ひと目見ただけで寒気が走ったのを覚えている。
おじさんの様子がおかしい。両方の目玉を左、上、左、下、ぐるぐる一周動かしてから、正面を向いた。すると机に両肘をつき、前に乗り出し「こんばんは」と、無表情で話しかけてきたのだ。
「こんばんは」
とっさに返事をしたのが間違いだった。そこからおじさんとの会話が始まった。
「お父さんとお母さんは?」
「お仕事行ってるよ」
「今からお家に行っても良い?」
「そ……それはダメ。知らない人を入れちゃダメって言われているんだ」
「そう。じゃあ、またね。%△$ΓΩ……」
「え……?」
最後だけ聴き取れなかった。映像がプツリと消え、途中からいつも通りのレジャーランドのCMが流れた。
少し冷静になり、徐々に怖さが増してきたのを覚えている。
ひとりで抱えるのが嫌だったので、ネット検索してみると、同じ体験をした人が数人見つかった。しかし大半のユーザーからは嘘つき呼ばわりされてしまった。
「何だよ……本当なのに……」
スレッドから脱けようとしたタイミングで、玄関のインターホンが鳴った。
ピンポーン──
心臓がキュッと縮まった。
「宅急便でーす」
そういえばお母さんから荷物が届くと言われていた。だけど……。
ピンポーン、ピンポーン──
もしかしたらさっきのおじさんが、本当に来たのかもしれない……。ぼくは震えながら、両耳を塞いだ。
結果、宅配業者は不在票を入れて帰っていった。
あとでお母さんには怒られてしまったが、あの時は仕方なかったと思う。
◆
社会人になり、飲みの席でこの話をするも、だいたい適当に笑われて終わる。
その度に、「確かに観たんだけどな」と思った。
そんな事が嫌になり、次第に謎のCMについて話さなくなったのだけど、最近またあの事が頭によぎるようになってきた。
「そう。じゃあ、またね。%△$1107番……」
しかもおじさんが最後に言っていた聴き取れなかった部分の一部が分かるようになっていた。
「1107番? 何の番号だろ……」
その数字も気になり、20年ぶりにあのCMについてネット検索してみた。
関連する新しいスレッドが立っていた。
コメント欄を見て驚く。
【何を言っているか分からない部分があったけど、最近それが数字だと判明。57番という数字が急に頭に浮かんできた】
【それな。おれは8200番だった】
【24342番だった】
自分以外に数字について書く人たちが続出している。
(でも結局、なんの番号なんだろう……)
そう思っていたら新しいアカウントが入ってきて、気になるコメントを置いた。
【あのおじさん、2046年7月7日……って、前半言ってなかった?】
このコメントを見た瞬間、全文が浮かんだ。
「そう。じゃあ、またね。2046年7月7日土曜日の18時に。1107番を迎えに行くから」
2046年7月7日は、3日後だ。
急にコメント欄が騒ぎ出した。
【3日後の18時に何があるの?】
【迎えに行くからって言われた。怖いんだけど】
どうやら全部を分かった人間が次々に現れだしたようだ。
ぼくは急に怖くなり、自分と同じく東京に住んでいる人が居ないか呼びかけた。
ひとり東京の杉並区に住んでいる三十代の男性が見つかった。『24342番』さんだ。
ぼくは世田谷区住みなので割と近い。
当日の17時50分に、24342番さんと渋谷で会うことにした。
18時になにが起こるか一緒に見届ける。何も起こらなくてもあの映像を観たもの同士、食事をしながら語り合う予定だ。
◆
17時48分、ぼくはハチ公前に佇んでいた。手には目印に指定した銀色の折り紙を持っている。なぜ銀色の折り紙を選んだかは分からないが、そうしようと迷いなく思ってしまった。目立つし、他人と被らないだろうし、分かりやすいだろう。
「1107番さんですか?」
年が近い感じの男性に声をかけられた。
「24342番さん?」
「はい」
「どうも。初めまして」
軽い挨拶をかわし、お茶にでも行くことになった。マークシティの中にあるスタバを目指し歩く。
「でもすごく気持ち悪い出来事ですよね」
ぼくが話しかけると、24342番さんは「ですよね。当時見たとき腰抜かしましたよ」と眉を下げた。
「お父さんとお母さんはって、おじさんから聞かれませんでした?」
「いや、聞かれてませんね。自分は、2階の踊り場の穴修理した? でした。」
「どういう事ですか?」
「それが……」
24342番さんの顔がひきつった。
「当時住んでいた団地の棟の踊り場に大穴が空いていたんです。たぶん誰かのイタズラで」
「おじさんはそれを知っていたんですか……」
「はい……。気持ち悪いですよね」
そんな話をしながら歩いていると、スタバに着いた。中に一歩足を踏み入れると、
「いらっしゃいま──」と店員の声がいきなり途切れた。
気づくと、ぼくと24342番さんは銀色の空間に包まれていた。
◆
ドーム型の天井、壁、床、窓枠。全てが銀色だ。ぼくと24342番さん以外にも大勢の人が居た。奥行きが広く、人気アイドルの握手会のように人で溢れていた。
突然空中に浮かんでいる巨大モニターに男が映り、そこらで声が上がった。
それは20年前見たあのおじさんだった。当時の姿のままを保っているのが不気味すぎる。
おじさんは、唐突にこう発表した。
「ノアの方舟へようこそ。君たちは、ナンバリングヒューマンです」
(ノアの方舟? ナンバリングヒューマン?)
意味が分からない。
24342番さんと顔を見合わせた。
その時だった。
ゴゴゴゴ……バリバリ……ガガガガ──
あり得ないような大きな音が響き渡った。
気になった人たちが窓側に駆け寄った。ぼくも続く。
「そんな……!!」
誰かが叫び、その場にへたりこんだ。
ぼくは窓を覗き込んだ。絶句する。
遠のく地球が赤く染まり、ボロボロ崩れ落ちるのが見えた。
完結




